528)がん組織のアルカリ化と抗がん剤治療(その2):重曹(重炭酸ナトリウム)治療

図:がん細胞は解糖系によるグルコース代謝が亢進して乳酸と水素イオン(プロトン、H+)の産生量が増える。細胞内の酸性化は細胞にとって障害になるので、細胞はV型ATPアーゼ(vacuolar ATPase:液胞型ATPアーゼ)やモノカルボン酸トランスポーター(MCT)やNa+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などの仕組みを使って、細胞内の乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に排出する。その結果、がん細胞の周囲はpHが低下してがん組織は酸性化している。組織が酸性化すると、免疫細胞の働きが抑制され、血管新生が促進し、がん細胞の浸潤や転移も促進される。重曹(重炭酸ナトリウム)を経口摂取すると、がん細胞外の水素イオン(プロトン)と反応してがん組織の酸性化を抑制できる。

528)がん組織のアルカリ化と抗がん剤治療(その2):重曹(重炭酸ナトリウム)治療

【がん細胞外は酸性になっている】
特殊な試薬とMRI(磁気共鳴画像診断)を組み合わせた方法で、生体内の組織のpHを測定することができます。研究の結果、がん組織が酸性化していることが明らかになっています。 

図:移植した腫瘍組織が酸性化していることが示されている。

正確には、がん細胞内はアルカリ性で、がん細胞外が酸性化しています。これについては527話で解説しています。
がん細胞では、解糖系でのグルコース代謝が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が抑制されており、これをワールブルグ効果あるいは好気性解糖と言います。
グルコース1分子が解糖で2分子の乳酸になるときに2分子のプロトン(H+)が産生されます。

細胞内のpHが低下して酸性になると細胞内のタンパク質の活性や働きは阻害され、pH低下が顕著になれば細胞は死滅します。そこで、がん細胞は乳酸や水素イオン(プロトン)を細胞外に積極的に排出しています。
乳酸はモノカルボン酸トランスポーター(MCT)という輸送担体で細胞外に排出され、水素イオンは液胞型プロトンATPアーゼ(vacuolar H+-ATPases)モノカルボン酸輸送体(monocarboxylate transporter:乳酸-プロトン共輸送体)Na+-H+ 交換輸送体1(Na+-H+ exchanger 1:NHE1)などによって細胞外に放出されます。
このような機序でがん細胞は積極的にプロトンを細胞外に排出するので、細胞外はより酸性になり、逆に細胞内はアルカリ性になります。
がん組織の微小環境は血液やリンパ液の循環が悪いので、水素イオンはがん組織に蓄積します。その結果、がん細胞の周囲の組織は水素イオンの濃度が高くなってpHが低下します。
正常の組織のpHは7.3〜7.4程度とややアルカリ性ですが、がん組織の微小環境のpHは6.2〜6.9とより酸性になっていると言われています。

図:正常細胞では細胞内pH(pHi)は6.99〜7.05とほぼ中性で、細胞外pH(pHe)は7.3〜7.4とアルカリ性になっていて、pHeがpHiより高い。一方、がん細胞では細胞内pHは7.12〜7.7とアルカリ性になって、細胞外pHは6.2〜6.9と酸性になって、pHiがpHeより高い。

【がん組織の酸性化ががん細胞の浸潤や転移を促進している】
がん組織の酸性化した微小環境は、がん細胞の生存にとって様々なメリットを与えます。
組織が酸性化すると正常な細胞が弱り、結合組織を分解する酵素の活性が高まるため、がん細胞が周囲に広がりやすくなり、さらに血管新生が誘導されるので、がん細胞の浸潤や転移が促進されます。
組織が酸性になるとがん細胞を攻撃しにきた免疫細胞の働きが弱ります。
さらに乳酸には、がん細胞を攻撃する細胞傷害性T細胞の増殖や、免疫細胞の働きを高めるサイトカインの産生を抑制する作用があり、がんに対する免疫応答を低下させる作用もあります。
抗がん剤の多くは塩基性なので、酸性の組織には抗がん剤が到達しにくくなり、活性が低下するということも指摘されています。
したがって、がん組織の酸性化を改善できれば、抗がん剤治療や免疫療法の効き目を高めることができることになります。
さらに、水素イオンの排出メカニズムを阻害してがん細胞内のpHを低下させれば、がん細胞を死滅させることもできます。
がん組織の酸性化を阻止する方法として胃潰瘍の治療に使うプロトンポンプ阻害剤や、解糖系を抑制する2-デオキシ-D-グルコースジクロロ酢酸ナトリウムの併用療法について前回(527話)解説しています。
これに、重炭酸ナトリウム(炭酸水素ナトリウムや重曹とも言う)の摂取を併用すると、さらにがん組織の酸性化を抑制できます。重曹療法は単独でもある程度の効果はあるようです。さらに、抗がん剤治療や免疫療法の抗腫瘍効果を高めることが多くの研究で明らかになっています。 

【重炭酸ナトリウムは食品や医薬品として利用されている】
重炭酸ナトリウム(sodium bicarbonate)重炭酸ソーダ(略して重曹)や炭酸水素ナトリウム(sodium hydrogen carbonate)とも呼ばれます。
日本語では、炭酸水素ナトリウムや重曹の呼び名が多いようですが、英文の論文ではほとんどがsodium bicarbonateとなっていますので、ここでは「重炭酸ナトリウム(sodium bicarbonate)」や重曹を使っています。
化学式は NaHCO3で表わされます。ナトリウムの炭酸水素塩です。
重炭酸ナトリウムは加熱によって二酸化炭素を発生する性質を利用してベーキングパウダーとして調理に使用されます。口中で炭酸ガスを発生させるソーダ飴などには粉末で封入されます。
水に重炭酸ナトリウムとクエン酸を混ぜると炭酸ガスが発生し炭酸水となるので、飲料の材料としても用いられちます。砂糖を加え「サイダー」にしたり、レモンを加え「レモンソーダ」にするということもできます。
医薬品としては、胃酸過多に対して制酸剤として使われたり、酸性血症(アシドーシス)の治療に使われています。過剰に摂取するとナトリウムの過剰摂取が問題になりますが、適切な量であれば、安全性の高い化合物です。
重炭酸ナトリウムは水素イオン(プロトン)と反応して、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になります。この反応を利用して、がん組織に多く蓄積している水素イオンを除去してがん組織の酸性化を阻止することができます。
このような重炭酸ナトリウム(重曹)を摂取するがん治療の有効性を示す報告が増えています。

図:重炭酸ナトリウムを経口摂取すると、血中に入った重炭酸イオン(HCO3-)ががん組織に蓄積している水素イオン(プロトン)と反応して二酸化炭素(CO2)と水(H2O)になり、二酸化炭素は呼気に排出され、水は血液に拡散する。この反応によってがん組織の酸性化を抑制できる。 

【重炭酸ナトリウムはがん細胞の転移を抑制する】
がん組織の酸性化はがん細胞の浸潤や転移を促進します。重炭酸ナトリウム(重曹)を経口摂取するとがん細胞の浸潤や転移を抑制できることが動物実験で報告されています。以下のような報告があります。

Bicarbonate Increases Tumor pH and Inhibits Spontaneous Metastases.(重炭酸ナトリウムは腫瘍のpHを高めて転移を阻止する)Cancer Res. 2009 Mar 15; 69(6): 2260–2268.

【要旨の抜粋】
がん細胞における解糖によるグルコース代謝の亢進と、がん組織では血液やリンパ液の循環が悪いので、がん細胞の外側に水素イオンが蓄積し、その結果、固形がんの周囲は酸性になっている。
培養細胞や動物実験で、組織の酸性化は、がん細胞の浸潤や転移を促進することが明らかになっている。
本研究では、マウスの動物実験モデルを用いて、腫瘍組織の酸性化の阻止ががん細胞の転移を抑制できるかどうかを明らかにする目的で行った。
転移性乳がんのマウスの実験モデルを用いて、重炭酸ナトリウム(NaHCO3)を担がんマウスに経口で投与すると、腫瘍組織のpHは上昇し(アルカリ化し)、自然発生的な転移の形成が減少した。
この治療法はがん細胞外のpHを有意に上昇させ、細胞内pHは上昇させなかった。
重炭酸ナトリウム治療は、血中を循環するがん細胞の数を減らすことはなかった。
一方、がん細胞を脾臓内に注入して肝臓転移を起こす実験系で、肝臓転移が有意に減少した。これは、がん細胞の血管外遊出と着床の段階を阻止していることを示唆している。

この実験では、重炭酸ナトリウムの摂取が血中のpHを上げることはなく、また原発腫瘍の増殖を抑制することは認めませんでした。ただし、転移の発生を有意に抑制しました。
がん組織の酸性化はカテプシンBなどの細胞外マトリックスを分解するタンパク分解酵素を活性化する作用があるので、転移の過程を促進すると考えられています。
経口で重炭酸ナトリウムを摂取すると、酸性化したがん組織がアルカリ性になるので、転移が抑制されるという機序です。
この実験では、コントロールのがん組織のpHは7.0 ± 0.11で、重炭酸ナトリウムを投与したマウスのがん組織のpHは7.4 ± 0.06でした。
細胞内pH(pHi)はコントロール群が7.1 ± 0.09で、重炭酸ナトリウムを投与したマウスのがん細胞では7.0 ± 0.06で有意な差は認めていません。
同じマウスの正常組織(後脚の筋肉組織)の細胞内pHは7.22 ± 0.04、細胞外pHは7.40 ± 0.08で、重炭酸ナトリウムの投与で影響を受けませんでした。
このマウスを使った実験では、200 mmol/Lの濃度の重炭酸ナトリウム(NaHCO3)が入った飲料水を自由摂取で与えています。
重炭酸ナトリウムの分子量は84ですので、200mmol/Lは16.8g/Lを自由摂取しています。
マウスは人間に比べて体重当たりの飲水摂取量が5〜10倍くらいあります。エサも体重当たりで換算すると5〜10倍くらいです。
この実験では1日の飲水摂取量は4.2 ± 0.2 mLでした。マウスの体重は20g程度ですので、体重の5分の1程度の水を1日に飲みます。60kgの人間で12リットルに換算されます。
ネズミと人間は体重当たりの代謝率が異なり、小さい動物ほど体重当たりの飲水やエサの摂取量は多くなります。
標準代謝量は体重の3/4乗(正確には0.751乗)に比例するという法則があり、一般にマウスの体重当たりのエネルギー消費量や薬物の代謝速度は人間の約7倍と言われています。体表面積ではほぼ同じになります。これについては293話で解説しています。
このような計算では、この実験でマウスが摂取した重炭酸ナトリウムは体表1m2当たり、1日に9.4gになります。9.4 g/m2/dは70kgの人間で1日12.5gになるとこの論文の考察に記述されています。

【重炭酸ナトリウムはpH緩衝剤として安全に利用できる】
上記の論文と同じCancer Researchの同じ号に以下のような論文も掲載されています。

The Potential Role of Systemic Buffers in Reducing Intratumoral Extracellular pH and Acid-Mediated Invasion.(腫瘍組織内の細胞外酸性化と酸誘導性の浸潤の軽減における全身性緩衝剤の可能性)Cancer Res. 2009 Mar 15; 69(6): 2677–2684.

【要旨】
正常組織に比べてがん組織の細胞外pHは低下(酸性化)しており、この細胞外pH(pHe)の酸性化ががんの原発巣や転移巣において増殖や浸潤を促進していることは多くの研究によって示されている。
この研究は、pH緩衝剤を全身性に投与することによってがん組織内およびがん組織周囲の酸性化を軽減し、がん細胞の増殖と悪性進展を阻止できるという仮説を検証するために行った。
生体内において全身性のpH緩衝剤によって腫瘍組織の細胞外pH(pHe)を高めるために必要な投与量を決めるのにコンピューターシュミレーションを利用し、この目的に適する化合物を探索した。
重炭酸ナトリウム(NaHCO3)が通常の臨床試験で使用されている量の摂取によって、この目的に利用できることを明らかにした。
さらに、腫瘍組織の酸性化の軽減が、血液や正常組織のpHに影響することなく、腫瘍の増大と浸潤を有意に抑制することを認めた。
ある物質のpHの緩衝作用の有効性を決める重要な要素はそのpKa(酸解離定数)である。
重炭酸ナトリウム(NaHCO3)のpKaが6.1であり、これは細胞外のpH緩衝剤としては理想とは言えない。
細胞外pH(pHe)を高めるためには、pKaが7に近いものがより有効である。
がん組織のpHeを高め、がん細胞の増殖・浸潤を阻害する目的で全身性のpH緩衝剤を利用することは有用である。 

正常細胞の細胞外のpHは7.2〜7.4で、がん細胞の細胞外pHは6.6〜7.0と酸性化しています。このがん組織の酸性化を中和して酸性度を低下させる全身性のpH緩衝剤の服用はがん治療に有効に作用することが明らかになっています。
理想的なpH緩衝剤はpKa(酸解離定数)が7に近いものが良く、重炭酸ナトリウム(NaHCO3)のpKaが6.1であるため、まだより有効性の高いものがないか探索しています。しかし、他のバッファー(pH緩衝剤)では、副作用などの観点から、現時点では重炭酸ナトリウム(重曹)が最も使いやすいという考察です。
重炭酸イオンは水素イオンと反応して二酸化炭素(呼気から排出)と水(血液に拡散)になるので、副作用は起こりにくいという理由のようです
重炭酸イオンは体内で生理的はpH緩衝剤として働いており、人工的なpH緩衝剤は長期間の服用には安全性が問題があるということです。
重曹は食品や医薬品として利用され、1日10〜20グラム程度でがん組織の酸性化の軽減に有効に作用し、この程度の量であれば、長期に使用しても安全性に問題がないことが知られているからです。
この論文では、血中の重炭酸イオン(HCO3-)の上昇は、血液のpHには影響せずに、がん組織とがん組織周辺の酸性血症(アシドーシス)を正常化することを確認しています。
重炭酸ナトリウムは血液のような正常なpH(7.35–7.45)をアルカリ化することはせずに、酸性化したがん組織(pHが6.6〜6.9)は正常なpHに向けて緩衝作用を示すことが示されています。
この論文では、70kgの人間換算で1日37gの重炭酸ナトリウムの摂取で行っています。
この論文の考察では、重炭酸ナトリウムの1日の摂取量は25から50グラム程度を推奨しています。
この程度の投与量は、尿細管性アシドーシスや鎌状赤血球症などの治療で、長期間(1年以上)使用されており、安全性には問題ないと記述されています。
さらに、この論文では、79歳の全身転移のある腎臓がんの患者の例を記載しています。
最初の抗がん剤治療が無効だったために、その患者さんは標準治療を中止し、ビタミンやサプリメントと一緒に60gの重炭酸ナトリウムを摂取する代替医療を自分で開始しました。そして、この論文を投稿するまでの10ヶ月間、がんの進行は止まって、病状が安定しているという症例を紹介しています。

【重炭酸ナトリウムは発がん過程を抑制する】
以下のような論文があります。

Systemic Buffers Inhibit Carcinogenesis in TRAMP Mice.(全身性のpH緩衝はTRAMPマウスの発がんを阻害する)J Urol. 2012 Aug; 188(2): 624–631.

がん組織の微小環境において、組織の低酸素や酸性化が発がん過程を促進することが知られています。さらに、がん組織の低酸素や酸性化が、がん細胞の浸潤性や転移を促進することが報告されています。
そこで、初期のがん組織の段階で、pH緩衝剤(重炭酸ナトリウム)を使って、がん組織の酸性化を阻止すると、がんの進行や浸潤性の性質が抑えられるかどうかを検討する目的で実験が行われています。
低酸素はグルコースの解糖系への代謝への移行を促進し、乳酸と水素イオン(プロトン)の産生を増やして、がん組織の酸性化を促進します。がん組織の酸性化はさらに、がん細胞の浸潤や転移を促進します。その結果、初期のがんが進行がんになっていきます。
TRAMPマウスは、発がんたんぱく質のSV40抗原を発現させることによって自然発症の前立腺がんを発生させることができる遺伝子改変マウスです。がん予防効果のある成分の探索などにも使われます。
この前立腺がんを自然発症するマウスを用いて、重炭酸ナトリウムを経口投与すると、がんの発生が予防できるかどうかを検討しています。
重炭酸ナトリウムの投与は200mMの濃度で重炭酸ナトリウムを溶かした飲水の自由摂取を4週齢と10週齢から開始しています。
コントロール群(重炭酸ナトリウム非投与)ではTRAMPマウスの18匹全てで、平均13週齢で、3次元超音波検査で前立腺がんの発生を認めました。全てのマウスが52週齢以内(中央値37週齢)に死亡しました。
重炭酸ナトリウムの投与を6週齢以前に開始した10匹のマウスでは、全てが76週以上まで生存し、超音波検査で前立腺がんの発生は認めませんでした。解剖による前立腺の組織学的検査では、前立腺組織の過形成(hyperplasia)は認めましたが、70%にはがんは認めず、のこり30%では高分化型の小さな前立腺がんが認められました。
重炭酸ナトリウムの摂取を6週以降に開始した9匹のTRAMPマウスでは、前立腺がんの発生はコントロール群と同じでした。
つまり、重炭酸ナトリウムの摂取を早い段階から開始すれば、前立腺がんの自然発症モデルのTRAMPマウスの発がんを抑制できるという結果です
全身性のpH緩衝剤としての重炭酸ナトリウムが、初期のがんから浸潤性のがんへの進展を抑制できるという結果です。この実験系で6週齢以前に重炭酸ナトリウムの摂取を開始するとがんの発生を阻止して天寿まで生きれるという結果です。
TRAMPマウスはがんウイルス抗原のSV40たんぱく質を発現させて強力に発がんさせるモデルなので、がんの発生を完全に抑制できる効果は、かなり強いがん予防効果と言えます。
この論文では、マウスに投与した重炭酸ナトリウムの量は人間に換算すると1日約0.4g/kgと記載されています。60kgで24グラムです。この投与量は鎌状赤血球症の臨床試験で1年以上の投与が行われています。
しかし、人間でがん予防の目的での臨床試験には使うのか困難かもしれません。人間でのがん予防効果の評価には数年以上の長期間の試験が必要だからです。
しかし、もっと安全で有効なpH緩衝剤が開発できれば、長期のがん予防試験にも利用できるかもしれないと言っています。 

【重炭酸ナトリウムはmTORC1阻害剤の効き目を高める】
以下のような論文があります。

Acidic tumor microenvironment abrogates the efficacy of mTORC1 inhibitors.(腫瘍組織の酸性の微小環境はmTORC1阻害剤の効果を阻害する)Mol Cancer. 2016 Dec 5;15(1):78.

mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)はセリン・スレオニンキナーゼ(タンパク質のセリンやスレオニンをリン酸化する酵素)の一種で、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たしています。

栄養摂取やインスリン、成長ホルモン、IGF-1、サイトカインなどの増殖刺激が細胞に作用すると、それらの受容体などを介してPI3キナーゼ(Phosphoinositide 3-kinase:PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAkt(別名:Protein Kinase B)というセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。
活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORC1というわけです。
Aktによってリン酸化(活性化)されたmTORC1は細胞分裂や細胞死や血管新生やエネルギー産生などに作用してがん細胞の増殖を促進します(下図)。

 

図:栄養摂取やインスリン、インスリン様成長因子-1(IGF-1)、サイトカインなどの増殖刺激が細胞に作用すると、PI3Kが活性化され、その下流に位置するAktの活性化、mTORC1の活性化と増殖シグナルが伝達される。mTORC1は栄養素の取込みやエネルギー産生、細胞分裂・増殖、細胞生存、抗がん剤抵抗性、血管新生を亢進し、オートファジー(自食作用)を抑制するので、mTORC1の活性化はがん細胞の発生や増殖や転移を促進する方向で働く。ラパマイシンはmTORC1の活性を直接阻害することによって抗がん作用を発揮する。 

mTOR阻害剤は免疫抑制という欠点を持ちますが、がん細胞や肉腫細胞の多くにおいてmTORが活性化されているため、抗がん剤として有効性が高く、すでに幾つかのmTOR阻害剤が開発され、抗がん剤として使用されています。
テムシロリムス(Temsirolimus、商品名トーリセル)はラパマイシン誘導体で、静脈内投与可能なmTOR阻害剤です。経口mTOR阻害剤としてエベロリムス(商品名アフィニトール)が承認されています。

この論文では、ラパマイシンを使って実験しています。
マウスの移植腫瘍を使った実験で、がん組織の微小環境が酸性だと、ラパマイシンの抗がん作用は減弱するということです。
そして、重炭酸ナトリウムをマウスに摂取させて、がん組織の微小環境の酸性度を低下させると、ラパマイシンの抗腫瘍効果は増強しました。
重炭酸ナトリウムとラパマイシンをそれぞれ単独で投与した場合に比べて、両者を併用して投与すると、移植腫瘍はほとんど消滅するくらいの抗腫瘍効果を示しています。
この実験でも、重炭酸ナトリウムは200mmol/Lの濃度の飲水を自由摂取で投与しています。
弱アルカリ性の抗がん剤(ドキソルビシンなど)も重炭酸ナトリウムは抗がん剤の細胞内取込みを促進して抗腫瘍効果を高めると記述しています。 

【重炭酸ナトリウムによるがん組織のアルカリ化は免疫療法の効き目を高める】
免疫療法として注目されているオプジーボヤーボイ養子免疫療法のときに、重曹(重炭酸ナトリウム)治療を併用する価値はありそうです。以下のような報告があります。

Neutralization of Tumor Acidity Improves Antitumor Responses to Immunotherapy.(腫瘍組織の酸性度の中性化は免疫療法の抗腫瘍応答を改善する)Cancer Res. 2016 Mar 15;76(6):1381-90.

【要旨】
免疫チェックポイント阻害剤や養子T細胞療法のようながんの免疫療法は、臨床効果を発揮する場合もあるが、まだ解明されていない抑制メカニズムの存在によって、その有効性は低い。
固形がんの微小環境は高度に酸性化している特徴があり、この環境が抗腫瘍免疫の効果を妨げている可能性がある。
この研究においては、免疫療法における腫瘍組織の酸性化の影響を検討した。
培養細胞を使った実験で、pHが酸性の条件では、T細胞の活性化が阻害され、解糖によるグルコース代謝が抑制された。
酸性pHによるインターフェロン-γの産生阻害は、mRNA転写のレベルではなく、たんぱく質の翻訳後の阻害であることが示された。
がん組織の酸性化は細胞内pHには影響しない。これは、細胞膜に発現している特殊なpH感受性受容体が細胞外の酸性化を感知して細胞内にシグナルを送ることを示唆している。T細胞にはこのようなpH感受性受容体が4種類発現している。
注目すべきことに、マウスにがん細胞を移植した実験系で、重炭酸ナトリウム治療で腫瘍の酸性度を中和すると、移植腫瘍の増殖が抑制され、この腫瘍組織内でTリンパ球の浸潤の増加が認められた。
さらに、抗CTLA-4抗体や抗PD1抗体による治療や養子T細胞療法に重炭酸治療を併用すると、多くの実験モデルにおいて抗腫瘍応答を増強し、いくつかの実験系ではがんが治癒した。
以上の結果から、pHをアルカリ化する緩衝剤を経口摂取することによって腫瘍組織内のpHを高めることは、免疫療法の効果を高めることができる。速やかに臨床で使用する価値がある。

細胞傷害性T細胞(キラーT細胞)は抗原提示細胞(樹状細胞やマクロファージ)から抗原を提示されると活性化されて、敵(病原菌やがん細胞など)を攻撃します。

細胞傷害性T細胞にはPD-1CTLA-4という受容体が存在します。
PD-1はプログラム細胞死1(programmed death-1)、CTLA-4は細胞傷害性Tリンパ球抗原-4 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4)の略です。

これらの受容体のリガンド(受容体に結合して作用する物質)となるPD-L1やB7(B7-1, B7-2)を抗原提示細胞が持つことによって細胞傷害性T細胞の働きを抑制しています。
つまり、PD-1受容体やCTLA-4受容体がリガンドによって刺激されると、T細胞の増殖が停止し細胞死を来すことになります。このようにして細胞傷害性T細胞の過剰な応答を制御しています。

細胞傷害性T細胞の働きを阻害するPD-L1やB7はがん細胞にも発現しています。つまり、がん細胞は免疫系の制御システムを利用して、がん組織内の細胞傷害性T細胞の働きを阻止しています。

PD-1受容体やCTLA-4受容体は細胞傷害性T細胞を死滅させるスイッチなようなものなので、これらのスイッチが入らないようにすれば、細胞傷害性T細胞は生き残ってがん細胞の攻撃力を高めることができます。

CTLA-4に対する抗体(ヒト型抗ヒトCTLA-4モノクローナル抗体)のイピリブマブ(ipilimumab、米国での販売名 : YERVOY)はT細胞のCTLA-4の働きを阻止することで、腫瘍抗原特異的なT細胞の活性化と増殖を促して腫瘍増殖を抑制する作用を発揮します。
PD-1の阻害薬としてはヒト型抗PD-1モノクローナル抗体のニボルマブ(nivolumab商品名「オプジーボ(Opdivo)」)があります。

これらは免疫チェックポイント阻害剤と言います。
体に備わったがん細胞に対する攻撃力を高めてがんを治療しようというのが「がんの免疫療法」の理論です。「免疫細胞を活性化する」という従来の免疫療法では、十分な効果が得られなかったのですが、その大きな理由は免疫応答にブレーキをかける仕組みの存在であることが明らかになってきました。このブレーキを解除して免疫細胞に100%の力でがん細胞を攻撃させようというのが、CTLA-4やPD-1/PD-L1をターゲットにした治療法です。(下図)

図:①抗原提示細胞上にはMHCクラスII(MHC-II)といわれる分子があり、抗原を介してT細胞上のTCR(T細胞受容体)と反応して細胞傷害性T細胞を活性化する。②T細胞上にはCD28とCTLA-4があり、CD28は恒常的に発現し、抗原提示細胞からのB7-1やB7-2というリガンドによってT細胞活性化に作用する。③一方、CTLA-4はT細胞活性化にともなって発現が誘導され、B7-1やB7-2によって刺激されるとT細胞を抑制する。CTLA-4はCD28よりもB7に対する親和性が強いので、活性化したT細胞の過剰な応答を抑制する。④同様に、PD-1(Programmed death-1)は抗原提示細胞のPD-L1(別名B7-H1)と結合することによって抑制型の免疫調節シグナルを活性化させる。がん細胞もB7-1やB7-2やPD-L1が発現しており、細胞傷害性T細胞の働きを抑制している。⑤T細胞のCTLA-4とPD-1の働きを特異抗体で阻害すると、がん細胞に対する細胞傷害性T細胞の働きを高めることができる。

しかし、がん組織が酸性化していると、細胞傷害性T細胞の働きは低下します。pHが低いという状況が細胞の働きを弱めるからです
ナチュラルキラー細胞(NK)活性が酸性の条件では低下することが報告されています。
NK細胞は細胞傷害性リンパ球の1種で、細胞を殺すのにT細胞とは異なり事前に感作させておく必要がないということから、生まれつき(natural)の細胞傷害性細胞(killer cell)という意味で名付けられています。腫瘍細胞やウイルス感染細胞の拒絶に重要な働きを担っており、NK細胞活性を高めることはがん細胞の排除に有効です。
以下のような報告があります。

Natural killer-cell activity under conditions reflective of tumor micro-environment.(腫瘍組織の微小環境を反映する条件下でのナチュラルキラー細胞の活性) Int J Cancer. 1991 Jul 30;48(6):895-9.

この論文では、がん組織の微小環境の特徴である低酸素分圧、低グルコース濃度、酸性といった条件で、がん組織に存在するナチュラルキラー細胞の活性がどのように影響を受けるかを検討しています。
低酸素(1% O2)や低グルコース濃度(6mg/dl)はNK活性を低下させませんでしたが、無酸素(0% O2)と酸性条件(pHが6.4または6.7)ではNK活性が顕著に低下することが報告されています。
したがって、がん組織の酸性化を軽減する重炭酸ナトリウムの摂取を併用すると、オプジーボやヤーボイなどの免疫チェックポイント阻害剤や活性化したT細胞を点滴する養子免疫療法やNK(ナチュラルキラー)細胞療法など、免疫療法を行うときには重曹療法を併用する価値はあります。極めて安価な方法で、高額な治療の効果を高めることができます。

【がん組織における乳酸産生と酸性化を抑制する治療を組み合わせるがん治療】
乳酸もがんの進展や免疫細胞の抑制に重要です。以下のような報告があります。

Functional polarization of tumour-associated macrophages by tumour-derived lactic acid.(腫瘍由来の乳酸による腫瘍関連マクロファージの機能的極性化)Nature. 2014 Sep 25; 513(7519): 559–563.

腫瘍細胞が産生する乳酸が血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の発現を亢進し、腫瘍関連マクロファージをM2型に誘導します。
がん組織に浸潤したマクロファージをTAM(tumor-associated macrophage;腫瘍関連マクロファージ)と言い、血管新生、増殖因子産生、免疫抑制、転移促進などのさまざまな機能により発がん・悪性化を促進する働きをしています。
活性化したマクロファージから産生されるプロスタグランジンE2や炎症性サイトカインはがん細胞を悪化させ、抗腫瘍免疫を抑制してがん細胞の増殖を促進し、転移や再発を促進することが明らかになっています。
血中を循環する単球は、皮膚などの末梢組織に入るとマクロファージとよばれる細胞に分化します。マクロファージはM1型とM2型に分けられます。
M1型はがん細胞を攻撃する作用がありますが、炎症と組織傷害を進める作用があります。一方、M2型は炎症を収束させるように働きますが、CTL活性を抑制して抗腫瘍免疫を阻止する作用を持っています
がんの免疫療法の効果を高めるためにはM1型を亢進し、M2型を抑制することが重要と考えられています。

図:①シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)とシグナル伝達兼転写活性化因子3(Signal transducer and activator of transcription 3 :STAT3)はマクロファージをM1型からM2型に変換して活性化する。②M2型TAMはVEGF, FGF-2, IL-1, and IL-8を産生して血管新生を亢進し、③EGF, FGF-2, IL-6, TGF-β, PDGFを産生してがん細胞の増殖を亢進する。④さらに、がん細胞と融合したり、EGF, IL-6, IL-8を産生して、がん幹細胞の性状をがん細胞に獲得させる。⑤さらにMMPs(matrix metalloproteinase)やEGFの産生を促進してがん細胞の浸潤性を高める。このようにして、M2型腫瘍関連マクロファージ(Tumor-associated macrophage: TAM)はがん細胞の増殖、転移、治療抵抗性、再発を促進する。(参考:J Zhejiang Univ Sci B. 15(1): 1–15. 2014年, Fig.1) 

乳酸はM1型マクロファージを阻害し、M2型マクロファージを亢進するという結果です。その結果、CTL(細胞傷害性T細胞)の活性は抑制され、抗腫瘍免疫は低下します。したがって、乳酸の産生抑制は免疫細胞の働きを高めます。
したがって、がん細胞の解糖系を阻害する2-デオキシ-D-グルコースジクロロ酢酸ケトン食、がん細胞外への水素イオン(プロトン)の排出を阻害する胃潰瘍治療薬のプロトンポンプ阻害薬、そして、今回紹介した重曹(重炭酸ナトリウム)治療の併用は、抗がん剤治療や免疫療法と併用する価値はあります。
重曹(重炭酸ナトリウム)は医薬品レベルのものもネットで購入できます。体重1kg当たり1日に0.4gを目安に摂取すると良いと思います。がんが大きいときは、副作用がなければもう少し増量しても問題ありません。プロトンポンプ阻害剤やジクロロ酢酸などを併用すれば、重炭酸ナトリウムの量を減らせます。(ただし、副作用の観点から、組合せには十分な注意が必要です。)

 

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