#617: 「隠す」川柳

2014-05-02 | Weblog
以前「嘘」について書いたことがある(こちら)。それと一部重複するところがあるかもしれないが、今回は『隠す』川柳である。


「嘘」と「隠す」。「嘘」が“事実でないことを言って偽ること”であるのに対して、「隠す」は“人の目につかないようにする、秘密にする”ことである。つまり、「隠す」の本質は“見せない、言わない”という点にあることで、事実でないことを言ったり見せたりする「嘘」とは決定的な違いである。

【隠】という漢字を調べてみると、左側の「こざと偏」は元々神様が上り下りする梯子(段のついた土山)を意味していて、ひいては「神」そのもの、あるいは神が宿る「山」を意味するのだそうだ。右側の方は、「上からかぶせた手+工具+手+心臓」を組み合わせた象形で「工具を両手でおおいかくす」ことをあらわし、すなわち「山に覆われて見えない」、もしくは「ひそかに神に祈る」様子を表しているという。ここから「かくれる」という意味合いが出てきたのだそうだ。

ことわざに「色の白いは七難隠す」というのがある。バーゲン品などで、商品に少々難があるからこの値段(要はいわゆる「ワケアリ商品」)というのはよくあるが、老婆心ながら、七難もあっては売れ残るだろうと気がもめてしまう(笑)。仏教で「七難」といえば、「火難」「水難」など七種の災難を表すのだが、ここでの「七難」は難点が七つという意味ではなく、「いろいろな」「種々の」「さまざまの」という意味である。「七面倒」とか「七転八倒」などという言い方と同じく、たくさんあることである。江戸の戯作『浮世風呂』(式亭三馬)には「まだしも色白だから七難も隠すけれど」とある。色白の人はさまざまな欠点があってもそれが目立たない、むしろそれを補って美しく見える、というわけだ。同じく江戸時代の『好色一代女』(井原西鶴)には当時の美女の理想像として「顔は少し丸く、目は細くなく、眉が太く両方の眉の間がゆったりとして、口は小さく、歯並びはくっきり目立つほどで、色が白く、生え際が美しく、胴はふつうの人より長い」とあったりするが、眉のあたりや胴長であることをのぞけば、現代の美意識とさほど変わらないようだ。美人の基準というのは時代によって変わってきているが、色白というのは、いつの時代にも歓迎される要素のようだ。

もうひとつ「隠す」で連想するのが「ネコババ」。江戸時代の後期から用いられている言葉だという。尾籠な話で恐縮だが、言葉の由来は、猫が排泄した糞(ババ)を土砂をかけて隠すことから、「見苦しいもの」をあたかもそれが無かったかのように隠そうとする行為からきたものだという。これが通説なのだが、他にも猫好きの老女(婆)が借りた金を返済しなかったことから来たという「猫婆説」も流布しているようだ。「ネコババ」は「悪い(見苦しい)ことを隠して知らぬふりをすること」(広義)だが、特に「拾得物をそのまま自分のものにしてしまうこと」(狭義)をいう。本来は、広義で使われるはずの言葉が、現在ではもっぱら狭義で使われているわけだ。広義の方は、要するに「狭義」ではなく「虚偽」のことで、真実ではないのに、真実のように見せかけること、つまり「嘘」と通じるのだが、「嘘」は必ずしも悪いことばかりとは限らない。「ネコババ」のように「悪いこと」が前提となっているのとは違うので、類義の言葉とはならないのだ。で、結論、「ネコババ」に正義はない(笑)。

♪ ♪

我々はいろいろなものを隠す。「人」、「物」はもちろんのこと、「事実」「情報」「事件」「醜聞」、時として「本心」や「正体」、「悩み」や「苦しみ」などだが、果たして、あなたは…?

平成22年7月 NHK文芸選評・川柳

課題「隠す」   安藤波瑠・選

もう少し隠して欲しい夏が来る   古野つとむ
隠し場所だあれも知らぬのも困る   山中洋子
根性は笑顔の中に包んでる   柴田園江
凡人は小さな爪も見せたがる   村越友吉
正体を見せず面接擦り抜ける   坂田佳友
隠さずに話して罰が重くなる   安田節子
最後まで猫を被ってほしい妻   有田澄子
隠しごといっぱいスリルある夫婦   高東八千代
説明が面倒だから貝になる   山下怜依子
墓場まで持ってくはずが酒に出る   川北英雄
不都合な金は雑費に身を隠す   田中由美子
善人の嘘隠すのは頭だけ   植村和一
次々と変えてはてなの隠し場所   杉原すみ子
思春期を覗けば隠すものばかり   蓮見 博
口止めは自分の口を先に止め   金具雄二郎
持ち帰る指名されないかくし芸   関根一雄
ケータイにばっちり残る隠し事   伊黒敬雄
神様が老眼鏡をまた隠す   平井義雄
さよならと帽子のつばを深くする   高橋寿久
軍事便真意は書けず悶えてた   松浦澄子


モザイクをかければ本音溢れ出る   松竜人
寸分も地肌は見せぬ厚化粧   篠原也永美
あれだけで水着の役目果たす布   山本二郎
控え目な妻が見えない糸を引く   加納金子
ミスよりも隠したことで責めを負う   土屋昭三
冷蔵庫奥にないしょが期限切れ   酒向邦一
隠し場所思い出せずに大掃除   本田 弘
じっとしていられぬ孫の隠れんぼ   森 錠次
急な客隣の部屋は硬く締め   中村征子
特価品シールの下の気にかかり   吉野健司
匿名の寄付に静かな香気立つ   後藤洋子
おだてられ三歳ばかりサバを読む   高橋富士雄
アルバムに愛を隠した跡があり   吉田正男
初対面しばし私でないわたし   高橋由紀
番組で堂々と言う隠し味   岸 保宏
化けの皮はがされるまでまだ羊   今泉光士
ピンボケでよかった顔の皺隠し   三浦一見
美しい仮面をつける立候補   長田訓明
敵わない妻は鋭いポリグラフ   栗橋正博

そして、安藤先生に佳作に抜いていただいた拙句、隠したのは「本心」であった。

本心を言わぬ同士で仲が良い  蚤助



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