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国家が「戦争をやる」と意思決定をしたとしても、それに従わず、国家に対峙する自由

2016年12月10日 00時00分13秒 | Weblog




TPPを議論・検討する過程で出てきた問題点を、国会の論戦を通じてでもよいから国民の前に正直に示すべきだ、というのが歴史から学べる教訓の2つ目です。司(つかさ)司(つかさ)で検討尽くされたはずの、本当にテクニカルな協定の問題点を、国民の前に明らかにした上で、国会論議を行っていただきたい。


気象条件や石油の備蓄量から、アメリカへの奇襲攻撃が可能な下限は決まっていたでしょう。ただ、ではなぜ奇襲攻撃で開戦しなければならないかと詰めて考えれば、それは、軍需物資をまさに敵国アメリカに依存する日本にとって、対英米戦とは短期決戦以外になかったからです。

1923年の帝国国防方針では、直近の第一次世界大戦の教訓は活かされず、持久戦争必至の総力戦時代に日本が生き延びる方策は、緒戦の圧勝による敵の戦意喪失しかないとの硬直した戦略が選択されてしまいました。

ならばもし、緒戦の圧勝が不可能な場合はどうするかという、次の手を柔軟に考えてもよかったのではないか。その中には、できるだけ戦争に参加しないように待つ、という選択肢があってもよいはずですね。日露戦争の実戦に参加し、のちに批評家に転じた水野広徳は、1929年の著作で、「戦争が機械化し、工業化し、経済力化したる現代においては、軍需原料の大部分を外国に仰ぐが如き他力本願の国防は…戦争国家として致命的弱点」を持つのだから、日本は戦争する資格のない国、と喝破していました。


戦争の究極の目的は、相手国の基本的な社会秩序(=憲法)に手を突っ込んで書き換えることにあります。戦前期の国体(=天皇制)を、アメリカ側は見事に書き換えた。


1946年の第91回帝国議会の皇室典範案の審議では、「新憲法の精神からも、ただ女性であるということで皇位継承資格がないとする理由はなく、女性も皇位継承資格を有するようにすべき」といった議論もあった。当時は、憲法の規定に従おうという姿勢が顕著に見られたのです。


戦後の価値で重要だったのは、憲法11条の「基本的人権の享有」と13条の「個人の尊重」でしょう。戦前との比較で特に肝に銘じたいのは、13条「すべて国民は、個人として尊重される」の、「個人」の部分です。この「個人として」という意味は、たとえ国家が「戦争をやる」と意思決定をしたとしても、それに従わず、国家に対峙する自由が認められているということです。
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