Kenny爺の洋楽イロイロ,オヤジがウロウロ

洋楽と洋菓子が大好きな関西の爺が綴る!!

モータウンサウンド

2017年04月27日 | 60年代洋楽
1960年代以降素晴らしい黒人グループがたくさんあった。ニューヨーク出身「わたしのベイビーBe my baby」のロネッツや、オハイオ出身「燃ゆる初恋Our Day Will Come」のルビー&ロマンティックスや、ロサンゼルス出身「ビートでジャンプUp Up And Away」のフィフスディメンション・・・でもモータウンサウンドが一番大きなムーブメントであったのは言うまでもない。元ボクサーのベリーゴーディジュニアがアメリカ自動車産業の街デトロイトでタムラレコードを設立し、スモーキーロビンソンやエディホランドとともに「モータウンサウンド」の基礎を作った。マーティン・ルーサー・キング牧師らが先導した公民権運動が1950年代中頃から始まった、そんな時代だ。当時は黒人差別が当たり前のように行われていた時代で、スモーキーロビンソンが何かのインタビューで当時の音楽ジャンルについて「アーチストが黒人だったらR&B、白人だったらポップス」と発言していた記事を読んだことがある。モータウンレコードのアーチストを数え上げればきりがない(いや、やっぱりきりはある)が、昔NHK-FMで「ヒットキットパレード」と言うラジオ番組があって、それらモータウンサウンドを中心としたアメリカ音楽を中心に聴ける貴重な音楽番組だった。マーヴェレッツ、エディホランド、スモーキーロビンソン&ミラクルズ、フォートップス、ボビー・テイラー&バンクーバーズ、マーサ&ヴァンデラス、マーヴィンゲイ、タミーテレル、メリーウェルズ、テンプテーションズ(メルヴィンフランクリン、エディケンドリックス、オーティスウイリアムス、ポールウィリアムス、デヴィッドラフィン)、スプリームス(フローレンスバラード、メアリーウィルソン、ダイアナロス)、ジャクソンファイヴ(テイト、マーロン、ジャッキー、ジャーメイン、マイケル)、スティーヴィーワンダー、コモドアーズ・・・ビートルズのような白人ロックバンド全盛の時代、モータウンレコードのアーチストはそれに対抗しうるアメリカ音楽の中心的存在だった。
マーヴィンゲイ&タミーテレル「Ain't No Mountain High Enough」
スモーキーロビンソン&ミラクルズ「You really got a hold on me」
フォートップス「Reach Out (I'll Be There)」
テンプテーションズ「My Girl」
マーヴェレッツ「Please Mr Postman」
スプリームス「Stop In The Name Of Love」
メリーウェルズ「My Guy」
マーサ&ヴァンデラス「Heatwave」
スティーヴィーワンダー「Uptight」
マーヴィンゲイ「I Heard It Through the Grapevine」「Whats Goin’On」おお懐かし!
こんな歌をリアルタイムで聴いていた私は、今は押しも押されもしない高齢者なのだ。
ところで当時大人気のThe Supremes、現在は「スプリームス」と表記されることが多いが、当時は「シュプリームス」であった。ちょうど当時超人気の洋菓子、ヒロタのシュークリームと名前が似ていて、美味しそうなグループ名だった。

Four Tops - Reach Out (I'll Be There) (1967) HD 0815007
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キンクス The Kinks

2017年04月21日 | グループ
1970年ごろ私はキンクスの「Victria」と言う歌をラジオではじめて聴いた。ノリの良い歌でたぶんこの曲は「ヴィクトリアと言う女性に対する他愛もないラブソング」だと思っていた。それから30年ほど忘れていたこの歌を2000年頃聴いて、歌詞を見て驚いた。これは単なるラブソングではなかったのだ。ここで歌われているのは19世紀ハノーヴァー朝(日本で言えば明治時代)の「ヴィクトリア女王」の事なのだ。要するにイギリスを愛し女王様のために戦って死んでも悔いなし・・・と言う教育勅語を学ぶ森友学園もびっくり、ヴィックリの極右ソング?だったのだ。こんな歌を反体制であるはずのロックバンドが歌うとは、英国音楽ファンの懐の深さを感じる。キンクスについて言えば、Van Halenの「You Really Got Me」のオリジナルはキンクス、The Pretenders の「Stop your sobbing」のオリジナルもキンクス、1967年のThe Doorsの大ヒット曲「Hello, I Love You」は1964年のキンクスの「All Day And All Of The Night」をそのまま盗用?したほど酷似したメロディ。キンクスはいろんな意味で当時のミュージシャンたちに影響を与えたグループだ。1964年バンド結成以来メンバーチェンジは何度かあったが、レイとデイヴのデイヴィス兄弟は結成以来1994年頃までキンクス一筋の兄弟である。ただこの兄弟は本当は不仲だったようだが、これは「禁句」である。

The Kinks - Victoria
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ボストン AMANDA

2017年04月13日 | グループ
アメリカの素晴らしいロックバンド「ボストン」はなぜ1976年から1986年の10年間余りに3枚のアルバムしか発売しなかったのか?1970年代半ばごろ、私が初めてボストンの「幻想飛行Boston」と言うアルバムを聴いたとき、このグループは一体何人組なのだろうか疑問に思っていた。後で知って驚いたのは、実はボストンのサウンドはトムショルツと言う天才がすべて1人で創作していたのだ。一人で何もかもするから、時間がかかる。しかもトムショルは完全主義者だから妥協しない。仕上がったサウンドにブラッドデルプのボーカルを加え、アルバムが完成したのだ。だから1976年「幻想飛行Boston」、1978年「ドントルックバックDon’t Look Back」、1986年「サードステージThird Stage」と10年で3枚なのだ。トムショルツは子供の頃ピアノを習いクラシック音楽を聴いて育った。マサチューセッツ工科大学時代にギターを独学で学び、大学を首席で卒業したそうだが、その後コダック社に入社し、傍ら自宅の地下室で黙々と独自で開発した音響機器を使って音作りを始めたサウンド「オタク」である。キンクスやヤードバーズ、レッドツェッペリンなどの影響を受けたサウンドは重厚で、パワフルで時には美しい。とは言え基本はアナログで、今でいうシンセサイザーやコンピュータは一切使用していない。デジタルではないから音にやさしさと温かみを感じる。1970年代半ばの当時はロックの終焉を歌ったイーグルスや、ビージーズのディスコサウンドが全盛であったが、このボストンは一味違う異彩を放っていた。ただ作品を生み出すペースが遅かったため多作を望んだレコード会社との契約で揉め、裁判にも発展した。シングルの代表作は1976年の「More Than A Feeling」 、1977年の「Long Time」と「Peace Of Mind」、1978年の「Don't Look Back」「A Man I'll Never Be」、1979年の「Feelin' Satisfied」、そして1986年の「Amanda」。特にこの「Amanda」は転調部分がカッコよく、完全無欠な80年代最高の名曲の1つだと私は思う。ボストンはトムショルツそのもののサウンドだが、アルバムが売れるとコンサートツアーをしなければならないが一人では出来ない。そんなわけで彼が作ったサウンドのデモテープを再現するためにメンバーが集められた。現在に至るまでボストンのメンバーだった人は入れ替わり立ち替わり20人以上いるはずだ。中でも絶対欠かせないのがブラッドデルプのハイトーンのボーカルである。このボーカルなしにボストンはありえない。ブラッドデルプは2007年3月9日自殺するが、パメラサリヴァンと再婚する直前だったので、原因は不明だ。ブラッドデルプが亡くなって、実質ボストンは終わったと私は思っている。

Boston - More Than A Feeling - 16:9 ( Alta Calidad ) HD


Boston - Amanda (video/audio edited & remastered) HQ

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ポールマッカートニー

2017年04月07日 | 男性歌手
1967年ブライアンエプスタイン死後、ビートルズは羅針盤を失った船と言うか、糸の切れた凧のように方向性を見失い、メンバー間がギクシャクし1970年解散に至る。そこから始まる1970年代のポールマッカートニーについて、思いつくまま書いてみたい。ポールマッカートニーはその前年リンダイーストマンと結婚し、ソロ活動を開始する。最初のアルバム1970年発表の「McCARTNEY」には「Everynight」「Junk」「恋することのもどかしさMaybe I'm Amazed」などが収録されているが、私はこの中の「Junk」が大好きでポールの隠れ名曲だと思う。次に1971年に出たのがリンダも参加した「RAM」だ。この頃ポールは、ジョン・ジョージ・リンゴとは険悪な間柄だった。彼らを暗に批判するような歌もアルバムに入れた。「トゥメニーピープル」「3本足」がそれに当たる。それに対抗してジョンレノンはアルバム「IMAGINE」の中にポールに対する嫌味な曲「How Do You Sleep?」を入れ、おまけにジャケットの中にポールが「RAM」のジャケットで羊と戯れている写真を使ったのに対して、ジョンは豚と戯れる「ポートレート」を入れたのだ。ポールとジョンが険悪だったとはいえお互い相手を心では尊敬していたからそんな行動をしたのかもしれないと私は思う。ただそれは別としてこのアルバムの中ではやはり「アンクルアルバート~ハルセイ提督」と「The Back Seat Of My Car」が最高だ。同年末ウイングスとして発表されたのが「WINGS WILD LIFE」だ。アルバム全体がシンプルな構成になっている。「Tomorrow」がなかなかの隠れ名曲だ。これってもしかして、あの名曲「Yesterday」の続編?と思えるような部分がある。そして1973年「RED ROSE SPEEDWAY」が発表された。このアルバムにはあの究極の?ラヴソング「My Love」が収録されている。この曲の中でヘンリーマッカロックが最高のギター演奏をしている。ポールに対して批判的だった評論家各位?もこのアルバムあたりから評価が変わって来たように思う。そして同年末「BAND ON THE RUN」が発表された。同名の「Band On The Run」と言う壮大な曲と「Jet」というパワフルな曲がアルバム冒頭を飾る。「Jet」は何となく「Help!」とよく似た構成だと思うのは私だけ?1975年には「VENUS AND MARS」が発売された。全体の演奏の完成度が高いアルバムだ。大ヒット曲「あの娘におせっかいListen To What The Man Said」を当時私は何度も何度も聴いた。そして1976年「WINGS AT THE SPEED OF SOUND」のアルバムには11曲収録されているがポールのリードボーカルは6曲。それだけメンバーの実力もアップして来た証だ。WINGSの最高傑作だと思う。「幸せのノックLet'em In」「僕のベイビーShe's My Baby」「愛の証しBeware My Love」「心のラヴソングSilly Love Songs」「サンフェリーアンSan Ferry Anne」「やさしい気持ちWarm and Beautiful」など名曲がずらり並ぶ。そして1980年以降も波乱万丈のポールである。1980年成田空港で逮捕そしてジョンレノン射殺。そして1998年リンダ死去。2001年ジョージハリスン死去。2016年ジョージマーティン死去。この続きはいずれまた・・・。
ところで、どうしても思い出せないことがある。1970年のアルバムの中に「JUNK」と言う曲があるが、これにはボーカルが入らないインストルメンタルバージョンがある。昔ラジオで洋楽番組があって、そのジングルと言うかブリッジ音楽にこの曲が使われていたが、その番組名とDJの名前がどうしても思い出せない。ボケてしまった。

Junk - Paul McCartney


Paul McCartney - My Love
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ノルウェン ルロワ

2017年03月22日 | 女性歌手
ビートルズやボブディランなど英米のロックやフォークが全盛だった1960年代、日本ではイタリアのカンツォーネやフランスのフレンチポップスも人気があった。ミレイユマチュー「愛の讃歌」「愛の信条」、シルヴィヴァルタン「アイドルを探せ」「あなたのとりこ」、フランスギャル「夢見るシャンソン人形」、ダニエルビダル「オーシャンゼリゼ」「カトリーヌ」、ミシェルポルナレフ「シェリーに口づけ」「愛の休日」、ダニエルリカーリ「ふたりの天使」「シェルブールの雨傘」、サルバトーレアダモ「ブルージンと皮ジャンパー」「サントワマミー」「雪が降る」、シャルルアズナブール「イザベル」・・・またポールモーリア、レイモンルフェーブル、フランシスレイ、フランクプールセルなどの楽団はイージーリスニングとして日本で大人気であった。しかしその後そんなブームは去り、私自身もフランスのポップスなどほとんど50年余り聴いたことがなかった。ところが最近何かのきっかけで聴いたのがノルウェンルロワと言う34歳の美人女性歌手。昔バイオリンを習っていた関係でポップスからクラシック系の歌まで何でもこなせるスーパースターである。ミレイユマチューの歌唱力とシルヴィヴァルタンのアイドル性を重ね持つタダモノではないノルウェンルロワは注目だ。
Nolwenn Leroy - Padam Padam [Live 2007]

Mireille Mathieu - L'hymne a l'amour

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