天満放浪記

matsuken tenma blog

生誕200年

2013年01月29日 | 和:ジェイン・オースティン

 昨日1月28日は『高慢と偏見』の刊行からちょうど200周年だった。今に至るまでこの200年で書かれたもっとも優れた小説かもしれない。スペイン語圏の各種メディアも文化欄でこれを取り上げている。『エルパイス』紙はここでさまざまな版の表紙を紹介。初版から翻訳版まで。→をクリックすると7冊分の表紙を見ることができます。

 同じ日のコラムでメキシコの作家アンヘレス・マストレタが文章を寄せているので紹介しておこうか。

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  「ジェイン・オースティンの秘密」

  (『エルパイス』オンライン、2013年1月28日)

 好きな作家、敬愛する作家、処女作の第一段落から虜になり愛してしまった作家というものがある。その物語が体の一部と化している愛しい作家。ジェイン・オースティン(1775-1817)はそんな作家のひとりだ。素晴らしい魅惑的な人物であるばかりか、その小説群は人類に欠かせない遺産であり、早くにファンになった人は読むたびますますその虜になる。

 私は愛するジェインが20世紀に再び名声を博すことになるそう遠くない前に13歳の娘に彼女の小説をプレゼントし、以来、この本は私たちのもっとも愉快な会話のきっかけとなっている。婚約から崖っぷちにいたるすべてが簡素で知的な文体にくるまれているからだ。

 『高慢と偏見』の語りの背後にいるのは、20歳にしてすでに人間の悪徳や美徳に関する考察を続けて50年は経っているかのような分別のある知的な女性だ。仲の良い家族と質素な習慣に包まれた穏やかな暮らしのなかで、ジェインは姉や兄弟たちに読み聞かせるために感動的な物語を書いたが、彼女はその「誰と誰が結婚する」といった話を通じて、形式と外見が支配的だった当時の社会よりずっと複雑な世界の謎を見抜くに足る、作家としての能力を開花させていたのである。

 今さら私が言うまでもなく、ジェインが執筆していた時代、女性の世界は家の扉のところで終わっていた。どんなに頭が良くても、だ。ジェインの母は開明的な女性で、七人の子どもたちと夫の生徒数人の世話をしながら、なんとか詩のようなものを書く時間を割いていた。もちろんジェインには父の蔵書があったし、子どものころから我を忘れて読書に没頭することができたのだが、自分が作家を看板に掲げられるような人物になるなど夢にも思っていなかったのである。

 こういう粗忽者は多いと思うが、私もかつて、ジェインが執筆のきっかけにした恋愛や大切な思い出を調べようとしたことがある。ペンバリーでの暮らし、父の愛、兄たちとの仲のよさ、姉カサンドラとの強い絆など、でき得る限りの情報を入手した。田園生活志向であることや嫌いな町バースに関して書いた皮肉めいた言葉などを読み、その手紙を読んで熱い思いに触れ、そうやって他にも知られている細々した情報やまだ多い未知の部分を、このミス・オースティンという稀有にして魅惑的な作家の本となんとか結び付けようとした。私のような物書きは、いわゆる現実とは作家が想像する多くの現実のなかの一エピソードに過ぎないという事実を、逆に知ってはならないのだ、と言わんばかりに。そんなわけで、結局、主人公エリザベス・ベネットが大胆な女性であった――今もそうである――ということははっきりした。同じく甲高い声でひとりごとを言う母についても、やや軽薄な妹たちについても、懐疑主義的な読書家の父についても、たおやかで美しい姉についても。しかしながら、それらの人物たちはジェインの実人生に由来するのではなく、彼女の才能とユーモアのセンス、眼差しと想像力から生まれたものなのだ。

 ジェインは爽やかなパイオニアとして事もなげに自らの道を切り開いたが、彼女が自分の文学の力を知らなかったとは思えない。ジェインは一度も自身のことを卓越した創作家だとか書いていないが、自分の書く優雅でただならぬ響きのよさを備えた文章が人を魅了していたことは知っていたはずだ。ただ、二百年後の私たちがこれほどまでに自分を愛し、その作品が様々な翻訳・翻案となって世界中の家々に侵入することになっているとは、思ってもみなかったろう。その作品は人間の抱える不安や真心、信じる力や寛容といったものが時を越えて生き続けることを教えてくれるのだ。

 ジェイン・オースティンのように終生を小さな村で暮らすというのは私たちの誰にでも起きることだ。いつの時代にもこの世は狭いもの、どんな場所でも人はみなそれぞれの日常を生きながら何かを選び何かを捨てる。それはジェイン・オースティンの小説とまったく同じなのだ。だからこそ、彼女の物語に漂う皮肉に満ちた理想願望が私たちの心をとらえるのだ。だからこそ、それらの物語を私たちのそれに置きかえることが可能になる。

 パーティーの用意に心ときめく人々、旅行をまるで冒険のように思う人々、婚約を二つの信仰のあいだでのためらいのように思う人々…それはいつの時代にも変わらないだろう。目のまえの混乱にはいつか収拾がつくと信じて未知の世界に飛び込んでいく勇気のある人々は、今の世界にも大勢いるのである。とりわけ、運命を自ら切り開いていけるものと想像できる目をもつ人々は、当時同様、今なおきわめて貴重な存在なのだ。

 ジェイン・オースティンの目はその先駆けだった。彼女がフェミニストだったなどと言えば、私の頭がおかしいと思われるかもしれないが、本当のところ、彼女の創ったヒロインの誰ひとりとして悪から逃れるために自殺したりはしないし、むしろ今では当たり前のようにそうした悪に立ち向かうのだ。彼女たちはみなその聖なる意志の力によって我が人生を手中に収める。悪い旦那よりひとり身を選んだジェイン本人と同じように。あるいはエリザベス・ベネット、並はずれて猛烈な気性、素朴にして雄弁な彼女のように。

 書くというのは勇気と傲慢とのあいだでつかの間バランスをとるゲームである。またその反対物――恐怖と卑屈――のあいだのバランスでもある。なんでもかんでも書こうとすれば、ときとして二つのどちらにも届かないこともある。そこにこそオースティンの秘密、そして彼女の教訓がある、つまりそのバランスをとることに。

 そのような秘密の生きた証拠こそが『高慢と偏見』、二百歳を迎えた今なお比類なき輝きと知を放つ、この神に祝福された小説なのだ。

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なかなかいいことも言っているようだが、書いている小説はジェインに程遠いメキシコの小説家だよなあ‥。ジェイン=フェミニスト、はいくらなんでも。


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まあまあ:高慢と偏見(1)

2012年10月26日 | 和:ジェイン・オースティン

 独身の青年で莫大な財産があるといえば、これはもうぜひとも妻が必要だというのが、おしなべて世間の認める真実である。

 世に忘れ難い冒頭の一文は数多くあれど、これほど見事な例はほかに見たことがない。実際はやけに陳腐な内容で深遠さのひとかけらもないが、そういうひねくれた文学眼鏡をはずして素直に接すれば、ふんふん、これから始まるのは結婚をめぐる物語なのかと納得し、その段階で私たちはすでに小説の世界に取り込まれたも同然なのだから。

Bc227ここでいう「世間」は英語では universally という副詞が用いられている。しかしこれは文字通りの「世界」ではなく(岩波文庫の富田訳がそうしているように)、実はイギリスのかなり田舎の狭い村のそれであり、より正確に言うならば19世紀初頭の英国ハンプシャー州スティーヴントン村に住んでいたジェイン・オースティンという女性の頭のなかにあった俗世界、身の回り、家族と友人とその延長線上にいる人々、それは日本語的には「世間」がもっともふさわしい。

 おそらく彼女が暮らしていたのと同じ規模の村にベネット一家が住んでいる。夫妻には五人の娘がいる。そこへある日、ロンドンからミスタ・ビングリーという青年資産家が越してくる。娘を嫁がせることが人生後半最大の目標になっているミセス・ベネットは大いに張り切る。

 <そうした青年が、はじめて近隣のひととなったとき、ご当人の気持だとか考え方などにはおかまいなく、周辺の家のひとびとの心にしっかり焼きついているのはこの真実であり、その青年は、とうぜんわが娘たちのいずれかのものになると考える。(p.7)>

 ミセス・ベネットは「周辺のひとびと」だが、ミスタ・ベネットはそこに含まれない。のちに様々な登場人物がおりなす非対称のダンスが、すでにこの夫妻のあいだで始まっていると言ってもいい。かれらはこんな夫婦なのである。

 <ミスタ・ベネットは、鋭利なる才気、辛辣なる諧謔、克己心、気まぐれなどが微妙に混淆している変わり者なので、二十三年の長きにわたって共に暮らしていても、その性格は奥方には測りかねた。かたや奥方のひととなりを説明するのはさほど難しくはない。理解力はお粗末、知識は乏しく、むら気なご婦人である。なにか不満があると、自分は神経を病んでいるのではないかと不安にある。その生涯をかけた大事業は、娘たちを嫁(かたづ)けることであり、慰めといえば、近隣のひとたちと行き来して噂の交換をすることであった。(p.12)>

 娘を結婚させることに執着心はないミスタ・ベネットだが、彼の皮肉っぽさは家族への愛情という裏付けを必ず伴うので、このときも、そっけないそぶりは見せつつ、いちはやくミスタ・ビングリーとコンタクトを取って、社交のきっかけを作るのは、彼なのだ。

 こうして、いまだ登場人物の紹介も済み切ってない段階で、この小説最大の舞台のひとつともいえる舞踏会、という名の合コン、が始まるのである。ベネット家からは5人の姉妹。ミスタ・ビングリーはロンドンからお仲間を呼び寄せる。ふたりの妹と、うちの片方の夫、そして親友のミスタ・ダーシー。

 3章である。

 ミセス・ベネットが是が非でもミスタ・ビングリーに嫁がせたいと願っているのは長女のジェインである。ジェインは見かけも言動も優等生。いっぽうのミスタ・ビングリーも「いい人」を絵にかいたような好青年。要するにこの面白くない二人は、出会った瞬間で、すでにもういい感じになる。

 なので、この物語の主人公は彼らではない。

 二女のエリザベスとミスタ・ダーシーである。

 この二人の出会いは最悪だ。

 ミスタ・ビングリーとは好対照に完璧な「嫌な野郎」であるダーシーは田舎の舞踏会に退屈し、誰とも踊ろうとしない。その相手を見下した態度に怒り心頭に発したのはミセス・ベネットである。なぜなら、見かねたミスタ・ビングリーがダーシーを踊りに誘おうと声をかけ、取り残されているエリザベスを指差して、彼女なんかどうだ?と言ったとき、友人であるダーシーはこう答えたからである。

 <「どれなの?」ダーシーは、うしろを振りむき、一瞬エリザベスを見、視線が合うや、ついと目をそらして冷やかに言いはなった。「まあまあかな。だが踊りの相手をしたいほどの美女じゃあないね。ほかの男性に無視されているご令嬢に箔をつけてやるような気分じゃない。」(p.23)>

 まったくもってヒドイ男なのであるが、万事がこの調子。ミスタ・ビングリーがなにをしても人に好かれるタイプだとすれば、ダーシーはなにをしても人に不快感を与えるタイプ。だからこそ友人でいられるとも言える。だが、この台詞は、実はダーシーの本心が現われている重要なセリフなのである。読み進めるうちに分かるが、ダーシーとは、洞察力が有り余るせいで自らの考えの6~7割しか言葉に出さないタイプなのである。その男が「まあまあ」と言うのはほぼ一目惚れに近い。

 いっぽう、「まあまあ」呼ばわりされたエリザベスも、むろんそれで怯むようなタマではない。

 5章ではダーシーの高慢をめぐる女たちのやり取りがある。

 エリザベスの親友シャーロットは、ダーシーのような知性と身分の持ち主には、高慢であっていい資格があると言う。また、不器量ゆえに頭の良さを常々発揮したいと願っている(が挫折ばかりしている)三女のメアリーは、高慢は誰にでも陥りがちな感性であり、そこには虚栄心と自尊心の二通りがあり、前者は対他的なもの、後者は対自的なものである、と分かったようなことを言う。これに対してエリザベスはこう言うのである。

 <「あのひとが高慢なのはいくらでも許せるわ、わたしの自尊心を傷つけないかぎり」(p.38)>

 そして次の舞踏会で、他人の仲介でやむなく彼女をダンスに誘わざるを得なくなったダーシーを前に、エリザベスは踵を返して立ち去るのである。これでダーシーはますますエリザベスが好きになってしまうのだが、決定的だったのは、ビングリー邸に来ていたジェインが風邪で熱を出して寝込んだ知らせを聞いたエリザベスが、雨の中を泥だらけで見まいにきた事件だ。

 雨の中を泥だらけでやってきた女。

 男はこういうのに弱いのですねえ。

 それからダーシーは、ビングリー姉妹やエリザベスを前に、女性にも教養が必要であるという演説をする。彼は女に求めているものが高いようだ、ハハハ。するとエリザベスが、そんな完璧な女は見つけるのはほとんど無理でしょうね、私は見たこともない、と言い返す。

 そう、エリザベスというのは、ダーシーと同様に洞察力が有り余るせいで、逆に自分の気持の150%ほどを言葉に出してしまう、そのとき思いついたことを偏見もふくめてすべて言ってしまうタイプの女なのだ。

 言わな過ぎる男と、言い過ぎる女。

 高慢と偏見、とはそういうことなのですね。

 それにしても「まあまあだな」は名訳。

 岩波文庫の富田訳を見ると「がまんはできるけど」となっています。

 これ、原文は She is tolerable.

 彼女は許容範囲内だ。

 という感じです。富田訳のほうが原文に近いけれど、ここは「まあまあ」がしっくりくるのですね。まあまあ。許容範囲内。これが最高の褒め言葉だということを主人公たちが時間をかけて納得していく過程。それを予想しただけで先を読むのが楽しくなる小説。

 次回は5人姉妹の性格を比較してみましょう。


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