こんな気持ちでいられたら・・・一病理医の日々と生き方考え方

人生あっという間、私の時間もあと少し。
よりよく生きるにはどうしたらいい?

注意深く生きる・・・三題

2018年02月01日 | 日々思うこと、考えること

注意深く生きていると、多くの人に自分が助けてもらっているのだということに気がつく。最近、そんなことを気づかせてくれたことが3つあった。


その1

コロ健、小さな研究会の病理医側の世話人をしている。"病理医側”というのは臨床医が提示してきた診断、治療に困っている難しい症例について病理医が病気の病理所見を解説する。私自身、これまでにもいろんなところで何度かやってきていて、その都度ブログで大変だ大変だとこぼしているものだ。これまでは世話人の先生にご指名いただいてきたのだけど、一昨年から私が世話人となってしまった。昨年あった日韓の合同研究会でもそうだったけど、世話人として、どなたかに話をしてもらうのを頼むというのはなかなか難しい。今回も、関係する研究会に告知したのだけど誰からも手が挙がらず、最終的には知り合いの先生方にお願いすることにした。実力があって、快く引き受けてくれる方、というのが自分の周りにいるというのは嬉しいことだが、それ以上に私が自覚しなくてはいけないのは、そういった先生方に助けてもらっているということ。ありがたいことだ。

その2

血液腫瘍の一部は診断がとても難しい。原疾患(この場合血液そのものの病気)の診断はフローサイトメーターとか新しい機器が出てきたので、診断精度は上がってきている。でも、それが全身の他の臓器に症状を出してくると、それが元々の病気のせいなのか、元々の病気に引き続きて起きたことなのか、の診断をする必要が出てくる。病理医としてはそっちの、例えば肝臓とか、腎臓に生じる2次性の病態を診断しなくてはいけない。その診断をする段となって、以前、他の先生から質問され、よくわからずその先生と一緒に勉強したことがあった症例があったのを思い出した。「おお、この症例、あの時あの先生と一緒に勉強した症例だ」と難しい診断もなんとかつけることができた。”情けは人のためならず”というと、おこがましいが、やはりここでも感謝が大事だと思う。

その3

息子が通っている大学で、実習担当教官がたまたま私の友人となった。実習が始まってしばらく経ったある夜、メッセンジャーで「ご子息、短い間ですがお世話させてもらいます。色々話してみますね」と連絡がきた。その友人、以前から尊敬していた人だったが、そういう人が忘れずに声をかけてくれるというのはありがたい。というよりも、そういう人はいつもそうやって周りに気を配っているのだということも学ばせてくれる。生きて行くということには、色々なヒントがある。

自分の考えが一番、自分を中心に世界は動いている、忙しく過ごしているといつの間にかそういう考えに陥ってしまう。でも、そんなことは全くなくて、人は人に助けてもらって生きている。なんでも、誰かに何かをしてもらっているのが当たり前だと思っていると人生は味気なくなる。人間関係にはストレスも多いけど、それ以上に素晴らしいことが続けて起こっているのだという事をありがたく思って生きるといい。

以前、”注意深く生きることの大切さ”を書いたことがあったけど、それは人間関係でも同じだ。

まずは家族に注意を向ける

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