Kanazawa Jazz days

深く広い空とうつろう雲雨風雪雷霰霙を愛でて走って山登り酒を呑み音楽を聴いて過ごす金澤の日々

御茶ノ水・聖橋:何処と何処を繋いでいるのか

2012年08月08日 | あちらこちらのこと

 御茶の水にはじめて行ったのは30年前の夏。ジャズを聴きはじめて1年も経つと、Free Jazzにはまってしまい、京都のレコード屋では手に入らないものが随分とあったから。雑誌でみるディスク・ユニオンに出かけて、デヴィッド・マレイとか、シャノン・ジャクソンとか、ブラッド・ウルマーとか、話題のレコードを手に入れてニコニコだった。その生活パターンがその後30年も続いていると思うと少し恐ろしい。

 その頃は御茶の水駅の北口から駿河台下までが回遊ルート。いったい何回泳いだのだろうか。そのときには神田川を渡ったこともなかった。

 金澤に移ってから、東京へ仕事で出る時は御茶の水あたりに宿泊することにしている。酔っぱらっても、方向を失うこともないし、雑踏もないので人酔いもない。都会嫌いのボクにとってのheaven。

 最近は御茶の水駅の南のほうに宿泊することが多い。神田のあたりとか、小川町との境とか。なんとなくだけど。そして、神田川のうえに架かる聖橋を行ったり来たり。聖橋のうえから見える新宿方面の光景がとても好きだ。なんとなく、至る所に古い日本の影が差している御茶の水のあたりから、現代を超えたような新宿副都心の光景が浮かび上がるから。遠くから眺めていると、とても非現実的でいい。つい数年前まで、あそこで技術打ち合わせを随分とやったなあ、なんてね。

 聖橋は二つの聖堂(湯島聖堂とニコライ堂)をつなぐから、だそうだ。昭和初期の美しいモニュメント。だけど、川という、この世を分断し、この世に属さない境界地帯を作り出す力がある場所に「ひじり」という橋が架かる。その不思議な語感に惹かれてしまう。遊行僧が浮遊していた時代のとらえどころのないアナーキな時空。そんなことを思い出しながら、この橋がいったい何処と何処を繋いでいるのか。夕暮れ時にそんな事をぼんやりと考えて、橋の上で時間を過ごすのも悪くない。

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