329) 甘い果物の取り過ぎはがんを促進する

図:グルコース(ブドウ糖)は血糖を高めてインスリンの分泌を亢進し、がん細胞の増殖を促進する。がん細胞は嫌気性解糖系でのATP産生が亢進していてミトコンドリアでのTCA回路と電子伝達系が抑制されているので、グルコースの取り込みが多い(ワールブルグ効果)。取り込んだグルコースはATP産生だけでなく、核酸、脂肪酸、アミノ酸の合成にも使用される。したがって、グルコースの摂取過多はがん細胞の増殖を促進する。
一方、果物や蜂蜜に多く含まれるフルクトース(果糖)はインスリン分泌を刺激しないが、細胞内で複数の経路で解糖系へ入り、グルコースと同様にエネルギー産生や物質合成に使用される。フルクトースはグルコースより核酸(DNAやRNA)と脂肪酸の合成を促進する効果が強いことが報告されている。また、細胞内の糖タンパク質にフルクトースが取込まれると、その糖タンパク質の性状が変化し、がん細胞の浸潤や転移能が亢進するという報告もある。動物実験などで、フルクトースの摂取量を増やすとがん細胞の増殖が促進する結果が得られている。フルクトースとグルコースの摂取量が多いと、相乗的にがん細胞の増殖を促進する。したがって、果物に含まれる糖分はご飯やパンよりもがんを促進する作用が強いかもしれない。

329) 甘い果物の取り過ぎはがんを促進する

【「果物はがん予防に良い」を過信すると逆効果になる可能性がある】
がんの発生や再発を予防する食事として、「野菜や果物を多く摂取する」ことが推奨されています。このような植物性の食品の豊富な食事は健康的であることは多くの研究者が認めています。

しかし、野菜や果物を多く摂取してもがん予防効果は極めて限定的、あるいは効果は認めないという研究結果が最近は多くなっています。
昔のケース・コントロール研究では、野菜や果物の摂取が多いほどがんが少ないという結果が得られています。しかし、野菜や果物の摂取量の多いグループは摂取量が少ないグループに比較して、喫煙率や飲酒量や摂取カロリーや肥満の程度が低く、運動量が多いというデータがあり、野菜や果物ががんを予防する直接的効果をもつのではなく、がん予防に良い生活習慣(禁煙、禁酒、運動、標準体重維持、カロリー制限など)の指標に過ぎないという指摘もあります。そして、食事とがんに関する最近のコホート研究の多くで、野菜や果物の摂取ががんを減らす効果は確認されていません。
果物を多く食べる(食べれる)人たちは、喫煙率や飲酒量が低く、経済的にも裕福(したがって、他の生活環境も良好)なので、がんが少ない可能性が指摘されています。(詳しくは304話参照)
さて、グルコース(ブドウ糖)は血糖を上昇させ、インスリンの分泌を刺激して、がんの発生や増殖や転移を促進することは、多くの人が知っています。
フルクトース(果糖)はインスリンの分泌を刺激しないので、糖尿病や肥満の人にも問題が少ない糖質あるいは甘味料として使用されています。インスリンを分泌させないのであれば、がん細胞の増殖も刺激しないということで、「フルクトース(果糖)ならがんを悪化させる心配は無い」と思っているがん患者さん多くいます。しかし、この考えは全くの間違いです。多くの研究で、フルクトースはグルコース以上にがんを促進する可能性が指摘されているのです。
菜食主義の食事を実践していて、肉や脂っこいものもほとんど食べず、肥満もないのに中性脂肪が高い人が時々います。
コレステロールは肝臓で作られ、ホルモンの関係で更年期以降の女性はコレステロールが高くなる傾向にありますが、中性脂肪は基本的には、体脂肪が多い場合か食事からの脂肪の摂取が多い場合に上がります。肥満がなく脂肪の摂取が少ないと中性脂肪が上がることは考えにくいのですが、そのような方の食事を聞いてみると、甘い果物(果糖の多い)を多く摂取していることに気づくことがあります。
フルクトースは体内で中性脂肪を増やす作用があり、甘い果物の摂取は中性脂肪の値を高めるのです。フルクトースが中性脂肪を増やす作用はグルコースの2倍という報告もあります。
ケーキやまんじゅうのような砂糖の多いものを避けるため、甘いものが欲しくなったとき果物を大量に食べている人がいます。ドライフルーツを大量に食べている人もいます。そして、このような食事の場合、がんは再発しやすく、進行も早いようです。
つまり、果物ならいくら食べても問題ないという間違った考えの人が結構いるようです。(そのような記載をした書籍もあるようです)
甘い果物や、フルクトースの多く入った蜂蜜や飲料や甘味料の摂取は、グルコース以上にがんを促進する可能性があることを知っておく必要があります。

【フルクトースとグルコース】
それ以上に加水分解されない糖類を単糖(monosaccharide)と言います。複数の単糖が結合すると、結合した単糖の数に応じて、二糖やオリゴ糖や多糖という大きな糖類になります。

生物にとってエネルギー源となる単糖の代表はグルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)です。ともに6つの炭素から構成され、化学式はC6H12O6で同じですが、構造が異なります。砂糖(ショ糖、sucrose)はグルコースとフルクトースが一個づつ結合した二糖です(下図)。

食事から摂取する糖質の代表は、穀物やイモ類などに含まれる澱粉(デンプン)ですが、澱粉はグルコースが多数重合した多糖で、植物が光合成で作り出します。
動物は食品中に含まれる澱粉を消化管内の消化酵素で最終的にグルコースまで分解して小腸から吸収し、細胞内に取込まれたグルコースは解糖系とTCA回路と電子伝達系によってエネルギー(ATP)を作って、生命活動に使用することになります。
一方フルクトース (fructose)は、果糖(fruit sugar)とも呼ばれるように果物に多く含まれます。全ての糖の中で最も水に溶けやすく、甘みは砂糖の1.5倍以上、グルコースの2倍以上あり、しかもコストが低いので、加工食品や飲料の甘味剤として多く使われています。
澱粉や砂糖のような糖質を多く摂取するとグルコース(ブドウ糖)が吸収されて血糖が上昇し、血糖が上昇するとインスリンの分泌が増えます。この高血糖とインスリン過分泌ががん細胞の増殖を促進することは良く知られています。
がん細胞がグルコースを多く取込むことは、放射性同位元素で標識したグルコースの取り込みでがん細胞の存在を検出するPET検査でも明らかです。がん細胞がグルコースを多く取込む理由や、高血糖やインスリンががん細胞の増殖を促進するメカニズムについては294話295話310話などで解説しています。
ここでは、フルクトースのがん促進効果について解説します。

【果糖(フルクトース)のグリセミック指数はブドウ糖の5分の1程度】
糖質のがん促進効果を考察するときに重要なのが、グリセミック指数やグリセミック負荷です。

グリセミック指数(glycemic index: GI)とは、食品がどれほど血糖値を上げやすいかを示す指標です。食品中に含まれる炭水化物が消化されてブドウ糖(グルコース)に変化する速さを、ブドウ糖を摂取した場合を100として相対値で表します。
すなわち、糖を負荷(経口摂取)した時に、2時間後までの血糖上昇面積を、グルコース(ブドウ糖)を負荷した時の血糖上昇面積を100として比較した値です。
糖質として同じ分量を摂取しても、素材が異なると血糖値への影響は異なるという考えに基づいた指数です。
グリセミック指数の値(GI値)が高い食品は食後の血糖値の上昇が大きくインスリンの分泌量が多くなり、GI値が低い食品は血糖値の上昇が小さいのでインスリンの分泌も少なくて済みます。
インスリンはがん細胞の増殖を促進するので、GI値の高い食品はがん細胞の発生や増殖や転移を促進することになります。がん予防で精製度の低い穀物が推奨されるのは、精製度の低い穀物ほどGI値が低く、インスリンの分泌が少なくできるからです。
またインスリンは脂肪の蓄積を促進するので、GI値の高い食事は肥満を起こしやすくします。低インスリンダイエットというのは、低GI値の食事をとれば肥満を起こしにくくなるという理論です。
グリセミック負荷(Glycemic load:ブドウ糖負荷)は(グリセミック指数÷100 )× 糖質の量で表されます。ある食品を100g食べたときの血糖上昇の程度が、ブドウ糖を何グラム食べたのに相当するかを示す数値です(下図)。血糖値に対する食品の影響はこの食品中に含まれる糖質のグリセミック指数と糖質の含量の積であるブドウ糖負荷によって決まります。
つまり、グリセミック負荷の大きい食事ほど、血糖値の上昇が大きく、インスリンの分泌を高め、肥満やがん細胞の増殖を促進することになります。

 

さて、下表に主な食品のグリセミック指数を示しています。

白米のご飯に含まれる澱粉は、唾液の中のアミラーゼでデキストリンや麦芽糖に分解され、膵液と腸液に含まれるα-グルコシダーゼでブドウ糖(グルコース)に分解されて小腸ですぐに吸収されるので、グリセミック指数が極めて高くなります(GI値は89)。
一方、玄米は食物繊維が多く消化が遅いので、グリセミック指数は低くなります(GI値は55)。
100g当たりの糖質は白米のご飯が32gで白米ご飯100g当たりのグリセミック負荷は29になります。玄米のご飯は100g当たりの糖質の量は22gで、玄米ご飯の100g当たりのグリセミック負荷は12になります。同じ量でも、玄米ご飯のグリセミック負荷は白米のご飯の半分以下になります。
ベークド・ポテトやマッシュポテトのように柔らかく焼いたジャガイモのデンプンは、既にブドウ糖の小さな結合であるデキストリンに熱分解されていて、唾液の消化酵素に素早く分解されてしまいます。食後短時間でブドウ糖として吸収されるので、ブドウ糖を直接摂取したのと同じくらいの血糖上昇効果を持っています。
砂糖はブドウ糖と果糖が結合した2糖類です。砂糖は腸液に含まれるサッカラーゼという消化酵素によってブドウ糖と果糖(フルクトース)に分解されて小腸から吸収され血中に入ります。この反応は短時間で起こるため、血糖値を急激に上昇させ、インスリンの分泌を促進します。ブドウ糖は小腸上皮細胞において、能動輸送といってエネルギーを使って積極的に吸収しますが、果糖は拡散による消極的な吸収となり吸収が遅いため、同じ糖質の量で比較するグリセミック指数は低くなります。しかし、砂糖は糖質が100%なので、ブドウ糖負荷は高くなります。
フルクトース単独のグリセミック指数は19±2(英文のwikipediaより)と言われています。つまり、グルコースの5分の1程度です。
血糖値に対する食品の影響はその食品中に含まれる糖質のグリセミック指数と糖質の含量の積であるブドウ糖負荷によって決まります。グリセミック指数が低い食品でも大量に摂取すればインスリンの分泌量は増えます。玄米のご飯でも多く食べればインスリンの分泌が増えます。

【フルクトースのがん促進作用】
フルクトースは、腸から吸収されると門脈から肝臓に達し、肝細胞に入るとグルコースよりも速やかにフルクトキナーゼによりリン酸化されてフルクトース-1-リン酸を生成し、フルクトース-1,6-ビスリン酸を経て解糖系に入ります。糖新生によりグルコースにも変換されます。フルクトースは中性脂肪の合成を促進し、その速度はグルコースの2倍以上という報告もあります。
フルクトースのグリセミック指数は19±2ですので、砂糖の4分の1、グルコースの5分の1程度です。したがって、インスリンの分泌を刺激しにくいので、がん細胞の増殖を促進しないのではないかと思われがちです。
しかし、培養細胞を使って、培養液の糖質をグルコースにした場合とフルクトースにした場合で、増殖速度は変わらなかったという実験結果が報告されています。
さらに、フルクトースが多いとがん細胞内でトランスケトラーゼという酵素が誘導され、解糖系から分かれて核酸(DNAやRNA)合成に必要はペントース・リン酸回路を促進するという報告があります。DNAやRNAの合成が促進することはがん細胞の増殖に有利になります。
Fructose induces transketolase flux to promote pancreatic cancer growth(フルクトースはトランスケトラーゼの活性を高めて膵臓がんの増殖を促進する)Cancer Res. 70(15): 6368-76, 2010

また、フルクトースの細胞内への流入に必要はトランスポーター(輸送担体)であるGLUT5は乳腺の正常細胞でも発現していないが、乳がん細胞ではGLUT5が過剰発現しているという報告があります。つまり、乳がんでグルコースと同様にフルクトースも多く利用していることを示しています。
Expression of fructose transporte GLUT5 in human breast cancer (ヒト乳がん細胞におけるフルクトース輸送担体のGLUT5の発現) Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 93:1847-1852, 1996

さらに、乳がん細胞の培養液にフルクトースを添加すると、乳がん細胞の性状がより悪化することが報告されています。細胞内にはタンパク質に糖が結合した糖タンパク質が多数存在しますが、その結合した糖の種類によって蛋白質の性状が変わります。それは、レクチンという接着蛋白質に対する親和性が糖の種類によって変化するからです。乳がんの培養細胞にフルクトースを添加して培養すると浸潤や転移が亢進したという報告があります。
Fructose as a carbon source induces an aggressive phenotype in MDA-MB-468 breast tumor cells.(炭素源としてのフルクトースはMDA-MB-468乳がん細胞においてより悪性の性質を誘導する)Int J Oncol. 37(3): 615-622, 2010

その他、飲料水にフルクトースを添加するなどの方法でフルクトースの摂取量を増やすと、化学発がん剤による発がんが促進されるという動物発がんの実験や、がん組織の発育が促進されるという移植腫瘍を用いた動物実験の結果なども報告されています。

甘い果物には、フルクトースとグルコースが一緒に含まれています。フルクトースはインスリンの分泌を少ししか刺激しませんが、グルコースと一緒に摂取してグルコースによってインスリン分泌が亢進すると、フルクトースのがん促進効果はさらに増強されます。
つまり、フルクトースとグルコースの摂取量が多いと、相乗的にがん細胞の増殖を促進することになり、果物に含まれる糖分(グルコースとフルクトースを含む)はご飯やパン(グルコースのみ)よりもがんを促進する作用が強い可能性があると言えます。

「最近の野菜や果物は昔と比べて栄養価が落ちている」と良く言われています。実際、促成栽培などによって、野菜や果物に含まれるビタミンやミネラルやその他のフィトケミカルがかなり減少していることが明らかになっています。
昔のタマネギは切ると涙が出ていましたが、最近のタマネギは切ってもあまり涙が出ないと言われています。人参やピーマンのように味にクセが強くて子供が食べたがらなかった野菜も最近は非常に食べやすくなっています。これは、糖分は増え、糖分以外の栄養素が減っていることを示唆します。
一方、味を良くし食べやすくするために糖分を増やす品種改良も行われています。特に果物は、糖分の多い(糖度の高い)品種が好まれています。
野菜や果物の糖分を増やして食べやすくすることは健康にはマイナスです。このような野菜や果物を多く摂取するくらいなら、マルチビタミン・ミネラルのサプリメントの摂取の方ががんの予防や治療には役立つかもしれないと思うくらい、がん患者さんは野菜や果物の糖分には気をつけるべきかもしれません。

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