160)乳がん患者の大豆イソフラボン摂取の影響:新たな事実

図:エストロゲンは乳腺細胞や乳がん細胞の細胞膜にあるエストロゲン受容体に結合して増殖を刺激する。大豆イソフラボン(ゲニステイン、ダイゼインなど)はエストロゲンと構造が類似し、エストロゲン受容体に結合する活性を持つが、エストロゲン様作用を示す場合とエストロゲン作用を阻害(拮抗)する作用を示す2面性を持っている。したがって、乳がん患者の大豆イソフラボンの摂取に関して安全性の面から相反する意見があり、結論が出ていない

160)乳がん患者の大豆イソフラボン摂取の影響:新たな事実


「エストロゲン依存性乳がんの患者は大豆製食品や大豆イソフラボンの摂取は控えた方が良い」という従来の考え方に対して、「エストロゲン依存性乳がん患者でも、大豆食品や大豆イソフラボンの摂取が多いほど、死亡や再発のリスクが低下する」ことが最近の臨床試験で報告されていることを、前回(159話)紹介しました。
植物エストロゲンとは、植物に含まれるエストロゲン活性を示す成分です。大豆などに含まれるゲニステインダイゼインなどのイソフラボンが代表ですが、そのほかにもリグナン類や人参サポニンのジンセノサイドなどエストロゲン様作用を示す成分が多く知られています。
イソフラボンもリグナン類も植物に多く含まれるため、野菜の豊富な食事や漢方薬の服用による植物エストロゲンの摂取が、エストロゲン依存性乳がんの治療後の再発に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。しかし一方、植物エストロゲンは乳がん治療後の再発率を高めない、あるいは逆に低下させるという報告もあります。
特に、最近の研究結果によると、従来言われていたような「エストロゲン依存性乳がんの場合は植物エストロゲンの摂取を控える」という見解より、「エストロゲン依存性乳がんの治療後やホルモン療法中でも、植物エストロゲンの通常量の摂取は問題ない」という見解の方が多くなっている印象です。これは、「植物エストロゲン」という言葉から、エストロゲン作用のみが注目されていますが、植物エストロゲンであるイソフラボンやリグナンには、他の抗がん作用も報告されているからです。
この問題については前回の第159話で大豆製食品の観点から考察しましたが、さらにもう少し検討してみました。

【乳がん患者の大豆イソフラボン摂取が問題になるわけ】
大豆イソフラボンはエストロゲンに構造が似ていて、細胞の
エストロゲン受容体に結合してエストロゲンと同じような作用をします。大豆イソフラボンがエストロゲン受容体に結合する活性は、エストロゲンよりも100分の1から10000分の1という極めて弱いのですが、血液中の濃度はエストロゲンの100倍以上のレベルであるために、エストロゲン受容体に対する作用が問題になります。
つまり、エストロゲンの血中濃度は、閉経前の女性で数百pg/ml、閉経後で数pg/mlのレベルですが、大豆を多く食べている日本人では、大豆イソフラボンの血中濃度はこの100倍以上(ng/mlからμg/mlのレベル)と考えられています。
乳がんは体内のエストロゲンの産生が高い状態で発生しやすいと考えられています。
血中のエストロゲンの濃度が高いときには、エストロゲンとエストロゲン受容体の結合を大豆イソフラボンが阻害して、抗エストロゲン作用によって乳がんの発生を予防する効果があると考えられています。
一方、
閉経後やホルモン療法中のように血中エストロゲン濃度が低いときには、大豆イソフラボンはエストロゲン受容体に結合することによってエストロゲン作用を示すため、エストロゲン依存性乳がんの増殖を刺激すると考えられています
閉経前のエストロゲン依存性乳がんの場合は、抗エストロゲン剤の
タモキシフェンが使用されます。タモキシフェンはエストロゲン受容体に結合してエストロゲンの働きを阻害する作用を示しますが、大豆イソフラボンはエストロゲン受容体とタモキシフェンの結合を阻害する結果、タモキシフェンの治療効果を妨げる可能世が指摘されています。
培養細胞を使った実験では、大豆イソフラボンががん細胞の増殖を抑制したり、細胞死(アポトーシス)を誘導する作用が報告されていますが、このような抗がん作用を示すのは、大豆イソフラボンの濃度が10μM以上の高濃度の場合で、人体では、通常量の大豆製品の摂取では10μMの濃度に達するのは困難だと報告されています。
通常の大豆製食品の摂取で得られる血中濃度(10μM以下)では、エストロゲン依存性乳がん細胞の増殖を刺激することが、培養乳がん細胞を使った実験で示されています。
エストロゲン依存性乳がん細胞をマウスに移植した実験でも、大豆製食品を摂取して得られる血中濃度で大豆イソフラボンが乳がん細胞の増殖を促進することが報告されています
これが、エストロゲン依存性乳がん患者さんが、大豆製食品の摂取を控えるべきだという意見の根拠になっています。
159話で解説したように、つい最近までは、ホルモン療法中や、エストロゲン依存性の乳がんの治療後は、大豆や大豆イソフラボンのサプリメントは危険であると警告されています。
がんに対する補完代替療法の有効性と安全性をまとめた、米国ハーバード大学からの2002年の論文(Annals of Internal Medicine, 2002; 137: 889-903)では、「乳がんに対する大豆サプリメント」は「重大な危険がある」として「使用に反対」という結論になっています。「エストロゲン受容体陽性の乳がん患者は使用を避けるべき、特に、タモキシフェンを服用中の患者は、相互作用の可能性について警告すべき」と記載されています。
また、米国がん協会(the American Cancer Society)がまとめた「がんサバイバーのための栄養と運動」に関する2006年のレポートでは、「大量の大豆を摂取すると、その中に含まれているエストロゲン作用を持った成分の影響で、エストロゲン受容体陽性の乳がんの進行を早める可能性がありますので、大豆粉末や大豆イソフラボンのサプリメントを摂取しないようにすることが大切です。」と記載されています。(CA Cancer J Clin 2006; 56:323-353)
さらに、豆腐や納豆や味噌のような大豆製食品も制限すべきだという意見を記載した論文もあります。大豆製食品を摂取して得られる血中濃度の範囲において、大豆イソフラボンのゲニステインが、抗ホルモン剤のタモキシフェンの効果を阻害することが、培養細胞や動物実験で示されているからです。

【臨床試験の結果は、乳がんの再発予防に対する大豆イソフラボンの有効性を示している】
「ゲニステインなどの大豆イソフラボンが、抗エストロゲン剤のタモキシフェンの作用(乳がん再発予防効果)を妨げる」という意見は、理論的には納得できる考えです。実際に培養細胞や動物を使った実験で、「通常の大豆製食品を摂取して得られるレベルの血中濃度では、エストロゲン依存性乳がん細胞の増殖が刺激される」「タモキシフェンの効果を弱める」という結果が出ているため、「エストロゲン受容体陽性の乳がん患者さんやホルモン療法を受けている患者さんは、大豆製食品や大豆イソフラボンのサプリメントを摂取しないようにするべきである」というのが、コンセンサスになっていました。
小規模な臨床試験が幾つか行なわれていますが、それらの結果は、大豆あるいは大豆イソフラボンが乳がんの再発を予防する効果を認めていませんでした。
しかし前回(第159話)紹介したJAMAの論文(Journal of American Medical Association 302:2437-2443, 2009)に掲載された論文では、大豆食品や大豆イソフラボンの摂取が多いほど、死亡や再発のリスクが低下することが示されています。
この報告は中国の上海で行なわれた乳がん患者調査で、手術を受けた乳がん患者を追跡調査し、大豆製食品の摂取と再発率と死亡率の関係を検討しています。
その結果、大豆蛋白の摂取量の多い上位4分の1のグループでは、摂取量が少ない下位4分の1のグループに比べて、死亡の相対リスクは0.71、再発率は0.68に低下していました。
大豆イソフラボンに関しては、摂取量の多い上位4分の1のグループでは、摂取量が少ない下位4分の1のグループに比べて、死亡率の相対リスクは0.79、再発率は0.77に低下していました。
大豆蛋白の摂取量が少ない下位4分の1のグループの4年死亡率が10.3%で、4年再発率は11.2%であったのに対して、大豆蛋白の摂取量が多い上位4分の1のグループの4年死亡率は7.4%、4年再発率は8.0%でした。
この関係はエストロゲン受容体陽性・陰性やタモキシフェン使用の有無を問わず共通して認められ、
タモキシフェン服用中の場合も、大豆食品を多く摂取するグループの方が、摂取量が少ないグループよりも、死亡や再発のリスクは低下しました
大豆食品の摂取の多い上位4分の1のグループでは、タモキシフェンを服用するのと同じくらいの再発予防効果が認められています。
大豆蛋白とイソフラボンの摂取量と死亡と再発のリスクの逆相関関係は、大豆蛋白が1日11g、イソフラボンが1日40mgに達するまでは、直線的で用量依存的でしたが、この量を超えると、再発や死亡を予防する効果は低下しました。
(詳細は第159話を参照)
大豆製食品からの大豆イソフラボンの1日摂取量は米国では3mg以下、アジア地域の国々では20~50mgと言われています。つまり、
日本で平均的に食べられている量の大豆製食品は、タモキシフェンを服用している場合でも問題はなく、むしろ再発予防効果を増強する可能性を示しています
しかし、1日に大豆蛋白を11g、イソフラボンが40mgに相当する量よりも多く摂取しても、効果が高まるわけでは無く、むしろ、あまり多く摂取すると再発予防効果が弱くなることが示されています。
イソフラボンに関しては、この論文の結果からは、大豆イソフラボンをサプリメントから摂取することのメリットについては、判断できる根拠はありません。
あくまでも
大豆イソフラボンが40mg摂取できる程度の大豆製食品の摂取はメリットがあるということです。
同じ大豆イソフラボン40mgでも、大豆製食品から摂取する場合と、精製した大豆イソフラボンのサプリメントを摂取する場合では、がん予防効果がかなり異なります。大豆製食品の中にはイソフラボン以外の抗がん成分も含まれていて、それらの総合作用で再発予防効果に寄与している可能性があるからです。
食事から摂取できる量では、大豆イソフラボンの血中濃度は10μMを超えることはありません。しかし、10μMを超える濃度になると、ゲニステインなどの大豆イソフラボンは、がん細胞のアポトーシス誘導効果や血管新生阻害作用など様々な抗がん作用を示すことが報告されています。したがって、大豆イソフラボンをサプリメントで大量に摂取すると、抗がん作用が期待できる可能性はあり、現在、ゲニステインの抗がん作用について臨床試験が行なわれています。
その臨床試験の結果がでるまでは、乳がん患者さん(特にホルモン療法を受けている場合)は、大豆イソフラボンをサプリメントから摂取するのは止めておく方が良いと言えます。まだ、有効性や安全性を示すエビデンスが乏しいからです
しかし、大豆製食品から1日40mg程度のイソフラボンの摂取は、再発予防効果を高めます。
この論文では、大豆製食品を多く摂取するとタモキシフェンを服用するのと同じくらいの再発予防効果があることを示しています。
いずれにしても、
乳がん患者さんにおいて、大豆イソフラボンのサプリメントを積極的に摂取することは、現時点では推奨できませんが、少量(20~30mg程度)であれば、あまり問題にはならないかもしれません。
大量に摂取するメリットがあるかどうかは、今後の臨床試験の結果待ちです。
他の大規模臨床試験でも同様の結果が得られるまでは、まだコンセンサスが得られたとは言えませんが、
大豆製食品(豆腐、納豆、味噌、きな粉、枝豆など)は、エストロゲン依存性と非依存性に拘らず、またホルモン療法中でも、食べないよりは、日本人の平均的なレベル(1日3皿程度)を摂取する方が良さそうです。少なくとも、通常レベルの大豆製食品の摂取がホルモン療法の効き目を弱める可能性は低そうです。

漢方治療の場合、人参類(高麗人参、アメリカ人参、田七人参など)のジンセノサイドのエストロゲン作用が指摘され、エストロゲン依存性乳がんの患者さんやホルモン療法中の場合の摂取を警告する報告があります。
一方、人参類が疫学的調査などで、むしろ抗がん作用や再発予防効果を示すことが報告されています。
単純にエストロゲン様作用を有するというだけで、エストロゲン依存性乳がん患者への使用を警告するのは正しく無い可能性もあります。
植物エストロゲンは、エストロゲン受容体に対する結合能によるエストロゲン様作用以外にも多くの生理活性を有するので、乳がん患者さんへの使用の是非に関する議論は単純ではなさそうです。今後の研究によって、考え方が変わってくる可能性が大きいと思います。
(文責:福田一典)

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