一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

吉本隆明 CD

2016年09月29日 | 文学者
001   高村光太郎について──鴎外をめぐる人々
002   実朝論
003   宗教としての天皇制
004   宗教と自立
005   南島論
006   鴎外と漱石
007   太宰治と森鴎外──文芸雑話
008   喩としての聖書──マルコ伝
009   良寛詩の思想
010   シモーヌ・ヴェーユの意味
011   〈アジア的〉ということ
012   「生きること」について
013   ドストエフスキーのアジア
014   ポーランド問題とは何か
015   『源氏物語』と現代──作者の無意識
016   小林秀雄と古典
017   親鸞の声について
018   経済の記述と立場──スミス・リカード・マルクス
019   古い日本語のむずかしさ
020   「現在」ということ
021   心的現象論をめぐって
022   「受け身」の精神病理について
023   イメージ論
024   柳田国男の周辺──共同幻想の時間と空間
025   都市論II──日本人はどこから来たか
026   農村の終焉
027   日本経済を考える
028   親鸞の還相について
029   異常の分散──母の物語
030   高次産業社会の構図
031   渦巻ける漱石──『吾輩は猫である』『夢十夜』『それから』
032   都市論としての福岡
033   いまの社会と言葉
034   資質をめぐる漱石──『こころ』『道草』『明暗』
035   農業から見た現在
036   像としての都市
037   言葉以前の心について
038   宮沢賢治
039   青春としての漱石──『坊っちゃん』『虞美人草』『三四郎』
040   不安な漱石──『門』『彼岸過迄』『行人』
041   現代に生きる親鸞
042   太宰治
043   芥川龍之介
044   生命について
045   ヘーゲルについて
046   フーコーについて
047   文学の戦後と現在──三島由紀夫から村上春樹、村上龍まで
048   親鸞の造悪論
049   苦難を超える──『ヨブ記』をめぐって
050   中原中也・立原道造──自然と恋愛
Bonus Track 1   幻想としての国家
Bonus Track 2   共同幻想論のゆくえ
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