KENYAの風

ケニアを基に他国で現地の人達と一緒に生活をし支援活動をしている方を名古屋にお招きしてイベント&ボランティア募集情報

ドイツ国際平和村

2012-05-28 00:40:01 | 日記

ドイツ国際平和村

 

知ったのは20数年前、「世界ウルルン滞在記」の番組だった

当時の取材では、紛争などで傷を負った子どもたちを治療をし、母国へ返す

という内容だった

 

忘れる事が出来ない

治療、リハビリを終え、45人の子どもたちを母国に帰す

飛行機に乗り、母国の空港に着く

迎えに来た、親は2〜3人

あとの42〜3人の子どもたちの親は迎えにこない

平和村にも帰る事も出来ない

当時、中東だったか?アフガニスタンだったか?

紛争が起きていた

平和村も後の受け入れる子どもたちがいる

定員も4倍超えだった

 

あの42〜3人の子どもたちの不安でかがえられた目、泣き声

悲しみというレベルではない

ブラウン管越に、ビシバシ伝わってきた

俺は今後も死ぬまで忘れられないだろう

 

ドイツ国際平和村HP

 

https://www.friedensdorf.de/index.php?error=404

 

上の「Japanese」をクリックすると

日本語に変わります

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5/19、サプライズ?的なお食事??

2012-05-21 00:10:41 | 日記

5/19、リリアン&オギラの初来日、名古屋イベントが終了

ふたり、それぞれの生い立ちなんて聞ける機会がない

ホントやり切れなく、自身引き締められる気持ちで聞いていました

年に一度、キベラの地を踏む僕は、何か今年は全く違った角度から

見えたり感じたりできるだろう・・・と

 

そして、ちょっとサプライズ?的な夕ご飯を用意しました

「車イスシェフによる、おもてなし」

 

この企画を思いついたのは今年2月

リリアン&オギラの初来日の目的も、日本の特別支援学校や高齢者施設などの訪問も兼ねていたので

「車イスシェフなんて世界中探しても巡り会えないだろうし、障がいがあってもこんな仕事も出来るんだと知る機会にもなる  シェフもスラムで生まれ育ち、生活している人と会うのは初めてだし・・・

そして、リリアン&オギラもシェフも他の参加者も

今後生きてく上で何かの糧になれば・・・」という願いがありました

 

 

名古屋市内で車イスでも動ける料理室を探し借りるのに、ちょっと大変だったけれど

 

 

まあ、皆さん和気あいあいとお食事していただけたので、よかった

 

 

ちなみにメニューは、外国人なら「これが日本の味なのか」日本人なら「どこか懐かしい味」のイタリア&スペイン&日本の創作のコース

 

 

ただ、リリアンもオギラもコース料理は初めてで、オギラは一品ずつ出てくる料理に、わからなくなったと・・・

そりゃあそうだよね、ケニアではひとつのお皿にウガリ、チャバティ、おかずをてんこ盛りに盛って食べるもんね・・・

 

 

デザート時にシェフに自己紹介を兼ねて「なんで障がいになったのか?障がいになっても、なぜシェフを続けるのか?」などの話しをしてと前もって頼みました

 

 

シェフが話しかけリリアンの頬に光るものが・・・

その後はリリアンとシェフのディスカッション 

うん、よかったx2

 

 

写真、撮ろうとしたら電池切れ!! しまった!!

 

 

車イスシェフのブログはこちら

http://blog.livedoor.jp/samuraisong/

 

 

ちなみにケニアではリリアンに食事介助をしてくれるので、もちろん昨日もしてくれました

千晶さんが「なんかここが、マゴソなのか、コクロ村なのか、ジュンバスなのか、名古屋なのかわからないね」って・・・

そのとおり!!

 

 

それから、車イスシェフの密着でカメラが入りました

日テレの「24時間テレビ、」です

ひょっとしたら編集で数秒ぐらいは流れるかも??

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マゴソTV 9 ~カテンベ~ Mbiu niya mgambo

2012-05-08 23:10:55 | 日記

またx2、マゴソTVのクリップがアップされました!

今回はジュマ・ハミシ・カテンベという男の子の抱えている病気、生きる希望を

テーマにした曲です

カテンベは生まれつき腎臓の障害があり、腎臓移植を受け、生涯薬、治療費が必要です

 

http://keepmusic.exblog.jp/i5/

 

 

http://www.youtube.com/watch?v=fFORc4UuUVU&feature=relmfu

 

以下、大西匡哉さん、早川千晶さんのFBに書かれたノートを貼り付けますので

ぜひぜひ読んでください

 

 

 

(大西匡哉さんより)

 

この歌は、ミリティーニ村のジュンバラワトト(こどもの家)の子どもたちとマテラ長老が、自分たちの仲間であるカテンベの事を思って作った歌です。
ラップ入れたチュチュは、リリアン(マゴソスクールの創始者)の長男です。

ジュマ・ハミスィ・カテンベは、生まれつき腎臓と膀胱をつなぐ管が詰まっていたため、
3歳の頃には2つある腎臓の一方が機能しなくなり、残されたもう1つの腎臓さえ、彼の成長とともに機能が低下していってしまい、14歳になった頃にはもう歩く事もやっとな状態でした。
僕が初めてカテンベに会ったのはこの頃で、
どう見ても5〜6歳くらいにしか見えない小さな体でしたが、
強気な目とよくしゃべる減らず口、勝ち気な性格で見た目とギャップがあり、
何とも愛くるしい弟のような少年でした。

両親や親族の皆さんは、長年彼の治療のために奔走してきましたが、
カテンベの生まれ育った村ではもちろん、近郊のモンバサの国立病院でさえ十分な医療を受ける事は出来ず、唯一破格の値段で受けた手術はまともな説明もなされぬまま、
しかし貧しい村人たちにとっては、神様にすがる想いでその手術を受けたのですが、
退院後のカテンベは歩く事はおろか、立ち上がる事も出来なくなり、手術した傷口からは尿が漏れだし、
目もほとんど見えなくなり、体は枝切れのようにやせ細って行きました。

もう命の灯火がほとんど消えかけていたカテンベでしたが、
多くの心ある皆さんに協力していただき、
また各地で募金やイベントやグッズの販売など、様々な活動をしながら支えていただきました。
ナイロビで闘病中、カテンベは肺炎や血圧障害などの合併症により意識を失い、
何度か生と死の狭間をさまよいましたが
その度に、強い光を瞳に宿して生還して来ました。
日々起こる彼の命のドラマに、僕は強く胸を打たれ続けました。
そして、2006年10月26日、カテンベは母親が提供者となって腎臓の移植手術を受け、
無事成功しました。
本当に奇跡のような出来事でした。
お世話になった皆様には本当に心からお礼申し上げます。
ありがとうございます。

あれから数年が経ち、カテンベはすっかり元気になり、昨年高校に進学する事が出来ました。
皆様のお陰で、カテンベは勉強、部活動等、とても活発に学校生活を送っています。

母親から移植された腎臓がカテンベの体の中で機能し続けるためには、
免疫抑制剤という薬を飲み続けなければなりません。
この薬はとても高額なのですが、ケニアには医療保険制度などがありませんので、カテンベの家族が支払って行くのは困難です。
現在カテンベサポーターの皆さんが、毎月定期的にカテンベの医療費と教育費を支援してくださっています。
将来カテンベが自立して、自分で医療費を賄っていけるようになることを目標にしています。

先日カテンベのお父さんが他界しました。
はっきりした原因はわかりませんが、脳腫瘍だったのではないかと思います。
アフリカの村に産まれるというのは、医療の面では確実に大きなハンデがあります。

格差をなくし、分かち合い、助け合う世界を実現していきたいですね。

どうか皆さん、これからもカテンベをよろしくお願いします。
http://maisha-raha.com/

 

 

 

 

(早川千晶さんより)

 

大西匡哉くんが新しいマゴソTVをUPしてくれました。皆様どうか見ていただけますと嬉しいです。日本や世界各地の皆様からご支援をいただき、2006年に腎臓移植手術(実母が腎臓を提供)を受けて一命を取り留めたミリティーニ村出身でマゴソファミリーの一員であるカテンベ君(現在、高校生)のことを歌った歌です。このビデオの中には、闘病当時の写真がたくさん出ています。歌と歌の間でカテンベについて語っているのは、リリアンの長男のチュチュ(現在、大学生)です。

 

手術を受けるまでの間、カテンベは何度も危篤状態に陥り、ICUに送られました。何度もギリギリのところまで行ったけれど、彼は必ず意識を取り戻しました。最もひどかった3日間ナイロビ病院のICUで意識不明だったとき、意識を取り戻したあとで彼は、こう言いました。

 

「神様のところまで行ってきたけど、お願いして、自分の意志で戻ってきた。僕は死なない。まだ死にたくない...。生きたいんだ。」

 

ミリティーニ村で瀕死の重体だった彼をマサヤが背負ってナイロビまで連れてきたとき、もう声を発することもできず、吐き続けてもう吐くものが何もなく枯れ木のように痩せ細った小さなカテンベが、大きな目をらんらんと輝かせて、私のことをまっすぐに見て、目で「生きたい」と訴えていた、あの目の輝きを、決して忘れることができません。

 

皆様にご支援いただき、支えていただき、こうしてカテンベは生きることができています。いま高校生になった彼は、必ず、世の中の役に立つ人間になるのだと言い、いま学校で一生懸命勉強しています。

 

皆様にご支援いただき、支えていただき、こうしてカテンベは生きることができています。いま高校生になった彼は、必ず、世の中の役に立つ人間になるのだと言い、いま学校で一生懸命勉強しています。

 

どうかこれからも彼の成長を見守ってください。よろしくお願いいたします。

早川千晶

 

カテンベサポートに関してはマイシャ・ヤ・ラハのHPをご覧ください。

http://www.maisha-raha.com/

 

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マゴソ TV 8 Tetea mtoto ~子供を守って~  ぜひぜひ聞いて&読んでね!!

2012-04-28 22:16:55 | 日記

大西匡哉さんがマゴソTVの新しいクリップをUPしてくれました。かなりヘビーな内容かもしれませんが、子どもたちが涙しながら歌った歌です。ぜひ聞いてください。キベラの子どもたちにとって、すごく身近な内容なので、歌にも撮影にも気合いが入ったと思います。

 

 

以下、大西匡哉さんのFBに書かれたノートを貼り付けますので

ぜひぜひ読んでください

 

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=m06oAXyzhDQ

 

マゴソTVの新しいクリップです。今回は重たいテーマの曲にあえて挑戦しました。
曲を作ったのは、キベラスラム出身のミュージシャン、ジョン・オニャンゴ・オティエノ。
信じがたいスラムの現実から彼は目をそらさず、その痛みをあえて歌にしたジョンの心に、僕は胸を打たれました。


2008年、ケニアが大統領選挙後の暴動で大荒れした年の、やっと落ち着きを取り戻した年末、キベラの寺子、マゴソスクールとジュンバラワトトの子供たちと共に、マゴソスクールの中庭をスタジオにしてレコーディングしました。
子供たちにとっても辛い現実を呼び起こす曲、中には歌いながら涙ぐむ子もいましたが、あえてその悔しさや悲しみを全力で歌に込めて歌おうと、皆で真剣に録音に取り組んだ曲です。

映像の撮影は2011年末から年明けにかけて行いましたが、その時、キベラで撮影中に強盗に襲われ、カメラと撮影道具一式を失い、顔面を強打され怪我を負いました。
相手は銃を持った5人組の若者たちで、自分の真後ろで空に向かって銃声が轟いたときは、生きた心地がしませんでしたが、幸い命だけは無くさずにすみ、また子供たちにも怪我はありませんでした。


様々な犯罪がはびこるスラムですが、その背景にはこのような場所を作り出している世界の仕組みというのがあり、不当に住む場所やまっとうに生きる権利を奪われている人たち大勢がいて、この世界の中でいやおうなしに犠牲になっていっているという現実があります。

僕らを襲った5人組も、まだ20歳前後の若者たちで、そのうちの3人は警察に撃ち殺されたと後になって聞き、何ともやるせない気持ちになりました。

犯罪に手を染めることは、もちろん許しがたいことですが、彼らにもしまともな仕事があり、人間として全うな生活や権利が認められていたら、果たして犯罪を犯す必要があっただろうか。

犯罪は、被害者にも加害者にも苦痛をもたらします。
今回は被害者の立場や痛み、精神的なダメージというものを身をもって体験しましたが、不当な世界の搾取の仕組みの中で、僕たちは知らず知らずに加害者になってしまう危険性も十分にあります。

しかしそれは、僕らの望んでいる世界ではありません。

世界をより良く変えていくために、何を考え、どう行動するか、何にお金を使い、何に使わないか、何を選択し、何を選択しないのか、そんな一人一人の一つ一つの小さな行動がたくさん集り、世界を変えていく大きな原動力になっていくのだと思います。

性犯罪が多発しているスラムでは、善意のある人々が立ち上がり、『黙ってないぞ!性犯罪撲滅キャンペーン』が行われていて、マゴソスクールの子供たち先生たちも、積極的にこの活動に参加し、多くの人々の前でこの歌を通してメッセージを伝え続けています。した。

子供たちにとっても辛い現実を呼び起こす曲、中には歌いながら涙ぐむ子もいましたが、あえてその悔しさや悲しみを全力で歌に込めて歌おうと、皆で真剣に録音に取り組んだ曲です。

映像の撮影は2011年末から年明けにかけて行いましたが、その時、キベラで撮影中に強盗に襲われ、カメラと撮影道具一式を失い、顔面を強打され怪我を負いました。
相手は銃を持った5人組の若者たちで、自分の真後ろで空に向かって銃声が轟いたときは、生きた心地がしませんでしたが、幸い命だけは無くさずにすみ、また子供たちにも怪我はありませんでした。


様々な犯罪がはびこるスラムですが、その背景にはこのような場所を作り出している世界の仕組みというのがあり、不当に住む場所やまっとうに生きる権利を奪われている人たち大勢がいて、この世界の中でいやおうなしに犠牲になっていっているという現実があります。子供たちにとっても辛い現実を呼び起こす曲、中には歌いながら涙ぐむ子もいましたが、あえてその悔しさや悲しみを全力で歌に込めて歌おうと、皆で真剣に録音に取り組んだ曲です。

 

 

映像の撮影は2011年末から年明けにかけて行いましたが、その時、キベラで撮影中に強盗に襲われ、カメラと撮影道具一式を失い、顔面を強打され怪我を負いました。

相手は銃を持った5人組の若者たちで、自分の真後ろで空に向かって銃声が轟いたときは、生きた心地がしませんでしたが、幸い命だけは無くさずにすみ、また子供たちにも怪我はありませんでした。

 

 

様々な犯罪がはびこるスラムですが、その背景にはこのような場所を作り出している世界の仕組みというのがあり、不当に住む場所やまっとうに生きる権利を奪われている人たち大勢がいて、この世界の中でいやおうなしに犠牲になっていっているという現実があります。

 

 

僕らを襲った5人組も、まだ20歳前後の若者たちで、そのうちの3人は警察に撃ち殺されたと後になって聞き、何ともやるせない気持ちになりました。

 

 

犯罪に手を染めることは、もちろん許しがたいことですが、彼らにもしまともな仕事があり、人間として全うな生活や権利が認められていたら、果たして犯罪を犯す必要があっただろうか。

 

 

犯罪は、被害者にも加害者にも苦痛をもたらします。

今回は被害者の立場や痛み、精神的なダメージというものを身をもって体験しましたが、不当な世界の搾取の仕組みの中で、僕たちは知らず知らずに加害者になってしまう危険性も十分にあります。

 

 

しかしそれは、僕らの望んでいる世界ではありません。

 

世界をより良く変えていくために、何を考え、どう行動するか、何にお金を使い、何に使わないか、何を選択し、何を選択しないのか、そんな一人一人の一つ一つの小さな行動がたくさん集り、世界を変えていく大きな原動力になっていくのだと思います。

 

 

性犯罪が多発しているスラムでは、善意のある人々が立ち上がり、『黙ってないぞ!性犯罪撲滅キャンペーン』が行われていて、マゴソスクールの子供たち先生たちも、積極的にこの活動に参加し、多くの人々の前でこの歌を通してメッセージを伝え続けています。

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5月19日、ケニアイベントのお知らせでーす!! 今回は特に!本当に!必見!!

2012-04-15 22:42:20 | 日記

さて、またイベントのお知らせです
5/19、JICAセミナールームAにて開催します
今回はナント、マゴソスクールの創立者、リリアンさんとオギラ教頭先生が初来日
もちろん千晶さんも・・・

今回は特に必見です!!  本当に現地・現場の声・想いを聞いて感じられるチャンスです!!

お見逃しなく!!

 

 

 
リリアンは10数人兄弟の長女、10代の時に両親をHIVで続けて亡くし (4ヶ月に間に)それから働きまくって弟妹との生活 中には大学にも行かせました
弟妹も成人し、今度は「両親のいない、みんなのママになるわ! それが私の夢なのよ!」とマゴソスクールをはじめました
 
本当の悲しみ、痛み、つらさ そこから生み出される喜びを自ら体験してきたこそ
伝わってきます 言葉はいりません
 
今回、僕は主催しません ちょっと昨年疲れてしまいました
毎回、手伝ってくれる背の高い女性が主催します

他地方でもイベントを開催します

詳しくはhttp://www.maisha-raha.com/

からご確認ください

 

以下、イベントの詳細です  転載大歓迎!!

 

 

 

ケニアのいま 広報文                                  

――――――――――――――――――――――――――――――

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

ケニアのいま 

〜子どもたちと共につくる地球の未来〜

 

     5月19日(土)14:00 〜 16:30

        JICA中部 地球ひろば セミナールームA(2階)

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

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東アフリカ最大のスラム街「キベラ」で、

家族や家を失った子どもたちのための駆け込み寺を作るリリアン(ママチュチュ)と、

自分自身も親を失い苦労をしながらスラムで生き抜いてきたオギラ先生。

今回は、キベラスラムからこの2人を日本にお招きして、

ケニアからの生の声をお届けします。

 

困難な状況下で懸命に生きる子どもたちの命の輝き、

 

傷ついた子どもたちを助け励ます大人たちの想い、

 

成長して高校生になった若者たちと共に未来へ踏み出す一歩など、

早川千晶が聞き役になり引き出していきます。

 

スラムの暮らしの中で日々目の前で起こる様々な出来事、

その光と影など、実際のエピソードを交えながら、

どんなどん底でも決して生きることをあきらめない、

そんな力強いスラムの生き様に触れてください。

つらいときこそ明るい歌を大きな声で歌うのがキベラ流。

スラムの暮らしの中に流れる歌を、いくつか披露していきます。

 

「あきらめなければ夢はきっとかなう」

 

貧しいけれども夢いっぱいのスラムの子どもたちのいまに、出会ってください。

 

 

■□■□■□■□■ 開催概要 ■□■□■□■□■

【日 時】 5月19日(土) 開場 13:30/開演 14:00

終演 16:30(予定)

【場 所】 JICA中部 地球ひろばセミナールームA(2階)

      〒453-0872 名古屋市中村区平池町4丁目60-7 

 

【アクセス】 名古屋駅下車 徒歩13分

(名古屋駅を南(レジャック方面)へ、笹島の交差点を渡り二つ目の信号次の曲がり角

高架下右折、Zepp Nagoya西側)

名古屋臨海高速鉄道 あおなみ線 ささしまライブ駅下車 徒歩5分

近鉄名古屋線 米野駅下車 徒歩10分

 

【入場料】 一般/前売 1,500円 当日 2,000円

      学生/前売 1,000円 当日 1,500円

      ※小学生以下無料

【定 員】 100名

 

【主 催】 ココアゴラ

【後 援】 JICA中部 名古屋NGOセンター

【問い合わせ】 ココアゴラ ケニア実行委員  担当:加古

        MAIL cocoagora@gmail.com 

FAX 052−563−5046

 

【申込方法】

下記の内容を添えて、【問い合わせ】までお申し込みください。

※応募締切 5月17日(木)まで。

===========申し込みフォーム===========

 

[5/19ケニアのいま 参加申し込み]

 

名 前:

所 属:

年 齢:10代 20代 30代 40代 50代 60代以上

(あてはまらない年代を消してください)

TEL/携帯電話:

メールアドレス:

チケット枚数:          枚

この講演会を何で知りましたか?:

 

ボランティア: 有  無 (どちらかを消してください)

 

==============================

 

★☆ ボランティア 大募集中 ☆★

一緒に講演会を作ってくださる方を募集しています!!

主にチラシ配布や、当日の受付、会場設営、アフリカ雑貨販売などをお願いします。

興味をお持ちいただけましたら、申し込みフォーム内にあります

「ボランティア:有無」へご記入ください。

問い合わせにて、詳しい内容も受け付けています。

お気軽に、ご連絡ください。

 

 

□■□■□■ ゲストプロフィール ■□■□■□

【早川千晶(はやかわちあき)】

ケニア・ナイロビ在住のフリーライター。「ウペポ〜アフリカの風ネットワーク」発起人。

1966年福岡生まれ。1987年世界放浪の旅に出発し、アジア、ヨーロッパ、アフリカ各国を旅した後、

1990年にケニア・ナイロビに定住。

ケニアで旅行会社に勤務し、旅の企画や撮影コーディネーターを手掛けた後、

1999年にフリーランスになる。

現在は執筆活動のかたわら、ナイロビ最大級のスラム・キベラで

ストリートチルドレンのための駆け込み寺「マゴソスクール」の学校建設・運営、

スラム住民の生活向上プロジェクト、リサイクル運動、平和運動、大自然体験ツアー、

アフリカの面白さを日本に伝えるイベントの企画、マサイのコミュニティが行うエコツアーのサポート、

フェアトレード促進活動などを行っている。

2005年からは、ケニア・ミリティーニ村にジュンバ・ラ・ワトト(子どもの家)を設立、

運営を開始(児童数30人)。

1999年から日本全国各地で、アフリカトーク&ライブのツアーを毎年行っている。

2004年JIWE設立。音楽を通じてアフリカのコミュニティに利益をもたらすCD制作を行い、

「キベラスラムの子どもたちの歌声Vol.1,Vol.2」「センゲーニャ〜東アフリカの伝統音楽」

「マサイ」をリリース。

2009年からミュージシャン大西匡哉、永松真紀と共にドキュメンタリー

「マサイのいま〜伝統と変化のはざまで」の制作を開始。

2009年4月、マゴソスクールの子どもたちと共に「マゴソTV!」の制作を開始。

 

著書 「アフリカ日和」(旅行人)

「輝きがある。〜世界の笑顔に出会う旅」(文化出版社)

エコロジー月刊誌 「ソトコト」

季刊 「旅行人」、朝日新聞などに連載中

 

 

【リリアン・ワガラ(Lilian Wagala) 】

キベラスラム在住。マゴソスクール主宰、ジュンバ・ラ・ワトト副代表、

マゴソ洋裁教室教師、ワシャンバ・ワークショップ主任。

スラムで生まれ育ち、両親を失ってからは10人兄弟姉妹の長女として弟妹を育てあげ、

弟2人を国立大学まで行かせた。

1999年、自宅の長屋の一室に孤児20名を集めてマゴソスクールを設立。

その後、早川千晶と二人三脚で発展させてきた。

2005年11月、早川千晶・大西匡哉と共にジュンバ・ラ・ワトトを設立。

虐待児やストリートチルドレンの保護、スラムの貧困家庭の生活相談などを精力的に行っている。

スラムのゴスペルグループ「マシモニ・ユース」のメンバーでもある。

 

 

【ヘゼカヤ・オギラ(Hezekiah Ogira) )】

1986年生まれ。キベラスラム在住。11人兄弟姉妹の二男。

9歳のときにキベラスラムで母親が死亡。そのとき末の弟(スティーブ)は1歳だった。

小6のとき、父が再婚。子どもたちは義理の母親に虐待を受けるようになった。

義母に田舎の村に連れて行かれるが、14歳でオギラは自力でキベラスラムに戻り、進学する費用を得るために日雇労働で働いた。

1年間働いてから、6歳のときに教会で出会っていたリリアンに再会し、助けられる。

リリアンの協力により奨学金を得て、2000年、セカンダリースクールに進学。

高校に通いながらマゴソスクールでボランティアをはじめる。

2004年、高校を卒業し、マゴソスクールの正式な教師となり、田舎の村に弟妹(スティーブ、アモス、ジョアン)を迎えに行きキベラに引き取る。

2008年、マゴソスクールの教頭に就任。現在に至る。

マゴソスクールでは音楽部の顧問を務め、歌や踊り、タイコなどを指導して子どもたちを盛り上げ、マゴソスクールの音楽チームを毎年、ケニア全国小学生の音楽大会での入賞に導いている。

 

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