稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

盛岡の新明館橋市道場

2017年08月05日 | 剣道・剣術
昭和55年前後だったと思う。
東亜特殊電機株式会社(現TOA)に入社し、
盛岡営業所勤務を命じられ1~2年経った頃だ。
大学時代から何の運動はしなかったので太り始め、
就職して不摂生が続いてみるみる太ってしまった。

痩せなくちゃ。。。

盛岡市新田町の線路際の古いアパートの西窓から国鉄の小さな道場が見えた。
毎日では無いが時おり剣道の稽古をしている。たった2人の稽古だ。

運動音痴なので剣道以外の運動は思い浮かばない。
いいなあと思いつつも初段の腕前であの国鉄道場はついて行けないと感じた。


電話帳で調べると「新明館橋市道場」というのがある。
直線距離で100mも無い。東北線の線路の下をくぐれば歩いて数分だ。
さっそく奈良の実家から古い剣道具をチッキ(鉄道荷物輸送)で送ってもらい出かけてみた。

 ※当時はチッキが荷物を送る唯一の手段(と思う)だった。今はチッキは無い。

道場は立派で気後れしたが、すぐ入門し、秋田に転勤するまで2~3年通い続けた。
「新明館」の名札を付けて試合に出たことも2回ある。


(数年だけの使用だったので今でもさほど傷んではいない)

 ※当時は名札とは言わず、「垂れネーム」や「ゼッケン」と言っていた。

当時は二段を取ることが目標だった。
高校生で二段はなかなか取れなかった時代だった。

盛岡市の審査で落っこち、翌週に、はるばる県南の千厩(せんまや)町まで受けに行った。
2回の審査とも、審査員の真ん中におられたのが範士八段の原田源次先生だった。

新明館橋市道場は漫画「六三四の剣」のモデルにもなった道場だ。
師範は谷藤新吉先生。大人は10人~20人ぐらい稽古していたように思う。
道場のお世話係り的な人は、現在八段をお持ちの西田裕氏だ。

谷藤新吉先生のご子息、谷藤文明先生と、谷藤裕明先生、西田裕先生、
それと、時々稽古に来られる浅見裕先生は特別に強かった。
(たま~~に小笠原宏志先生も来られてた)

こちらは初段。文字通りオモチャにされた記憶がある。

一番怖かったのは浅見裕先生かな?
何回も道場の外の雪だまりに突き飛ばされたものだ。
顔面から落ちると面の中に雪が詰まって何も見えなくなるし呼吸も出来ない。
しかし、面を付け直す、つかの間に、少しだけ休憩出来るのは嬉しかった。

 ※盛岡の冬は寒い。マイナス5度やマイナス10度など普通だった。
  それでも道場は開けっ放しで稽古していた。

西田裕先生は同い年(1つ年上かも)のせいか、若干手加減していただいていた。
剣道を離れると、型破りで、やんちゃな楽しい性格だったのを憶えている。
谷藤裕明先生は誠実で優しい性格が剣風に現れていたように思う。

 ※時々、「稲門会」という名札を皆さん付けられてた。

  「いなもんかい」って何なんや?って最初思ったが、
  「とうもんかい」と言う、早稲田大学のOB会のことである。

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さて本題。

実は、8月4日の仲川げん奈良市長のフェイスブックの書き込みで昔のことを思い出した次第。


(左が谷藤裕明盛岡市長、右が仲川げん奈良市長)

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仲川げん(奈良市長) @nakagawagen

今日は姉妹都市の福島県郡山市へお邪魔する機会を捉え、盛岡市の火葬場を視察させて頂きます。ついでと言うには若干遠いですが、奈良市が目指すDBO方式で火葬場を建て替えられた最新事例について谷藤市長からお話を伺いました。この後、施設を見学します。
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記事の、「盛岡」「谷藤」という文字でピンと来た。お顔も面影が残っている。
さっそく調べたら下記の記事が見つかった。剣窓の5月号の記事である。



剣道と私(2017年5月) (←クリックすると大きなPDF記事が開きます)


新明館橋市道場の道場のサイトも見つかった。いやはや懐かしい。
http://hashiichi.gozaru.jp/hp/syoukai.htm


(谷藤新吉先生、道場紹介のページより拝借)


(谷藤文明先生、道場紹介のページより拝借)

もう40年近くも昔の事で、ここに書かれている方々は、
どなたも、当時初段か二段の私の事など憶えておられないだろうが、
私に取っては就職して初めて住んだ盛岡で、4年ぶりに剣道を再開し、
あこがれだった二段を戴き、新しい剣道具一式を橋市武道具店で購入し、
やっと「生涯楽しめる剣道」として確立できた思い出深い場所なのである。

 ※橋市武道具店で購入した剣道具は、数年前まで長正館の置き防具として現役だった。


(40年近く前、橋市武道具店、西田裕店長・当時から購入した剣道具、長正館にて)

以上、奈良市長が盛岡に出張されて、妙なところで接点があって、
あれこれ当時のことを懐かしく思い出しながらここに書き記した次第です。
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