天満放浪記

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フォトノベル

2017年08月14日 | 西:マリオ・ベジャティン

マリオ・ベジャティン(1960-)は日本に未紹介の作家だが、なぜ未翻訳なのかをいろいろと考えていて、ふと英訳はあるのかと思って調べたところ、やはりあまりなかった。英訳の有無はそれによって世界的流通の度合い(=市場の有無)を確認できるため、日本語翻訳がビジネスとして成立するための重要なファクターになっている。そして実はその数少ない英訳のなかに本書が含まれていた。アマゾンで調べたら副題は A Nose for Fiction とあり、表紙には漢字で永岡志樹とデザインが。誰が考案したのか知らないが、私の感覚では長岡子規である。作品の主旨からして結局どちらでもいいのだが。

 このナガオカなる人物についてはベジャティン自身がここで語っているが、どうせ口から出まかせなので信用してはいけない。ルルフォやアルゲーダスが参照していた翻訳不可能の謎の日本作家…なわけがないので。

 私の勘では、ナガオカは長岡半太郎からきている。ノーベル賞科学者の名前は横文字のニッポン名ストックにきちんとカウントされているからである。シキは正岡子規だろう。文学者らしき人物の名と世界規模で流通している有名人の名から借りて作られたベジャティン流のレディメイド・ニッポン人というわけ。

 そんなことより、上のインタビューでは、書斎の雰囲気が面白い。薄暗く、工房っぽく、変な犬が走り回る。そしてデスクにはデイヴィッド・マークソン『これは小説ではない』のスペイン語版が。ベジャティンのメッセージはむしろこの本にあるのではないだろうか。言葉が語る中身よりも、その周囲にある記号の解読が重要。

 彼の作品と同じかもしれない。

 ベジャティンのニッポン小説はいくつかあるが、2000年の『村上夫人の庭』に始まり、次がこの2001年の作品『長岡子規―虚構の鼻』、そして2009年の『図説三島伝』へとつながっていく。これとは別に、本書は、ベジャティンにおける写真と小説の融合というスタイルが確立された作品としても位置付けられる。ペルーの大学紀要にあった論文がこれをスペイン語で fotonovela と命名していたので、それに従ってとりあえずフォトノベルとでもしておきたい。

 文学テクストに写真を混交させる手法は珍しくはない。これについてはチリのバレリア・デ・ロス・リオスという人がここに論文を書いているので、それを元に見ていくと(チリの人なのでチリの話が多い)、世界的な文脈ではブルトンの『ナジャ』が写真文学の嚆矢で、ラテンアメリカではエウクリデス・ダ・クーニャの『奥地』(1902)、ホセ・エウスタシオ・リベラの『大渦』(1924)、ボルヘスの『エバリスト・カリエゴ』(1930)の初版に写真が挿入されたあたりに遡る。ただしこれらは作者の意図ではなくあくまで版元の余計なお世話に過ぎず、のちの版ではすべて削除されているようだ。作者が意図した表現であるか否かは、フォトノベル、フォトポエム等の定義における前提となり得るだろうか。場合によっては、作者の手を離れた意味作用も合わせて芸術、という見方も可能なので、即断はできない。

 あとはもっぱら詩の本である。有名どころではネルーダの1954年版『マチュピチュ上にて』にペルーの写真家マルティン・チャンビの写真が挿入された。ただしこれは論文の著者も指摘するようにもっぱら「詩の題材が指している対象」を切り取ったものであり、上にあげた3つの本と同様、挿絵以上の意味作用は持たないと考えていい。

 いっぽう、ネルーダの『すべての歌』(1950)が刊行されたころにチリで反ネルーダ運動みたいなことをしていたのがニカノール・パラとエンリケ・リンとアレハンドロ・ホドロフスキー。彼らがサンティアゴの街頭で展開したコラージュの壁新聞『ケブランタウエソス』も写真と文字の組み合わせだった。パラとリンはその後も造形芸術との接点を保ち続け、パラはいわゆる視覚詩にも手を染め、リンは写真家との合作を出している。ホドロフスキーがチリを離れて以降に何をしていたかは説明するまでもない。

 パラ後のチリ詩は、活字だけで展開している人のほうがむしろ少ない。

 20世紀後半のチリ詩は写真を含めてすべてが作り手の意図的な表現になっている。

 フアン・ルイス・マルティネス、ディエゴ・マキエイラ、ラウル・スリータ、クラウディオ・ベルト―ニ、このあたりが代表選手だが、皆が皆、それぞれ写真をはじめとしたイメージに言語表現を絡め合わせた作品をつくってきた。

 バレリアさんはこうした前提を踏まえたうえで、ベジャティンの3つの作品、すなわち本書と、フリーダ・カーロをモチーフにした別のフォトノベル『二人のフリーダ』、そしてブラジルを舞台にベジャティン自身が右手を(サリドマイド薬害で)失う過程をサンパウロを舞台に回想する『マッサージ師の亡霊たち』を対象に、ベジャティン的な写真文学表現を論じている。ベジャティンにおける固有名詞と写真等のイメージがレディメイドなのだという見解は前にここで紹介したグラシエラ・スペランサを引用しているので、やはりあの本を読んでいたのは正解だったようだ。

 本書は様々な既存テクスト、というより、より具体的に言うならばベジャティンが物理的に所有していた書物や、彼のなかに蓄積していた日本にまつわる様々なイメージ等をコラージュしたインスタレーションである。何度か言ってきたが、一冊の小説作品というよりは、むしろギャラリー展示がふさわしい空間芸術といえる。ただし全体4部のうちの最初の1部はかなり長く(それでも50ページほど)、ここは小説として読むこともできるが、ここだけ取り出して完結した文学作品であるとみなすわけにはいかない。

 第1部は長岡子規の評伝で、ここは文学研究のパスティッシュにもなっている。研究書というよりは、シンポなどでの講演に近い原稿かもしれない。仮にナガオカという作家が実在したとして、その研究書が書かれていたらこうなっていたかもしれない。第2部はヒメナ・ベレコチェアなる人物のコレクションによるナガオカの生前の写真群。そして第3部と第4部は翻訳である。翻訳は8世紀に書かれた『鼻』の原本、これは今昔物語の英訳からのスペイン語であろうか。第4部は芥川龍之介の『鼻』。これもオリジナルは突き止めていないが、一読した限りでは割と忠実な訳である。

全体的な枠組みとしては芥川の短篇「鼻」が軸にあり、もともとそれが依拠していた今昔物語のヴァージョン、さらにそれ「ら」を基にしたベジャティンのヴァージョン、そして最後のを基にした写真ヴァージョンという、重層的な翻案の構造となっている。また、全体を統合している第1部に注目すると、そこには様々なレディメイド・オブジェが混在している。

 ナガオカが生まれたのはイケノヲという半島で、これは芥川ヴァージョンの池の尾を受けている。10代でたくさんの「モノガタリトゥス」(説話?)を書いてその天才ぶりを発揮したナガオカは、男性使用人とのスキャンダルが発覚したあと、一家から追われるようにして仏門に入るが、この寺という環境も芥川の禅智内供が過ごした場所に共通する。ナガオカの本名がゼンチ・ナイグであることも途中で明かされる。

 生まれついての巨大な鼻というスティグマは先行するテクストと相似的であるが、言うまでもなくベジャティン自身の右腕欠損という肉体的特徴にリンクしていく。ナガオカが出家中に写真に興味を持ち出すというのも、この時期のベジャティン自身の興味を反映していそうだ。

 13年ぶりに還俗したナガオカは写真スタジオを開いて無名の作家として生きる。そのスタジオをタニザキジュンイチロウが訪れ、トイレばかりを写した写真を現像させるが、それに強いショックを受けたナガオカは自らも写真による創作を始め、そうして生まれた写真エッセイ『写真と言葉』は数か国語に翻訳され、この作品はニッポンを代表する映画監督オズ・ケンゾーにも多大なる影響を与え、ついにパリで世界のナガオキストを集めたシンポまで開催される。

 『写真と言葉』が影響を与えたラテンアメリカ作家が二人いた。

 ルルフォとアルゲーダスである。

 ルルフォは代表作の後の「次の一作」が書けずにいた。アルゲーダスはノイローゼで自殺寸前まで追い詰められていた。共に新たな文体を模索している最中だった二人はナガオカの方法論に強く共鳴する。ナガオカの死後に妹のエツコが遺稿を集めて『臨終日記』として刊行するが、その内容を読んでいればルルフォは新しい文体を見出し、アルゲーダスは自殺することもなかっただろうと言われている。

 ナガオカは写真スタジオを襲った二人の薬中に殺害される。

 彼の最期の作品は、翻訳不可能な新言語で書かれていた。

 それはある記号で世界に知られている。

 というのが第1部で、その最後にはナガオカの文献一覧が添付されていて、それを見る限り、謎の最期の作品の題名は漢字「涼」の行書体であろう。なにが涼しいのかわかりませんが、特に意味はないのかな。やはり。

 ベジャティン流のオブジェを種類別に並べていくと

  芥川の鼻系:ゼンチ・ナイグの話、仏門、異形のもの、嫉妬羨望

  日本文化系:タニザキ、オズ、同性愛、無常、戦争、新宗教

  ラテアメ系:ルルフォ、アルゲーダス、表現者としての限界・挫折

  表象芸術系:写真と言葉の関係、前衛とその受容、文学研究業界の無秩序

という感じになるだろうか。ひとつうがったことを言えば、ベジャティンにおいては、オリジナルであること、すなわち近代文学や芸術の価値基準である独創性が、ビザール、奇形性へと翻訳されている。異形のものへの関心は初期の小説『美容室』から一貫して流れているテーマだが、写真をテクストに織り交ぜ始めたこの時期からは、そこへ、別の問題系が包み込むようにしてかぶさってくる。ヒントになるのは彼が愛用している義手のヴァラエティだ。つまり、21世紀以降のベジャティンの作品では、ビザールなものが一回性のもの、それこそ世界にひとつのオンリーワンなものではなく、交換可能で、翻案可能な、より柔軟性のあるアメーバのような不死の生き物として捉えられていく。

 生涯に2冊しか著書のなかったルルフォ、書けずに自殺したアルゲーダス、いわば独創性の闇に囚われた二人の作家は、彼らが考えたような独創性とは無縁の作家ナガオカによって救済された(かもしれない)。ここ数年のベジャティンによる文学的企てには様々な要素が混在しているが、ひとつはこのような近代文学の独創性神話への挑戦が挙げられるだろう。

 よくよく考えれば、この作品でも、上述したオブジェ群を、芥川の短篇を軸とする翻案の構造がゆったりと覆っていて、全体がばらばらのパーツではなく統一された全体芸術として捉えられるようになっている。仮に作品がギャラリーで公開された場合は、そこでは各部屋で鼻をめぐる複数の、価値としてはどれもこれも同じ水準の、同工異曲の物語が並置されることになるが、全体を回り終えたときには、それが、ひとつの完結した作品として鑑賞できるようになっているはずだ。

 ナガオカが出家中に外国語を学び、これからの日本文学は翻訳のように書く、すなわち欧文の論理をそのまま移行させた日本語で書くことにしたというあたりには、三島由紀夫の影も見える。ほかにもベジャティンの周囲1メートルというか脳内にある様々なイメージ群が応用可能なオブジェ、レディメイドとして散りばめられ、それらが結び合わさり、いや結ばれたと思ったら切れる、そのつながったり離れたりする瞬間の絶妙な脱臼感覚とでもいうしかないものが、好きな人にはたまらない味わいを醸し出しているのである。

 そんな小説は好きじゃないよ…と思う人も多かろう。

 それは仕方のないことだ。

 だってこれは「あなたが小説と思っているもの」とは違うのだから。


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ベジャティンと日本

2017年02月04日 | 西:マリオ・ベジャティン

 こちらに「ベジャティンと日本」という記事があるそうだ。2年前のインタビューを書き起こしたものらしく、聞き手のマティアス・アリエル・キアッペ・イポリトという男性はメキシコ在住のアルゼンチン人で、ブエノスアイレス大を出た後コレヒオ・デ・メヒコのアジア・アフリカ学専攻で学び、今は日本のデジタル文化(って何?)研究者と日本語翻訳家を名乗り、作家として小説も書いているようだ。怪しい…と思いますけど、大阪のオッサンが「スペイン語の小説の専門家」を自称しているのもスペイン人やメキシコ人にはもっと怪しく見えるはず。

 聞き手のマットは日本の専門家としてベジャティンに問いたいことがあった。それは彼がかつて「日本には行きたくない」と発言していたことについて。日本のイメジャリーをあれだけリサイクルしておきながら本当の日本には興味がない。ある種の意図的なオリエンタリズムとでもいうのだろうか。

 出迎えたベジャティンはアルゼンチン人のマティアスにマラクヤジュースを振る舞う。マラクヤとはパッションフルーツみたいな果物で、どちらかといえばエクアドルとかペルーのものであってアルゼンチンではあまり見かけない。でもベジャティンが「メキシコではあまり手に入らないのだが君が来るというので…」と言うので、マットもどう反応していいか分からず、とりあえず黙ることに。広いアメリカ大陸のこうした習慣ギャップって、彼らが国を超えて会った時のひとつのコミュニケーション(+ディスコミュニケーション)ツールにもなっている。

 緊張していたマットはパソコンを開ける前からうかつにも「チェー、マリオ」としょうもない質問をしてしまう。日本の文学作品でいちばんのお気に入りはなにかと。別につまらなくないじゃん。それに対してベジャティンは川端の『眠れる美女』と安部の『砂の女』だと答えている。日本文学と言ったってスペイン語の翻訳があるものに限られる。スペイン語圏の多くの読書人たちにとっての日本文学リストはカワバタ、ミシマ、ムラカミ、少し(かなり?)飛んでムラサキシキブというのが相場。日本の読書人がラテンアメリカ文学と言えばいまだにマジックリアリズムだとかマルケスだとか言ってるのと一緒で、それ以外は翻訳がない以上は「存在していない」に等しいわけ。面白いのはカズオイシグロ A Pale View of Hills.(スペイン語版 Pálida luz de las colinas.)の前半を彼が日本文学と考えていること。イシグロのこの小説もまたイメージを介した長崎であり、自分と似た日本への距離感を見ているのだろうか。

 映画も情報源らしい。おすすめの映画に役所広司が日系ペルー人を演じたカルトムービー『カミカゼタクシー』をあげている。ベジャティンはやはり根はペルーという感じなのかもしれない。クロサワ、キタノといった映画業界におけるカワバタ、ミシマの名が挙がり、小津安二郎についてはこう言っている。

<小津映画ではなにもかもが繰り返しなんだ。ある映画で列車が遠くを走るシーンがある。すると別の映画でも同じ構図が繰り返されるが、細部が少し変わっている。また別の映画でも列車が遠くを…。別の映画では家族のあいだで口論が始まる。ところが観ている側は娘がどう言い訳するのかをもう知っているんだ。なぜなら別の映画で似たような場面があったから。見ている側が小津映画に期待するのは、そうした同じ光景のなかにあるちょっとした差異なんだ。>

 ジョルジョ・モランディの壺絵かよ…という気もするが、なかなかいいところをついている。マットが筒井康隆『パプリカ』に話を振るとベジャティンは『ポルノ惑星のサルモネラ人間』は読んだという。筒井もスペイン語翻訳はまるで進んでおらず、日本におけるラテンアメリカ文学普及に貢献した人なのに、これは道義的に見てもいかがなものだろう。川端康成がラテンアメリカ文学を気に入ったとはまず思えないので。

<ツツイはもっと読みたいので本を取り寄せてくれないか、マット、彼は素晴らしいよ。あの倒錯、歪み、奇妙で不安定な肉体、すべてがビザールなごたまぜ料理なんだ。>

 その後、翻訳をめぐる話になり、日本人やスペイン語話者でその種の仕事をしている人の名前があがる。翻訳レベルでなにか目ぼしい作品が出た時にはチェックしているらしい。メキシコの場合は俳句に興味を持っていたタブラダやパス、ペルーの場合は日本人が登場する小説を書いているバルガス=リョサやアルゲーダス。この辺りは翻訳ではないけれど日本ネタで文学がらみだと出てくる名前か。セサル・アイラの妻リリアナ・ポンセ(スペイン語圏における日本ネタ文学者のひとり)は村上春樹の翻訳もしているのだとか。知りませんでした。ベジャティンはこう言っている。

<日本文学の翻訳は大江健三郎のブームで大量翻訳が始まって質が低下した。それ以来はどれもこれもひどいものばかりだよ。>

 そうなのか。これは日本側にも問題があるかも。私が言う資格はないけれど、日本人は世界から外国語文学を輸入するのは得意だが、すすんで日本語(というこのヤヤコシイ言語の)文学を外国語に輸出しようとする気概に欠けているように思う。もちろん先駆者はいるけれど、完全なボランティア。職業人としての養成機関は存在しない。かつてそういう活動(非日本語話者による日本文学翻訳への助成)に予算が重点的に出ていたこともあったが、数年前に事実上打ち切られて終わっているのではないか。日本人翻訳者もそろそろ 《外国語⇒日本語》 から 《日本語⇒外国語》 にシフトすべきではないか。外国語学部という時代遅れの学部もそういう実践をひとつの戦略として想定すべきではないか…セルバンテスやガルシア=マルケスをみんなで読むとか、そんなのスペインやコロンビアの文学部の人たちに任せておけばいいじゃん…なんて夢想したりしました、一瞬。

 面白いのがその次。

 ベジャティン自身の作品を日本語にするならどうするか。

<将来あなたが日本語に翻訳されるとしたらご自身としてはどの作品を選ぶだろうかと尋ねてみた。すると彼は日本に関係のある小説の題をいくつか挙げた。『長岡子規、虚構の鼻』はペルーに移住した巨大な鼻をコンプレックスにする日本人作家に関する偽の伝記。『図説三島伝』は軍人でボディビルダーの三島由紀夫が首のない亡霊となってさまよう話。『村上夫人の庭』は恨みを抱く未亡人伊豆が若い頃の芸術に賭けた思いを捨てて美しく伝統的な庭を破壊させるまでを回想する話。『紫式部の書記助手』はメキシコ人女性作家がさまざまな人物に変身し、最後には世界文学史上初の長編小説を書いた日本の作家紫式部に変わるという話。

 ベジャティンは私にマラクヤジュースのおかわりをくれた。「日本の読者はその種のいわゆる 《日本風》 小説は嫌がるんじゃないでしょうか。なにかこう、もっとラテンアメリカ的な小説を好むのでは」と私は振ってみた。「そうかもしれない。別の小説を翻訳してもらうべきだろうね。」「たとえば『美容室』はどうでしょう? 川端のエピグラフもありますし、いい意味で日本的な文学と言えます。先ほどおっしゃった『眠れる美女』という名作にもさらりと触れていますし。」彼は頷いてこう言った。「いずれにせよ日本的とかラテンアメリカ的とかそういう考えは古臭いと思う。」私はベジャティンに、多くの批評家が彼の小説のことを 《脱コンテクスト》 《奇異化》 《脱親密メカニズム》 といったタームで分析しているのを知っているか尋ねてみた。そうした連中に言わせると、ベジャティンにおける日本は自文化ともっとも異質なものを表す記号として利用されていることになる。「どう思います?」と私は彼に尋ねた。「私に分かるはずもない…。私は単に日本文学が好きなだけだ…その 《脱コンテクスト》 とかいう言葉は人によっては単なる現実逃避を意味しているんじゃないか、だったら馬鹿げたことだ、これはこうだ、あれはこうだとかレッテルを貼るのはどうも苦手だ、言語においてはすべては混交なのだ。」>

 この煙の巻き方、とても勉強になります。いずれにせよ、いわゆるアート系の実験小説ではない万人向けの小説が『美容室』なのだという点では、私もマットに同意できる(この小説ですら日本で翻訳が刊行されるのは難しそうですけど)。でもベジャティン自身がそう考えているかは分からない。

 インタビューはこの後、(肝心の質問「日本に本当に行く気はないのですか?」はしないまま!)映像化された超短編「黒い球」の話題に移っていく。これについては私自身も改めてゆっくり考えたいと思っているので、今日はここまでにしておこう。


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夢のハポン

2017年02月03日 | 西:マリオ・ベジャティン

マリオ・ベジャティン(1960-)のいわゆる日本小説は今のところ4作あり、本書『村上夫人の庭』(2000年)に始まり、『長岡子規、虚構の鼻』(2001年)、『図説三島伝』(2009年)、『書記助手紫式部』(2011年)へと至る。日本人昆虫学者が主役の超短篇『黒い球』(2013年)も付け加えるべきかもしれない。

 最近、私はベジャティンを読むとき、文学とか小説とかいうカテゴリーを全て忘れて、そこにある文字や物語やイメージを空間で再編成するとどうなるか、早い話が美術館にテクストを移動させるとどのような構成がもっとも有効かを考えるようにしている。日本では翻訳も出ていない作家だが、出ないほうがいいかもしれない。近代文学、いわゆる「世界文学」の枠内で想定される「現代小説」として受容すると、おそらく購入した大半の読者(=小説というジャンルにある種の固定観念を持っている人々)が怒ると思うので。

 たとえば『黒い球』はベジャティン自身が映像化している。自分の胃に飲み込まれる虫を発見する日本人学者の話がなぜシウダ・フアレスの子どもたちと関係あるのか理解不可能という人も多いだろうが、彼がやって来た表現活動はすべてそうした複数の伝達手段(文学と表象芸術、活字と音等)の混交とズレに立脚するものであり、文学作品として自立したテクストではないと考えるべきである。

 んなもの読めるかよ…という頭の固い人は読まないほうがいいだろう。

 なぜならこんな話だから。

 村上伊豆(いず)は父親から受け継いだ伝統美術コレクションを所有する富豪村上氏の後妻である。村上氏が亡くなり、彼女はお気に入りの庭を見つめながら夫との出会いを回想する。

 村上氏と知り合った当時、伊豆の父である中村仙(なかむらせん)は危篤状態にあった。母と危篤の父を抱えた伊豆は大学で美術史を学んでいたが、大学内の派閥争いで改革派の急先鋒だった松栄健三(まつえいけんぞう)教授に気に入られ、たまたま書いていた論文を国を代表する美術批評誌に掲載してもらえることになる。それは、村上氏のコレクションの歴史的評価に対して疑義を呈するものであった。村上氏は抑圧時代(明治から鎌倉への移行期を指す。あらゆる個人的装飾が帝政時代の権力者賛美とみなされ敬遠されていた)にヨーロッパへ渡航、そこでウド・シュタイナーという建築家と知り合うなど、啓蒙的な精神の持ち主だったが、親から受け継いだ美術コレクションは極めて伝統的なもので、伊豆の記事が出たせいで、要するに彼はヨーロッパかぶれのインテリに過ぎないとみなされるようになったのだ。

 大学では松栄健三教授と高樫(たかがし)という女性教授が争っていた。松栄は前衛擁護派、高樫は伝統擁護派で、その背景には学長選挙をめぐる汚い派閥争いも見えている。松栄健三は美術批評誌の編集長である溝口あおりをしばしば大学に招き、また学内で女子学生に大変人気がある。地味な性格の伊豆は松栄健三に気に入られていることが恥ずかしい。そして彼女は記事の発端となった村上氏と交際するようになる。

 といっても交際には悦子(えつこ)という伊豆専属の才刻(さいこく。侍女にしてシャペロンであり、同時にそのいずれでもない付き人)が従っていたからだ。いっぽう村上氏には色歩(しきぶ)という名の年老いた才刻がいて、これがまるで村上氏の前妻だった小初亭(しょうはつてい)の亡霊のように屋敷内をウロウロしている。

 ちなみに伊豆にも言い寄る男はいた。明(あきら)という最初の男は結婚を申し込んだが、犬に噛まれて病気に罹り、狂った末に死んでしまった。二人目の辻雄(つじお)は太宰治をしのぐ作家はいないと豪語する嫌な野郎で、伊豆もためしに太宰を読んでみたが「ただ悲しいだけの話」だった。辻雄は結婚の直前に米国へ旅行すると言い残して失踪する。

 やがて大事件が発覚する。村上氏が、大学内の女子学生たちの下着を窃盗して高額売買するグループ、いわゆるブルセラショップの一員だ、という醜聞が流れたのだ。いっぽう伊豆は、松栄健三と溝口あおりが同衾しているのを発見し、彼らが大学の学長選で不正を働いていたことを告発する。スキャンダルも高樫教授が率いる伝統派の権威喪失を狙った松栄健三の陰謀だった。松栄健三は失脚、大学は高樫教授の天下となった。村上氏が亡くなった後、そのコレクションは全て大学の手に渡り、ハコは村上氏の葬儀に訪れたウド・シュタイナーが設計し、管理は高樫教授が担うことになる。案外財産の少なかった村上氏、屋敷はすべていったん解体されることに。伊豆は好きだった庭にブルドーザーが入っていくのを見つめる…。

 すべて漢字で書いたが、原文ではもちろん横文字。

 名前はみなベジャティンの思い付きである。

 伊豆(いず)は川端の小説の翻訳題名からだろう。村上はよくある名前だが、当然ながら横文字の Murakami は今やガルシア=マルケス以上の意味を担っている文学語である。松栄健三、おそらくマツエイはペルーのリマにある寿司屋の名前だろう。ベジャティンはペルー生まれで今はメキシコ在住、どこかのインタビューで、この小説のモデルにしたのも在籍していたペルーの大学だと言っていた。ケンゾウはむろんノーベル賞作家。ありゃケンザブローだから服のケンゾータカダかもしれん。どっちにせよ同じことだ。また、たぶんベジャティンは本格寿司屋マツエイで calamar Aori 、すなわちアオリイカを食ったのである。溝口健二のミゾグチに、美味かったイカの名前をくっつけたのが、雑誌の編集長だろう。

 実名が引用されているのは太宰と谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』と川端。川端は名前は出てこないが、自殺の場面が描かれている。伊豆の父のイメージは谷崎の瘋癲老人、村上氏の病的な孤独癖は川端の諸小説といった具合に、先行するテクスト群もぼんやり見えている。上の固有名に混ぜこぜになった語も含め、ベジャティンが受容してきた日本の多様なイメージ群がコラージュのように散りばめられている小説なのである。

 障子や畳や布団といった語は正しく使用されているが、食べ物(サツメリオト、なる肉料理)や宗教などの習慣(マゲツ教なる新興宗教は『黒い球』にも現れる)を表す言葉はまったくのデタラメ。ただ、完全なるデタラメと言えない残滓のようなものもあって、街のショーウィンドーに並んでいる料理サンプルはスシ、ラーメン、マテゲシンとある。マテゲシンなる料理はないが、綿菓子の語感に似ていなくもない。なんとなくどこかで聞いた言葉を手帳にメモして、それをリサイクルしているのである。権威ある学者がもつ杖は「フグヤ」という。リマに河豚屋があったか記憶にないが、毒を大量に含む魚を食う店があるというのは、日本に関する強いイメージ群のひとつにカウントできよう。

 これは日本小説に限らないベジャティンの特徴だが、変な注釈もいっぱいついている。マテゲシンの注釈は「軽食の一種。詳細の説明は物語にとって不可欠ではない」とかあったり、~ページの注20を見ろ、とあるので見たら何も書いてなかったり。巻末には作者による執筆メモなる箇条書きがあって、その最後に「松栄健三と溝口あおりはカリフォルニア州で現在同棲している」だの、どうでもいいことばかりが書いてある。

 この小説で「言いたかったことは何ですか?」という、ベジャティンみたいな作家に一番訊いてはいけないことを訊いたインタビュアーがいた。ベジャティンはそれに対して「ペルーにおける美術批評業界の腐敗、およびマチスモ支配下でのラテンアメリカ女性の解放」と答えたそうである。分かるかよ、そんなメッセージ! どうせ適当に言っただろ。

 では美術館にこの小説を移動させるとどうなるか。

 それを考えるほうが私は楽しい。

 他の3作品も含め「ハポン」という日本語題でキュレーションすべきだろうか。

 これをもって卒業論文に換えるというのはどうですか、阪大生諸君?


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欠損の詩学

2012年08月03日 | 西:マリオ・ベジャティン

Bc168マリオ・ベジャティンの小説はおそらく3種類に分けられると思う。ひとつは身体の欠損と死に至る病を中心とした濃密な物語世界で、これについては『温室効果』と『美容室』と本作『花々』が挙げられる。

 次は小説の伝統的構造自体を意図的に解体しようとする類の小説で、これについては見るべきものがあまりない。二十世紀の小説の歴史を振り返ったとき、この路線は彼のオリジナルとは言えないからである。

 三つ目はベジャティン自身と思しき語り手を設定しつつ、そこに現実に存在した人間を介在させ、その隙間を最大限に拡大していくという不思議な “新私小説” であり、これについては『長岡子規』や『図説三島伝』などが代表である。

 三つのうち、あとの二つはやや受容しにくいアヴァンギャルドの極致とも言える領域で、正直、私も困っているのだが、最初の系統は伝統小説としてもじゅうぶん読むに堪え、その意味で英語界でベジャティンが多少なりとも知られている理由が『美容室』の翻訳によることは疑いない事実である。

 さて、そうした伝統小説の系譜で書かれたのが本書『花々』だ。2004年にアナグラマから刊行とあるが、これについて最初に刊行したのはチリの弱小出版社であり、その初版を入手しなければならないのだが、今のところはない。初版にかかわったパンクな連中がスペイン大手のあざといやり方に怒っているということだけを確認したうえで、とりあえず2004年のアナグラマ版を読むことにしよう。

 36の花の名をもつ断章に分かれているが、全体としてはひとつの物語を形成していると言える。舞台はどこかよく分からない国、時代も今から少し先だろうか。世界で手足のない子がたくさん生まれている‥というのは現代医学の実情を考えるとまずあり得ない話なので、その種の近未来ものとして読まず、あくまで寓話と思ったほうがいい。

 中心人物は「作家」と称する片脚が義足の男、孤児院で崇拝対象となっている両手足のない双子「クーン兄弟」、自分の子に致死性のウィルスを注射して逮捕される米国男性「ブライアン」、そして作家の知り合いで老女に性的関心をもつ「秋の恋人」など。人物造形に記号性が色濃いのは前の小説にも見られる特徴だ。また、これとは別に、身体欠損と薬物被害の関係を調査する三人の科学者の言葉が挿入されるが、登場人物たちと直接的な関係をもつわけではなく、ある種の基調音として機能しているようだ。クーン兄弟はドノソの小説『夜のみだらな鳥』に現れるボーイを連想させ、この双子をめぐって行き場のない愛情を抱えた女性詩人やイスラム神秘主義集団などが暗躍し、後者には作家自身がかかわっている。この作家とは事実上ベジャティンの分身と考えていいだろう。

 小説中で欠損を抱える人物が被造物としてのスティグマをあらかじめ背負っているとするなら、それをコントロールしようともくろむ科学者たちや、あるいは子どもを殺そうとするブライアンも含めた側は造物主の位置づけにあると言ってもよいかもしれない。人がもって生まれた身体の欠損はかつての表象においてこのような被造物としての聖性を担っていた。リマの人類学博物館に行けばプレインカの多くの身体障害者の像を目にすることができるし、ベラスケスは好んで矮人の絵を書いた。宮廷にもそのようなスティグマが必要とされた時代がある。

 近代以降、そのような欠損が単なる治癒対象、すなわち本当に「埋めるべき単なる欠損」となり果て、さらに現代、欠損そのものが出産前の生命分別の大きな判定材料にすらなっている。ブライアンの子殺しとは、欠損のもつ聖性を否定してきた近代的マインドの象徴であると言うこともできよう。被造物としてのスティグマは現実の人間から本物の被造物へと移行していった。ロボットやアンドロイドである。が、初期のロボットは欠損者としての性格も併せ持っていた。そのよい例がフランケンシュタインであろう。最近ではディックの小説を映画化した『ブレードランナー』におけるアンドロイドに3年の寿命があるという皮肉な設定に、前近代的身体欠損のもつ聖性の片鱗が見られた。

 そう、五体満足のように見える我々すべてが、実は寿命という形であらかじめ究極の欠損を存在に刻まれている。「秋の恋人」はそのことを子どものころに知り、それ以来、老女に欲望するようになるが、これは死という不可避の損害を受け入れたうえで存在している老人(というか老人的な生のあり方)に対する敬慕の念に過ぎない。

 欠損を聖性へ反転させる詩学。

 これは実は決して新しいものではない。そうではなく、むしろ私たちの時代になって消えてしまった、かろうじて宗教が細々と担っている過去の表象文化なのだ。ベジャティンはそれを様々な角度から現代によみがえらせようとしているにすぎない。

 断章ごとにモチーフとなる花もそうだ。

 花は自然のままでいる限りは欠損性を顕在化させない。しかしながら花を花としてその美を味わうにはそれを肉体(茎や根)から切り落とし、人為的に加工せねばならない。花という記号にもまた、ある種の被造物としての悲劇的な聖性が刻印されている。

 仮に『美容室』が肉体と死をめぐる小説であるとするなら、この『花々』は欠損と聖性をめぐる小説である。共に、死や病や肉体欠損といった、近代にあっては単なる負の意味だけを担わされがちな事態に、私たちが忘れかけている異なる様々な意味を付与しようとする地道な試みであると言えるだろう。

 いずれにせよ、この二作が、奇作・怪作・珍作だらけの難解なベジャティンにあって、もっとも重要な作品であることは間違いない。どれかを推せと言われたら、私は間違いなくこの二小説を挙げる。

マリオ・ベジャティン『花々』(Mario Bellatin, Flores. 2004, Anagrama.)


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マリオ・ベジャティン―切断の文学

2012年02月13日 | 西:マリオ・ベジャティン

Bc112ラテンアメリカ文学にはいくつかの地雷原があって、うっかり彷徨いこむと色々な意味で精神が破壊される。簡単に言えば難解ということである。ブーム以前は高度な教養を要求するという意味での難解が主流だった。日本でも知られるカルペンティエールやボルヘスなどはその典型である。いっぽう、ラテンアメリカに限らずスペイン語圏全般には詩の伝統もあって、こちらはこちらで独自の進化を遂げている。かつては難解とされ差別対象となっていた種類の詩が主流化したり、オクタビオ・パスのようにシュルレアリズムから東洋を迂回して独自の世界へ到達した偉人もいる。

 小説の伝統だけを追っていったとき、昨今のラテンアメリカ小説の実験的精神は「軽薄」に見えるかもしれない。が、詩などのマイナー文学を含めたより大きな表象世界を考えた場合、それは、ある意味で、小説という頭の硬いジャンルがようやく自らを解放し始めた兆候とも言えるのだ。実験小説の内容空疎をけなすことは簡単だが、私はそうした事態をむしろ言祝ぎたいと思っている。

 おそらく現役で書いている実験系作家の双璧は、アルゼンチンのセサル・アイラとメキシコのマリオ・ベジャティンであろう。文体から言うとアルゼンチンのアラン・パウルスも意図的な難解性を目指している。チリの若手カルロス・ラベーに至っては自作を語っているスペイン語の意味自体が理解できない。

 困ったものである。

 こうしたなかで、私の気を引いているのは、ベジャティンだ。

 ベジャティンはまだ幼いころにリマへ移住し、青年期までをペルーで過ごしている。したがって最初の小説はペイサなどペルー国内の出版社から出ている。だからというわけではないが、どれも薄い。

 ベジャティンに触れた最初のイメージは、薄っぺらな本を書く奴というものだった。そして、それは実は正鵠を得ている。

 ベジャティンの小説世界を一言でまとめると、それは「切断」であろう。長い物語を紡ぎ出す物語作家としての才能は微塵もない作家である。そういう意味ではボルヘス系とも言えるが、詩人としてのボルヘスが持ついささかロマン主義的で相当にブッキッシュな顔とも無縁である。

 このブログで紹介した初期ペルー時代の小説は、曲がりなりにも小説的な結構というものがあった。この時代の最高傑作は、私のなかでは『美容室』という中編小説である。

 が、こののちベジャティンの小説はメタフィクション性を強固にしてゆき、今ではそれがある種の芸の域に達している。と思っているのは私だけかもしれないが、その時期の小説については安藤哲行も紹介しているので、よければ『現代ラテンアメリカ文学併走』(松籟社)のpp.292-294をお読みいただきたい。

 そこで安藤先生が取り上げている『村上夫人の庭』および『長岡子規:虚構の鼻』の路線をさらに展開させたのが、今日紹介する本書『図説三島伝』である。

 三島とは三島由紀夫であるが、いわゆる伝記ではない。

 漠然とした物語のようなものを敢えて追っていくなら、舞台は大きくふたつあってひとつはどこかの展望台、もうひとつは三島自身に関するシンポが行われている会議場である。三島はむろんスペイン語でMishimaとして現われるわけだが、三人称で扱われるこの主体に現実の三島由紀夫との接点を求めて読み始めると大変なことになる。

 なぜならば、この三島はすでに死んでいるからである。自決事件後の三島なので頭部がない。頭部を欠いた三島がほうぼうへ出向いて生活をし、過去を回想する。そういう話なのである。

 ベジャティンのメタフィクション性は言及される実作家や作品との関係でもある程度説明することは可能である。セサル・モーロ(ペルーの詩人)、芥川龍之介、正岡子規(のようでそうでない長岡子規)、デュシャンの『大ガラス』、マルゴ・グランツ(メキシコの詩人)。だが、そうした試みは、実在した歴史上の人物本人が書いたテクストや、その人物にまつわる情報との双方向的な交流へと誘う知的遊戯にあるのではないように思う。ボルヘスのようでいて決定的に違う捻じれがある。

 それを理解するひとつの手掛かりが肉体の欠損である。

 滅びゆく身体自体がテーマとなっている『美容室』はもとより、初期の『温室効果』から芥川『鼻』の私家版翻訳に至るまで、ベジャティンの紡ぎ出す半虚構の断章を繋ぎとめている糸。それを、本書『図説三島伝』に、もっとも鮮明な形で見出すことができる。

 小説中、頭部の欠損を自明の理として生きる三島は、同様の境遇に置かれた人々に興味を持ち、彼らの身体障害の原因となった製薬会社を調べるためにドイツへと向かう。サリドマイドである。が、欠損そのものの意義は見出せないまま、今度はサウナや銭湯など、公衆の面前で頭部の欠損した身体を露出する可能性に思いを馳せたりする。

 本書を単なる虚構と思って読み進めるうちに、ふと読者は「三島」という語を作者自身に置き換えて読んでいることに気付く。すると、語り手はまるでそれを見透かしたかのように、三島の学生時代の友、森田(必勝と思しき人物)を登場させたりするが、むろん史実にはまったく関係がない。

 ベジャティンは、単なるオートフィクションに、どうして三島由紀夫というイコンを介入させたのだろう。それは、彼自身が生まれつき持っていた右腕欠損というハンディキャップを「言葉で説明しない」という目的があったからである。虚構そのものの自律性を主題化しているタイプの作家のスタイルを、いわゆる生物学的還元論(テクスト中の事象をすべて作者の生い立ちに遡って考察するという、学生の卒論などにありがちな手法)に帰するとはいかにもハンパではあるが、正直、今のところ、そうとしか説明がつかない。

 なお、題名に図説とあるのは、本書の後半が写真で構成されているからだ。ところが、これらの写真が、どこをどう見てもベジャティン自身の撮影したできの悪いスナップショットにしか見えない。困ったことである。

Dscf0223とはいえ、本書全体を眺めたときにこの写真部の構成は面白く、注意して読み比べてみれば、幻想の死後三島物語と語り手と作者とのあいだに浮遊していた言葉が、ここにおいてひとつに収れんしていく仕掛けとなっているのに気付く。

 三島ファンはむろんのこと、まじめな人が読み進めたら、まず怒ると思う。ただ、ベジャティンが、三島由紀夫をこのように扱うことが日本で持ち得る危険性をある程度直観して書いていることは間違いないわけであり、そのあたりの文学パンクぶりを、私は今のところけっこう高く評価しているのである。

 小説の語る範囲を、従来の伝統から切断して構築している小説。その背景にある肉体欠損という人間の普遍的宿命への洞察。この二つが奇妙に入り混じって出来上がった崇高な畸形のポエトリー。その猥雑さも含めて、私の心を虜にしている。

Mario Bellatin, Biografía ilustrada de Mishima. 2009, Ed. Grupo Matalamanga.


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