天満放浪記

matsuken tenma blog

スペイン語版新旧2点

2012年08月13日 | 西:翻訳:ユリシーズ

 アマゾン・スペインで買うとUPSで届く。

 ほんと、感覚的には2~3日で来る。

 あの、もう少しかかっていいですけど、と言いたくなる。せめて2~3週間ぐらいかかってくれないと、本を外国から買っている気がしない。でもこれからダウンロード書籍が優勢になっていくと、現物の取り寄せそのものが昔の話になっていくのかもしれない。

 今日届いたのはすべて翻訳で、うちのこれは日本語になるのを待っていると数年かかりそうなので、先にスペイン語を取り寄せることにした。

Bc189アルベルト・マンゲルってどうしてマングェルなのだろうと前は思っていたのだが、彼はブエノスアイレスに生まれたというだけで著作はすべて英語である。スペイン語の小説も書いているらしいが、それはチェックしていない。日本でも3冊紹介されており、それのファンもいるだろう。また英語で読んで好きになっている人も多いのではないだろうか。彼はボルヘスに関する著作もあるが、ほかにも南米文学全般に詳しく、やはり我々も目を通しておく必要のある人だと思う。

 この本は A Reader on Reading.という2010年の著作のスペイン語版で、訳者はフアン・トバール・エリーアスという人。アルゼンチンの軍政など、文学に留まらぬ南米の政治への言及が多い最新作だという。なのでスペイン語への訳も早かったのでしょう。ぱらぱらめくっただけでも、バルガス=リョサやコルタサルといった固有名詞が出没する。

 そして『ユリシーズ』のスペイン語版。

 適当に注文した2冊が届いた。

Bc190うちの新しいほうが初版1999年のカテドラ版で編訳者はフランシスコ・ガルシア=トルトーサという人。古典の注釈版に定評のあるカテドラなので、冒頭の解説だけで189ぺージある。で、表紙に訳者名があるでしょ? でも、翻訳って書いてない。Edición de... と書いてます。そう、“単なる” 翻訳者なら名前は出ないが、立派な博士による膨大な注釈つきの訳業なら名前が「編者」として厳かに掲載される。日本風に言うと岩波文庫表紙だけに訳者名が乗るという感じか。

 で、ここにスペイン語版の変遷が述べられている。

 それによると、ガルシア=トルトーサ版以前の『ユリシーズ』スペイン語版は2つあってひとつは1945年にブエノスアイレスで刊行された。時期が時期だからスペインではないのですね。訳者はフアン・サラス=スビラートという人。次は少し間があいて、1976年にバルセロナで刊行されている。こちらの訳者はホセ・マリア・バルベルデといい、ガルシア=トルトーサによると前のサラス=スビラート版に多くを依拠しているそうである。

 スペインの作家たちは1944年以前は英語かスペイン語以外の翻訳で『ユリシーズ』を読むしかなかった。1945年から76年まではサラス=スビラート版を読んでいる可能性がある。ブームの作家たちで「ジョイスを読んだ」と言っている人たちはこれをめくっている可能性が高い。以降、少なくとも20世紀を通して、バルベルデ版が読まれてきたようだ。私が買ったもうひとつの版もバルベルデの訳で、めくってみた限り、最後は1988年に手を加えているらしい。

Bc191ハハハ、こちらは見たとおり訳者の名前などどこにもありません。

 なお、ガルシア=トルトーサはこのバルベルデ版に(ということは自動的にサラス=スビラート版にも)批判的で、改善の余地あり、としている。またカタルーニャ語版は1981年にバルセロナで刊行されているそうで、また完本でない(イベリア半島諸語への)部分訳なら1920年代からいくつも存在したことがすでに確認されているそうである。スペイン語完訳を読んでいなくとも、雑誌で断片を読み、あとは「なんか凄い小説がある」という伝聞でジョイスを知っていたという作家が、実態としては多いのかもしれない。ま、英語が堪能なら英語で読んでいるでしょうけど、スペイン語圏って意外と英語の不自由な人が多い気がする。ボルヘスみたいなのは例外で。

 なお、ガルシア=トルトーサ版(面倒なのでGT版とする)にはジョイスのスペイン語圏文学への影響に関する先行研究についても注釈があって、概括的な題名のものが2点、スペインの作家ルイス・マルティン=サントスの個別研究が2点挙げられている。

 そしてGTは最後に2点、面白い指摘をしている。

 ひとつは『ユリシーズ』の受容がガリシア、カタルーニャ地方で比較的盛んであったこと。もうひとつは、受容ではなく拒否反応については、スペインも世界と足並みを揃えたということ。GTの言葉をそのまま借りると De Ulises se habla más de lo que se lee. 『ユリシーズ』は読まれるより先に話題になる、というわけだ。

 というので、とりあえず最新のGT版をめくりつつ、時々バルベルデ版も参照するという感じで読み進めていきたい。そんなことをする暇があったら仕事をしろ!という神の声には、実は『ユリシーズ』の刊行年がセサル・バジェホ『トリルセ』の刊行年と同じであるから、これを比べることには意義があるのだ、とか駄法螺でごまかしておくことに。


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