天満放浪記

matsuken tenma blog

チルベス『火葬場』(4)

2017年05月17日 | 西:書評①スペイン

 3章はルベンの仲間の若頭的存在コジャードに焦点が。といっても2章と同様、全知の語り手を軸に、彼の意識の流れが自由間接話法で流れ込んでくる。生の台詞も地の文に入ってくるから、地の文+台詞+自由間接話法、というかなりディープに読みにくい文体だけど、慣れるといい流れに身を任せられるように。

 この時間軸でのコジャードは病院で包帯でぐるぐる巻きにされ横たわっている。どうしてそうなったのかは結局明かされないまま章は終わるのだが、この時点でルベンたちとの仕事、ロシア人相手のヤバい仕事などが回想されている。彼の回想は父親にも等しいルベンのそれから実の父へと移っていく。この実の父は国民軍の兵士としてスターリングラードまで行った歴戦のツワモノだった。

ルベンに馬場へ行くよう命じられると、彼は父が罰を与えに戻ってきたような気がしたが、幸いにもそれはすぐに終わり、やがて幼少期のことを思い出すのだった。父親に家じゅう追い回されたコジャードが真っ暗な馬小屋に逃げ込むと、馬たちの息遣いや体を動かす音だけが聞こえた。その中はとても寒かったが彼は汗をかいていて、体を震わせては汗をかき、足は藁の中に隠れ、動かすたびにそのくるぶしを藁が擦るので、彼にはネズミがその背中を自分の足に擦りつけているように、今にも噛もうとしているように思えて、死ぬほど怖かった、なにしろ俺はネズミにだけは我慢がならない、恐怖、これはおそらく母が植え付けた嫌悪感なんだ。真実とは何だろう、父さん? 真実とはな、権威のことだ。世界というのはひとつのピラミッドなんだ、それは権威があってはじめて動く、人が人に命令をすることでな、命令の連鎖でな。軍隊というのは世界の象徴にほかならない。父としてはコジャードに軍に再入隊してほしかったのだろう。そうはならなかった。それどころかルベンがその影響力を行使してコジャードに軍事訓練に近い教えを授けたのだ。左官職人にすぎなかった父は常々自分を軍人だとみなしていた。腕にも胸にも刺青をしていた。どんな男の人生にも最盛期がある。俺にとってのそれはルベンと過ごした時間であり、事態が今のようにねじれてさえいなければ、これからも訪れるはずだと考えていた未来のことだ。そして二つの戦い(エブロの戦い、スターリングラード攻防戦)が父にとっての最盛期だった。命令というのは短く、はっきりしていて、正確でないといかん。気をつけ、ハッ、撃て、ハッ、前へ、一、二。軍隊ではな、明瞭さこそが、いつだって目の前にある真実なんだ。自分を越えたところに指揮系統がある、その事実をためらわずに受け止め、それに臆することなく従う。すべてが明白、すべてが透明、疑問や質問のはいる余地などない。偉大さとは従うことのなかにある。みんなが命令に従うが、だからと言って人としての価値が下がることはこれっぽっちもない。男はただ奉仕すればいい。わしら軍人の栄光とは束の間のもの、マッチみたいにパッと燃えてあとは灰しか残らないようなものだが、その燃え上がる一瞬にこそ人生のすべてをかける価値がある。父はよく言ったものだ。どこもかしこも白かった、大地も空も地平線も。どこまでも続く果てしのない雪の上に馬の死骸、人の死体がぽつぽつと転がっていた。雪で覆われた平原に生き物の血と脂がぬらぬら光っていた。果てしのない白地に赤と黒の染み。仲間のほぼ半数が死んだ。わしたち生き残ったのは捕虜にされた。その雪の大地を、かばんや鍋や哺乳瓶を抱えた家族ですし詰めの馬車が、雪に埋まりながら進んでいた。白い雪のところどころで小屋が燃えていて、真っ黒に焼けたカバノキの匂いがした。父はそのとき二十歳。一九四二年。それが栄光ってもんだ、お前の勇気が世界をほんの束の間輝かせるときの炎、それこそが、この世界に動き続ける動機を与えるのだ、地球が、どれどれ、もう少し回ってやろうか、と感じるだけの理由をな。真実とは死に直面することなのだ。父は酒に酔うと最後はそういう大げさな言葉にも酔う癖があった。すっかりのぼせあがり、声高になって、そばにいて怖くなったが、でも父は巨体というわけではなく、むしろ貧相な体つきで、毛むくじゃらではあったが、それは力があり余っての体毛とか男としての精力を示す体毛というわけではなく、むしろ不精ゆえの体毛、子どものころ栄養失調から患ったくる病や、その後、国民軍に入って国内で、そして青い旅団に加わってソ連の雪原で過ごすことになった戦争中の飢餓、あるいは戦後に家々を回ってがらくたを売り歩き、その後は左官職人となって過ごした歳月の栄養失調が原因で生えた毛だった。父の暴力、あの骨と皮ばかりの父による乾いた暴力はささいなことで爆発し、激昂することはあってもすぐにしぼんでしまい、それはまるで石ころとそれを湿った柔らかい地面から取り除いたときにできる穴みたいなもの、死んでかなり時間がたった動物の骨、掘り出すと粘土層にこびりついて離れないベトベトの骨みたいだった。(67-69)

 このような内戦の記憶(=殺人と死体の記憶)をもつ親のいる人たちが直面していた二〇世紀末のスペインを描いている小説である。次の四章はルベンの娘シルビアの一家に焦点が移行する模様。

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