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”国籍がその国への忠誠心を表しているかといったらそれは違う”

2017年07月27日 01時38分08秒 | Weblog




国籍がその国への忠誠心を表しているかといったらそれは違うというのが僕の考え。


国籍に実体的な価値を認めず、あくまでもID番号的に手続き的な意義だけを認めるのが僕の考え


僕は二重国籍者を超えて、外国人にだって日本の政治家になってもらっていいと考える。有権者がその人を日本のためにしっかりと働いてくれると見抜いて選んだのであれば、その方がかえって日本のためになるんじゃないか。


そしてその外国人政治家が日本の利益に反するようなことをすれば選挙で落とせばいいんだし、選挙前でも解任手続きを定めておくことで対応できる。これも制度の問題だ。

ただし、日本という国に将来にわたって権利と責任を負う者が日本の政治行政を最終的に決めることは当然だと思う。ゆえに日本国籍保有者が有権者となり選挙権を持つ。外国人が日本において有権者となりたいのであれば、帰化してもらえばいい。このように有権者には日本国籍という参加資格を求める。これは日本国籍保持者が立派な人間だから、その国に忠誠心・貢献度が高いからというわけではなく、あくまでもID番号的な参加資格。




 国籍に、「ID番号的に手続き的な意義だけを認める」というのは違和感がある。

 国籍というのはやはり、その国で生まれたとか、国民と血縁関係があるとか、その国の社会である程度以上関わってきたなど、国家とある程度以上の関係したことを示す概念なんだろう、とは思う。

 もっとも、会社を繁盛させてくれるなら、株主じゃなくてもいいのと同様で、有能な外国人がいるなら、その外国人に選挙権を与えないで被選挙権を与える、というのは全く不合理とも言えない。

 ただ、民主主義の観点からは、やはり、国を治めるルールに関係する立法、司法、行政の直接の担い手は、原則、国家との関わりの深い国籍保持者たる国民で、そうした場面での、外国人の採用は例外的・補助的な場面にかぎるんだろうね。

 ここらへんはいろいろ議論があっていいところだろうね。


 

 




 



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