日々の泡盛(フランス編)

フランス在住、40代サラリーマンのどうってことない日常。

久しぶりのマドリード3

2017-06-18 19:11:48 | スペイン
翌日は友人と、ほぼ開館と同時にプラド美術館の中に入る。
といっても10時開館で10時15分ぐらいに行ったら、もう
60名ぐらいがチケット売り場で列をなしていたのだが。

プラドに入るのは何年ぶりに何だろうか。明らかに覚えているのは
フランスに留学しているときに、モロッコからの帰りに一人でふらっと
マドリードに降り立って、プラド美術館を訪れた時のことだ。
あのころまだ21歳とかそのぐらいだったから、もう25年以上もたった
ことになる。本当に時がたつスピードっていうのは・・・。

あのときのことを覚えている。静謐な空間の中で、ボッシュの快楽の園や、
ゴヤの暗い、フランス軍に対する市民蜂起の絵を。

楽しみにしていたボッシュの絵は、あまりにも観光客が絵の周りに
たむろして、その中には集団もいて、なかなか絵に近づけない。
近づけないどころか、ゆっくりと鑑賞なんかできたもんじゃない。

ちょっとがっかりして、ゴヤの部屋に行く。ここはまだ観光客が若干少ないようだ。
ボッシュと違って、部屋の面積が広いのでゆっくり鑑賞ができる。
部屋いっぱいに飾られたゴヤのさまざまな傑作。なんだか見ているうちに
息苦しくなってきた。

宮廷画家であったゴヤは、ナポレオンのスペイン侵攻や、自身の聴覚の
消失などさまざまな人生の苦境の乗り越えて、その画面はだんだん暗いものとなっていく。
いわゆる「黒い絵」と言われているものだ。
半ば亡骸のような描かれ方をされている、「食事をとる老人」。
ゴヤの謎の絵とされている「砂に埋まった犬」。無表情の犬が、砂の中から宙をぼやり
みているだけの絵なのだ。
巡礼に向かう人々の絵。真っ黒な画面で、影深く描かれた人々は
泣いているのか笑っているのかもわからないように、不気味な表情で永遠に
列をなしている。ちょっとフランシスベーコンの絵に似ているのだが、ゴヤは
ベーコンよりも100年以上も昔の時代を生きた人間だ。
こんな風に、写実的に、不気味に、でも的確に人々の人生を絵に収めた画家というのは
いるのだろうか?そこにはどんな感情も、価値判断も働いていないような気がする。
絵に向き合っているだけで、なんだか魂をかきむしられるようなのだ。



そうやって、ゴヤの絵を何時間も眺めたあと、プラドのカフェでコーヒーを飲む。
なんか嵐に巻き込まれたような気分だ。

でも、またゴヤの絵に会いに来たい。


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