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「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

インフレーション

2017年06月14日 | 社会
佐藤勝彦(物理学専攻 教授)

宇宙が急速に膨張したのは真空にもエネルギーがあったから

137億年前に、地球上ではとても再現できないほどの高密度、高温度の火の玉のような状態から急激に膨張したというビッグバンによって、宇宙が始まったと考えられていることは広く知られている。「初期の宇宙は高密度かつ超高温だった」とするこの説は、1947年にジョージ・ガモフによって提唱され、後に「ビッグバン理論」と呼ばれた。60年代に入ってから、その根拠となる宇宙背景放射が観測されるようになって定説となった。

しかし、ビッグバンがなぜ起こったのかは、当時は誰も証明することができなかったのである。やはり宇宙の始めには「神の一撃」があったのではないかという説が、まことしやかにささやかれたこともあったほどである。

この「ビッグバン理論」は、いくつかの問題が指摘されていた。その問題に科学的根拠を持って回答を与えたのが、81年に佐藤が提唱した「指数関数的宇宙膨張モデル」、いわゆるインフレーション理論である。時を同じくして、米国のアラン・グースからも素粒子論の立場から同様の論文が発表され、このインフレーション理論は、佐藤とグースによるものとされている。

インフレーション理論とは、宇宙創生の10のマイナス36乗秒後から10のマイナス34乗秒後までの間に、エネルギーの高い高温の真空の状態から低温の真空に相転移し、保持されていた真空のエネルギーが熱(転移熱)となって火の玉となり、ビッグバンを引き起こしたというものである。

我々が通常理解する真空とは、エネルギーや質量が存在しない状態である。しかし、実際には真空中では物質と反物質が生まれてはぶつかって消えていくことを繰り返し、エネルギーが変化することで「真空が揺らぐ」現象が起こるのである。この説は「真空の相転移」と言われ、佐藤はこの「真空の相転移」論をビッグバンに応用することで、「ビッグバン理論」の矛盾を説明することができるのではないかと考えたのである。

佐藤がこのアイデアに着想したのが79年の34歳の時である。その直後にコペンハーゲンのニールス・ボーア研究所へ留学に旅だち、そこで彼のインフレーション理論は形づくられていく。