#450: 人生を賭けて

2012-07-20 | Weblog
いよいよロンドン・オリンピックの開幕が迫ってきた。
日本は節電の夏だが、オリンピック期間中はおそらく深夜までテレビ観戦、寝不足の夏という人が多くなるのだろう。

ひと月ほど前のことだが、聖火リレーがスコットランドのセントアンドリュースに到着し、トーチを掲げた13歳の少年を先頭に、人々が一団となってウェスト・サンズという海岸を駆け抜けた、とBBCが報じていた。

これがどうしてニュースなのかというと、この海岸が映画『炎のランナー』(CHARIOTS OF FIRE‐1981)のオープニング・シーンが撮影された場所だったからである。
聖火ランナーたちが白いウェアを着て集団で海岸を走る様子は、映画のシーンそのものだったそうだ。

『炎のランナー』はイギリス人として国家に名誉をもたらすことを目指すユダヤ系の青年ハロルド・エイブラハムズと、宣教師として神のために走るエリック・リデルが、1924年のパリ・オリンピックに出場し優勝するまでを描いたイギリス映画で、第54回アカデミー作品賞の受賞作である。
ロンドン・オリンピックの開催を記念して、デジタルリマスター版が、イギリス国内でリバイバル上映されるという。

スポーツ映画というと、とかく根性ものが連想されるが、さすがに優れた作品はそんなことにはならない(笑)。
文字通りランナーの映画であるが、ひたすら走ること、勝利することに収斂していくのだが、人種、宗教、愛国心、国威発揚などの問題が「速く走る」という陸上競技と直接結びついていて、地味だけれどもスケールの大きな作品になっている。
主人公のハロルドとエリックは実在のアスリートであり、物語も実話だそうだが、彼らをヒーローとしてではなく、とても人間的に描いているのが好ましい。

♪♪♪♪♪♪

時は1919年、名門ケンブリッジ大学に入学したハロルド(ベン・クロス)は天才的な俊足であるが、ユダヤ系であり、そのために差別的な扱いを受けることに耐えられない。
人種偏見への反発から極端な負けず嫌いとなり、短距離ランナーとして勝利することが生き甲斐となっていた。

同じ頃、スコットランドにも天才的ランナーとうたわれるエリック(イアン・チャールソン)がいた。
宣教師の父の中国伝道中に生まれた彼は、自らも神に仕える身として人生を送ろうと考えていた。

この二人の大きな目標は、1924年にパリで開催されるオリンピックに出場し優勝することであった。
ハロルドは、スコットランドでエリックが途中転倒したにもかかわらず最後まで走り抜き、見事一位になったレースを観戦しその勝利への執念に驚愕する。
オリンピックの前年、ロンドンで開催された競技会で、二人は初めて顔を合わせ、エリックが僅差で勝つ。



このレースを観ていたムサビーニ(イアン・ホルム)は、ハロルドの素質を見込んで、ランニング・コーチを引き受ける。
アラブとイタリアの混血だったムサビーニは、プロのコーチだったことから、ケンブリッジ大学当局はアマチュアリズムに反するとしてハロルドを譴責する。
その大義名分の裏には、ケンブリッジ大学のエリート意識からくる人種差別があることを知って、ハロルドは決然と反論し、自分の意思を貫くことにする…

映画はイギリスという国の格式と伝統に批判的な立場をとっているようだが、必ずしもそれらを否定しているわけではない。
ハロルドにしても、イギリスの純血主義に反発しながらも、ケンブリッジ大学のエリート学生であることの矜持や誇りはしっかりと認識しているのである。

ハロルドとともにオリンピック出場の権利を得たエリックは、出場するレースの予選が日曜日(=安息日)に当たると知って、敬虔なキリスト教徒として宗教上の理由から頑として出場を拒む。
やむなく、他の選手が辞退し出場選手を差し替えることで、エリックは別の種目に出場することになる。

この二人は、オリンピックで同じレースで優劣を競うことはなかったが、結局はそれぞれ別の種目に出て強豪のアメリカやドイツの選手を抑え、二人とも優勝を勝ち取り、母国に凱旋することになるのである。

ハロルドが出場するレースには、コーチのムサビーニはスタジアムに行かず、近くのホテルの部屋にいる。
そして聴こえてくる“GOD SAVE THE KING”を耳にして、ハロルドが優勝したことを知るのだが、ここはまさしく名場面である。



ハロルドがひたすら勝利を求めたのは、純粋なスポーツ精神だけではなく、差別を克服したいからであった。

ハロルドとその恋人シビル(アリス・クリージャ)はこんな会話をする。

「ぼくは勝つために走る。勝つのでなければ走らない」
「走らなければ勝てないわ」

このシビルの科白、ジャンボ宝くじについて蚤助がいつも言っている「買わなければ当たらない」に似ていて、何だか可笑しい(笑)。

愛国主義の強い作品のようであるが、それでもこの映画が観る者を引きつけるのは、自分の生き方を断固として曲げない主人公たちの強烈な個性が魅力的だからであろう。
人間、何かに生命を賭けて生きていきたいものだが、この映画は蚤助のようなダメ男には全くできない生き方をした人間の物語である。

ヴァンゲリスの音楽がなかなか素晴らしく、非常に有名になった。
監督はCM出身で本作が監督デビュー作だったヒュー・ハドソン。
今から100年近くも前の話なので、スポーツファッションも現在とは違うし、走り方も違う。
そのあたりの時代考証は相当きちんとやったようだ。
またロケーションの風景にも時代が感じられ、そういうところはイギリスの映画だなとちょっぴりうらやましい気がする。

最後にトリヴィアをひとつ。
本作のプロデューサー(製作総指揮)の一人は、パパラッチに追跡され事故で亡くなったダイアナ妃の自動車に同乗して、やはり一緒に亡くなったドディ・アルファイドだった。

♪♪♪♪♪♪

ロンドンでの日本の選手の活躍を期待しつつ…

本日の一句

「横やりの競技があれば金メダル」(蚤助)





最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。