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日本における女性の立ち位置(2)・・・男性不在の子育て

2017年07月11日 | コロ健の恋愛、女性、ジェンダー論

昨日からの続き)

女性を取り巻く環境が問題になる時、その陰にいる男性が出てこない。

保育所を作って欲しい、という署名活動に遭遇したことがあるが、その運動をしていたのは、すべて母親。父親でビラ配り、署名のお願いをしていた人は見なかった。男性でもいたのかもしれないが、ほんのごく少数だったろう。女性政治家でも、子育てのこととなるとワンオペだ。政策についてはその人個人の考え方があるだろうけど、子育ては母親だけがすることではないのではなかろうか。

「旦那さんたち、こんな女性に支えられて羨ましいものだ」と思った。それと同時に、その男性たちに対し不公平感も持った。仕事もできて、子育てもして、それらをする時男を巻き込むようなことはしない。この女性が守っている男性はどんな人たちなのだろう。よく思ったことだ。

でも、それは、子育て中の男性に限ったことだろうか?今の私だって、妻の影に巧妙に隠れていやしないだろうかと不安になる。

この国は、”子育て”という人間が行う根本的なことを、女性にだけ押し付ける社会になっている。言い過ぎならば、”押し付けても許される社会”になっている。女性の中にはそれが当たり前だと思う人がいて、そういう風潮を牽引する。この前、鎌倉駅でツバメの巣作りを見て思ったが、子育ては両親で行うのが基本だ。いろいろあって、それが叶わぬこともあるけれどそれはこの場合置いておく。

子育てに限らず、面倒なこと全てを女性に押し付けようとしている風にみえる。

産業革命以降、人間の男性は女性に対して身体的優位性を発揮する場を次々と失ってきた。そして、現代、ネット一つでなんでも買うことのできる世の中となり、重い買い物袋を持つ機会すら失われつつある。もう、ラジオ一つ直せないのだ。そのことを、隠そうとして色々な言い訳を作ってきたのが、産業革命以降の歴史だ。

極端な少子化は、女性に全てを押し付けてきたツケであるのに、世の男性はその仕組みを直そうとしない。保育園を作ったらいいというわけではなくて、考え方を基本的に変えなくてはいけないのに、そのことをしようとは決してしない。

そして、その好例が子育てだ。夫婦のことは二人の間のことなので、あれこれ突っ込むつもりはない。でも、子育てに父親が参加することを当たり前に考える社会になって欲しいと思う。子育てには様々な要素が含まれている。両親が力を合わせて育てることで、最も小さい社会単位である家庭の中で、女性の特性、男性の特性といったものを学んでいく。全ての家族が円満にいくとは限らない。だが、現代社会においてそれぞれの性のあり方は変貌している。

これまでのように、力の強い父親が家族みんなを支配するという時代は、遠い過去のものになりつつある。

明後日に続く)

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2 コメント

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こんにちわ (リディア)
2017-07-12 12:02:31
私の職場でも、
子育てしながら、
家事をこなされて、
その上、
お仕事までされてるのには、頭が下がります。
私は、
子育てしてないのに、
こんなにバタバタしてますが。
それどころか、まだ、
結婚もしてないので(笑)

個人的には、
男性の育児参加、家事分担は、協力的にされた方が良いかな?とは考えますが、
職場で、
男性の仕事の辛さ見てると、あまり強く言えませんけどね。
閉塞感 (コロ健 to リディアさん)
2017-07-12 19:17:30
時代が大きく変わりつつあるところで、男女の存在意義を考え直さないといけないと思うんです。でないと、女性の人権すらおびやかすような考え方が復活しそうで恐ろしく感じています。

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