さて、ネガのストックも一巡した最後は、地元板橋である。といっても、これはカメラテストなどで撮影しておいたもので、地元はちゃんと撮影してなかったりする。でも、これだけでも残っていて今見ると自分でも感心するわけで、これが写真の面白さだと思う。撮影日は1981年と1982年1月。現在の画像は2011年5月18日。
四丁目6番。これはライフというスーパーの入っている板橋スカイプラザというマンション前の歩 . . . 本文を読む
さて、いよいよ谷中も大詰め。三回目のスタートは、谷中墓地の入り口辺りから。ここに、荒川区西日暮里と東日暮里を一カットずつ含めておく。撮影日は1982年2月2日3日と13日16日。現在の画像は2011年5月25日。羽二重団子のカットを追加。(2011.6.9)
六丁目4番。吉田屋酒店。今はこの場所から少し離れた台東区下町風俗資料館の付帯施設として、上野桜木の交差点の角へ移設されている。この頃はこん . . . 本文を読む
引き続き谷中の二回目。続きは言問通りの坂を上るところから。撮影日は1982年2月2日3日と13日16日。現在の画像は2011年5月25日30日。
一丁目5番。羽田商店、卸というところまでは読めるが、その上の取扱品目が読めないのが残念。スクラッチタイル張りの看板建築。今は建て替えられて、住宅になっている様子。隣の石塀で位置を割り出した。
六丁目1番。葦洋装店。扉には高級婦人服葦モードと書かれて . . . 本文を読む
さて、今回からは谷中。今ではすっかり観光地になっている谷中。私にとっては、父の生まれた町であるという以上の感覚はない。私が生まれたときに、既に父の実家は西日暮里に移っていたし、父に連れられて谷中に行くということも特になかった。今は下町といわれるけど、どうにも私には違和感があって谷中が下町というのはしっくり来ない。私は板橋で生まれ育ったけど、板橋は下町とかいう以前の宿場町で、東京ではあるけど江戸では . . . 本文を読む
そして、続いては根津。とはいえ、歩いたのは不忍通りの外側の谷中、池之端に接するエリアだけ。今は暗渠になっている藍染川沿いのエリアというべきか。根津神社の門前であり、明治までは根津遊郭も置かれていた場所。本郷に帝国大学が出来て、そのお膝元に遊郭というのもということで、洲崎へと移転していった訳である。旧町名は、根津須賀町、根津清水町、根津藍染町、根津片町、根津八重垣町、根津宮永町、根津西須賀町に向ヶ丘 . . . 本文を読む
さて、今回は上野桜木。分かりやすくいえば、芸大の裏というべきか。上野駅から公園口に出て、芸大の音校と美校の間を抜けて出たところが上野桜木。その向こうが谷中になる。左手に行けば池之端へ出るし、逆方向に行けば上野から出たJRの線路が束になって通る上を越えて、鶯谷、根岸へと至る。この辺りは震災、戦災共に受けずに来ているところ。元々江戸時代には市域の外れとして寺町になった、上野寛永寺が広大な勢力を持ってい . . . 本文を読む
さて、千代田区も大詰めで外神田である。秋葉原といった方が通りが良い辺りでもある。神田明神下からかつては青果市場のあった辺りまで、幅が広い。今は市場跡には高層ビルが建ち、この頃静かだった通りはパソコンショップの時代に隆盛を極め、今はサブカル系の店が増えて様相を変えていく。この写真を撮った頃の秋葉原は、随分とのどかなものだったとさえ思える。
二丁目15番。明神下の一角。廣橋製版印刷。これも昭和の神田 . . . 本文を読む
さて、これも神田の隣接エリアで、たまたま撮っていたカット。台東は神田和泉町の北側。元々は二長町という町だったところ。いまは凸版印刷の存在が大きい。かつてはその辺りに市村座という芝居小屋があり、大正期には絶大な人気を誇っていた。そして、浅草橋は神田和泉町、東神田の西側に位置する町。浅草の名が付いていても浅草には結構な距離がある。ここも問屋商業の町であったところ。今はひな人形の店が多いことで知られる。 . . . 本文を読む
今回のエリアは、台東区に接する辺り、神田川よりも北側で昭和通りよりも東側という一帯。商業地域で、小規模な店舗や会社が多かった。といって、神田駅に近い辺りや岩本町などとも違う雰囲気で、様々な業種が集まっている印象があった。撮影日は1982年2月1日。現在の画像は2011年5月18日19日に撮影。
神田佐久間町二丁目5番。昭和通りから入ったところ。株式会社岡村の駐車場越しの景色。今は会社ではなくなっ . . . 本文を読む
東神田と言われても、どことなくピンと来ない。大体こういうつかみ所のない町名は、役所が勝手につけた町名である。今は埋め立てられて姿を消した竜閑川沿いに広がるエリアである。浅草橋と日本橋馬喰町に隣接する。岩本町と同様で、繊維関係の会社が多い。撮影日は1981年1月31日2月1日。現在の画像は2011年5月18日。
一丁目3番。繊維街の中の一軒。大東新聞印刷株式会社千代田支社とある。隣には株式会社元丸 . . . 本文を読む