天満放浪記

matsuken tenma blog

チルベス(2)

2017年04月25日 | 西:書評①スペイン

 分かりにくいけれど何度か読み直すと案外分かるという文体。

 20世紀から21世紀にかけてのヨーロッパ辺境(=スペイン)の政治経済状況も想像できるし、なおかつ内戦からフランコ独裁制から移行期にかけてなかなか変わらなかった辺境精神(=スペイン的マインド)もなんとなく想像できるし、こんな面白い小説家はいないと思う。どうして日本で紹介が進んでいないのか私にはよく分からない。

 第一章は語り手がいる。

 彼はミセンというおそらくバレンシア沿岸部のリゾートタウンで土建屋をやっているルベン・ベルトメウ。初老でたぶんもう60前後なのではないか。チルベスは1949年生まれ、とうことは物心ついた時には60年代で、フランコの死、すなわち75年を26歳で迎えている。その後を生きて21世紀に死んでいる人である。小説そのものは初版が2007年、ということはリーマンショックの1年前。なのでスペインの土地バブルを背景にした小説であろうと思われる。

 あまり動かない語り手は、弟のマティアスが「見える」。Te veo. と言っているので、お前が見える、のだが、このマティアスはどうやら死んでいるみたいである。しかしかなり昔ではなく、つい最近死んで、そしてその死んですぐの弟を幻視している兄のルベンの語りが続く。ロシア人のトライアンに、コジャード問題は解決した、と言い含め、一緒に酒を飲んだ後、彼は車に乗って夏のリゾートタウン(夏のミセン)を放浪する。その間、彼の意識の流れが延々と展開する。

 ルベンはミセン近辺に林立し始めたリゾートマンションの建築で設けている土建屋らしい。施工以降の一切を引き受けている業者というからには、日本的には~建設の重役みたいな感じであろうが、首都に本拠を置く大企業ではなく、まだはっきりとは分からないけれど、ミセンという地方都市に拠点を置く新興の建設会社経営者である。当然ながらここにはヨーロッパ中の資本が集まり、当然ながらそれへ群がる利権も蠢く。

 ルベンの弟マティアスは左翼のインテリだったという情報だけが今のところ提供されているから、少し見えてくるのは、地方都市のバブルで銭を儲けた兄と、そういう銭儲けの構造自体を疑問視していた弟の物語なのかもしれない。

 ルベンには娘がいる。シルビア。頭のいい子で、子どもの頃から叔父のマティアスが大好きだった。マティアスの子、つまりシルビアの従兄(ルベンの甥)にあたるエルネストというのもいる。シルビアはフアンという旦那がいて、彼らの間には子も二人いる。ルベンは祖父なのである。

 いっぽうルベンはシルビアの母親に当たる前妻と別れた後、モニカという若い嫁をもらっている。この辺り、ヨーロッパの伝統的男性にありがちな人生の「あがりモード」すなわちバルガス=リョサも踏襲した、成功した人生の晩年はセックスが不可能でも若いセクシーな嫁をもらう、その意図は、社会に己の記号的男性性とそれを保証する人生を送った証拠をアピールする…といういかにもブニュエル的な(米国大統領までもが踏襲している)人生モデルを歩む、いわば社会の定める既存人生コースに従う悲しい男性、として描かれているようだ。換言すればブルジョワ。やはりスペインというローカルをヨーロッパにつなぐにはブニュエルを参照すべきなのだろうか。

 ルベンの意識は色々に飛ぶが、大きく分けると、弟マティアスへのそれ、娘のシルビアへのそれ、そして自分が関わってきたミセンの建設業に関すること、そして弟子筋にあたるコジャードをめぐるそれ、の4つに分類されるようだ。ポイントになる固有名もある。彼はマティアスと青年時代に読書を共有している。モンテクリスト伯。エドモン・ダンテスが二人にとって意味することは小説の後半に分かるのかもしれない。そして土建屋のルベンはシルビアと現代建築をめぐってひともめする(回想が混じる)のだが、ここで「コンクリートの帝王」ことルベンがシルビアやエルネストに、ル・コルビジェなんかを引用されて、批判される下りがある。建築業界の話が混じってくるとしたら、そうとう面白い小説かもしれないが、そこはまだ不明。

 第二章はルベンの後妻であるモニカに焦点が移る。

(つづく…)


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