KENSEI みえの会

会員間の連絡用ブログ

一足早い忘年会

2016-12-04 18:00:04 | 健生みえの会便り

2016年11月27~28日

志摩市大王町船越の上野さん紹介の保養所にて、

一足早い忘年会を行なった。

参加者は伊藤夫妻、辻屋夫妻、大平夫妻、

余川さん、郡山さん、栗屋さん、地元の上野さん。

何故この時期になったのかというと、

かっては1月の新年会だつたのだが、

伊藤夫妻が天候次第で参加出来ないことがあり、

それでは残念ということで、時期を早めての忘年会である。

しかも志摩荘は料理もいいし風光明媚でもある。

 

この忘年会は、三重健生恒例の句会から始まった。

第18回岩魚句会は、飲み人は上野さん持参の奉納酒を味わいながら、

お茶の人はお菓子やみかんを頂きながら

伊藤敏子さん進行で始まった。

今回は投句も含め36句。一人5選で、うち天をひとつ選ぶ。

宮地さんは体調すぐれず投句のみとなった、鈴木さんもおなじである。

 この岩魚句会は、健康生きがいづくり三重の会の

アクションデイとして平成24年6月に伊藤宅で

第一回を初めとして続いている。

今回で18回をかぞえるが、何故か寄りたくなる、

親しみ湧く空気が醸成されているのだろう。

自分の気づきや感動を句に託して発表でき、

しかも受け取ってくれる人がいる、人と人の繋がる奥深さ ここにあり…。

 

景色を切り取った迫力ある句に、

その映像を実際に見たくなったり、

音を聴きたくなったりした。

また孫の愛しさを表現したものも多々あり、共感した

今回も有意義な時間を持てた。

 

会食ではそれぞれ隣り合った人同士で

交流が深まったようである。

健生全国大会のスッタフとして参加した人もいて、

これからの三重健生についても

語り合えたようである。

料理は志摩ならではのご馳走に一同舌鼓

      

 

 程よくカラオケ準備  OK

栗(屋)ちゃんはカラオケ部長の異名をもつ。

シニアを超えた今流行りの歌を披露、

余川氏は衰えたと言いながらも、なかなかの美声で、声量もかなりのものだ。 

辻屋夫妻はレパートリーも広く場に慣れている。

伊藤夫妻は高得点を狙って練習に通ったらしい。

大平夫妻は皆と合唱、

上野さん、<これから音頭>をみんなが覚えて欲しいと言いながら歌い、

これは健生の歌にしようと、みんなも納得だ。

そして高校3年生、学生時代を歌い、ちょっとホロリときた。

 

翌日は、志摩荘の方のお薦めもあり「横山展望台」へ向かう。

ご存知のように風光明媚のポイントとでも言おうか

志摩地方の全方向の展望が可能だった。

みごとなリアス式海岸で、主要先進国首脳を魅了した美しい眺望だ。

ここをバックに辻屋さんがシャッターを切った。

     

 

一路松阪へ向かう。 

伊藤氏お薦めで、伊勢本街道と松阪城址へやってきた。

あまりにも立派な石垣にビックリ!勾配のきつい石組に圧倒された。

そのカーブの美しいこと!いにしえの石工の技に驚き、

その技は受け継がれているのだろうか、との思いを巡らせてみるのも楽しかった。 

 

資料館や本居宣長記念館は休館、残念。

槙垣と石畳が残る御城番屋敷の長屋を散策し食事へ。

郡山氏は風邪気味で車の中で可哀想に食事なし。ちょっと熱っぽそうだ。

 

康子さんが若き頃訪れたという店を発見し、

皆で焼きそば、ラーメンを食べた。

実はこの店はテレビで放映されたらしく、

敏正さんがみていて一度食べてみたかったという。

さぞ康子さんは40年?振りに来店し感慨ぶかいものがあっただろう。

 

郡山さんの風邪の具合を気にかけつつ帰路についた。

伊藤夫妻は引き続き伊勢本街道を散策。

   (写真:辻屋) (記:大平)


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鈴鹿 山口誓子展

2016-11-07 11:29:39 | 街の畑公園だより

鈴鹿で山口誓子展が11月5,6日ありました。

 

ヒョンなことから、この企画を知って、妻と行ってきました。

誓子の弟子で、彫刻家の長谷川八寿雄翁のお話がありました。

昭和23年~28年まで、鼓が浦海岸で結核療養している誓子の

世話していたときの話がほのぼのとして、身近になりました。

展示は、誓子自筆の掛け軸や手紙などが、ショウーケースに

入れられことなく、展示されていました。

写真撮影も、どうぞということでした。

誓子の文字の息つかいが伝わってくるようで、こんな家族のような

展示会ははじめてと思いました。誓子が奉られていないんじゃないか。

ほんに、隣にいて話しかけてくれてるようでした。


昭和19年5月26日、高田本山専修寺で書かれた句に目が留まりました。

 

昭和19年ごろは、特別攻撃隊が話題になっていました。

 

 「海に出て木枯帰るところなし」の句も19年作です。

誓子の心のうち、どうだったんだろう、って残っています。

 

誓子は鈴鹿の学校校歌の作詞をしています。

その殆どが鈴鹿地域だということでした。


鈴鹿での暮らしが偲ばれる写真もありました。


こんなコトバも、心に残りました。



 

 


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頑張らないでいい

2016-10-10 07:21:53 | 街の畑公園だより

外気が涼しく感じるようになってきています。秋の気配・・・

秋って、ふとわが心のなかに、風がすっと吹き込んできて、ときに

自分の内面に焦点が当たる、そんなことないですか?

 

10月一週目の土曜日、理想の暮らしを語る会の公開シンポジウムが

鈴鹿カルチャーステーションでありました。

テーマ「自分らしく生きるーー人生を振り返る」

 

 

公開シンポジウムでは、3人の方から、そのテーマで語って

いただきました。それぞれ、ご自分の内から湧いてくる思いを

素直に聞かせてもらい、しみじみとした気持ちになりました。

 

金治智計さん(64歳、7年前から人工透析暮らし)

「透析をはじめたころ、勝手な生活していて、お医者さんから叱られて

いた。その頃ビルの上に行ったりすると、下に吸い込まれていく感じが

したり、こんな自分が生きていても意味ない、税金で透析していて、

一人でも減ったほうがいいかな、とか。

それが、最近、声かけられて、この会に参加したり、鈴鹿にはサイエンズ

研究所というのがあるんですが、そのゼミに参加するようになって、何か

希望が湧いてくるようになりました。透析は、月水金と夕方4時まであるん

ですが、ちょうどゼミが月水金の夜、あるんです。

ぼくは、しゃべらないけど、みんなの話を聴いていると、日々同じこと

の繰り返しと思ってきたんだけど、本来の人間の姿を知っていこうすると、

日々変化していること分かってきて、嬉しいんです」

 

岸浪和子(71歳、看護師、リウマチと付き合う)

「この歳になるまで、自分って何だろう、なんて考えてこなかったなあ。

昨年、仕事をやめて、鈴鹿でやっている内観コースに参加したの。

これまで、あれも出来る、これも出来ると、やることに眼がいっていた。

出来ない人がいるとあの人は、どうなってるの?と思ったり。

はたけ公園のイベントでカレー出したんだけど、何度もお替りする人を

見て、責めたりする気持ちが、ポッと出てくるのよね。

内観のあと、そういうのって、自分のなかのどんなところからでてくる

のか、立ち止まって考えられるようになったの。

自分の気持ち見てこなかったのね。他の人の気持ちにも関心が

なかった。

やることが大事で、自分に頑張ってきたし、他の人にも求めていた。

頑張らなくていい。

一人で生きてきたんじゃないのよね。内観でそのことが見えたの。

自分が実際、どんなかを知ったら、もっと人に甘えたい、心底甘えたい、

人にも甘えてほしい、って気持ちが湧いてきたのよね。

毎日が面白いの」

 

井川道男(65歳、サイエンズスクールの内観コーススタッフ)

内観がどんなものか、参加者の感想も交えながら語っていただいた。

「奈良の内観研究所の案内では、まず”心の窓をノックしよう”と

あります。人生の休暇、一人静かに自己を見つめてみる機会、

と言えますか。

母や父、身近な人などについて、幼少期から今に至るまで、

世話になったこと、して返したこと、迷惑かけたことなど、時期を

区切って思いだしていくんです。

やっていくと、そのときの自分の気持ちや、母や父の気持ちが

どんなだったかと、知りたくなってきます」


参加した人の感想も紹介してくれました。

「内観で発見しました。してもらってばかりで、恩返ししていない。

心からあの時助けてもらってありがとう、と出てきました。

自分や他の人の気持ちを考えることしてこなかった」

「自分一人で頑張ってきた。実際は、たくさんの人に支えてもらって、

大切にされて来た存在、自分で我を補修しなくてもいい、もともと

自分でなんとかするなんてことしなくてもいい、心の中が自由に

なりました」

 

3人の話のあと、参加者20人で感想を語り合いました。

「自分が育ってきたこと振り返っても、外からの教育で規格化された

感じで、のびやかでなかったなあ。うつの人が増えても、仕方ない。

頑張らないでいい、自分らしく生きる、内観に行ってみたい感じが

する」

「最近、内観に参加した。嫌っている人についても、調べてきた。

ゆっくり調べていくと、その人の外観ではなく、その人の本当の

姿、何がその人なのか、見えてきた。

自分もたくさんの人に迷惑かけてきたけど、今は、もっと迷惑かけて

いいんだ、となってきている」

「看取りをやっている人が、死んでいく人からいくつかの後悔を聞く

という話がある。今日、みんなの話を聞いていて、内観などで本来の

人の姿に焦点が当たっていたら、むしろ自由な感じで死んで

いけるのかなと思った」

「透析って、食事など暮らしに制限がある。暮らしでは、出来ないこと

がいっぱい。それで、死んでいく。つらいときもある。でも、つらいけど

それが喜びにかわるときがある」

 

みんなで出し合っていくうち、「甘える、甘えられる」「迷惑をかける、

迷惑をかけられる」って、どんなことだろう、という問いかけを

各自にするような空気になりました。

残念ながら、今回はそこまで。

次回、また、語りあいたいなあ、と余韻漂うなか、散会しました。

 

 

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句会と運動会

2016-10-03 08:51:31 | 街の畑公園だより

月例会と句会をいっしょにやろうと、考えたのですが、まさか

孫の運動会とかち合うなんて、思っていなかったなあ。

 

ここんとこ、雨続き。10月1日土曜日、運動会の日の明け方まで

雨がふっていたけど、午前中には雨が上がるという天気予報。

運動会は延期でなく、開始時間を遅らせて、開催になった。

句会メンバーのジジ・ババ3人が運動会の方で、孫サービスならぬ、

孫から癒されに行った。

 

句会は、運動会に行って、投句参加の辻屋康子さんの句に

みんなの選が集まった。

こういうのが、おもしろいなあ。

 

  敗戦を生きし人逝き蝉時雨

 

これは、7人の人が選んだ。

そのほか2句。

  部屋のすみ忘れし浮き輪の児の笑い

  鈴虫やきのうは鳴きて今日は止み

いずれも、点が多かった。

 

その日の句会では、句会の気風や句の作風など、ときどき意見を

交えながら、進んだ。

 

  蝉を喰うトノサマバッタ落ちて来て

  二十年剪定続けて柿稔る

  一直線畦道に引く彼岸花

これは鈴木英二さんの句。

今回は、残念ながら、この3句とも選ぶ人がいなかった。

英二さんの弁。

「いままでと作風を変えたんです。

いままでは、自分の信条をなんとか表現したいと意気込んで

いたんだけど、今回は無機質なもの、何気ない風景を表現しながら

内面が伝わらないかと思って・・・」

そういう英二さんの話を聞いたあと、句を鑑賞してみると、何か

味わいがちがってくる。

とくに、トノサマバッタが自分よりカラダの大きい蝉に喰らいついて、

ドッサっと落ちてくるなんて、それを見ている英二さんの心の

動き、つたわってくような・・・

 

瑠璃色の残像蜥蜴穴に入る       伊藤敏子

 

師匠の句だったけど、選ぶ人がいなかった。

この句会、メンバーのぼくらでは、すこしレベルが高すぎたのか?

「蜥蜴穴から出る」が春で、「穴に入る」が秋だと知った。

なるほど。そこが、イメージできたら、「瑠璃色の残像」と詠んだ、

作者の内面の世界に思いを馳せることができたかも。

 

余川さんは、句会のメンバーのなかでは、群を抜いて、勉強熱心だ。

句の一字一句に推敲の背景がある。

 

  丸山や朝日にふくらむ稲の花

  長き夜や父母亡き里は遠くなり

  

そのときの情景や気持ちをケレンミなく詠んだ句もいいなあ。

 

  まだ青き栗の食みあと獣みち        敏子

  木からもぐイチジクの香りなつかしき     照子

  真夜中の虫の音色や夢心地        大平

  枝豆を飛ばして食べる孫楽し        小浪

 

句の評定でワイワイしているうちに、「それならいい句になる 」と

思わぬガッテン。

  

  定番のスイカ割りして孫の来る       伊藤敏正

 

敏正さんに、その時の状況を聞いているうち、誰からともなく、

それなら最後は「孫帰る、じゃないの?」

「なーる」

 

  定番のスイカ割りして孫帰る

 

その人によく聞いてみないと、分からない句。

 

  寝返りし気にかけないで晩夏の夜       郡山

  鈴虫が夜なべの床の静かさに         辻屋

 

本人、欠席のため、みんなで好き勝手な詮索。

 

句会の気風とか、句の作風について、いろいろな思っていることが

出ていた。

師匠からは「写生句をめざしている」とか聞いた。

英二さんも、そんなチャレンジしているとか。

句会から、その人の暮らしぶりや、見えていなかった一面が見れて

感動するときもある。

作品味わい方も深めていきたいし、夜に人との通じあいもやっていき

たいなあ。

 

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人間らしく最期を

2016-09-14 15:17:17 | わたしの活動レポート

理想の暮らし語る会9月公開講座

「自分らしく生きるーー素敵に最期を迎えるために」

9月10日午後1時半から3時半までありました。

鈴鹿カルチャーステーションに30名余の人たちが寄りました。

 

話をしてくださったのは、四日市あした葉会の伊世利子(いせとしこ)さん

です。

あした葉会は伊世さんが立ち上げた。

         

  http://www.ashitaba3.com/

 


 

地域医療や介護、ホスピス、緩和ケア、看取りなど仕組みを整えながら、

市民が主役になって,すべての人が自分の意志でそれらの仕組みを

選択し、自分らしい老後の暮らし、最期を迎えることができるようにという

活動なんですね。

 

「実は、私、四日市羽津医療センター(旧羽津病院)の看護師なんです。

現役でバッチリ、やってるんです。羽津病院では、訪問看護をしている

とか、老人保健センターなど地域のなかに入って、医療や介護分野

にも関心もって活動してきているです」と伊世さん。


  <四日市羽津医療センター>

    http://yokkaichi.jcho.go.jp/

 

そこで30年、看護師をやってきている。

伊世さんの話をを聞きながら、たしかにこんな羽津病院に惚れて、

看護師をはじめたんだなと思った。

ところがどっこい、どうもそんな程度でおさまるような人じゃないんだ

なあ、とも思った。

 

「在宅医療のシステムなど整ってきているけど、市民の人たちが

そういう実際があることを、先ず知っているかな、って思ったんですね。

あんまり伝わっていない、というより全然といってもいいくらい・・・」

伊世さんは語る。


 

そんなとき、東京新宿で「暮らしの保健室」をはじめた秋山正子さんに

出会った。

「とってもすばらしい人でした。40年看護師をやって、今度は街の人たち

のなかに入って、健康相談をしていたんです。これに、刺激をうけました」

 

    <暮らしの保健室>

       https://www.kango-roo.com/sn/a/view/850

 

この日のお話を聞いていると、伊世さんは、人との出会いの達人であり、

心からの共鳴と、そのあとネットワークづくりをしながら、あした葉会を

四日市で暮らす人たちに身近なものにしてきたんだなあと思いました。

 

「5年ほど前、そんなこと考えているとき、岩手県で死の臨床研究会

という催しがあったんです。それに参加していたら、あれっとびっくり

したんです。その会に四日市市役所の職員の方が4人見えてい

たんです」

これも、出会いなんでしょうね。

行政から医療機関から住民までのネットワークを描きながら、あした葉会

が、2011年6月スタートしたのでした。

 

自宅の一角を開放してあした葉ステーションという地域の人たちの

居場所づくり。

認知症出前講座。

緩和ケアボランテイア養成講座。

そのなかでも、大きなプロジェクトは、四日市市の助成を受けて、

市民大学の開講。


 

こういう活動をしていると、同じ思いの人に出会えるんですね。

伊世さんが紹介してくれました。

 

  <医療法人いしが在宅ケアクリニック>

    http://www.ishiga-cl.com/

 

  <なごみの里 柴田久美子>

    http://nagominosato.org/projects/lecture/speaker.html

 

   <日本尊厳死協会>

    http://www.songenshi-kyokai.com/

 

いしが在宅ケアクリニックは、ガンなど不治の病にかかった患者さんを

医師の立場から、その人らしく「命輝いて」最期を迎えるサポートをしています。

柴田久美子さんは、どんな人も、逝くときが一番幸せとなって逝くサポートを

実践しています。

尊厳死協会は、自分の死んでいくとき、自分はこう考えているという意思を

はっきり表現しておきたいですね、という啓蒙をしています。

 

伊世さんは「かかりつけ医」が大事だと思っている。

「在宅訪問をしますよ、と言う医師は四日市市の安心ガイドブックなどで

リストであがっているけど、じゃあ最期まで看取りしますよ、という医師が

どれだけいるか。それを、ガイドブックに載せたいと思った。

在宅訪問しますという医師を訪ねて、いろいろ聞いて回ったんです。

これは、40人までやったところで、ギブアップしました。あきらめた

わけではないのですが、一人ひとりに会うということ自体、大変な

ことだったんです」

その熱意たるや、ぐんぐん伝わってきます。

 

講演会のあと、コミュニテイカフェで、伊世さんを囲んで、有志で

おしゃべりしました。

鈴鹿の地域包括支援センターのスタッフや地元の訪問看護の仕事に

携わっている人もよりました。

伊世さんは、こう感想を言っていました。

「人間として死ねる。ここが大事だと思うんです。そのため、死に方

について、自分で選択できる。いろいろな仕組みはできてきているけど、

その本人がどんなにしたいか、ここが一番のポイントですね」

 

この感想が尾を引いています。

医療や介護、社会福祉、まだまだ道半ばだし、ときに逆行しているらしい

とみえるときもありますが、そうとう水準が高いところねらって、検討

がすすんでいるとはいうものの、生きているのぼくたちだし、ここで

暮らしているのは、このぼくらなんですよね。

「人間らしく生きる」といい、「自分らしく生きる」といい、そういうこと、

自分は捉えて、どう考えているんだろう。

そこ、もっと語り合いたいなあと思いました。

 

 

ここで、理想の暮らしを語る会10月公開講座のお知らせです。

 テーマ「自分らしく生きるとは?」

1、日時  10月8日(土)13:30~15:30

2、会場  鈴鹿カルチャーステーション

3、考えるヒントを話してくれる人

 ・金治智計 「人生を振り返る」  (68歳・元武闘家・現在、人工透析で暮らす)

 ・岸浪和子 「人生を振り返る」  (75歳・元看護婦・リウマチ進行中)

 ・井川道夫 「内観で人生を振り返るとは」  I(サイエンズスクール鈴鹿

                      内観コーススタッフ)

 

もう一つ、お知らせです。

「あした葉企画 市民講座」

 --市民が主役!地域包括ケアを学び、在宅療養を支えよう

 

<連続講座>

1、四日市の地域包括ケアについて

  講師/四日市北地域包括センター長 鈴木広子氏

    9/15(木)18:30~20:30

2、地域包括ケア病棟の現状報告

  講師/四日市羽津医療センター職員

    9/29(木)18:30~20:30

3、在宅療養からみた地域包括ケア

  講師/いしが在宅ケアクリニック  平山将司先生

    10/13(木)18:30~20:30

4、福祉の現場から見た包括ケア

  講師/ナーシングホームもも代表福本美津子氏

    10/20(木)18:30~20:30

5、NPO団体から学ぶ、地域活性化活動

  講師/NPO法人UDほっとねっと代表伊藤順子氏

    11/10(木)18:30~20:30

問い合わせ先  090-8325-8816 <伊世利子>

 

 


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