
テナー・サックスの巨人ソニー・ロリンズは、その長いキャリアの中で、3回ほど雲隠れをしました。
文字通りジャズ・シーンから消えたのです。
雲隠れというよりは「失踪」といった方が良いかもしれません。
この辺については、以前こちらで紹介しました。
時は1955年…
マイルス・デイヴィスは、自分のクインテットを編成するに当たって、若くして最初の隠遁生活をしていたテナー・サックスのソニー・ロリンズを誘いました。
精神的疾患(うつ病)説や麻薬中毒根治のためだったともいわれていますが、ロリンズはこの折角のオファーを断ってしまいます。
そこで、マイルスは当時無名だったジョン・コルトレーンを起用し、伝説的なオリジナル・クインテットを結成することになるのです。
そのロリンズを引っ張りだすのに成功したのはクリフォード・ブラウンと、ロリンズの親友であったマックス・ローチでした。
西海岸で旗揚げしたブラウン=ローチ・クインテットが名声を得て、ジャズの中心地ニューヨークに凱旋しようとしたとき、ウエスト・コーストを離れたがらなかったテナーのハロルド・ランドの後釜として、ロリンズに白羽の矢を立て、ロリンズはこの黄金クインテットへの参加を決心します。
ロリンズは、このバンドにおけるブラウンの驚嘆すべき演奏と人柄に触れて意欲を掻き立てられ、自分のプレイに以前にも勝る生気が戻ってくるのを自覚するようになってきました。
そして体調と楽想ともに万全となった1956年6月22日、ブラウンとは別行動で、マックス・ローチとともに吹き込んだのが、ひとりロリンズの金字塔であるにとどまらず、モダン・ジャズ黄金期の頂点をなす傑作中の傑作『サキソフォン・コロッサス』(SAXOPHONE COLOSSUS)でした。

[A] 1. ST. THOMAS / 2. YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS / 3. STRODE ROAD
[B] 1. MORITAT / 2. BLUE SEVEN
録音は、ローチのほか、ピアノのトミー・フラナガン、ベースのダグ・ワトキンスが共演、ホーン・プラス・リズムセクションという典型的なワン・ホーン・ジャズとなりました。
それでいてロリンズのワンマン・アルバムではなく、フラナガン〜ワトキンス〜ローチというリズム隊との絶妙のバランスの上に創り出された構成美が、作品の価値をより一層高めています。
もちろんテナー奏者ロリンズのソロイスト、即興演奏家としての魅力が、この作品で最高に発揮されていることは言うまでもありません。
それまでのモダン・テナーのイメージを一気に変えてしまった作品ですが、もしこのセッションがもう数日ほど遅かったらこんな傑作アルバムは生まれなかったに違いありません。
この録音の4日後にクリフォード・ブラウンが自動車事故で不慮の死を遂げてしまったからです。
盟友のローチはもちろん、ロリンズも精神的ショックでまともな演奏はできなかっただろうと思います。
あまりにも有名な[A]-1の「セント・トーマス」におけるロリンズの風格にあふれた大らかなプレイは、彼の暖かな人間性がストレートに伝わってくる名演です。。
豪快で力強く、楽器をフルトーンで鳴らしています。
ユーモアさえ感じられるそのプレイを聴くと、ジャズは演奏者の人間性をも楽しむものであるということを改めて教えられます。
この曲は、ロリンズ自作のカリプソ曲で、自身何度か録音を残していますが、ここでのプレイはアイデア豊かなフレーズがこんこんとわき出てきて、ロリンズ自身楽しんで吹いているのがよくわかります。
コンポーザーとしてのロリンズには「OLEO」、「DOXY」、「AIREGIN」(ナイジェリアの逆綴り)、「VALSE HOT」などの名曲がありますが、彼のオリジナル中最高の人気曲といえばこの「ST. THOMAS」でしょう。
彼のテナーの特質である、豊かな歌心、陽気さ、豪快さ、親しみやすさが渾然一体となって、リスナーの心を弾ませるのです。
タイトルはロリンズの母親の故郷であるカリブ海に浮かぶ西インド諸島の島の名です。
そういえば、ロリンズにはほかにも「DON'T STOP THE CARNIVAL」や「LITTLE LOU」など自作のカリプソ曲の吹き込みが多いのでした。
西インド諸島のカーニヴァルではカリプソによるコンテストで大いに盛り上がり、子供まで出場して即興の歌詞を競ったりしているようです。
この親しみやすいメロディとリズムは、いわばロリンズの体に染みついたものだったのでしょう。
このアルバムが録音された56年には、ジャマイカの労働歌であった「バナナ・ボート」が、カリプソ風にアレンジされ、ハリー・ベラフォンテの歌でミリオン・セラーを記録したのも奇遇です。
この名作アルバム「サキコロ」には、このほか、男性的なトーンを駆使したソロ、アドリブ・ヴァリエーションに圧倒される彼の十八番[B]-1「モリタート」や、エモーショナルで、しかもデリケートな表現を繰り広げるバラードの名曲[A]-2など聴きどころがいっぱい詰まっています。
特筆すべきは[B]-2で、一風変わった構成を持ったナンバーですが、ロリンズの深みのあるソロ・プレイは、感動をこえて驚嘆の念さえ抱かせずにはおきません。
ローチとのインタープレイをはじめ、カルテットのバランス感覚が本アルバムの中でも最高に発揮されていてスリリングです。

音楽をつまらなく感じるようになったとき、このアルバムをターンテーブルに乗せると、再び音楽を聴く喜びが湧いてくるという不思議な力を持った作品で、録音されてからすでに半世紀以上の時を経ましたが、現在でもなお輝きを失わない不滅の名作です。
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南米ブラジル、リオ・デ・ジャネイロでは恒例のカーニヴァルが始まったというニュースが流れていました。
ブラジルではサンバですが、西インド諸島のトリニダード・トバゴのカーニヴァルで発展したのがカリプソです。
ジャマイカのレゲエのルーツのひとつでもありますが、種族毎に言葉が通じなかったアフリカ人奴隷たちが、音楽でコミュニケーションを取り出したのが始まりだったようです。
サンバもそうですが、ラテン・ミュージックの陽気さと華やかさの背景に、血と汗と涙でいっぱいの不幸や悲劇が見え隠れしていることを忘れてはならないと思います。
「カーニヴァル前のお尻についていく」(蚤助)
文字通りジャズ・シーンから消えたのです。
雲隠れというよりは「失踪」といった方が良いかもしれません。
この辺については、以前こちらで紹介しました。
時は1955年…
マイルス・デイヴィスは、自分のクインテットを編成するに当たって、若くして最初の隠遁生活をしていたテナー・サックスのソニー・ロリンズを誘いました。
精神的疾患(うつ病)説や麻薬中毒根治のためだったともいわれていますが、ロリンズはこの折角のオファーを断ってしまいます。
そこで、マイルスは当時無名だったジョン・コルトレーンを起用し、伝説的なオリジナル・クインテットを結成することになるのです。
そのロリンズを引っ張りだすのに成功したのはクリフォード・ブラウンと、ロリンズの親友であったマックス・ローチでした。
西海岸で旗揚げしたブラウン=ローチ・クインテットが名声を得て、ジャズの中心地ニューヨークに凱旋しようとしたとき、ウエスト・コーストを離れたがらなかったテナーのハロルド・ランドの後釜として、ロリンズに白羽の矢を立て、ロリンズはこの黄金クインテットへの参加を決心します。
ロリンズは、このバンドにおけるブラウンの驚嘆すべき演奏と人柄に触れて意欲を掻き立てられ、自分のプレイに以前にも勝る生気が戻ってくるのを自覚するようになってきました。
そして体調と楽想ともに万全となった1956年6月22日、ブラウンとは別行動で、マックス・ローチとともに吹き込んだのが、ひとりロリンズの金字塔であるにとどまらず、モダン・ジャズ黄金期の頂点をなす傑作中の傑作『サキソフォン・コロッサス』(SAXOPHONE COLOSSUS)でした。

[A] 1. ST. THOMAS / 2. YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS / 3. STRODE ROAD
[B] 1. MORITAT / 2. BLUE SEVEN
録音は、ローチのほか、ピアノのトミー・フラナガン、ベースのダグ・ワトキンスが共演、ホーン・プラス・リズムセクションという典型的なワン・ホーン・ジャズとなりました。
それでいてロリンズのワンマン・アルバムではなく、フラナガン〜ワトキンス〜ローチというリズム隊との絶妙のバランスの上に創り出された構成美が、作品の価値をより一層高めています。
もちろんテナー奏者ロリンズのソロイスト、即興演奏家としての魅力が、この作品で最高に発揮されていることは言うまでもありません。
それまでのモダン・テナーのイメージを一気に変えてしまった作品ですが、もしこのセッションがもう数日ほど遅かったらこんな傑作アルバムは生まれなかったに違いありません。
この録音の4日後にクリフォード・ブラウンが自動車事故で不慮の死を遂げてしまったからです。
盟友のローチはもちろん、ロリンズも精神的ショックでまともな演奏はできなかっただろうと思います。
あまりにも有名な[A]-1の「セント・トーマス」におけるロリンズの風格にあふれた大らかなプレイは、彼の暖かな人間性がストレートに伝わってくる名演です。。
豪快で力強く、楽器をフルトーンで鳴らしています。
ユーモアさえ感じられるそのプレイを聴くと、ジャズは演奏者の人間性をも楽しむものであるということを改めて教えられます。
この曲は、ロリンズ自作のカリプソ曲で、自身何度か録音を残していますが、ここでのプレイはアイデア豊かなフレーズがこんこんとわき出てきて、ロリンズ自身楽しんで吹いているのがよくわかります。
コンポーザーとしてのロリンズには「OLEO」、「DOXY」、「AIREGIN」(ナイジェリアの逆綴り)、「VALSE HOT」などの名曲がありますが、彼のオリジナル中最高の人気曲といえばこの「ST. THOMAS」でしょう。
彼のテナーの特質である、豊かな歌心、陽気さ、豪快さ、親しみやすさが渾然一体となって、リスナーの心を弾ませるのです。
タイトルはロリンズの母親の故郷であるカリブ海に浮かぶ西インド諸島の島の名です。
そういえば、ロリンズにはほかにも「DON'T STOP THE CARNIVAL」や「LITTLE LOU」など自作のカリプソ曲の吹き込みが多いのでした。
西インド諸島のカーニヴァルではカリプソによるコンテストで大いに盛り上がり、子供まで出場して即興の歌詞を競ったりしているようです。
この親しみやすいメロディとリズムは、いわばロリンズの体に染みついたものだったのでしょう。
このアルバムが録音された56年には、ジャマイカの労働歌であった「バナナ・ボート」が、カリプソ風にアレンジされ、ハリー・ベラフォンテの歌でミリオン・セラーを記録したのも奇遇です。
この名作アルバム「サキコロ」には、このほか、男性的なトーンを駆使したソロ、アドリブ・ヴァリエーションに圧倒される彼の十八番[B]-1「モリタート」や、エモーショナルで、しかもデリケートな表現を繰り広げるバラードの名曲[A]-2など聴きどころがいっぱい詰まっています。
特筆すべきは[B]-2で、一風変わった構成を持ったナンバーですが、ロリンズの深みのあるソロ・プレイは、感動をこえて驚嘆の念さえ抱かせずにはおきません。
ローチとのインタープレイをはじめ、カルテットのバランス感覚が本アルバムの中でも最高に発揮されていてスリリングです。

音楽をつまらなく感じるようになったとき、このアルバムをターンテーブルに乗せると、再び音楽を聴く喜びが湧いてくるという不思議な力を持った作品で、録音されてからすでに半世紀以上の時を経ましたが、現在でもなお輝きを失わない不滅の名作です。
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南米ブラジル、リオ・デ・ジャネイロでは恒例のカーニヴァルが始まったというニュースが流れていました。
ブラジルではサンバですが、西インド諸島のトリニダード・トバゴのカーニヴァルで発展したのがカリプソです。
ジャマイカのレゲエのルーツのひとつでもありますが、種族毎に言葉が通じなかったアフリカ人奴隷たちが、音楽でコミュニケーションを取り出したのが始まりだったようです。
サンバもそうですが、ラテン・ミュージックの陽気さと華やかさの背景に、血と汗と涙でいっぱいの不幸や悲劇が見え隠れしていることを忘れてはならないと思います。
「カーニヴァル前のお尻についていく」(蚤助)









