FUNAGENノート

私の考えたことや、読書から学んだことを伝えます。
私の脳は書いたり読んだりすることで研ぎ澄まされると思っています。

だまされてはならない。

2017-07-26 19:28:17 | コラム
だまされてはならない
 以前に「悪魔にとりつかれているのは誰か」というエッセイのなかで「悪魔はだれでも持っていて、自分が自覚しなくてもちょこちょこ顔を出してくるものだ。生産活動による自然破壊、環境破壊、あるいは男女間の不適切な関係、職務の公私混同などだ。多分、携わっている人間は、自分の中に悪魔が顔を出したという自覚はない。」と書いた。
 だから依然として安倍総理たちは、悪魔にとりつかれているとは思っていないように見える。(少なくとも表面は)
 国会では、質問にはあまり明確に答えることなく、直接関係のない話を長々と話して時間を稼いでいた。あれでは、国民が納得するわけがない。
 彼はこれで説明責任を果たしたと思っているのだろうか。しかも、当事者たちの言っていることは、食い違っているし、困った時は「記憶にない」と言って逃げる。これは、悪魔にとりつかれた人間の常套手段である。言った言わないの水掛け論に終始していた。
 おまけに、自民党の幹事長などは八つ当たりのように、マスコミ批判に余念がない。これくらい国民を愚弄した発言はない。マスコミが加計問題について、取り上げるから、内閣支持率が下がったと言わんばかりである。あのような発言をする幹事長を見ていると、品格を疑いたくなる。この幹事長も悪魔にとりつかれているのであろう。しかし、自分ではその自覚はないようだ。
 品格と言えば、若手の女性議員の品格の無さに驚かされる。秘書と暴力沙汰になったり、ツイッターで舞い上がっている議員、妻子のある男性との不倫もとりざたされている女性議員もいる。これで国会議員なのと疑いたくなる。ここでも、彼女たちも悪魔にとりつかれいるとは思っていないであろう。これでは、自浄能力などあるわけがないだろう。ただ数の力で安部政権を守っているだけにすぎない。
 こういう適性に欠く議員たちの数に守られて、やりたいことをやっているという状況なのだ。
 今回の閉会中審査を見ていて思ったのは、話のすり替えである。一つは、加計問題を岩盤規制に穴を開けるという政策論にすりかえてしまっているということだ。問題なのは、岩盤規制の問題ではなく、その穴を開けるプロセスの問題なのだ。まぎれもなく問題のすり替えである。
 もう一つのすり替えは、スピード感をもってという言葉を使うことによって、加計問題だけにスピードをもってやれとは言っていないと開き直っている。しかし、当事者たちの話の内容は加計問題についてであって、一般論としての話し合いではなかったと思われる。
 こういうすり替えを、国会の閉会中審査の前に、作戦をねったのであろう。悪魔たちが集まって、どう乗り切るかを打ち合わせたのであろう。
そして、食い違いの部分は、「記憶にない」でということにしようと言うことになったのであろう。
 今このエッセイを書いていると、「ストップ詐欺被害、私はだまされない」と聞こえてきた。NHKの首都圏ネット放映中にである。これは振り込み詐欺の話なのだが、まさに我々はこの政府の言い分に、「だまされない」という気持ちを持ち続けることがもとめられている。
ジャンル:
きいて!きいて!
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 五感を総動員して表現する | トップ | 歴史から学ぶことが必要にな... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

コラム」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。