筑井孝子の毎日日記

絵を描き 教え 頑張る毎日

考察 「ルーツ」について考える・・2

2016-11-08 08:02:23 | 日記
さて


忙しいなか
わtしは今週土曜日は講演会
その資料がこれから水曜日にあした届く

楽しみだな。


で。。

きょうは

これから

大人の授業

そして

そのあとは

玉村に出かけて
二つ授業だ

どうなるのだろう


がんばろう。。

がんばろう

っていつもおもってる

思っている
以上のしごとはできない




昨日はけんちゃんのルーツに言及してみた

ここが
けんちゃんのルーツなんだ
と山を見た。


わたしは

一年判前にわたしのルーツをたどってみた

母の母の母 


つまりわたしのひいばあゃんはひどいひとで
小出という新潟の山の中でいた

しかしお金のない山のなかっだったので
ひいじいいちゃんは 近くの温泉に働きにでていた。

その頃 ひいばあちゃんは 近くの権力者「言い方忘れたので母に今度聞いてみます。」と
家に住んでしまった

その権力者があまりに怖く

ひいじいいちゃんは帰れなくなり
お金だけ送りそして働きづめで死んだそうだ

ひいばあちゃんのそんな素行は治らない

じいじいちゃんの持ってきてくれたお金で
大酒を飲み
そして
とうとうお金も尽きた


そのとき

14才 16才の美しい娘たちが目についた


そして

まずは女工に。。

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明治以降第二次大戦まで工場で働く女性の労働者をいった語。女子工員。
====================


いま冨岡では「工女」っていう

どうにちがうのかな?

長野にいかされたらしい


片倉さんは
すばらしいひとで

お風呂で
体をいやしてほしいって
温泉をつくった
これに入ったが

たって入るから
効率的だな。


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工場で働く女。女工。
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おなじか??

では
なんで

「富岡製糸」は「工女」っていうようになったのかな。。


って。。

では

また元に戻る


そのわたしのばあちゃんにあたる少女たちは
「長野」まで行かされた








しかし

わたしのおばあちゃんだ
だから

なんと そこで一等工女になったそうだ

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赤いたすきと高草履が許され、街なかでも憧れの存在だったという「一等工女」は女工たちの憧れ。全体の3%程度しか一等工女にはなれなかったと言います
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ちなみに

冨岡製紙の工女の年齢は
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その年齢的内訳は最年少が13歳、14歳が3名、15歳、16歳が各1名、17歳が英を入れて5名、18歳、21歳が各2名、25歳が1名
===============

だとある、、

そして

美を極めるようになった


ひいばあゃんの目論見はすすんだ


それは

あした

そして
生徒のこと

トランプがどんどんできていく

たのしみだ























休んだ子は
補講もしてあげる





生きている間に
全力をつくした

塩分少な目野菜たっぷりで。。。




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