ぼやかせていただいております。

横綱にはチャンピオン同様、勝者以上の伝統的価値の体現が求められる。

2017年08月10日 21時07分40秒 | Weblog




そういえば、ちょっと古い記事だが、


横綱が張り手とか、変化すると、ブーイングが起きるのが日本の相撲である。

それは、下の位のお相撲さんがやってもルール違反ではないのだが、横綱がやると、横綱としての品格、風格に欠けると言われる。

張り手や変化というのは相撲としては、セコい技なのであろう。そうしたセコい技を使って勝つというのは横綱として品格に欠けるとして責められるのである。

英語だと、winner とchampion を区別する人がいる。
The Difference Between a Winner and a Champion
An Elegy for Muhammad Ali


形式的には勝ち続ければウィナーであり、チャンピオンなのだが、チャンピオンとは勝者以上の意味がある、というのだ。

Ali wasn’t just a winner. He was a champion. We’re so blind today that we think they mean the same thing, but there’s a world of difference between the two. One that can guide each and every one of us, as we stretch our own selves towards our own little revolutions.
A winnner is just someone who wins something. A prize, a title, a fortune, and so on. A champion is someone who defends something, right? We don’t really call someone a “champ” until they’ve got a title to defend. But even that’s just the most superficial definition of champion. In Ali, we see what the idea — it is not just a word — really means, and why it matters.

So let’s name a few. Freedom. Justice. Beauty. Truth.

What do we call it when people sacrifice a bit of themselves for others? Nobility. And that is what we really admire, respect, love in champions. They are noble. Not just proud, vain, arrogant. Those are little things, with no meaning. Nobility makes gods out of little grasping humans. They are willing to be condemned, damned, excoriated, shunned. For genuine values. Things they believe that everyone should have


チャンピオンというはタイトルを防衛する人であるが、それ以上に、われわれ人間が大事にしてている自由とか正義とか、愛とか、誠実といった価値を防衛する人なのだ、と。

愛と正義、自己犠牲や高貴さといった理想を体現し、その価値の体現のために非難され、酷評され、傷つき、また、煙たがられることも辞さないーーそれがチャンピオンであって、勝者は多いが、チャンピオンは少ないのである、と。


横綱にも、勝者以上に伝統的価値の体現が求められるのであろう。
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