376)人類は狩猟採集時代にインスリン抵抗性を獲得した

図:人類の祖先の類猿人から初期人類にかけての数百万年間は主に森林に生息して木の葉や果実などの植物性食糧が主体であったため、栄養素としては糖質が主体であった。約250万年くらい前から氷河期に入ると森林が縮小し人類は狩猟採集によって食糧を得るようになり、動物性の食事が主体になって糖質摂取量は減っていった。約1万年前に最後の氷河期が終わると農耕や牧畜が行われるようになり、人類は再び糖質の多い食事に戻った。産業革命後(19世紀以降)は精製した糖質の摂取が増え、さらに1970年代以降は砂糖や異性化糖などの単純糖質の摂取量が増加した。狩猟採集時代に人類は低糖質食に適応するため、インスリン抵抗性の形質が進化した。つまり、人類はインスリンが効きにくい体質を持っているため、近年における単純糖質の摂取過多が肥満や糖尿病やメタボリック症候群やがんを増やす結果となっている。

376)人類は狩猟採集時代にインスリン抵抗性を獲得した

【人類の食事は3度大きく変化した】
人類の食事の内容は、その長い歴史の中で3度大きく変化したと言われています。
初期人類がアフリカの森林に住んでいたころ(250万年前より以前)は、木の葉や果実や木の実などの植物性食物が主体で、主要な栄養素は炭水化物(糖質)でした。
約250万年前ころから氷河期に入って森林が縮小し、人類は草原で狩猟採集を行い、動物性食物が主体になってタンパク質や脂肪の多い食事になります。これが第1回目の変化です。
約1万年前に最後の氷河期が終わって地球が温暖化して農耕牧畜が始まります。農耕によって穀物の摂取が増え、再び糖質の多い食事に戻りました。これが第2回目の変化です。
さらに18世紀末に起こった産業革命以降は穀物の生産性が飛躍的に向上し、穀物の精製技術や貯蔵技術が進歩し、糖質摂取量と摂取カロリーが増えるようになりました。
近年(1970年代以降)になると、さらに砂糖のような精製糖異性化糖(でんぷんを酵素などで処理して作ったグルコースとフルクトースの混在した糖)など吸収の早い単純糖質の摂取が増えるようになりました。このように産業革命以降、精製した糖質や砂糖の多い食事になったのが第3回目の変化です。
つまり、人類の長い歴史のなかで、①氷河期という気候変動による狩猟の開始、②農耕の開始、③産業革命といった出来事によって、食事の内容は高糖質食から低糖質食へ、ついで低糖質食から高糖質食へ戻り、近年は精製した糖質の多い高糖質・高カロリー食になったというのが人類の食事における3度の大きな変化です(下図)。

図:人類の長い歴史の中で、初めは糖質主体の食事で、①氷河期になって狩猟採集時代に入ると動物性食物が中心になって低糖質食になった。②約1万年くらい前に農耕が始まると糖質摂取量が増えた。③さらに18世紀終わりから起こった産業革命によって農業の生産性は高まり穀物の摂取量が増加した。さらに穀物の精製度も高くなり、精製した糖質の摂取量が増えた。1970年代以降は砂糖や異性化糖など単純糖質の摂取が多くなりグリセミック指数の高い食事が増加した。

【初期人類は糖質の多い食事をしていた】
オランウータンやゴリラやチンパンジーのような類人猿から初期人類(猿人)にいたる1000万年以上の年月において、私たち祖先はアフリカの森林に生息し、主に植物性の食糧を食べていました。
約440万年前に現在のエチオピアの地域のジャングル(密林)に生息していた初期人類のラミドゥス猿人(Ardipithecus ramidus)の食事は、木の葉や果実やベリー類など軟らかい植物性食物が主体でした。歯の構造から硬い植物を食べるようには適応していなかったようです。
約400万年~200万年前に生存したアウストラロピテクス (Australopithecus)は二足歩行を行うようになり、密林からより開けた草原で住むようになります。アフリカ東部や南部のサバンナ(乾期と雨期のある熱帯に分布する疎林と灌木を交えた熱帯長草草原地帯)の環境に適応し、歯が発達して硬い殻をもつ大きな種子や地下の根なども食べるようになります。植物性食物を中心にして、さらに小動物の狩猟や、動物の死肉や肉食獣の食べ残しから動物質性食糧を得るようになりました。
このように類人猿から初期人類は植物性食糧が主体ですが、氷河期への移行という気候とそれに伴う環境に変化によって徐々に動物性食糧が増えていきました

【人類は氷河期に入って肉食になった】
ホモ属(Homo)が現れたのは今から250万年~200万年前です。ホモ属は現代の人類(ホモ・サピエンス)と同じ属です。この頃から人類は石器を道具として利用し、狩猟や肉食獣の食べ残しから動物性の食糧が増えてきます。さらに、160万年前くらいから人類はを使うようになり、食物を火で加熱することによって、栄養の吸収が良くなります。150万年前に住んでいたホモ・エレクトスは積極的に狩猟を行っていました。
このように初期人類の食事は植物性食糧由来の糖質が多いものでしたが、250万年くらい前から動物性食糧が増えるようになり、少なくとも150万年前くらいから農耕が始まる1万年前くらいまでは、低糖質・高蛋白食であったことになります。糖質の摂取量は現代人では1日250から400グラム程度ですが、狩猟採集時代の糖質摂取量は1日10から125gと推定されています。
人類が狩猟を開始する直接のきっかけは250万年前くらいから起こってきた気候や環境の変化です。このころから氷河期に移行し、地球上の気温が低下していき、アフリカのジャングルは縮小し、草原やサバンナに変化していきます。
氷期の間は地球全体が乾燥し、降雨量が少なくなると大きな樹木は育たなくなり、草原が増えてきます。そこに草食動物が増え、草食動物を獲物とする大型の肉食動物が棲息するようになります。
人類はそのような獣を狩猟によって食糧にしてきました。動物以外にも、によって魚介類も多く摂取しています。間氷期になって気候が暖かくなって樹木が成長すると木の実や果物なども増えますが、基本的には動物性の食糧が半分以上を占めていたようです。
氷河期というのは地球の気候が長期にわたって寒冷化する期間で、北アメリカやヨーロッパ大陸に氷床が拡大し、アジアやアフリカも気温が低下して涼しくなり、熱帯性の密林は縮小していきます。氷河期は数万年続いて再び温かい気候に戻ります。氷期と氷期の間を間氷期と呼びます。
約250万年以降、4万年から10万年の周期で氷期と間氷期を繰り返しています。最後の氷期が終わったのが約1万年前で現在は間氷期にあたります。
現代人類の祖先であるホモ・サピエンスは約14万年前にアフリカにいた小集団で、約10万年前にアフリカを出て、世界に分布を広げていきました。
氷河期に入ってから人類は肉食が中心になり、低糖質の食事に適応するように進化していきます。具体的には、脳へのグルコース(ブドウ糖)の供給を減らさないように、骨格筋や脂肪組織へのグルコースの取込みを低下させることや、タンパク質や脂肪から肝臓でグルコースを作る糖新生の能力を高めることです。
インスリンは骨格筋と脂肪組織におけるグルコースの取込みを促進し、肝臓での糖新生を抑制することによって血糖を低下させます。つまり、低糖質の食事になって、人類はインスリンの働きを低下させることが生存に有利になるため、インスリンの効き目を弱めるように進化しました。
インスリンの働きが低下することを「インスリン抵抗性」と言います。つまり、インスリン抵抗性の形質を獲得することによって低糖質の食事に適応していったのです。このインスリン抵抗性が糖質摂取が増えてから人類に様々な病気を起こす原因となっています。

【農耕が始まって高糖質食に適応するように進化している】
肉食動物の猫には唾液にアミラーゼ(デンプンを分解する酵素)が無く、甘味の受容体を欠き、腸や膵臓の消化液も糖質を分解する酵素の活性が低くなっています。肝臓ではアミノ酸やグリセオールや乳酸からグルコースを作り出す(糖新生という)酵素の活性が高くなっています。
このように肉食の動物は肉の多い食事に適応するように体の代謝系が進化しています。
初期人類における数百万年に及ぶ糖質主体の食事から肉食中心の食事への移行は数十万年の時間をかけて徐々に起こったため、その変化に適応するように遺伝的に代謝系が変化する時間は十分にありました。
低糖質の食事でも脳のエネルギー源を十分に確保するために骨格筋と脂肪組織におけるインスリン抵抗性を高め、獲物が取れない期間のために基礎代謝量を低下させたり、食事で余ったエネルギーを脂肪に貯蔵するための遺伝子(いわゆる倹約遺伝子)の働きを高めるように進化しました
そして低糖質の食事に完全に適応していた時に、最後の氷期が終わった約1万年前に農耕が始まり、穀物からの糖質摂取が増えました。
農耕が始まる前の狩猟採集時代の人類の糖質の摂取量は1日に10から125グラム程度と言われています。糖質を含む植物性食料は温かくなる間氷期には増えますが氷期には減少します。現代人は1日に250から400グラムの糖質を摂取するようになっています。 
糖質摂取が増えてから、人類は高糖質食に適応するように遺伝的に進化してきたと考えられます。
穀物の栽培は約1万2千年前に中東地域(チグリス川とユーフラテス川で挟まれた地域)において始まり、すぐにヨーロッパに広がりました。すなわちヨーロッパに住む人間は穀物の多い食事に変わってから1万年くらいが経過しています。
一方、日本において農耕が本格的に行われるようになったのは稲作が伝来した弥生時代に入ってからで、今から3000年から3500年くらい前と言われています
日本人はインスリンの分泌能が欧米人に比べて半分程度と言われています。
インスリンは血糖を下げる作用と肥満を促進する作用があります。インスリンの分泌能が高い欧米人は糖質摂取によって肥満になりやすい体質を持っていますが、糖尿病は発症しにくい体質です。欧米人は著明な肥満にならないと糖尿病は発症しません。
一方、インスリン分泌能の低い日本人は、高糖質食でも肥満になりにくい代わりに糖尿病になりやすい体質を持っています。実際に、日本人は欧米人に比べると肥満は非常に少ないのですが、糖質摂取量が増えて糖尿病が増えています。
このような欧米人と日本人のインスリン分泌能の違いは、食事に糖質が増えてからの時間の長さが関連しています。糖質摂取が増えてインスリンの産生とインスリン感受性を高めるように人類は進化している途中にあり、糖質摂取が増えてからの期間の長さによって適応の度合いが違うということです。
人類が肉食主体だった期間は約250万年です。1世代を25年とすると約10万世代になります。農耕が始まって約1万年というのは約400世代です。産業革命によって精製した糖質が増えるようになってから200年くらい経過していますが、せいぜい6~8世代程度です。糖質摂取が増えて、少しづつ人間も適応するために進化したと思われますが、肉食中心の期間に比べて1%以下の期間しかないので、高糖質食には十分に適応できていないと言えます特に近年のような単純糖質の多くグリセミック指数の高い食事には人間は適応する十分な時間を経ていないということです

【精製した糖質の摂取に現代人は適応できていない】
農耕が始まって穀物からの糖質の摂取量が増えても、健康上の問題は現れなかったと思われます。それは、この頃に摂取していた糖質は食物繊維が豊富で吸収が遅かったからです。
食品がどれほど血糖値を上げやすいかを示す指標としてグリセミック指数が使われます。食品中に含まれる炭水化物が消化されてグルコース(ブドウ糖)に変化する速さを、グルコースを摂取した場合を100として相対値で表します。糖質として同じ量を摂取しても、素材が異なると血糖値への影響は異なるという考えに基づいた指数です。
グリセミック指数の高い食品はインスリンの分泌を刺激する作用が高い食品です。精白していない穀物は食物繊維が豊富で消化管での消化や吸収がゆっくりなので血糖を急激に上げることもないのでインスリンの分泌を抑えることができます。インスリン分泌の負荷が少なければ、肥満や糖尿病のリスクは上がりません。
問題は、産業革命以降の急速な工業化と、近代における精製した単純糖質の摂取が増えたことです。単純糖質は殆ど糖質で出来上がっている食品で、代表は砂糖です。
穀類は糖質が主体ですが、タンパク質や脂質や食物繊維も含まれます。穀類を精製して糖質だけにした食品や、砂糖や異性化糖(でんぷんを酵素などで処理して作ったグルコースとフルクトースの混在した糖)は近代に入るまで人類の食事には無かった食品です。この単純糖質の摂取に対して人間は遺伝的にほとんど無防備な状態です。
産業革命は機械や動力の発明によって18世紀末から英国を中心に起こりました。機械化や燃料の進歩によって農業の生産性が飛躍的に向上し、貯蔵技術の進歩と相まって、それ以前は起こりえた飢饉(天候異変などで、農作物の収穫が少なく、食糧が欠乏すること)は先進国では起こらなくなりました。
穀物は機械による脱穀によって高度に精製され、砂糖の消費や摂取カロリーが増えています。食品中からビタミンやミネラルのような微量栄養素は減少し、食物繊維の摂取は極端に減少しています。さらに、機械化された生活と交通機関の発達と自動車の普及によって体を動かす量が減っています。
精製した糖質の摂取と運動量の減少が肥満や糖尿病やメタボリック症候群など多くの病気を引き起こしているのは明らかです。このような食事と生活環境の変化が急激に起こったために、人類は適応できていないのが原因となっています。

【肉と魚を食糧としてから脳が大きくなった】 
人類はオランウータンやゴリラやチンパンジーと共通の祖先から進化しました。ミトコンドリアDNAの全塩基配列をもとに計算された最新の人類進化学の研究によると、動物進化の系統樹において、約1300万年前にオランウータン、約650万年前にゴリラ、約490万年前にチンパンジーが人類から分岐したと考えられています。
オランウータンやゴリラやチンパンジーは今でも熱帯の密林に生息し、いずれも植物性食物の多い食事をしています。基本的には雑食で、昆虫や鳥類の卵や小型哺乳類など動物性食物も食べますが、主体は果実や植物の葉や芽や根など糖質の多い食事です。氷河期の氷期の間も、アフリカやアジアの暖かい地域にわずかに残っていた森林で生き延びたと思われます。しかし、森に残ったために人類のような進化をとげられなかったと考えられています。
氷河期に入ってアフリカの密林が縮小してくると、すでに2足歩行をしていた初期人類は森を出て、草原や海岸地域に住み、肉や魚を多く食べるようになりました。
脳組織の50から60%は脂質から構成されていますが、このうち約3分の1はアラキドン酸ドコサヘキサエン酸のような多価不飽和脂肪酸です。アラキドン酸は必須脂肪酸で人間は体内で合成できません。ドコサヘキサン酸は同じω3系不飽和脂肪酸のα-リノレン酸から体内で変換されますが、その効率は極めて悪いので、最近ではドコサヘキサエン酸も必須脂肪酸に分類されています。
つまり、脳の成長に必要なアラキドン酸とドコサヘキサエン酸は食事から摂取しなければなりませんが、この2つの脂肪酸は植物性食物には少ししか含まれていません。アラキドン酸は肉、ドコサヘキサエン酸は魚の脂に多く含まれています。
チンパンジーの脳容積は400cc程度で、現代人の成人男性の脳容積の平均は約1350ccです。チンパンジーと同程度の脳容積しかなかった初期人類から、高度の知能をもった現生人類に進化する過程で脳容積は3倍以上に増えました。動物性の栄養素が増えたことが、人類の脳を大きく成長させ、知能の発達に大きく寄与したと言えます

【現代人は脳が小さくなっている】
人間は雑食動物として進化しましたが、狩猟採取時代の食物の50%以上が動物性の食物でした。動物性食物からタンパク質と不飽和脂肪酸を得て人類の脳は急速に発達できるようになりました。人類の特徴は他の動物と比べて知能が高いことですが、知能の発達には脳が大きくなることが必須です。
脳と知能は変化に富んだ環境に暮らし、広大な領域を動き回る必要があるときに発達すると言われています。時間や空間の概念が必要だからです。狩猟は仲間との連携も必要で、このような社会生活や、集団の中で起こる緊張やストレス、多様な状況への対処も知能を発達させました。
知能の発達によって火を使うようになり、食物を火で調理することによって消化管での消化を促進し、食物からの栄養素の摂取も早くなりました。道具を使うようになってより積極的に狩猟を行うようになりました。
この脳と知能の発達が生存競争で有利になり、アフリカから出てアジアやヨーロッパに移動するようになります。氷河期が終わり、約1万年前から人類は農耕と牧畜を開始します。この農耕と牧畜によって人類は安定的に食糧を得ることができるようになりました。
しかし、農耕が始まってから、成人の平均身長は減少しているという報告があります。また、骨粗しょう症や虫歯も増えています。そして、農耕が始まって人類の歴史の中ではじめて脳の重量が減少していることが報告されています。現代人の脳容積は、2万数千年前までヨーロッパに存在したネアンデルタール人の脳容積より10%程度小さいことが明らかになっています。その理由としてタンパク質や不飽和脂肪酸の摂取量の減少が指摘されています。

【牧畜によって飽和脂肪酸の摂取が増えた】
農耕と同じく人類の食生活に影響を与えたのが牧畜です。現代人は牧畜によって太らせた家畜からの肉を食べています。畜産では脂の多いときにして肉にしています。
穀物で太らせた家畜の肉は体脂肪が多く、その貯蔵された脂肪酸は健康に悪い飽和脂肪酸です。
一方、狩猟で得られる野生の動物は体脂肪が少なく、飽和脂肪酸より不飽和脂肪酸の方が多いのが特徴です。脂肪組織に蓄積した脂肪は飽和脂肪酸ですが、筋肉やその他の組織に含まれる脂肪は不飽和脂肪酸が多いからです。
家畜の肉の霜降り肉のような筋肉の間に脂肪が多い肉が美味しいと好まれていますが、この脂肪は全て飽和脂肪酸です。精製した糖質と飽和脂肪酸の多い飼育した家畜の肉や乳製品の多い食事は、脳の栄養には悪い食事と言えます。
糖質を減らすと脂肪やタンパク質の摂取が相対的に多くなります。脂肪やタンパク質の摂取が増えると健康に悪いという意見がありますが、それは、飽和脂肪酸の多い、穀物で太らせた家畜の肉や乳製品であって、魚や大豆やナッツ類やオリーブオイルなどでタンパク質や脂肪を増やすとむしろ健康に良いということが明らかになっています。
農耕と牧畜によって人類は安定的に食料を得ることができるようになり、人口が増え、社会が豊かになったのは確かです。獲物を求めて移動する必要が無くなり、時間ができると発明によって生活をより便利にし、高度な文明を作り出しました。しかし、現代の食事は人類の歴史の中で最も健康に悪い食事かもしれません。

【肉食になってインスリン抵抗性が進化した】
インスリンの作用や、インスリン抵抗性と病気の関係については374話375話で詳しく解説しました。
ここでは、人類が氷河期に狩猟採集で食事を得ていたときにインスリン抵抗性を獲得した理由を説明します。
インスリンは様々な作用を持っていますが、最も重要な作用は血糖を下げることです。この血糖降下作用においてインスリンの標的になる組織が骨格筋脂肪組織肝臓です。
グルコースは細胞膜にあるグルコース・トランスポーター(グルコース輸送担体)を使って細胞膜を通過します。グルコース・トランスポーターには幾つかの種類があり、組織の違いなどによって種類の異なるトランスポーターが使われます。
脂肪細胞と筋肉細胞(骨格筋と心筋)ではインスリン感受性のグルコース・トランスポーター4(GLUT4)が使われます
GLUT4は細胞内に貯蔵されていて、インスリンが細胞に作用するとGLUT4が細胞膜上へと浮上してグルコースを取り込みます。つまり、インスリン依存性のグルコース・トランスポーターで、血糖が高くなると膵臓からインスリンが分泌され、骨格筋と脂肪組織のGLUT4が細胞膜に輸送されてグルコースの取込みが増えるという仕組みです。
肝臓ではアミノ酸やグリセオールや乳酸などからグルコースを合成できます。これを糖新生と言います。インスリンはこの糖新生を抑制する作用があります
つまりインスリンは、骨格筋と脂肪組織でのグルコースの取込みを増やし、肝臓での糖新生を抑制することによって血糖を下げる作用をしめすのです。肝臓でのインスリンの働きを弱めることは糖新生を増やすことになります。
さて、進化の系統樹でオランウータンと分岐する1300万年以上前から初期人類の時期を含めて、現生人類の祖先は長く森林に生息し糖質が主体の食事を行っていました。そのため、エネルギー産生も脳の働きもグルコースを中心とした代謝系に依存してきました。
それが氷河期に入って糖質摂取が減少したことに適応するために人類はインスリン抵抗性の体質を獲得するようになったのです
脳はエネルギー消費量が多く、安静時で全身が消費するエネルギーの20%以上が脳で消費されます。脳組織でのでグルコースの取込みはインスリンの作用が不要なGLUT3で行われます。糖質摂取が少ない状況でインスリンが作用して血糖が骨格筋と脂肪細胞に多く取込まれると脳へ行くグルコースの量が減ります。
脳へのグルコースを確保するため、骨格筋と脂肪細胞でのグルコースの取込みを制限するためにインスリン抵抗性が高い方が生存に有利に働くということです
また、胎児は大きく生まれる方が出生後の生存に有利です。したがって、妊娠時はより多くのグルコースを胎児に送るためにもインスリン抵抗性は有利になります
インスリンは食事から吸収されたグルコースを血中から早く消失させる作用がありますが、食事からの糖質摂取量が少ない状況では、血中からグルコースが早く無くなると脳の働きや胎児の発育に支障をきたすのです。少ない血糖を脳や胎児に多く確保するためにインスリン抵抗性の性質を持つ方が生存に有利になるというわけです
このように、糖質の摂取量が減少したことに適応するため、人類はインスリン抵抗性を獲得したと考えられています(下図)。 


図:インスリンは標的組織の筋肉細胞と脂肪細胞のグルコーストランスポーター4(GLUT4)の細胞膜輸送を促進して、筋肉細胞と脂肪細胞へのグルコースの取込みを亢進する。さらに、肝細胞に対してはインスリンは糖新生を抑制する。この作用によって食事から摂取したグルコースは血中から速やかに減少する。脳や胎児のグルコーストランスポーターはインスリン非依存性であり発現量はインスリンによって増えない。そのため、低糖質食になってグルコースの摂取量が減ると、脳の働きや胎児の発育が低下する。低糖質食でも血中のグルコースの量を確保し、脳や胎児に十分なグルコースを供給するために、筋肉細胞や脂肪細胞や肝細胞でのインスリンの働きを低下させる方が生存に有利になる。このため、人類が肉食中心で低糖質食を行っているときにインスリン抵抗性が進化した。
 
氷河期に糖質を多く含む植物性食物の入手が困難になったために、人類はインスリン抵抗性を獲得したという仮説は「肉食関連仮説(Carnivor Connection Hypothesis)」と呼ばれ、オーストラリアのブランド・ミラー(Jennie Brand-Miller)博士らが1994年に提唱した仮説です。
人類は糖質で太りやすい体質を持っています。その一つがインスリン抵抗性ですが、そのほかにも、人間が太りやすい理由を示す多くの仮説が提唱されています。
1962年に米国のニール(James V Neel)博士によって提唱された「食事摂取できるときに体内にエネルギーを溜め込むために必要な倹約遺伝子と呼ばれる遺伝子が進化の過程で人類の遺伝子プールの中に広がった」という「倹約遺伝子仮説(Thrifty Gene Hypothesis)」、
英国の生物学者スピークマン(John Speakman)博士の提唱している「肥満は捕食者の餌食になりやすいため、肥満になりやすい遺伝子は淘汰されるが、人類は道具や火を使い知能の発達によって肉食動物などの捕食者からの脅威から逃れることができたので、肥満になりやすい遺伝形質が淘汰されなくなっった」という「捕食者解放仮説(Predation Release Hypothesis)」、
英国のオックスフォード大学のシンプソン博士(Stephen Simpson)ルーベンハイマー博士(David Raubenheimer)が2005年に発表した「タンパク質が最も生命に必要で、生物はタンパク質の摂取量を一定に維持するようになっているため、糖質の多い食事は摂取量が多くなり、摂取カロリーが増える」という「Protein leverage hypothesis(タンパク質てこ仮説)」という仮説などがあります。
また、妊娠中に高血糖が続くと胎児の遺伝子にepigeneticな変化が起こって、肥満になりやすくなるという考えもあります(かなり可能性が高い)。つまり、1世代で肥満が遺伝する可能性です。「肥満は流行する」というのは遺伝子のエピジェネシスによる制御の重要性から本当かもしれません。
いずれにしても、人間は太りやすい体質と環境要因を多数持っているようです。
(詳細は次回)
 
参考文献と本
 
Obesity: evolution of a symptom of affluence. How food has shaped our existence. The Netherland Journal of Medicine, 69(4): 159-166, 2011年
 
Recent Advances in Understanding the role of Nutrition in Human Genome Evolution. Adv. Nutr. 2: 486-496, 2011年
 
Body mass and encephalization in Pleistocene Homo. Nature. 387(6629):173-6. 1997年
 
パンドラの種:農耕文明が開け放った災いの箱 (スペンサー・ウェルズ著、斉藤隆央訳)化学同人 2012年
 
そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史(クライブ・フィンレイソン著、上原直子訳)白揚社、2013年
 

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