312)牛乳・乳製品はがんを「抑制する」のか「促進する」のか?

図:mTORC1(mammalian target of rapamycin complex-1:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質複合体-1)は成長因子(インスリン、インスリン様成長因子など)やブドウ糖やアミノ酸(特にロイシン)によって活性化される。活性化されたmTORC1はシグナル伝達の下流に存在する様々なキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)などを介してタンパク質合成や細胞分裂を促進し、その結果がん細胞の増殖を促進する。したがって、グリセミック負荷(ブドウ糖負荷)の高い高糖質食や牛乳・乳製品(特に牛乳タンパク質)や肉類は、mTORC1を介するシグナル伝達系を刺激してがんの発生や進展を促進する。がん細胞はグルコーストランスポーターやアミノ酸トランスポーターや様々な成長因子の受容体の発現量が増えていて、このような食品による増殖促進作用を受けやすい。これらの食品を減らし、さらにmTORC1の活性を抑制する方法を併用するとがん細胞の増殖を抑えることができる。AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化するとmTORC1の活性化を抑えることができる。AMPKの活性化やmTORC1の抑制に役立つ成分として、糖尿病治療薬のメトホルミンの他、ベルベリン、アルクチゲニン、ジインドリルメタン、レスベラトロール、クルクミン、カフェイン、エピガロカテキンガレート(EGCG)などの天然成分が知られている。

312)牛乳・乳製品はがんを「抑制する」のか「促進する」のか?

【牛乳や乳製品は大腸がんの発生を予防する】
がんの発生における牛乳や乳製品の影響はがんの種類によって異なります。牛乳や乳製品が大腸がんの発生を予防するという報告は多数あります。一方、牛乳や乳製品が前立腺がんの発生や進展を促進することはほぼ確実になっています。
大腸がんに対する牛乳や乳製品の影響に関しては、以下の論文に最新の結果がまとめられています。

Dairy products and colorectal cancer risk: a systematic review and meta-analysis of cohort studies.(乳製品と結腸直腸がんのリスク:コホート研究のシステマティックレヴューとメタ解析)Ann Oncol 23(1): 37-45, 2012
この論文では、2010年5月までに発表された19件の前向きコホート研究のメタ解析の結果を報告しており、牛乳を1日200g飲むと大腸がんの発生リスクが0.91(95%信頼区間:0.85-0.94)に、全乳製品として1日400gの摂取でリスクが0.83(95%信頼区間:0.78-0.88)に低下し、発生予防効果は男女ともに見られたという結果になっています。ただし、チーズでは予防効果が認められていません。この論文の結論は、「牛乳および全乳製品の摂取量は結腸直腸がんの発生リスクの低減に関連している」となっています。

大腸がんの発生を促進する食品として、赤身の肉と加工肉とアルコール(男性の場合)が挙げられています。牛乳や乳製品は大腸がんの発生を予防する効果が指摘されており、そのメカニズムとして、牛乳中のカルシウムが、大腸発がんを促進する2次胆汁酸(胆汁酸が腸内細菌で代謝されたもの)やイオン化した脂肪酸と結合することによって、大腸粘膜上皮細胞の発がんや細胞増殖作用を防ぐためと考えられています。
動物実験や人間での臨床試験で、カルシウムが大腸粘膜細胞の増殖活性を低下させることが示されており、カルシウムの摂取が大腸がんの予防効果があることはある程度コンセンサスが得られています。牛乳の大腸がん予防効果も、カルシウムによるものと考えられています。カルシウム以外にも、乳製品中のラクトフェリンや発酵乳製品中の乳酸菌、ビタミンD、酪酸などががん予防効果に関与している可能性も示唆されています。
しかし、脂肪が多いと胆汁酸の分泌を増やすので2次胆汁酸も増え、またチーズやクリームのような幾つかの乳製品は大腸がんの発生を促進する可能性が指摘されています。したがって、「低脂肪や無脂肪の牛乳なら、大腸がんに関しては予防効果が期待できるかもしれない」というレベルの効果だと言えます。また、この作用機序は大腸だけに当てはまるもので、他の部位のがんの予防効果にはならないと言えます。

【乳製品は乳がんを予防する可能性がある】
疫学研究からは「乳製品が乳がんの発生を予防する」という結果が報告されています。以下のような論文があります。

Dairy consumption and risk of breast cancer: a meta-analysis of prospective cohort studies.(乳製品の摂取と乳がんリスク:前向きコホート研究のメタ解析)Breast Cancer Res Treat. 127(1):23-31. 2011
この論文では、2011年1月までに発表された18件の前向きコホート研究の結果をメタ解析で検討しています。対象人数は100万人以上で、24000人余りの乳がん発生を統計的に解析しています。
乳製品全体の摂取量で比較して、摂取量の多い人は少ない人に比べて乳がん発生の相対リスクが0.85(95%信頼区間:0.76-0.95)に低下することが報告されています。ただし、牛乳だけの摂取量に関しては、統計的に有意な差は認められていません。乳製品でも低脂肪の製品の方が高脂肪の製品に比べて予防効果が高い傾向が認められています。また、閉経前の女性の方が閉経後の女性より乳製品による予防効果が高いという結果が得られています。この論文の結論は「全乳製品の摂取量が多いほど乳がん発生のリスクが低下する(ただし、牛乳だけではこのような関係は認めない)」ということです。
牛乳には女性ホルモンのエストロゲンが含まれている可能性があるのですが、その量は極めて少ないので、人間の体内産生量からは無視できると考えられています。乳製品がなぜ乳がんを予防するのかは不明です。乳がんを予防する何らかの成分が存在するのか、あるいは腸内細菌などに作用して腸内環境を良くする可能性も指摘されています。
大腸がんと乳がんの他に、膀胱がんに対しても乳製品が予防効果を示す可能性が報告されています。

【牛乳や乳製品は前立腺がんの発生や進展を促進する】
大腸がんや乳がんとは対照的に、前立腺がんの発生や増殖に対しては牛乳や乳製品が促進する方向で作用することが多くの研究で示されています。前立腺がんの他には、卵巣がんでも牛乳や乳製品が発生率を高める結果が得られています。
47,781人を対象にした米国の「the Health Profesional Follow-up Study」では、1日2回以上牛乳を飲む人は、進行性の前立腺がんを発症するリスクが1.6倍になることが報告されています。(Cancer Res. 58(22):5117-22. 1998)
同じく米国の2万人以上の医師を対象に11年間追跡調査した「the Physicians Health Study」では、1日2.5回以上の乳製品の摂取は、1日1回以下の摂取に比べて、前立腺がんの発生率が1.34倍になるという結果が得られています。(Am J Clin Nutr. 74(4):549-54. 2001)
この論文では、カルシウムの摂取量が多いほど前立腺がんの発生率が高いということから、牛乳や乳製品によるカルシウムの摂取がビタミンDの体内産生量を低下させることが発がん促進効果と関連していると推測しています。ビタミンD自体にがん予防効果があるので、カルシウムの摂取が多いとビタミンDの血中濃度が低下するので、前立腺がんの発生が増えるというメカニズムを提唱しています。(ただし、この牛乳による前立腺がん発生促進のカルシウム-ビタミンD仮説は、その後の研究によって根拠が乏しいという意見が多くなっています)
さらに、40カ国の前立腺がんの発生率と牛乳や乳乳製品の消費量の関係を検討した研究では、牛乳・乳製品の消費量と前立腺がんの発生との間に強い正の相関があるという結果が得られています。(Int J Cancer. 98(2):262-7. 2002)
一人当たりの牛乳・乳製品の消費量と前立腺がんの発生率および死亡数が正の相関を示していることが、いろんな研究で示されています。日本では、第二次大戦後に前立腺がんの死亡数が25倍に増えており、その間に、牛乳の摂取量は20倍、肉は9倍、卵は7倍に増えており、このような食事の内容の変化が前立腺がんの増加と関連していると考えられています。
197人の前立腺がん患者を対象にしたイタリアのケース・コントロール研究では、乳製品の摂取が多い上位20%は摂取量が少ない下位20%に比べて、前立腺がんの発生リスクが2倍以上に高くなることが報告されています。(Prostate. 70(10):1054-65. 2010)
牛乳が前立腺がんの進展を促進する可能性を示唆する報告もあります。
1986年から2006年に診断された3918人の前立腺がんの男性を対象にして2008年まで追跡調査した結果が報告されています。追跡期間中に298例で転移が見つかり、229例が前立腺がんによって死亡しています。診断後の牛乳や乳製品の摂取量と死亡との間に関連は認められていません。しかし、牛乳を多く摂取する上位20%は摂取量の少ない下位20%に比べてがんの進行が2.15倍になることが示されています。しかし、低脂肪の牛乳の場合は、むしろ多く摂取する方ががんの進行リスクが0.62に低下する結果が得られています。(Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 21(3):428-36. 2012 )
14万人余りを平均8.7年間追跡したヨーロッパで行われた前向きコホート研究では、1日当たりの牛乳タンパク質の摂取量が35g増えると前立腺がんの発症率が32%増えるという報告もあります。(Br J Cancer. 98(9):1574-81. 2008 )
この研究では、牛乳からのカルシウムの摂取と前立腺がんの発生との間には正の相関がありましたが、他の食品からのカルシウムの摂取量とは関連が無かったため、カルシウムが前立腺がんの発生を促進する可能性は否定的になっています。最近の考えでは、牛乳中のタンパク質の関与が指摘されています。
アラスカ原住民のイヌイットの人々には前立腺がんがほとんど見られないと言われており、その理由として、イヌイットの人たちは魚油のDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)が多いからとか、穀物(糖質)をほとんど食べないからと言われていますが、乳製品を全く摂取しないからだという意見もあります。(実際は、これらの全ての相乗効果と考える方が合理的です)

【牛乳・乳製品には成長を促進する何かがある】
牛乳は、良質のタンパク質とビタミンやミネラルなど栄養素が豊富です。子牛を育てるために必要な栄養素だけでなく、成長を促進する成分や生体防御に関与する成分なども含まれています。したがって、子供の成長や健康増進に最も役立つ食品であることは間違いありません。
しかし、がんの研究領域の立場からは、「成長に役立つ」という牛乳の効果が、がん細胞の増殖を促進する可能性が懸念されます。疫学的研究では前述のように牛乳や乳製品にはある種のがんに対してがん予防効果があり、特に低脂肪のミルクはがんを促進するというはっきりしたデータは得られていません。
しかし、ミルク(牛乳や人間の母乳など)というのは、生まれて間もない時期に与えられる食事であり、その中に成長を促進する成分や因子が含まれているという点に注意しておく必要があります。例えば、ミルクを飲むと、インスリン様成長因子-1(Insulin-like Growth Factor-1: IGF-1)の産生量が増えることが多数の臨床試験で確認されています。成長ホルモンはIGF-1の作用によって体の成長や発育を促進します。牛乳を多く飲むと体格が良くなることは良く知られていますが、その作用機序として、牛乳タンパク質がインスリンやIGF-1の分泌を高めるからです。以下のような論文があります。

Milk consumption and circulating insulin-like growth factor-I level: a systematic literature review.(牛乳の摂取と血中インスリン様成長因子-I濃度:システマティックレヴュー)Int J Food Sci Nutr. 7:330-40. 2009
この論文では、前立腺がんの発生率と血中のインスリン様成長因子-Iの濃度、あるいは牛乳の摂取量が正の相関を示すという研究結果があることから、牛乳の摂取量が多い人ではインスリン様成長因子-Iの濃度が高いかどうかを確かめるために研究が行われています。
牛乳の摂取とインスリン様成長因子-Iの血中濃度に関する臨床試験で、2009年3月までに報告された英文の学術雑誌を検索し、15件の横断研究(cross-sectional studies)と8件のランダム化比較対照試験を選び出し、総合的に検討しています。
この論文の結論は「牛乳を多く摂取している人はIGF-Iの血中濃度が高い」、したがって「牛乳の摂取は血中のIGF-Iの濃度を高める可能性がある」ということです。
IGF-1はがんの発生や進展を促進することが知られています。IGF-Iはがん細胞の増殖を促進し、IGF-Iの血中濃度が高い人は、がんの予後が悪いというデータもありますので、がん患者にとっては牛乳の摂取は良くないと言えるかもしれません。
人間の場合、成長過程に必要な成長因子やホルモンは、がん年齢(中年以降)になるとがんを促進する方向で作用します。例えば、男性ホルモンも女性ホルモンも、それぞれ前立腺がんや乳がんの発生を促進し、様々な成長因子や増殖因子はがん細胞の発育を促進すます。したがって、乳幼児のときに有用な食品が、がん年齢の人々が摂取して問題ないのかという懸念があります。
また、「人類が農耕を始めてからがんが増えている」という一部の意見によると、農耕が始まってから増えた食品が穀物と乳製品ということになっており、穀物(糖質)と乳製品の摂り過ぎががん患者を増やしている可能性を指摘する意見もあります。
特に、糖質によるグリセミック負荷(ブドウ糖負荷)と牛乳や乳製品の組合せ(シリアルと牛乳、パン食と牛乳、ピザ、チーズバーガーなど)が、発がんを促進するという意見があります。
牛乳に含まれるタンパク質には細胞の成長を促進するアミノ酸(ロイシンなど)が豊富であることが、がんの促進との観点から研究されています。

【牛乳のアミノ酸組成はがん細胞の増殖促進作用が高い】
がん細胞では増殖活性が高いので、栄養素の必要量も高いのは当然です。がん細胞では、グルコース(ブドウ糖)やアミノ酸の取込みが亢進していることは良く知られています。
グルコースやアミノ酸は、それぞれのトランスポーターを使って細胞膜を通過します。グルコースもアミノ酸も水溶性なので、細胞膜をそのままでは通過できないためです。
がん細胞では、グルコースを取込むグルコース輸送担体(グルコース・トランスポーター)の発現量が増え、大量のグルコースを取りこんで、エネルギー産生と物質合成の材料に使っています。
さらに、がん細胞では、多くの必須アミノ酸の取込みを担う中性アミノ酸トランスポーターLAT1(L-type amino acid transporter)の発現が高まっています。LAT1は、ロイシン、イソロイシン、バリン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、メチオニン、ヒスチジンなど大型側鎖をもつ中性アミノ酸を輸送し、多くのがん細胞でLAT1の発現が亢進しています。
LAT1の発現はがん特異性が高いので、LAT1で選択的に取込まれる化合物にアイソトープを標識すると、がん組織を検出でき、その特異性と感度はPET検査より高いと言われています。また、LAT1の発現量が多いがん細胞は増殖速度が早く、予後が悪いという研究結果も報告されています。
がん細胞に多く取込まれるアミノ酸のうち、ロイシンががん細胞の増殖促進に重要な役割を担っていることが知られています。
ロイシンは必須アミノ酸のひとつで、イソロイシン、バリンとともに、その分子構造から分岐鎖アミノ酸類(Branched Chain Amino Acid :BCAA)に分類され、1日の必要量が必須アミノ酸9種中では最大のアミノ酸です。
ロイシンにはインスリン分泌促進作用があり、筋肉の成長・修復・強化を助ける効果があります。そのため、スポーツ選手によく利用されているアミノ酸です。
しかし、インスリンはがん細胞の増殖を促進します。一般に、インスリンは血糖の上昇に応じて分泌され、糖質以外はインスリン分泌を高めないと言われていますが、ロイシンなど幾つかのアミノ酸にはインスリンの分泌を刺激し、さらに、がん細胞の増殖に重要なmTORC1の活性を高める作用があります(mTORC1については後述)。
ブドウ糖以外がインスリンの分泌を高める機序としては、インクレチンと呼ばれる消化管ホルモンの関与が考えられています。食物が消化管に入ってきたことを感知してホルモンを分泌する細胞が消化管に存在します。インクレチンは、腸に食物が入ってきたり吸収されるのを感知して腸から分泌され、いろんな臓器に指令を出します。膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促したり、脳に作用して食欲を抑えたり、胃に作用して胃から腸への食物の排出を抑制したりすることによって血糖を下げる効果を示します。以下のような論文があります。

The insulinogenic effect of whey protein is partially mediated by a direct effect of amino acids and GIP on β-cells.(乳清タンパク質のインスリン分泌促進作用は、アミノ酸とグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチドのβ細胞に対する直接作用によって部分的に達成される)Nutr Metab (Lond). 2012 May 30;9(1):48. doi: 10.1186/1743-7075-9-48.
【要旨の抜粋】
ホエイプロテイン(whey protein:乳清タンパク質)は食後の血中インスリン濃度を高める。この作用は、アミノ酸のロイシン、イソロイシン、バリン、リジン、スレオニンと、インクレチンの一種のグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド (glucose-dependent insulinotropic polypeptide, GIP)の血中濃度の上昇と密接に関連している。ホエイプロテインのインスリン分泌刺激作用に対するこれらの因子の作用をマウスの膵臓のランゲルハンス島を使って検討した。
健常人のボランティアに糖質の含量が同じで、精白した小麦パン(コントロール)とホエイプロテインを摂取させた後に血液を採取し、培養しているランゲルハンス島の培養液に血清を添加して、インスリン分泌に対する作用を比較した。
食後の血中のアミノ酸およびグルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド (glucose-dependent insulinotropic polypeptide, GIP)、グルカゴン様ペプチド-1 (Glucagon-like peptide-1:GLP-1)の濃度は、精白した小麦パン(white wheat bread)を摂取後に比べて、ホエイプロテインを摂取した後の方が高かった。培養したランゲルハンス島からのインスリン分泌を刺激する作用は、コントロールに比べてホエイプロテインを摂取した後では、摂取15分後の血清で87%の増加、摂取30分後の血清で139%の増加を認めた。
イソロイシン、ロイシン、バリン、リジン、スレオニンを組み合わせて添加すると、インスリン分泌は270%の増加を認めた。この増加は、GIPを加えることによって558%の増加になった。このホエイプロテインによるインスリン分泌促進は、GIP受容体の阻害剤によって低下した。
以上の結果から、牛乳のホエイプロテン(乳清タンパク質)は、摂取後のアミノ酸やインクレチン(GIPやGLP-1)の血中濃度を高め、膵臓のランゲルハンス島のβ細胞を直接刺激してインスリンの分泌を促進する作用が示された

牛乳に含まれるタンパク質の多くはホエイプロテイン(約20%)とカゼイン(約80%)です。これらのタンパク質はインスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激するようなアミノ酸組成になっていることが示唆されています。その理由は、牛乳には、子牛の成長を促進する必要があるからです。
肉のタンパク質にも、これらのアミノ酸が含まれていますが、その組成は牛乳タンパク質に比べると、インスリンやインスリン様成長因子の産生を刺激する作用は弱いことが報告されています。
牛乳タンパクのうち、ホエイプロテンはインスリンの分泌刺激が強く、カゼインはインスリン様成長因子の分泌刺激が強いようです(下表)。
カゼインは乳タンパク質の80%を占め、チーズに多く含まれています。カゼインががんの増殖を促進することが指摘されていますが、インスリン様成長因子の産生と関係しているかもしれません。チーズはがんには良くない可能性が示唆されます。


タンパク質も摂り過ぎるとがんを促進しますが、その種類も重要です。ロイシン、イソロイシン、バリンの分岐鎖アミノ酸の豊富な牛乳や乳製品はがん細胞の増殖を刺激する作用が強いと言えます。あるいは、「牛乳タンパク質は、インスリンやIGF-1の分泌を刺激する活性を高めるような組成になっている」というのが正しいかもしれません。
牛乳のタンパク質のアミノ酸組成はバリン、ロイシン、イソロイシンといった分岐鎖アミノ酸が多く、mTORC1を活性化する作用が最も高いタンパク質と言われています。
牛乳の主なタンパク質である乳清タンパク質(ホエイプロテイン:whey protein)にはロイシンが14%、カゼインには10%含まれるています。
ホエイプロテイン(乳清タンパク質)は運動選手が筋肉をつけるためにサプリメントとしてエビデンスがあります。牛乳タンパク質は体力増強には好都合ですが、がんがある場合は、がん細胞の増殖を促進する可能性が高いので摂り過ぎには注意が必要です。
シグナルの大きさは、量ではなく速度(濃度の差)と言われています。ロイシンを多く摂取しても、吸収がゆっくりであればインスリン分泌を促進する作用は高くありません。量が少なくても、急速に上昇すれば、インスリンを分泌する反応が高まります。牛乳中のホエイプロテンはロイシンの含有量が多く、消化管内で簡単に加水分解されて、摂取後の血中ロイシン濃度は急速に上昇するので、インスリンの分泌を刺激し、mTORC1を活性化します。ヨーグルトも牛乳と同様にインスリンを高め、mTORC1を活性化します。
このような理由で、肉や魚のタンパク質に比べて、牛乳のタンパク質はがん細胞の増殖を刺激する作用が強いと言えます。

【ロイシンのmTORC1活性化作用】
mTOR(mammalian target of rapamycin:哺乳類ラパマイシン標的蛋白質)はラパマイシンの標的分子として同定されたセリン・スレオニンキナーゼで、細胞の分裂や生存などの調節に中心的な役割を果たすと考えられています。初め、酵母におけるラパマイシンの標的タンパク質が見出されてTOR(target of rapamycin)と命名され、後に哺乳類のホモログが見出されてmTORと命名されました。
mTORにはmTOR複合体1((mammalian target of rapamycin complex 1:mTORC1)mTOR複合体2((mammalian target of rapamycin complex 2:mTOR2)の2種類があります。
mTORC1は成長因子や、糖やアミノ酸などを含む栄養素のセンサーとして機能し、mTORC2は細胞骨格やシグナル伝達の制御をしています。
インスリンやインスリン様成長因子やロイシンが刺激するのはmTORC1の方です。
mTORC1は、糖やアミノ酸などの栄養素の状況、エネルギー状態、成長因子(増殖因子)などによる情報を統合し、エネルギー産生や細胞分裂や生存などを調節しています。すなわち、細胞内の栄養やエネルギー環境の変動によって活性が制御され、シグナル伝達の下流に存在する様々なキナーゼ(タンパク質リン酸化酵素)などを介して、タンパク質の合成やエネルギー産生、細胞増殖など様々な細胞内の反応に関与しています。
mTORC1を活性化するシグナル伝達経路の代表は、インスリンやインスリン様成長因子などの成長因子の受容体から惹起されるPI3K-AKTシグナル伝達系です。すなわち、細胞が増殖因子などで刺激を受けるとPI3キナーゼ(Phosphoinositide 3-kinase:PI3K)というリン酸化酵素が活性化され、これがAktというセリン・スレオニンリン酸化酵素をリン酸化して活性化します。活性化したAktは、細胞内のシグナル伝達に関与する様々な蛋白質の活性を調節することによって細胞の増殖や生存(死)の調節を行います。このAktのターゲットの一つがmTORC1です。Aktによってリン酸化(活性化)されたmTORC1はタンパク質や脂質の合成や細胞分裂や細胞死や血管新生やエネルギー産生などに作用してがん細胞の増殖を促進します。
この経路をPI3K/Akt/mTORC1経路と言い、がん細胞や肉腫細胞の増殖を促進するメカニズムとして極めて重要であることが知られています。
すなわち、PI3K/Akt/mTORC1経路の阻害はがん細胞や肉腫細胞の増殖を抑制し、細胞死(アポトーシス)を誘導することができるため、がん治療のターゲットとして注目されています。PI3K/Akt/mTORC1経路の阻害は、抗がん剤や放射線治療の効き目を高める効果も報告されています。mTORC1阻害剤は免疫抑制という欠点を持ちますが、がん細胞や肉腫細胞の多くにおいてmTORC1が活性化されているため、抗がん剤として有効性が高く、すでに幾つかのmTORC1阻害剤が開発され、抗がん剤として使用されています。
mTORC1を活性化する別のルートがアミノ酸のロイシンです。ロイシンにはインスリンの分泌を促進する作用が知られており、筋肉を増やす効果があります。そのため、スポーツ選手が筋肉を増やすためのサプリメントとしても利用されています。
さらに最近の研究で、ロイシンが直接mTORC1を活性化する機序が報告されています。つまり、アミノ酸の供給が増えれば、細胞が成長し分裂を刺激するということです。タンパク質の摂り過ぎががんを促進するという理由とも関連しています。
牛乳に含まれるタンパク質にはロイシンが多く、牛乳のタンパク質は肉のタンパク質に比べてmTORC1を活性化する作用が強いという研究報告があります。以下のような論文があります。

The impact of cow's milk-mediated mTORC1-signaling in the initiation and progression of prostate cancer(前立腺がんの発生と進行における牛乳によるmTORC1シグナル伝達の影響)Nutr Metab (Lond). 2012; 9: 74.
前立腺がんは男性ホルモン受容体を介するシグナル伝達とPI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達系を介して増殖が促進され、進行した前立腺がんのほぼ100%でmTORC1の活性が高くなっています。
一方で、牛乳や乳製品の摂取が前立腺がんの発生や進行を促進することが知られています。この論文では、牛乳がmTORC1を活性化して前立腺がんの発生や進展を促進することを解説しています。特に、牛乳タンパク質に多く含まれるロイシンはPI3K/Akt系を介してmTORC1を活性化するだけでなく、直接的にmTORC1の活性を高める作用もあるということです。
牛乳がmTORC1を活性化することは、乳幼児期の成長を早める目的では有用ですが、青年期以降も飲み続けると、牛乳によるmTORC1の活性化は発がん促進につながると言えます。牛乳の飲み過ぎが前立腺がんや思春期のニキビを増加させるのはmTORC1の活性化が関与しているという論文があります。
培養細胞を使った実験では、牛乳のタンパク質を試験管内でアミノ酸まで消化して添加すると増殖速度が30%増加したという研究もあります。牛乳タンパク質のアミノ酸組成は細胞の増殖を促進する作用があるということです。このような増殖促進作用は肉では弱いと言われています。
細胞は栄養が十分にある状態を感知すると、タンパク質の合成や細胞分裂を起こそうとします。mTORC1は細胞内の栄養素の供給状況やエネルギー量を総合的に判断するセンサーです。したがって、必須アミノ酸で最も必要量の多い分岐鎖アミノ酸のロイシンにmTORC1を直接活性化する作用があることは合理的と言えます。

【ブドウ糖負荷(グリセミック負荷)+乳製品はがんを促進する】
グリセミック負荷(ブドウ糖負荷)とがんの関連については310話で解説しています。
ブドウ糖負荷が高い食事はインスリン分泌を高め、その結果、PI3K/Akt/mTORC1シグナル伝達経路を活性化します。しかし、アミノ酸が不足しているとインスリンはmTORC1を十分に活性化できません。つまり、インスリンとアミノ酸(ロイシン)の両方のシグナル(ブドウ糖とアミノ酸が十分にあるというシグナル)が無いとmTORC1は十分に活性化できないのです。
したがって、がんの予防や治療の観点からは、ブドウ糖負荷+牛乳タンパク質の組合せは、がんを促進する可能性が高いといえます。このような食事としては、コーンフレークとミルク、パンとミルク、ピザ、チーズバーガーなどが代表です。精製度の高い穀物と乳製品の組合せは農耕が始まるまで無かった食事パターンです。新石器時代に農耕が始まってからがんが増えたという考え方もmTORC1の活性化という観点からは多少は根拠があるかもしれません。
牛乳というのは、単にエネルギーと栄養素を補給するだけでなく、体や細胞に働きかけて増殖を促進する何らかの特徴があるはずです。
牛乳の中には様々なホルモンや成長因子が含まれているのもその一つです。そして、牛乳に特徴的なタンパク質(カゼインや乳清タンパク質)はmTORC1系を活性化するようなアミノ酸組成を持っているようです。上述のように肉や植物性タンパク質に比べて、牛乳タンパク質が最もインスリンやIGF-1の血中濃度を高めることが明らかになっています。インスリンとIGF-1はPI3K/Aktを介してmTORC1を活性化します。アミノ酸のロイシンはmTORC1を直接活性化します。
全ての哺乳類のミルクには、タンパク質1g当たり0.1gのロイシンが含まれています。しかし、ミルク中のタンパク質含量には差があり、ミルク中のタンパク質含量(したがって、ロイシンの量)の多い動物は新生時期の成長が早いと言われています。
ロイシンの含量は、ラットのミルクが11g/L、猫のミルクは8.9g/L、牛乳が3.3g/L、ヒトのミルクには0.9g/Lです。一方、新生時期に生まれた時の体重が2倍になるまでの期間は、ラットが4日、猫は10日、牛は40日、ヒトは180日です。
子牛が生まれてから最初の1年間の体重の増加は1日当たり0.7~0.8kg、人間の場合は1日に0.02kgで牛の40分の1程度だそうです。(Nutr Metab (Lond). 2012; 9: 74.)
ヒトのミルク(母乳)は牛乳に比べると、ロイシンによるmTORC1の活性化率は低いと言われています。実際、人間の場合、母乳よりも牛乳をベースにしたミルクの方が、哺乳後の血中のロイシン、インスリン、IGF-1の濃度が高いと言われています。人間の場合、脳の発育に時間がかかるので、体の成長を抑えるようにミルクのmTORC1活性化作用が弱まっているのかもしれません。
肉のタンパク質にはこのような増殖を刺激するような作用は弱いのですが、赤身の肉は別の機序(酸化ストレスを高める)でがんを促進するので、推奨できません。タンパク質源としてがんの予防と治療の観点から適しているのは、大豆、ナッツ類(クルミなど)、魚介類、卵、鳥肉(脂の少ない部分)ということになります。野菜にもある程度(100g当たり1~数グラム)のタンパク質が含まれています。

【やはり「牛乳・乳製品はがんには良くない」と考えるべき】
インスリンとインスリン様成長因子(IGF-1)は大腸がんと乳がんの発がんを促進することが報告されています。したがって、疫学研究でインスリンやIGF-1の分泌を高める牛乳や乳製品が大腸がんや乳がんを予防するというデータが出ている点は解釈が困難です。他のファクターの関与が示唆されますが、総合的および理論的には、牛乳や乳製品はがんには良くないと考えておく方が妥当と思います。少量であれば問題はありませんが、がんが存在する状況や再発リスクの高い状況では牛乳や乳製品(チーズなど)は減らす方が良いと思います。
哺乳類のミルクというのは、もともと乳幼児の成長を早めるために合目的的にインスリンの産生やmTORC1を活性化する作用があると言えます。インスリン分泌の刺激とmTORC1経路の活性化は、がんの予防や治療の観点からはマイナスと言えます。
糖尿病の治療では、インスリンの感受性を高める薬(したがって、インスリンの分泌を低下させる)と、インスリンの分泌量を高める薬があります。がんの領域からは、インスリンの分泌を増やして血糖を下げる治療に関しては、がんを促進するリスクが懸念されます。しかし、この点に関しては、糖尿病の専門家はあまり重視していません。インスリンの分泌を高める治療ががんを促進するという臨床データがまだ無いためです。しかし、インスリン感受性を高めるメトホルミンには確実ながん予防効果が証明されていることから、インスリンの分泌を刺激する治療は、やはり発がん促進のリスクを高めるように思います。 
米国のある疫学研究では、糖尿病と診断された人よりも、糖尿病の前段階(プレ糖尿病)の人の方が発がんリスクが高いという報告があります。プレ糖尿病期では、インスリンの分泌を増やして血糖を上げないようにしている時期で、血糖値は正常なので糖尿病では無いのですが、インスリン値が高いので、がんを促進することになります。
「牛乳は糖尿病やメタボリック症候群の予防に有効」という疫学データがあります。そのメカニズムとして、牛乳がインクレチンの分泌を促進して、インスリンの分泌を刺激するので、糖尿病の予防になるというものです。糖尿病の予防はがんの予防につながるはずですが、インスリンの分泌を高めて糖尿病を予防する場合は逆の効果になる可能性が高いといえます。前述のように、糖尿病でも、前糖尿病期と言われる時(インスリン分泌を高めて代償しているとき)の方が発がん促進作用が強いことが報告されているからです。
したがって、牛乳のインスリンやインスリン様成長因子の分泌刺激作用は、がんを促進するという作用を重視する必要があると思います。乳幼児の発育促進に効果が高い食品を成人期に多く摂取するのは、やはり不自然と言えます。
がん治療におけるケトン食の場合、タンパク源としては赤身の肉と牛乳および乳製品を減らすことが重要です。乳製品を減らすため、カルシウムの不足にならないように他の食品やサプリメントでカルシウムの補給にも注意が必要です。(野菜や大豆を十分に摂取すればカルシウム不足にならないという意見もあります)
ロイシンやイソロイシンはケト原性アミノ酸で、体内で最終的に脂肪酸やケトン体に転換されうるアミノ酸です。したがって、糖質を制限しておけば、ロイシンは肝臓でケトン体産生の使われます。しかし、アミノ酸トランスポーター(LAT1)の発現が亢進しているがん細胞にも積極的に取込まれるため、がん細胞内でのmTORC1の活性を抑制する手段が必要です。このためには、AMPKを活性化するメトホルミン、牛蒡子のアルクチゲニン、黄連や黄柏に含まれるベルベリンが有効です。さらにmTORC1を阻害する作用がある天然成分(ジインドリルメタン、レスベラトロール、エピガロカテキンガレート、クルクミン、カフェイン)や、これらを利用した漢方薬などの併用が有効と考えられます。
栄養をたくさん摂ると、その栄養ががん細胞にいって、かえってがん細胞の増殖を促進するということが言われています。これは、はっきりした根拠も証拠も無いのですが、ブドウ糖やタンパク質を多く摂取して栄養状態が良くなると、インスリン様成長因子やロイシンの作用でmTORC1が活性化されるという観点からは、この考えもあり得ることのように思います。
体力や免疫力や治癒力を高めるためには栄養摂取が重要ですが、このような栄養摂取を増やす時には、血糖やインスリンやインスリン様成長因子をできるだけ高めないことが大切です。牛乳や乳製品を過剰に摂取しないこと、さらにmTORC1の活性を抑えるために、ポリフェノールやレスベラトロールやジインドリルメタンなどのサプリメントや、これらを多く含む野菜や豆類を多く摂取し、AMPKを積極的に活性化するために経口糖尿病薬のメトホルミンやアルクチゲニン(牛蒡子に含まれる)やベルベリン(黄連や黄柏に含まれる)を摂取することは有効かもしれません。

 

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