天満放浪記

matsuken tenma blog

ラブUSA

2014年05月19日 | 和:未分類

Bc16最近はもっぱらマドリードの思い出話なんかしつつスペイン風のスペイン語発音ばかり教えている私だが、これでも大阪外国語大学講師時代は「中南米専攻」という組織でラテンアメリカ系の講義もしたりしていた。ちなみに今年の下半期に2年生向けの講義をするが、それはなんと「スペイン文学概論」という。ドンキホーテについて語る講義。むろんあのお店ではない。どうすればいいのか途方に暮れている。

 ま、それはさておき、旧外大時代の学生には、全身からラテンアメリカラブ!のオーラを発している学生も多かった。なかにはメキシコに留学し、化粧から話し方までメキシコ人っぽくなって帰ってくる学生もいた。そういう学生を相手に話すには、けっこう根性が要る。そんなとき、手っ取り早く彼らのハートをつかめるネタが、今風に言うならヘイトスピーチであった。ヘイトする対象はもちろんUSA。

 まったく米国はけしからん。

 ラテンアメリカでやりたい放題だ。

 あんな野蛮な文化の国が、メキシコやキューバのような立派な文化をもつ国の人々を野蛮だと蔑み、自分たちに都合の悪い政権ができると、CIAを暗躍させてきたない戦争を仕掛けてくる。いったい何様のつもりや。なめとんか。

 と、ひととおり怒った後で、いやね、それでも文化ではラテンアメリカが勝っとる。文学を見なさい。20世紀にノーベル賞をとったんはラテンアメリカの作家ばっかりや。もう完全勝ちやんけ。キューバ革命万歳! 祖国か死か!

 に類するアジテーションを打っておけば、まあまあマツケンもなかなかエーことを言うやんけ、スペイン語の実力はいまいちやが、許してけつかろう‥という空気が教室に生まれたものだ。

 それを今、私は、深く深く反省している。

 なぜか。

 それは私がUSAラブ!な人間であるからだ。

 ハハハ。

 いやもう、私はアメリカ大好きである。

 さっそく断わっておくが、この感情は団塊の人々のねじれた親米感情とは異なるものである。見ているテレビも違うし、触れている文化も違うし、そもそも「戦争に負けた」という感情はない世代である。興味本位で触れていた文化の大半がアメリカだったと青春時代に気づいただけの話であって、別にあの国の文化を理想としているわけではない。むしろ、知れば知るほど呆れ、憤りさえ覚える始末である。それでも、これが昔のよしみというものか、なぜか嫌いにはなれないのだ。奴らが過去に何をしようが、イラクで何をしようが、ニカラグアで何をしようが、なんとなく嫌いにはなれないのである。

 その理由がよく分からない私に、あっ、そういう理由でオレはアメリカを好きだったのかもしれない‥と軽はずみに思わせてくれるのが本書。

 著者が前書きで書いているように、英語に関する蘊蓄本ではない。主に政治や芸能のゴシップから今日のアメリカ人のお茶目な生態をありのままに、かなりの愛とかなりの皮肉をこめて喋りつくしているコラム集である。まさにコラムというのがピッタリくる話法で、字数制限のあるところでだれずに、しかも情報量満載で、しかも説教臭くなく文章を書くにはこうすればいいという見本だが、これが素人にはできないのですね。

 前々から気になっていた語もあった。

 まず Twinkies。

 映画『ゾンビランド』で、全米ゾンビだらけとなった近未来の西部で、生き残った真人間のひとりウディ・ハレルソンが、ひたすらにこのお菓子トウィンキーズを探し求めるのである。なんだかアメリカ人にとっては思い入れのあるお菓子なんだろうなあ‥くらいで見ていたが、実はあの『ダイハード』にも登場していたらしい。ひたすら甘いだけの毒物みたいな代物で、すっかりヘルシー志向になった今のアメリカでは「食べてるやつはバカ」みたいな位置づけになっている。トウィンキーズを食べるというのは、お馬鹿で無邪気だったころのアメリカを愛しているという意志表示なのである。なるほど。

 その他、自助努力という建国精神が独り歩きした結果、医療保険全国民適用をめぐるいわゆるオバマケアの論争をめぐって、ある共和党議員の口から出た驚くべき言葉「ガムテープとチューブさえあればどんな怪我でも治せる」の由来が、南部のド田舎で狩猟生活を営むテレビで有名なった一家のオヤジだという話や、おそろしい差別に関する話、アメリカ一家賃が高いカリフォルニアの話など、仮に今の阪大に「現代米国文化論」なる講義があったら参考書にしたくらいの目から鱗落ちネタが満載。

 Roast という動詞がある。有名人をよってたかってこきおろすという意味で、テレビのショーなどで政治家や芸能人を呼んできて罵倒しまくる。ジャパンであれば、それこそ安倍首相をテレビ東京に呼んできて「師匠がアレということはアンタの脳みそもそうとう腐っておりますな」とか「風評被害根絶のために福島原発の堤防脇で海水シャブシャブとか食ってみませんか?」とか攻め立てる。そういう趣向だ。いっぽうの攻撃される側は寛容さが試される。決して怒らずニコニコしていなければならない。

 あのいろいろ問題を抱えた不思議な国のよさのようなもの、私が憧れる特質があるとしたら、唯一ここだろうか。要するに、共同体内にあまりに異物(とてつもない変態も含めて)が多過ぎるため(自衛権も含めた)個人の主張を一定レベルまで許容しようとする意志がどこかで機能している。ともすれば国全体が危ない同調強制村になりかねないジャパンと比べると、ときたま羨ましくなる米国の良さが、ここにある。

 もちろん、撃ち殺されないよう常に気を遣ってなければならなかったり、自助努力が潰えると希望が見出せなくなるような危ない国でもあるが、まあ、そこはそれ、どんな場所にも光と陰はあるものだ。

 そういう意味で、米国って、実はいじられ上手。

 なんだか可愛いのよね。

 相手がフランスやスペインだとこうもいかない。

 米国愛にあふれる本って、この種の「いびり系」が多いと思うが、これがヨーロッパになるとまるで違う。たとえばスペイン愛にあふれる本ってのも世のなかにはけっこうあるのだが、たいていの場合は、羨望と夢想と奇妙な思い入れが入り混じった痛々しい愛の垂れ流しで、よほどのこと(著者の知り合いであるとか)でないかぎり、読者としてついていけない。そういう愛を自制している本であっても、ときとして「~と比べていかに日本は遅れているか」という説教臭い論調になりがちだ。~で多いのはもちろんイギリスとフランス。

 実は私もいつか『私の心のスペイン』と題する著書を書く予定で、その本の構成もすでに決まっている(版元は決まっていないけど)。前半5章はスペインがいかに素晴らしい国であるか、後半5章は私がいかにして日本という狭い世界を脱してスペイン人の仲間入りをしたか。間違ってもスペインを愚弄したり、スペイン人のアホさ加減を笑ったりするつもりはない。

 と、なっちゃうのよね。

 ヨーロッパの国の本を書くと。

 なのに米国だけが悪口を平気で書かしてくれる。

 こんなラブリーな国って他にないかも。

 中之島の国際美術館も、ぜひ一度、ジョージ・ブッシュ個人展を開催していただきたい。そのときには私が率先して学生を連れていき、「今、本気でアメリカを考える」というセミナーを開かせていただきたいと考えている。

 そのときにアメリカの悪口は絶対に言いません。

 神に誓って。


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人はなにを守るべきなのか

2014年04月19日 | 和:未分類

Bc7先ごろ亡くなったガルシア=マルケスの『百年の孤独』にはいわゆる前近代的な共同体のイメージが奇妙に欠落していて、再読するたびにそのことを不思議に思うようになった。中世的マインドと近代のガジェットが同居しているラテンアメリカ的世界だといってしまえばそれまでなのだが、いくら500年前に大きな断絶があった地域とはいえ、そこには今に至るまで色々な形で西欧近代と鋭く衝突する人間の生態系が存在しているに違いない。そう思って、なんとなくインディヘニスモに興味をもって調べ始めているのだが、土着を偏在的な文化と捉えて擁護する立場は学者に固有のものであっても、実際に特定の場所を生きている人間とは関係のない世界観であろう。今さらながらであるが、どうも文学だけを見ていてはわからない世界があるようだ。

 たとえばNHKの朝ドラを見ていると、主人公が育った家は明らかに日本の前近代的な共同体に属する。主人公はそこを出て英語で授業をする学校で学ぶようになり、かつて育った場所のマインドを徐々に失っていくのである。こういうような、自らが育った共同体の生のあり方を、人生の半ばで喪失するような事態は、日本の場合、だいたいいつごろまであったのだろう。

 そのひとつのターニングポイントは、本書著者の生まれた昭和38年、西暦1963年ごろだとする説がある。このころを境に日本は高度経済成長の第二期へと突入していくが、日本人の生活スタイルはテレビと洗濯機と自動車のおかげで様変わりしていった。人々はテレビを介して土着のイマジナリーとは違う世界の存在を予見し、洗濯機に象徴される家電によって日々の生活という労働環境から解放され、自動車などの各種移動手段によって都市部へその活動を集中させるようになった。

 こうして失われたものは「家族のきずな」だとか「一家団欒」だ‥とかいう三丁目の夕日っぽいノスタルジーに耽っている場合ではなくて、問題は、私たちがもはやその失われたものの正体を具体的にイメージすらできなくなっている現状にある。

 本書の前書きとして書かれた子どもたちへの手紙によると、著者は映画も含めたこの調査の企画を、明治生まれの祖父母に対する贖罪の念をきっかけに立てたらしい。渋谷から電車で30分のところにある、首都圏近郊都市土橋が、彼女の生まれた場所だ。今では田園都市線沿線の住宅街として開発が進んでいる。だが、昭和30年代から40年代初頭にかけては、この地域にはいわゆる百姓と名乗っている人々が、今の私たちとは違う世界観のもとで土地と向き合っていた。その記憶を心の片隅にとどめたまま、高度経済成長の申し子として大人になった著者は、実家の古い土蔵に貼られた一枚の護符を見て、自らが失ってしまった「何か」に向き合う決意をする。

 結果、生まれたのが同名映画と本書。

 読んで衝撃的だったのは、関東平野に対する地理的イメージががらりと変わってしまったことだ。言うまでもなく、人間が暮らす平野は川がうるおしている。しかし、大陸と違って、峻嶮な山々と海が近いという、特異な地形を有する島国日本では、そうした川の水源が案外平野から近い場所にある。それが本書の舞台である御岳山(みたけさん)を擁する奥多摩など、関東平野を取り巻くようにして広がる関東山地である。

 関東地方の地図を南北逆さにして、東京湾を辺境の地とみなして眺め直してみると、山から見下ろした異形のものたちの土地という、前近代の風土的イメージが喚起されるかもしれない。大和や京など大陸風の人工性を最初から企画して建造された都は別として、この多島世界に住む多くの人々の生活範囲は、命の源である山を基盤として放射線状に広がっていたようだ。そして、その山岳地にもっとも数多く棲息していた最強動物が、ニホンオオカミである。

 共同体ごとの講とオオカミ信仰の本拠地である山の神域を繋いでいる人間集団が今も存在し、そこへの取材が本書のハイライトである。著者は民俗学者でも人類学者でもない元サラリーマンのようで、専門家特有の事象の羅列に留まる文体ではなくて、あくまでルポルタージュタッチ、最初は心を閉ざしている信仰集団の構成員から徐々に話を聞きだすという構成が、読んでいて最後まで飽きない。

 最終的に著者が行きつくのは「仕事」という概念の見直し。仕事とは一個人の生存のための労働でもなければ、見えない大きな世界の歯車となって体を動かすことでもなく、それは自分が所属している共同体の暮らしを世代を越えて守っていくための営みであり、その暮らしには自然の事物も含まれる。そうした営みの駆動力として神域が存在する。オオカミという捕食サイクルの頂点を中心に、特定地域の持続的擁護を可能にする人為的なメカニズムこそが、オオカミの護符、オオカミ信仰だったのだ。

 こう聞いて少し思い出したのはキューバにおける trabajo の意味の変化であるが、あそこの場合も仕事を金銭授受から切り離して「国家の維持に必要な営み」に限定して考えている。まあ、共同体としては大き過ぎるような気もするけれど、あれ以上大きくなってソ連化(中央統制と収容所による排除管理社会化)するよりはマシであり、やはり何事にも「適正規模」というものがあるらしい。

 そして、その共同体の適正規模の範囲を無限に拡大更新することを、近代化というのかもしれない。

 ちなみに私は昭和43年生まれ、著者より5つ若い。

 生まれた場所は先日焼けた十三の飲み屋界隈。

 どこかに前近代はあったのかもしれないが、もはやたしかな記憶として共有してはいない世代にあたるだろう。

 いっぽう、たまにペルーなどへ行けば、そこにはまだ厳然として前近代の壁が聳えている。まさに聳えているといったほうが正しく、それはアンデスという固有名をもっているからだ。というわけで、今年はアンデス圏の民俗学にできるだけ踏み込んで、読む範囲を意識的に広げていきたいと思っている。でも、とりあえず今は、オオカミについてこちらも必読の丸山直樹編『オオカミが日本を救う! 生態系での役割と復活の必要性』が目の前にある。なんと、オオカミを日本に再導入すべきと提案している本らしい。わはは、過激です。


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▽▲ダダをこねる∴▼

2011年11月17日 | 和:未分類

駄駄をこねる

駄々をこねる

駄々を捏ねる

駄々を来ねる

打だを子寝る

陀唾ヲ故禰ル

Bc81

長い髪によごれたリボンを結んであそんだ彼の女は

夜になると部屋にくらく座つたまゝ動かない

疲れた心臓の先端をヂヨキヂヨキ鋏で切りはぢめる

――――ウドンを買ってきてたべやう

――――また心をはさみ切ってはいけない

昨日アルコールにふくれた蛙が死んだよ

今日は欺瞞に満ちた小さな脳髄の蛙が死んだよ

どつちもざまの悪い骸骨となった

何もない胃をがりがり食ひ破る鼠も死んだ

――――絶淵には

    白いペンギンが糞だらけになって死んでゐる

(萩原恭次郎「長い髪によごれたリボンを結んであそぶ彼の女」)

  正しい理想的なウドンの食い方である。リボンとウドンの韻!

Bc82

納豆と豆腐の味噌汁の朝飯を食べ、いくど張りかへてもやぶけてゐる障子に囲まれた部屋の中に一日机に寄りかゝつたまゝ、自分が間もなく三十一にもなることが何のことなのかわからなくなつてしまひながら「俺の楽隊は何処へ行つた」とは、俺は何を思ひ出したのだろう。此頃は何一つとまとまつたことも考へず、空腹でもないのに飯を食べ、今朝などは親父をなぐつた夢を見て床を出た。雨が降つてゐた。そして、酔つてももぎ取つて来て鴨居につるしてゐた門くゞりのリンに頭をぶつけた。勿論リンは鳴るのであつた。このリンには、そこへつるした日からうつかりしては二度位ひづつ頭をぶつつけてゐるのだ。火鉢、湯沸かし、坐ぶとん。畳のやけこげ。少しかけてはゐるが急須と茶わんが茶ぶ台にのつている。しぶきが吹きこんで一日中縁側は湿つけ、時折り雨の中に電車の走つてゐるのが聞えた。夕暮近くには、自分が日本人であるのがいやになつたやうな気持になつて坐つてゐた。そして、火鉢に炭をついでは吹いてゐるのであつた。

(尾形亀之助「ひょつとこ面」)

  正しい理想的な頭のぶつけ方である。

Bc83

   (題を附けるのが無理です)

トランプの占ひで

日が暮れました――

オランダ時計の罪悪です

喩へ話の上に出来た喩へ話――

誰です

法律ばかり研究しているのは

林檎の皮に灯が光る

そればかり見てゐても

金の時計が真鍮になりますぞ

寺院の壁にトンボがとまった

それは好いが

あんまりいたづらは不可ません

法則とともに歩く男

君のステッキは

何といふ緊張しすぎた物笑ひです

(中原↑)(↓町田)

 僕は何事につけ精確な性格なので不精確であることにもまた精確である。

 嘘の世界でも本当のこと。死の国で死ぬこと。そんなことが専門なんですよ。と、言うのかよ、猿がよっ。

 うわっ。あり得ないくらい、いいなあ、と思うことが起きたら、君はどう思うよ? いいなあ、と思うでしょ。ははは。バカだな。次の瞬間、その、いいなあ、と思う気持ちが直ちに消えるようなことがおこりますよ。これを称して、いいなあの不変の法則。

 厳粛なものはいくらでも冒してもいい。ただ、冒してはいけないものが天地間にただひとつだけある。それは、いわなくてもわかるだろう。俺だよ。

 なんつう、君、君。鼻毛がげっつく伸びてバカボンのパパみたいになっているよ。不細工ですよ。

  (→松本の腐れ脳)

Bc84

うむうむうむのうむのだうむ

うーむむうむうーむうううう

むーむうむうーむうむうむう

うめうめうめうめめめめうめ

うーめめうめううううめうめ

うみうみうみうみうめうめう

めうみうめうめうみうみうめ

うむうむのだうーむむうむむ

ううううううううううううむ

うむむむむむむむむむむむむ

うみうめうみうめうみうみう

むーむむうむうううむうむむ

ううめめうめうーめうめうめ

うむうむうむうむうむうむむ

うみつづけうみつづけうむうむ

うみつづけうみつづけうめうめ

マイニチキミハウム

うみみみみうみみうみうむうむ

うみうむうめうめうむうみうむ

うむうむうむうむむうむうむむ

うみつづけうみつづけうみうむ

(新国誠一「う・む」)

  厚生労働省推薦ポエム

Bc85

   シルクの田舎ねえちゃん

僕の心臓をおまえの髪に

     リボンみたいに結んでやるよ

張りぼてじみた朝にさ

(この善良な感情の冒険者君に)

おまえはその冷水グラスの体と

その新鮮な目の銀貨二枚をくれたから

(Carlos Oquendo de Amat, "Aldeanita")

  ♪チチカカ湖畔のいもネエチャン‥♪


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what is 大阪人?

2011年05月22日 | 和:未分類

 私の出身大学は大阪外国語大である。

 人件費がかさみ過ぎて経営できないというので、阪大に吸収された。逆に言うと人件費と教室“だけ”で運営してたわけで、それってかなり国庫に優しい大学だったんじゃないのかな~とも思うが、終わったことはどうでもいい。

 この大学名を約して大阪外大という。

 ちなみに、おろしたてのワープロで「おおさかがいだい」と入力すると必ず「大阪が偉大」と変換される。しばらくすると学習して誤変換はしなくなるが、最初は皆が不思議に思う。

 同じことを「東京外大」でしても「京都外大」でしても、果ては存在すらしない「徳島外大」でやっても「~が偉大」とはならないというような話を聞く。世の中には「大阪が偉大!」と叫んでいる大阪人が多いわけでもないだろうが、なんとなく胸を張ってそう言いそうな人間は多い平野だなあ‥。

 それは前ふりで、雑誌『大阪人』がリニューアルされた。

Bc6 私は以前から定期購読していて、ローカルな取材がそれなりに面白い雑誌ではあるなあ、とは思っていたが、今回は全体に写真の量が減って「読み」が前面に出てきた印象がある。

 執筆陣が凄い。

 巻頭言の内田樹にはじまり、中沢新一は梅田でアースダイバー、安藤忠雄のインタビューあり、さらには町田康の連載まで確保、今号にはサッカー元日本代表監督の岡田武史さんのインタビューまでと豪華である。

 私は、特に、郊外の住宅地に散ってしまった大阪府内の若い大学生にこの雑誌を読んでもらい、環状線の円内を中心とする街の空気との接点を、今よりもっと多くの場所で感じ取れるよう、その感性を磨いてほしいと思っている。

 雑誌は記事を読むという楽しさ以上に、ある本や、考え方や、モノの見方などへの入り口にもなる。だからこそ、書評の最後の棲息地にもなっている。雑誌が元気なのは、そういう“入り口の大切さ”にかける思いが強い編集者が、きちんと活動してくれていることを意味する。ある地域で雑誌が強ければ強いほど、そこの大学にいる若い人たちは幸せに思わなければいけない。新入生のなかには、上にあげたビッグネームが誰なのかすら知らないという剛の者もいると思うが、これを機会に中沢新一や町田康の本をめくってみることは君たちの義務に近い。

 というわけで、若者よ、『大阪人』を読もう。

 ちなみに私も少しだけ書いてます。ハハハ。

 十三に生まれたというだけで、両親は北海道出身、親類一同はみな関東か北日本在住、育ちは兵庫の西宮で、ロクに大阪弁も話せず、今の専門はスペイン語の文学で、大阪と姉妹都市であるサンフランシスコはすっ飛ばしてメキシコくんだりまで出かけている「馬の骨」であるけれど、なにか大阪と本をめぐって、と言っても堅い書評にするのではなく、選んだ二冊の本をイメージしながら、街や人に思いを巡らす‥というスタンス。

 私は自分が「大阪在住の外国人」であるという意識が今も取れない。

 というより、ここがホームランド、という場所を特に持たない“地方出身郊外定住・第二世代”であるように思う。高度成長末期に生まれた40前後の人間に多いのだろうか。そもそもアイヌを除けば全員が移民の子である北海道人が、ホームランド的根付きと無縁の人々ではある。

 逆に、それが根拠となって見えてくるものもある。

 で、外国人の視点からすると、これほど居易くて、これほど不思議な街もない、というのが最近の私の大阪感だ。

 むろん、まだその正体はよく分かっていない。

 これから分かりたい。

 140Bの青山さん、大迫さん、江さんには大変世話になった。この場を借りて(ツイッターにどうしても入っていけないんで)改めて、どうもありがとうございます。

Bc7 次は翻訳本。スペインはおろかヨーロッパへすら足を踏み入れたことがないにもかかわらず、とうとうスペイン文学の翻訳をやってしまった‥共訳なので許してほしい。

 自分で言うのもなんだが、のっけから人の読む気を削ぐ本である。

 序文だけど、むむむ、どう言えばいいのか、作者が「いかに私は嫌な人間であるか」を披歴してしまており、これはヨクナイ。

 が、大切な序文なので、とりあえず訳しました。

 短編が5作であるが、私が好きなのは表題作「仔羊の頭」である。細部について文学的に優れた箇所を指摘したいのだが、それはいずれ改めて書くとして、ひとつ指摘しておきたいのは、いわゆるスペイン内戦を描いているこの本が、決して“反戦の書”などではないということだ。

 文学に反戦という言葉は似つかわしくない。

 そういうことはプラカードを持って路上を行進する人たちのものである。

 作者の言葉を借りれば、スペイン内戦は遠く第一次大戦中の思想的対立にはじまり、1920年代のつかの間の文化バブルを経て、36年に内戦となって爆発し、その後、第二次大戦終結とともにフランコ体制が崩壊するかと思いきや、勝った側の連合国が独裁スペインを援助してしまった。フランコが亡くなるのが75年。第一次大戦終結からと考えれば、およそ5~60年、約半世紀にも渡る「国難」がスペイン内戦であったとみなせる。

 現在の日本についても「国難」という言葉が用いられる。

 それで喩えるならば、この小説は、福島県の原発災害で避難を余儀なくされ、県外に移住したどなたかが、今から十数年後にその顛末を振り返っているに等しい位置づけの本である。

 文章は重くなり、書く内容は書き手自身にとっても嫌なことばかりであろう。

 グチャグチャな本になる可能性は極めて高い。

 アヤラの小説も、文章自体が作者自身の内面にあるそういうグチャグチャをすでに内包している。だから最初のページをめくった段階で、先を読むのが嫌になる。戦争を扱ってそういう文章を書けたという時点で、妙な話だけど、ある意味で文学者としては一定の仕事を達成したともみなせるだろう。

 スペイン内戦はヘミングウェイやマルローら、義勇軍に参加した著名な外人作家によって、人民の善意がファシズムに敗れた戦いとして綺麗にドラマ化されてきた歴史がある。

 が、実際の内戦は、そんな単純な話ではない。

 たしかに『誰がために鐘は鳴る』は美しい。

 が、実際にはひたすら“醜い惨状”があった

 その辺の検証は、近頃邦訳が出たアントニー・ビーヴァーの『スペイン内戦 1936-1939(上・下)』(根岸隆夫訳、みすず書房)にも詳しいが、たしかなことは、左であろうが右であろうが、多くのスペイン人がこの時期に誰かを敵とする特定の考え方に傾斜し、そしてその考え方に基づいて家族や友人のなかに敵を見出す癖をつけ(=見出されるのではと恐れ)、そして結果的にそういう敵を殺した、あるいは殺しに加担したという罪悪感を抱えて生きざるを得なかったという事実であり、この事実は、その時代を実際に生きたスペイン人作家の手によってのみ表現されるべきものであって、そこにこそこの(やや読みにくい)小説の意義はあるのだと思う。

 こちらの本は、スペインという国に少しでも関心のある方へすすめたい。

  (↑アア、念願のこの言葉‥)


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科学とどう付き合うか

2011年03月24日 | 和:未分類

 数日前からリマへ来ている。

 この大変な時期に日本を離れるのも気がひけたが、前々から決まっていた出張なのでやめるわけにもいかない。成田は思っていたよりも平穏で、外から来たのだろう、災害援助チームのような集団がいくつか輪を組んでいた。ダラスでもマイアミでもTVはFukushima-daiichiの報道ばかりである。リマではNHKが見られるので、地震の報道はリアルタイムで追いかけられる。

 リマは来月に控えた大統領選でもちきりである。

 詳しくはわからないので、新聞やペルー人の話から察するに有力株は5人。2日で仕込んだ、しかも印象論であることを、お断りしておく。

 ひとりは前大統領のトレド(混血)である。ちなみに現職のアラン・ガルシアも復活大統領なので、トレドの復活も可能性としてはじゅうぶんあり得る話である。ポスターのスローガンはlo hizo bien, lo hará mejor.(よくやった、今度はもっとよくやる)と、実績をアピールしている。

 もうひとりは前々大統領の娘ケイコ(日系)である。ポスターのスローガンはseguridad y oportunidades.(安心と機会の保障)と、生活保障に特化して貧困層や女性票の獲得を狙っているように思われる。

 リマであまりポスターを見ないのがウジャンタ候補(混血)で、在職中のトレドに関する汚職の噂がウィキリークスに出た翌日にはゲバ評でトップに躍り出たらしい。彼は票の基盤を山岳部に置いているのだろうか。

 あとのふたりは白人。ひとりは前リマ市長のカスタニェーダ候補でスローガンはprometen y cumplen.(公約やり遂げます)、ポスターのイメージは<有能なビジネスマン>といった感じか。国会議員の選挙も同時なので、議員ポスターも多いが、その謳い文句にjoven empresario(若手企業家)が多いのも気になった。貧富の差はあまり変わっていないようだが、その構造を存置したまま、一定の経済成長期にペルーは入っているのである。

 最後は一見すると知性派のクチンスキー候補で、写真からは<いちばんアクのない人>に見える。

 今日タクシーでしゃべった運転手は、このクチンスキーに投票すると言っていた。支持というより、引き算だという。アレキパ出身の彼曰く、大統領は国の運転を付託された雇い人に過ぎない。フジモリは二期目でそれを完全に踏み外した。今回、そういう独裁に走りそうな感じの候補はさすがにいないが、今回はどれもこれも「マニフェスト一点張り」、要するに一点突破型の主張ばかりで、実際の政府の運営ができるのか、つまりはきちんと人脈があって、今後もそれを維持できそうなのか、そこが怪しい。雇い人とビジネスマンは違うのだ、というような話だったが、恐ろしい訛りだったため、正確なところはわからない。

 別のタクシーではFukushima-daiichiの今後を訊かれた。すでにチェルノブイリと同じ世界共通の固有名詞になっているようだ。

 すべての質問に対し、返答に窮した。

 私は、南米に来るときは、原則スペイン語の本を持ってこない。それを大量に買うのが仕事の一環だからである。こういうときには普段はまずよまない分厚い本をもってくるに限る。

 今回もってきたのはJ.R.ブラウン『なぜ科学を語ってすれ違うのか ソーカル事件を超えて』(青木薫訳、みすず書房)と、アントニー・ビーヴァー『スペイン内戦 1936-1939 上下』(根岸隆夫訳、みすず書房)である。前者は無意識に選んでいたが、読んでからなぜこの本を持ってきたのかよくわかった。後者はどうしても調べたいことがあって、いろいろ読んでいるテーマ。まだわからない。

 ソーカル事件というのは、NY大学の物理学教授アラン・ソーカルが、ポストモダン主義を標榜する学術誌に量子力学に関する難解な論文を投稿し、それが掲載された後で論文自体がポストモダンのでたらめな似非科学記述を模倣した内容空疎のパロディーであったことを自ら暴露したという出来事を指す。

 ブラウンの本が面白いのは、すでに自著が邦訳もされているソーカルを擁護して文系の半端な科学理解をあざ笑うのではなく(少々乱暴にまとめると、ソーカルはデリダやラカンといった人気のある左翼系ポストモダンの言説を一蹴、要するに「こいつら理系の世界ではただのアホ」と言っちゃったことで、特に米国の言論界に一大スキャンダルを巻き起こした)、事件の背景にあるサイエンス・ウオーズと称される、科学そのもののメタ記述をめぐる様々な主義主張、これの交通整理をきちんとやってのけていることである。

 科学は合理性の確保が最後の砦である(じゃない、と主張する左翼の“社会構成主義者”がサイエンスウオーズのいっぽうの主役であるが)。

 その合理性には、できるだけ多くの立場の声を聞いて判断材料とする、という(結果としてしばしば民主的に見えるが、民主主義ではない)思考様式も必然的に含まれてくる。この合理的思考様式こそが、ゆるがせにできない科学の基盤である。

 左翼系の文化多元主義と科学的合理性は実は矛盾するものではなく、共存が可能である。科学の存立基盤である合理性自体を安易に相対化してしまうと、科学的言説を取り巻く社会が陥りがちな真の危険が見過ごされることにもなりかねない。

 ブラウンはデリダではなく、百年前のアメリカ人ウィリアム・ジェニングス・ブライアンを不幸な例としてあげている。ブライアンは20世紀初頭の米国の歯止めのきかない資本主義を憂慮し、ウィルソンが第一次大戦に参戦した際には国務長官を辞したほどの進歩派である。いっぽうで彼は敬虔なクリスチャンでもあった。が、キリスト教原理主義者ではなかったはずの彼が、ダーウィンの進化論を巡って反対派の頭目となり、みじめな敗北を喫するに至るには、それなりの事情があったのだ。

 今ではブライアンは頭の固いキリスト教原理主義者として嘲笑の対象となっているぐらいである。

 が、ブライアンが進化論を危険とみなしたのは、当時の資本家の代表であったカーネギーやロックフェラーが信奉していた社会的ダーウィニズムが、米国に急速に広まっていたことが原因である。そして、こうした“優生主義”は第一次大戦を動かしていたイデオロギーでもあった。さらには、ついこのあいだまでの日本でも大いに流行っていた気がする。この10日でまったく聞かなくなった。

 生命とは適者生存のための戦いに他ならず、力の優れたものが生き残る社会はごく自然なのである…

 ブライアンが怖気を奮ったのは、そのような、科学の歪んだ運用実態であった。

 が、結果としてブライアンは、神以外のすべてを否定するような差別主義者と手を組む羽目になったり、また、公開討論では、クラレンス・ダローという当代きっての弁護士からコテンパンにやられてしまった。

 正義の人ブライアンは、不幸なことに理科が苦手だったのだ。

 おそらくブライアンの気持には私も賛同する。が、ブラウンが言うように、ブライアンの選んだ攻撃方法はもっとも杜撰なものであった。

 ブラウンは、どんな人間にも量子力学は理解できるという。その例として彼は、自身が8ヶ国語ほどに通じていることをあげる。むろんそれは、せいぜい意思疎通ができるという程度に過ぎない。が、同じ人間としての脳がある以上、専門課程で集中的に学べば古典ギリシア語を自由に操ることができると仮定はできるのだ。

 科学にも同じことが言える。

 私たちはみな量子力学を理解できるし、私たちはみな核分裂の構造と危険性を理解できると仮定できるのである。私は保安院の方々に、まるで池上彰氏のごとく「分かる言葉で」話せと迫るのは少し違うと思っている。そうではなく、仮に日本人全員が、少なくとも福島県民全員が核物理学の権威と同じ程度の知見を有していたと仮定して、そのうえでも「ああ、そうなのか、だったら仕方がなかったね」と納得するような話が必要なのだと思う。

 それが現に達成されているかは、当座、問題ではない。

 が、今後はもう、その点、つまり「その科学は本当に我々のためにあるのか?」という問題を、文理を問わず、見過ごすわけにはいかなくなるだろう。

 なにも実験系科学の話だけをしているのではない。その問題に関係して、あらゆる専門分野は同じような反省を迫られる。たとえば、“こいつらはスペイン語分かんないから、ドンキホーテについて嘘八百言ったって分かりっこないよ…”というような姿勢が、許されなくなるのであると思う。

 文理の融合とは、そのような個人の行動をもって、初めて結果的に遂行されるのだと思う。むろん、当座は在留外人など言語弱者を救済するといった応用型の仕事で結束もするだろう。でも、それは表層のことであって、私たちの本当の仕事は、文理が互いに尊敬しあえるような、“合理性という共通理解の土壌”を耕し続けることだろう。要するに基礎研究である。

 被災地にいない身としては、こういう言葉が理系の学者から語られるということを確認しておくのも悪くないと思う。

 あまりに惨めになったり、あまりに過激になったりするのを妨げるための、ある種の処方箋として。

 <科学者は象牙の塔にこもり、世間から遮断されて生きるべきだなどとは、わたしはこれっぽっちも思っていない。考えるべきは、科学者は誰にたいして責任を負っているかだ。民営化論者の好む表現を用いれば、この問いにたいする答えは簡単だ。科学者は大衆にたいして責任を負っているのである。科学者は、知識をすべての人にたいして無料で提供する責任を、大衆にたいして負うているのだ。/わたしたちの暮らしにかかわる制度のなかで、圧倒的に重要なのは科学という制度である。この主張には瞠目すべきだと思うのだが、あいにくそうはならない。わたしたちは科学のある生活に慣れきっているのだ。しかし、科学がいかに機能しているのか、そして科学をわたしたちのためにもっと役だたせるにはどうすればよいのかを理解することは、貧困をなくすという、それと結びついたテーマとともに、わたしたちみんなにとって最優先の課題なのである。(ブラウン、前掲書、p.365)>


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