KENSEI みえの会

会員間の連絡用ブログ

人間らしく最期を

2016-09-14 15:17:17 | わたしの活動レポート

理想の暮らし語る会9月公開講座

「自分らしく生きるーー素敵に最期を迎えるために」

9月10日午後1時半から3時半までありました。

鈴鹿カルチャーステーションに30名余の人たちが寄りました。

 

話をしてくださったのは、四日市あした葉会の伊世利子(いせとしこ)さん

です。

あした葉会は伊世さんが立ち上げた。

         

  http://www.ashitaba3.com/

 


 

地域医療や介護、ホスピス、緩和ケア、看取りなど仕組みを整えながら、

市民が主役になって,すべての人が自分の意志でそれらの仕組みを

選択し、自分らしい老後の暮らし、最期を迎えることができるようにという

活動なんですね。

 

「実は、私、四日市羽津医療センター(旧羽津病院)の看護師なんです。

現役でバッチリ、やってるんです。羽津病院では、訪問看護をしている

とか、老人保健センターなど地域のなかに入って、医療や介護分野

にも関心もって活動してきているです」と伊世さん。


  <四日市羽津医療センター>

    http://yokkaichi.jcho.go.jp/

 

そこで30年、看護師をやってきている。

伊世さんの話をを聞きながら、たしかにこんな羽津病院に惚れて、

看護師をはじめたんだなと思った。

ところがどっこい、どうもそんな程度でおさまるような人じゃないんだ

なあ、とも思った。

 

「在宅医療のシステムなど整ってきているけど、市民の人たちが

そういう実際があることを、先ず知っているかな、って思ったんですね。

あんまり伝わっていない、というより全然といってもいいくらい・・・」

伊世さんは語る。


 

そんなとき、東京新宿で「暮らしの保健室」をはじめた秋山正子さんに

出会った。

「とってもすばらしい人でした。40年看護師をやって、今度は街の人たち

のなかに入って、健康相談をしていたんです。これに、刺激をうけました」

 

    <暮らしの保健室>

       https://www.kango-roo.com/sn/a/view/850

 

この日のお話を聞いていると、伊世さんは、人との出会いの達人であり、

心からの共鳴と、そのあとネットワークづくりをしながら、あした葉会を

四日市で暮らす人たちに身近なものにしてきたんだなあと思いました。

 

「5年ほど前、そんなこと考えているとき、岩手県で死の臨床研究会

という催しがあったんです。それに参加していたら、あれっとびっくり

したんです。その会に四日市市役所の職員の方が4人見えてい

たんです」

これも、出会いなんでしょうね。

行政から医療機関から住民までのネットワークを描きながら、あした葉会

が、2011年6月スタートしたのでした。

 

自宅の一角を開放してあした葉ステーションという地域の人たちの

居場所づくり。

認知症出前講座。

緩和ケアボランテイア養成講座。

そのなかでも、大きなプロジェクトは、四日市市の助成を受けて、

市民大学の開講。


 

こういう活動をしていると、同じ思いの人に出会えるんですね。

伊世さんが紹介してくれました。

 

  <医療法人いしが在宅ケアクリニック>

    http://www.ishiga-cl.com/

 

  <なごみの里 柴田久美子>

    http://nagominosato.org/projects/lecture/speaker.html

 

   <日本尊厳死協会>

    http://www.songenshi-kyokai.com/

 

いしが在宅ケアクリニックは、ガンなど不治の病にかかった患者さんを

医師の立場から、その人らしく「命輝いて」最期を迎えるサポートをしています。

柴田久美子さんは、どんな人も、逝くときが一番幸せとなって逝くサポートを

実践しています。

尊厳死協会は、自分の死んでいくとき、自分はこう考えているという意思を

はっきり表現しておきたいですね、という啓蒙をしています。

 

伊世さんは「かかりつけ医」が大事だと思っている。

「在宅訪問をしますよ、と言う医師は四日市市の安心ガイドブックなどで

リストであがっているけど、じゃあ最期まで看取りしますよ、という医師が

どれだけいるか。それを、ガイドブックに載せたいと思った。

在宅訪問しますという医師を訪ねて、いろいろ聞いて回ったんです。

これは、40人までやったところで、ギブアップしました。あきらめた

わけではないのですが、一人ひとりに会うということ自体、大変な

ことだったんです」

その熱意たるや、ぐんぐん伝わってきます。

 

講演会のあと、コミュニテイカフェで、伊世さんを囲んで、有志で

おしゃべりしました。

鈴鹿の地域包括支援センターのスタッフや地元の訪問看護の仕事に

携わっている人もよりました。

伊世さんは、こう感想を言っていました。

「人間として死ねる。ここが大事だと思うんです。そのため、死に方

について、自分で選択できる。いろいろな仕組みはできてきているけど、

その本人がどんなにしたいか、ここが一番のポイントですね」

 

この感想が尾を引いています。

医療や介護、社会福祉、まだまだ道半ばだし、ときに逆行しているらしい

とみえるときもありますが、そうとう水準が高いところねらって、検討

がすすんでいるとはいうものの、生きているのぼくたちだし、ここで

暮らしているのは、このぼくらなんですよね。

「人間らしく生きる」といい、「自分らしく生きる」といい、そういうこと、

自分は捉えて、どう考えているんだろう。

そこ、もっと語り合いたいなあと思いました。

 

 

ここで、理想の暮らしを語る会10月公開講座のお知らせです。

 テーマ「自分らしく生きるとは?」

1、日時  10月8日(土)13:30~15:30

2、会場  鈴鹿カルチャーステーション

3、考えるヒントを話してくれる人

 ・金治智計 「人生を振り返る」  (68歳・元武闘家・現在、人工透析で暮らす)

 ・岸浪和子 「人生を振り返る」  (75歳・元看護婦・リウマチ進行中)

 ・井川道夫 「内観で人生を振り返るとは」  I(サイエンズスクール鈴鹿

                      内観コーススタッフ)

 

もう一つ、お知らせです。

「あした葉企画 市民講座」

 --市民が主役!地域包括ケアを学び、在宅療養を支えよう

 

<連続講座>

1、四日市の地域包括ケアについて

  講師/四日市北地域包括センター長 鈴木広子氏

    9/15(木)18:30~20:30

2、地域包括ケア病棟の現状報告

  講師/四日市羽津医療センター職員

    9/29(木)18:30~20:30

3、在宅療養からみた地域包括ケア

  講師/いしが在宅ケアクリニック  平山将司先生

    10/13(木)18:30~20:30

4、福祉の現場から見た包括ケア

  講師/ナーシングホームもも代表福本美津子氏

    10/20(木)18:30~20:30

5、NPO団体から学ぶ、地域活性化活動

  講師/NPO法人UDほっとねっと代表伊藤順子氏

    11/10(木)18:30~20:30

問い合わせ先  090-8325-8816 <伊世利子>

 

 


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何歳まで生きる?

2016-07-18 11:00:18 | わたしの活動レポート

 

雨が降るかな、降らないかな?蒸し暑い7月3週目
の日曜日。
理想の暮らしを語る会の定例会の日です。

この日の午前中は、まちのはたけ公園で「はたけで
食べよう」企画がありました。
100人が集まりました。


毎月なので、来られる家族の中には畑が暮らしの一部に
なっています。
盛りだくさんだったよ。
先ず、「大豆の種まき」
この大豆は三重県の地大豆で、播種はちょうどこの
時期。


トウモロコシを手で採ったよ。種まきしたら、こんなに
なったんだ。


スイカも出来た!スイカ割り、子どもたち大いに楽しんだ。


ジジババも畑で、会場準備に、薪のごはん炊き、カレー
づくり。
雨の心配どこへやら、子どもたちはスイカを堪能して
いました。ジジババも、なにやら楽しそう。

 

いや、脱線。
今回の定例会は、亜子さんの提案で「いつまで生きるか」
各自予想して、ということは「いつ死ぬか?」とも
いえるけど、そこから各自の来し方を振り返り、これから
描いてみよう、それを文字にしてみようという趣向でした。
来し方は、「自分の人生で転機になったこと」を書きました。

誰からとも無く、発表がありました。
あらためて、その人が人生の転機としているところが
聞けて、親しい気持ちが湧いてきました。
来し方に熱が入る人もいて、「じゃあ、いつ死ぬって
おもってるんだい?」と問うことがおおくなりました。
そんなこと、予想するのは無意味みたいだけど、やって
みると、いまからどんなふうに生きていくか、暮らして
いくか、焦点が当たってくる感じがしました。
金治さんは、「人工透析してるし、糖尿の症状があるし、
あと5年ぐらいかな?」とつぶやいた。
他人がいつまで生きると思っているか、聞くのはおもしろい。
「そうだったら、あと20年あるよね。すごいことだなあ」
40代半ばの女性、「わあ、あと40年もある」
70歳のぼくは、「85歳まで」と発表したら、「そんなに
きられるかあ」と声がかかった。願望はあるけど、実際は
あと5年ぐらいかなあ。さびしい気持ちも出てきた。
こんなこと、語り合える日々が自分の周りにあるのは、
それが幸せかなとも思った。

夕方、三重テレビで「未来の里山プロジェクト」の
レポートがあった。理想の暮らしを語る会でやっている
連中も出ていた。

 
 
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逝く人。送る人、ともども心の世界が

2016-07-11 08:23:41 | わたしの活動レポート
7月公開講座”死んだ時、どうしてほしい”が、7/9(土)
合同墓地”ニルヴァーナの森”をつくった鈴鹿宣隆寺住職
ゆはずさん、海洋散骨で送り人を任じる柳川真一郎さん
のお二人にきていただき、具体的な説明やそこでの体験談
など語ってもらった。会場は鈴鹿カルチャーステーション。
”死”の話題にもかかわらず、30人を越える参加者があった。

宣隆寺住職はお寺が檀家だけのものでなく、ひろく地域
の人たちと身近にありたいと考えてきた。

 

垣根をなくし、オープンな感じにして、合同墓地”倶会一処”には寝釈迦仏
を手彫りした。「誰でも、受け入れできますよ」
寝釈迦の下にお骨が入れば、いずれ自然に還れます。
年2回の永代供養で見守ってくれます。
 


「海洋散骨は違法ではない」という範囲で認められてい
と柳川さん。

実際していること。遺骨を預かる~臼で粉にする~
カヤックで沿岸3キロのところで散骨する~そのときの
写真など届ける。
青森でも鹿児島でもできる。カヤックをそこまで運んで。
51歳で、会社を辞め、海送舎を立ち上げ、専従している。
「もうかりません!」「生活もできません」
カヤックが好きで、若いときから遺言に海に散骨して
ほしい」と書いてきた。妻が、「あんたが死んだら、
できないじゃない?」といわれてはっとした。
そこから、彼の人生は転換したのかな?

お二人の話のあと、聞いていた人との懇談があった。
「死んだら、あとは残った人に”まかせる”っきゃないよね」
「いや、そうともいえない。逝こうという人はこうして
ほしいということは、残った人への愛情の現われかも
しれない」柳川さん。


「残った人が、逝った人とどうつながっていくかという
こともあるね」
「女房が亡くなった。ずっと泣いていた。最近、女房と
話をするようになった。泣かなくなった」




「なんかの形で先祖を供養するというのは、自分一人で
いきているわけじゃないと自覚するいい機会ですね」
ゆはず住職。



講座のあとも、コミュニテイカフェで懇談が続いた。

9月公開講座は、9月10日(土)13:30~15:30、
鈴鹿カルチャーステーションにて。
”自分らしく生きる、素敵に最期を迎える
ーー老いて死ぬということは、私の周りのつながりが
  欠かせないよね
 ゲスト あした葉会 伊世利子さん


 
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月例会おもろいなあ

2016-07-03 11:25:52 | 月例会レポート

いつのころからだろう?

月例会って、何かを決めるとか、話し合うとか、そういうこと

あるときはやったらいいけど、毎月寄り合った人で、その月

あったことやそんな暮らしの中で感じたこと、思ったこと、気楽に

出し合える場になったらいいなあ、なんとなくなってきたのは・・・

 

7月2日は、梅雨の晴れ間、けっこう暑かった。

鈴鹿カルチャーステーションの部屋はわりかし、過ごしやすかった。

敏正さんが、「では、それぞれの、この一月のこと、出し合いますか?」と

キッカケを作ってくれた。

 

鈴木英二さん、夜は、もう起きていられず、食事のあと早めに寝て

しまうけど、深夜に眼が覚めて、深夜の暮らしがあるんです、と。

それが、どうもえらいらしい。

 

中井さんは、人が死んだらどうしてほしい、というとき、いろいろな

選択肢があり、何でかしれないけど、そこをいろいろ調べている。

「死んだときのこと、だいぶ分かってきた」

自分が死んだ時、どうしてほしいという遺言を録音していて聞かせて

くれた。

余川さん「中井さんって、しあわせなひとだなあとおもう、ほんと!」

 

大平さんは、体調が良くなってきていて、何かやりたいという意欲が

湧いてきていると。

子どもの貧困のこと、老老介護のこと、元気になると「なんとかならないか」

って、気持ちがでてくるんだよね。

 

余川さんは、夫婦ともども病院通いだったなあと振り返った。

 

照子さん。「暮らしのふとしたときに、母のことが出てくるときが

あるのよね」

何か壊したとき。

「形あるものは滅す」って、母がいってたわよね。

何かで、急に忙しくなったりする。

「百日時化ていても、出船は忙しい」って、母の言葉、思い出すの。

こういうの、おもしろいなあ。

 

康子さん。88歳の父と弟と出かけたときの話。

家族の間の気持ちのやりとり、亡くなった母への思い。

 

森原さん、子どもの育ちについて。保育園で、月曜日に子どもが

荒れるという記事を読んで。これって、どう見たらいいんだろう?

 

敏正さん。長女の子ども、3歳・2歳・赤ちゃん。次女の子ども、

3歳、1歳。最近はすこし落ち着いてきて、時間があるときは、

敏子とカラオケに行き始めている。

 

「じゃあ、このへんで、あと何かありますか」と敏正さん。

余川さん「今度、入院するんだけど、息子がいろいろやってくれ

たんだけど、ぼくが父としてどう思ったらいいか、いろいろ思う

ことがあってね」

余川さんの父上は、幼いころ亡くなられて、父親がいない状態で

育ったという・・・

 

そうだなあ、一人ひとり、毎日の暮らしでは、つつがなくこなして

暮らしているように見えても、その心のうちというところでは、

いろいろなドラマがこれまでもあったし、これからも、今もあるだろう

なあ。

事柄の解決はできなくとも、自分の気持ちがどんなだろうって、すこし

間をおいて、見えるようになったらいいなと思いました。

 

敏正さんが、句会に参加した金治さんが死に掛けたあとだったけど、

参加できて元気が湧いて来た、という話を聞いて、この会がそういう

場になってきてるのがうれしいといっていました。

そんなに、ぼくも思います。

今度は「父の心、母のこころ、親心」みたいな感じで、それぞれの

心のうちで思っていること、出し合ったらおもろいかなあ。

 

 

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どなたの句?あらっとおどろく梅雨句会

2016-06-27 22:22:41 | 句会を楽しむ

どんよりした曇り日があり、晴れ間もあります。

季節や気候に敏感になっているなあというのが実感です。

晴れた日は身体が軽く感じ、雨の日には、なんだか重っ苦しいです。

気分なのか、何か身体のなかで起きているのか。

季節の敏感なのは、俳句には向いているのでしょうか。

 

25日の句会には、54句が投句されていました。

一人3句ですから、18人が参加したことになりますね。

中井宅の居間には、座卓を長く並べて、老老男女が片寄せあって

座りました。(ああ、写真撮るの、忘れましたね)

今日は、はじめての女性がさんかです。夕子さん。

この方は、老とはいえませんね。老の準備期の方といえばいい

でしょうか。

 

さて、句会です。

これは、あくまでぼくの印象なんですが、「これはどなたの句ですか?」と

敏子さんが声をかけると、「はい、私です」となるんですが、今回は

「ええっ、あれっ、これがあなたの句?」と意表を付かれることが

多かったです。

身近に暮らしていたり、もう何年の付き合っていても、その人は実際

どんな人かとなれば、まだまだ表面だけをさっと撫でた程度の理解

かもしれません。そんなことおもいました。

 

 今回の句会清記のしょっぱな。

 

   ソーダ水尽きぬ話が泡の数

    やあ、5点入りました。さわやか。話も人の悪口なんかじゃ

    ないよね。泡の数ほどというのも、おもしろいなあ。

              (どなた?)(はい、亜子です)

 亜子さん、この句だけでなく。この日の句は気持ちがのっている。

   サルビアのあの子のルージュも夢の中

    この句には4点はいりましたよ。

 

   満天に星の子抱くガクアジサイ

     これも、5点句。

     ガクアジサイをこんなふうに表現が出来るなんて・・・

     確かに、イメージとして”星の子”抱いているとイメージできるね

     満天という広大さもあるもんね。

            (どなた?)(はい、中井です)(ええつ、・・・)

 

そのあとも、「どなたの句」と聞くと、「中井です」「ええっ」

   紫陽花に隠れし君の吐息かな

    君だから、女性じゃないか。子どもがかくれんぼしているのかな。

    とうの中井さん、「これは盗作ですから」と謙遜していた。

   紫陽花のしなやかなりし日母は逝く

   

中井さんは、「紫陽花が好きなんだ」と言う。紫陽花と母上。

彼の中には、母が息づいている?

 

 

   木の花や散るを忘れて神事待つ

     この句は、4月末、アクションデイでいなべ散策に行ったとき、

     「咲いてるかな?」と出かけた木の花桜の巨木に花が咲いていて

     しかも神主さんをお呼びして神事が行われているところに、

     たまたま立ち会ったときのことを表現している。

     8点も入ってった。いっしょに行っていない人も点を入れている。

     「木の花桜が散るを忘れて」が、ニニギノノミコトに出会うという

     神話を想像させる。8人が受け取ったところを言ってくれて、句が

     膨らんでいく。

                (どなたの句?)(わし、余川です)

会場はどよめいたんです。作者の弁は、今回は止めとこうかな。

 

   梅仕事梅酒梅干梅ジュース

    調子が面白いと2点入った。

               (どなたの句?)(夕子です)

夕子さんは、今回はじめて。こんな句をつくるんだあ。

ついでに夕子さんの句。

    雲雀なく空も広がる野良ご飯

 

訳の分からない句があった。

    玉葱から!我が食卓日常に

      もちろん選んだ人はいない。

      「玉葱から!」って、「辛いってことじゃない?」

      それにしても、なんのことやら。

               (どなたの句?)(ぼく、郡山です)

      しばらく、家を離れて、一人暮らししていた。ひさしぶりの

      わが家に戻り、食卓につくと、わが妻が「あんた、野菜から食べなさい!}

      とダメだしされたとき句ということ。(大笑い)句じゃなくて、苦だね。

 

    いも堀のむしに叫びしむしに喜し

      なにか調子がいい。子どもの様子を見ている人の気持ちが感じられる。

      4人の人が選んだ。

              (どなたの句?)(ええ、郡山です)

まあ、郡山さん、こんな句をつくるときもあるんだね。

この意外性、ぼくがおもっただけじゃないとおもうけど。

 

意外性というより、この人に違いないと言う句。

     鶯か桜か草か餅多し

                (どなたの句)(敏正です)

       ぜんぶ食べました!(大笑い)

 

     忍冬を知るや吟行夏炉冬扇

       この句に入れた人2人。

       「忍冬」は「スイカズラ」。スマホで写真を見ても、だから何が

       表現したいのか、まったく分からなかった。

               (どなたの句?)(敏正です)(ええー)

敏正さんからこの句の解説があって、ちょっぴりこの句の面白さを知った。

「夏炉冬扇」というのは、無駄なことの喩えと聞いた。

敏子さんも、体験から句会で「その知識を知ったからって、それでどうだというの?」

って、思うときもあるとか。

「芭蕉も俳句と言うのは、夏炉冬扇、無駄なことしている」と、何かに記しているとか。

だんだんこの句の味が伝わってきた。

それにしても、意外だったなあ。おもしろいなあ。

 

     蓮の花いつ咲くいま咲くいくつ咲く

     堀にきてこどもころがるじゃが畑

              (どなたの句)(敏子です)(なーる)

 

     種まきて苗を植えてや時駆ける

     野草園都忘れや母に逢う

             (どなたの句?)(照子です)(なーる)

 

     一点の曇り無きして青田あり

     花の雨心浮かれし待ちぼうけ

             (どなたの句?)(金治です)

 

金治さんは、3日に一回透析している。

そのほか、自称「病気の百貨店」と自己紹介する。

最近も、いのちにかかわる変調があったらしい。

「句会に行けるかなとおもっていたけど、来れてよかった。

こころが弾んでくるんだ」と、言っていると聞きました。

 

今回は、思いつくまま、印象に残った句だけ紹介しました。

だれか、これはどうですかと言う句も、このブログに

あげてほしいなあ。(宮地)

  

    

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