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「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

浅間山荘事件 1972年2月19日

2016年09月13日 | 社会

あさま山荘事件または浅間山荘事件(あさまさんそうじけん)は、から2月28日にかけて、長野県北佐久郡軽井沢町にある河合楽器保養所「浅間山荘」[注釈 2]において連合赤軍人質をとって立てこもった事件である。

日本の新左翼組織連合赤軍のメンバー5人(坂口弘坂東國男吉野雅邦加藤倫教加藤元久)が、浅間山荘の管理人の(当時31歳)を人質に立てこもった。山荘を包囲した警視庁機動隊及び長野県警察機動隊が人質救出作戦を行うが難航し、死者3名(うち機動隊員2名、民間人1名)、重軽傷者27名(うち機動隊員26名、報道関係者1名)を出した。10日目の2月28日に部隊が強行突入し、人質を無事救出、犯人5名は全員逮捕された。人質は219時間監禁されており、警察が包囲する中での人質事件としては日本最長記録である。

酷寒の環境における警察と犯人との攻防、血まみれで搬送される隊員、鉄球での山荘破壊など衝撃的な経過がテレビ生中継され、注目を集めた。2月28日の総世帯視聴率は調査開始以来最高の数値を記録し、18時26分(JST)には民放日本放送協会(NHK)を合わせて視聴率89.7%(ビデオリサーチ関東地区調べ)に達した。同日のNHKの報道特別番組(9時40分から10時間40分に渡って放送)は、平均50.8%の視聴率(ビデオリサーチ・関東地区調べ)を記録した。これは事件から40年以上が経過した現在でも、報道特別番組の視聴率日本記録である。

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