く~にゃん雑記帳

音楽やスポーツの感動、愉快なお話などを綴ります。旅や花の写真、お祭り、ピーターラビットの「く~にゃん物語」などもあるよ。

<日田祇園祭> 昨年12月のユネスコ「無形文化遺産」登録後初の開催

2017年07月27日 | 祭り

【豪雨災害を乗り越えて豪華な山鉾9基が巡行】

 大分県日田市で7月22~23日、長い伝統を誇る曳山行事「日田祇園祭」が繰り広げられた。国指定の重要無形民俗文化財で、昨年12月にはユネスコの「無形文化遺産」にも登録された。今年は約3週間前に「九州北部豪雨」による水害や土砂災害の直撃を受け、山鉾関係者も犠牲になったこともあって開催が危ぶまれていた。恒例のJR日田駅前での「山鉾集団顔見世」(20日)こそ中止になったものの祇園祭は例年通り行われ、高さ10m級の豪華な山鉾が祇園囃子に乗って古い町並みを曳き回された。

 祇園祭は悪疫鎮護の守護神、牛頭(ごず)天王を祀る祇園社の夏越し祭り。日田地区には古くから各地に祇園社が置かれ、約300年前の正徳4年(1714年)に隈・豆田地区で小規模な山鉾が造られたのが始まりといわれる。山鉾はその後次第に大型化し、文化文政期(1804~30年)には高さが15mを超えるものも登場した。太鼓・笛・三味線で奏される祇園囃子もその頃に作られ、今も40曲余りが伝承されているという。山鉾を飾る見送りや水引きも豪華絢爛。19世紀に制作されたものも数多く残っているそうだ。

 

 巡行する山鉾は現在、高さ10m級も含め全部で9基。23日正午すぎ、隈町の日田祇園山鉾会館前には隈・竹田地区の山鉾5基が勢揃いしていた。いずれも地元の人形師の手による武者人形などで美しく飾り立てられ、「平成山鉾」には「壇ノ浦の戦 八艘飛びの場」が再現されていた。この後、日田駅の北西に位置する豆田町に向かうと、昼休みを終えた山鉾4基が順次巡行を始めていた。雅なお囃子に合わせ、ゆっくりと進むきらびやかな山鉾。その落ち着いた風情が古い町並みに溶け合って、前日22日にあった「戸畑祇園山笠」(福岡県北九州市)競演会の豪快さとは対照的な優美さに包まれていた。

 

 日が落ちると山鉾の提灯に灯が入って〝晩山〟に模様替えし、祭り情緒も最高潮に。豆田町の上町・港町・下町・中城町の4基は午後8時、花月川に架かる御幸橋に結集した。橋の北端まで進んだ山鉾2基は180度方向転換して、2基と2基が向かい合う形に。橋の上で山鉾はポーズをとるように角度を変えていたが、そのうち1基の上部が街灯と接触して街灯が割れ、警備中の警察官が駆けつけるハプニングも。今回の記録的豪雨では花月川に架かるJR久大線日田~光岡(てるおか)間の鉄橋が崩落するなど、日田市内も甚大な被害に遭った。祇園祭の開催が復興への力強い第一歩になるように心から祈りたい。「帰ってきてよかった~」。すぐそばで晩山を見上げていた若い女性が連れの女性にしみじみとこう話していたのが強く印象に残った。

 

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