愛と命の尊さを見つめて.. ポルトガルから『日昇庵だより』 ”人生 邂逅し、開眼し、瞑想す” 日々是反省ブロ愚

今日出会った素敵な言葉、素敵な人たち、ここに集めてみました。
これは、自分だけのオリジナル・スクラップ・ノートです。

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一日一生

2014-07-18 19:52:38 | 心に残った一言


大きなスクーリンに映し出される映像の迫力に魅せられ、私は以前からよく映画館へ足を運んでいた。だが昨年の大震災と原発事故の起きた福島県に住む私は、約一年間は生きることが精一杯で大好きな映画鑑賞さえも、頭に浮かべることが出来なかった。

 

少し心に余裕が出た今年の4月になって、ようやくまた映画鑑賞をするような心境になれた。先週の金曜日(8月31日)にも、時間を確保して行ってみた。お目当ては高倉健さん主演の新作「あなたへ」である。話題作とあり大勢の熟年層が見に来ていて驚いた。

 

高倉さんは映画の公開に合わせ、撮影現場となった富山市の富山刑務所を訪問し、受刑者約350人を前にして撮影への協力に感謝を伝えた。「---一日も早く、あなたにとって大切な人の所へ帰ってあげてください」と、高倉さんが話すと受刑者から大きな拍手が沸き起こったという。(引用元:福島民報・朝刊・2012.8.27)

 

福島県の地元紙は何故か昨年から高倉健さんに注目し、何度か関連記事を掲載している。特に興味深く私の心を捉えた記事があった。その内容の一部を紹介させて戴きたい。

 

放送作家で水野十六氏は、「士風・高倉健さんからの贈り物 ⑥」)で、比叡山飯室不動堂での高倉さんの話をしている。400年以上の歴史をもつ比叡山の荒行「千日回峰行」を二度も達成した行者は3人である。その中の一人である酒井雄哉師との対話は、高倉さんの希望によるものであったという。

 

一時間に及んだ対談後、酒井師は玄関まで見送りに出てくださり、不動堂を去ろうと二、三歩、歩みかけた高倉さんは、また玄関に戻った。それで高倉さんは自分の紺色のマフラーをはずし酒井師の首に巻いて差し上げ、「寒くなります。どうぞ、お風邪など召されませんように----」と言ったと述べている。

 

酒井師は高倉さんのことを、「あの人はお侍さんやと思う。すべてに命がけで、いつも刃の上を歩いているようなお人やと思う。仏様から課せられた人生を『これだけ燃え尽きました』。高倉健は、そう言って逝ける数少ないお人やと思います」と、話してくださったと記述している。(引用元:福島民報・朝刊・2011.12.30)

 

私も人格磨きに精進して、高倉健さんのような素晴らしい年齢の重ね方をしてみたいと目標にしている。さて自分は81歳の時には、どのぐらい精神的に成長できているのであろうか。今から楽しみである。

 


夢の途、一日一生の絆をこそ 

高倉健さんて、御存じのように、私生活が全く見えない著名人である。
本来は自分の生業とする表現のみで我々受け手に関われば良かった芸能人も、数多の人数ゾロゾロのトーク番組出演に留まらず、ブログや「呟き」で幾らでも(必要以上に)饒舌になったり自己弁明出来る時代である。
男が背中で語る時代はもう戻ってはこないのだろうと思う。また、少年や青年が大人の男の背中に学びを得たり憧憬を抱いたりの眼差しを向けることもない時代なのだと思う。
そんな時代においても、高倉健さんという日本の男は、他の著名人であればワイドショーで美談として取り上げられそうなエピソードを(おそらくは)無数に持っている存在なのだと思う。
こうしてブログ上で饒舌になってしまいがちな私の小ささから見れば、それは(永遠に追いかけていたい)理想的な男の背中である(4歳違いの亡父のそれと重なってしまうことも)。
1996年から2000年にかけて5回に渡って放送された、ニッポン放送の同名のラジオ番組(計10時間)を元に新たに書き下ろした本作における健さんにもひたすら魅了され、感銘を受けた。
日本人男性、及び、大人の男性をも「カワイイ!」の価値観で括りたがる(私から言わせれば相当にどうかしちゃっている)この国の年中浮足立っているような女性達、つまり、全ての日本人に今読んでいただきたいような一冊だ。

高倉健さんの『旅の途中で』の2000年部分の後半で、比叡山飯室谷(いむろだに)不動堂の大阿闍梨(あじゃり)である酒井雄哉師との対談があるのだが(それもまた素晴らしいのだが)、本書の健さん自身によるエピローグの前に、酒井雄哉師による「健さんのこと」という一文が添えられている。
それもまた心に染み入ったので、その一部を抜粋して紹介させていただきたい。


独りの時間は人間にとって大切。
その時にこそ、いろんな発想や発見ができるもんです。

独りで生きることができる人が、最終的には強いんやないかな。
そういう人には、何とも言えへん人間としての温かみもあるんやね。
そういう人は自分が善行を積んでも、
これこれをしました、なんてことをごちゃごちゃ言わない。
そんなこともあったかいな、という顔をする。
陰徳というものは、そうして積まれてくるもんやね。
ある時何気なしにすーっと現れ、ある時すーっと姿を消していく。
何かをしても、結果や報酬を期待しない。
健さんはまさにそういう人やね。
(中略)
すべてに命懸けで、いつも刃の上を歩いているような、
そんなお人やと思う。
周りの現象に流されず、折目正しく生きている。
それは座った姿にも出ておる。
誰しも人間やったら、老いていくことへの不安はある。
しかし、一日一生。
今日の自分は今日で終わり。
明日は新たな自分が生まれてくる。
今日、いろんなできごとやいざこざがあっても、
明日はまた新しいものとして生まれる。
こだわりを捨て、同じような過ちを再び繰り返さないために、
今日のうちにその過ちを修正しておけばええ。
(中略)
自分に課せられた人生。
仏様からいただいた人生を、
「これだけ燃えつきました」
高倉健はそう言って逝ける、
数少ないお人やと思います。

 

高倉健さんの「旅の途中で」を読みました

彼の書いたエッセーです。生きることとはなにか。常日ごろの私たちの心の持ち方について体験をもとに語っています。

ほかの人たちも言っていますが、傍から見ていると大変な仕事をやっている人にとって、それは大変でもなんでもなく、楽しいからやっているのだ。

また、終わりの方で大阿闍梨(だいあじゃり)・酒井雄哉師との対談があり、そこでは酒井さんが毎日毎日が違う、「一日一生」なんだといっています。「今日の景色と明日の景色と、自分の歩いている感覚、気持ちとか毎日違いますから。だからおもしろいんですよ、人生というのは、また歩くということも。」

高倉健さんはイラン映画「運動靴と赤い金魚」を見て「物欲まみれになっている国の人々に、経済的な豊かなことと、心が豊かであることがこんなに違うんだということをとても控えめに伝えてくるこの映画は本当にすばらしいと思いました」と書いています。

また中国映画「初恋の来た道」で、どんぶりの修理屋さんに修理を頼むシーンがあるのですが、そのシーンで次のような会話がありました。
「こんな安物のどんぶりだったら、もう新しいの買っちゃった方が安くつくよ」
「いえ、わたしの娘がとっても大切に思っている人が、そのどんぶりでものを食べたの。彼女にとって思い出の品だから、修理してあげたい」
「そうか、思い出は大切にしなきゃな」
そして高倉健さんは次のように言っています。
ものを大切にするというよりも、人の想いを大切にするっていうことをおじいさんがわかっている。そのことに感動してしまいましたね。

そしてわたしが一番感動したのは次のような言葉でした。
「人間にとって一番寂しいのは、何を見ても、何を食べても、何の感動もしないこと。感動をしなくなったら、人間はおしまいだと思うんですね。こんなに寂しいことはないと思います。人間にとって一番ぜいたくなのは、心がふるえるような感動。お金をいくら持っていても、感動はできない人にはできません。感動とは何でもいいんじゃないでしょうか。美しいとか、旨いと感じるとか」

映画の中の健さんもかっこいいけど、彼の考え方、生き方もかっこいいですね。


高倉健さんの著書「旅の途中で」(新潮文庫)。
の中、
健さんと酒井阿闍梨さんの会話があります。
忘れないように。(勝手に引用させていただいていいのかわかりませんが。)
P220より
 
一日一生
 
高倉 阿闍梨さんから、
    新しい二十世紀に向かってー僕が何十年か前にいただいたようにー
    そのお言葉を思い出すと元気が出るような、そんな言葉をいただけると、
    今日のお話はおしまいで十分じゃないかと思いますけれども・・・。
 
酒井 僕が一番好きなのはね、
    「一日一生」という言葉なんです。
 
    一日が一生。今日の自分はもう今日でおしまいで、
    明日はまた新しく生まれ変わってね。
    機械でいうたら充電して新しいパワーでやっていくのと同じで、
    人間も今日は今日でおしまいやけれど、
    明日はまた生まれ変わって新しい世界に入ってくような意味。
 
   ~ 中省略 ~
 
   そうすると、「一日一生」やから、
   今日の一日の一生は今日でおしまいで、
   新しい次の世代に入っていくふうに、
   
   いつもいつも前向きな思想で、今日があるからこそ明日がある。
   明日があるから明後日がある。
 
 
   「一期一会」という言葉も同じことで、
   今日を、今を大切にしない人たちには、明日はないという。
   だから、二十一世紀にどうのこうのと言うても、
   今を大切にして前向きに進んでおかないと、
   二十一世紀もないですよということですよね。
   だから、「一日一生」という言葉が大好きなんです。
 
高倉 「一日一生」、いや、いいお話をうかがいました。
        今日はたくさんのお話をありがとうございました。
 
・・・・・・・・・・
 
「一日一生」
 
明日はまた違う人生があるのかもしれない。
毎日、生まれ変われる。
何か希望の持てる言葉だなって思いました。
 
 
「旅の途中で」の本のことは、また別の機会に紹介させて頂きたく思ってます。
 
 転載させていただきました。  ありがとう御座います。


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2013-09-22 21:48:14 | パワースポット

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大元帥明王

2013-09-17 19:00:03 | パワースポット

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Europe Glamping Destinations

2013-09-11 17:44:30 | パワースポット

Europe Glamping Destinations

アイルランド

イギリス

スイス  video

Glamping Accommodation in Portugal

ポンテ.デ.リマ

アリエンテージョ

温水浴槽   露天風呂1  露天風呂2  露天風呂の案内

sauna (カタログ)

バンガロー(お茶室,その2 )  室内 その2

Chalé bungalow - Sever do Vouga - アベイロ  Alojamentos Turísticos Distrito de Aveiro, Centro (Beiras), Portugal

Bungalow em Santa Serra, na Ilha da Madeira

茶室を学ぶ    伊勢神宮茶室の公開ビデオ

庭  路地  作庭例  廊下 

 

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『あなたへ』

2013-05-17 10:06:47 | 心に残った一言

 

「英二は法律を守って、それを守らない囚人を管理するところで暮らしてきた。でも旅先で彼は、法を破る行為をしている彼らの親切や真心に触れる。それは法を守るという立場からはなかなか見えてこないことなんです。自然界で言えば表面を流れている綺麗な水ではなく、地下水の部分ですね。その地下水に、奥さんの遺言のおかげで触れることが出来た英二は、それまでとは違ったふうに解放されていく。そういう話なんだと思ったんですよ。これまでの健さんの映画は、最後に向っていろんなことがひとつにまとまって、そのエネルギーが頂点に達した時に音楽がかかって殴りこみに行く(笑)。そんなふうにまとまっていくのではなく、最後のほうに解放されて広がっていく映画になるなと。これは僕が思っただけで、お客さんがどう観てくれるかは分からないんですけれど。僕も健さんも歳をとって動きが鈍くなってきましたけれど、心のほうは歳をとって固まっていくんじゃなくて、何か広がっていけるというね。そこに共感してもらえるのかなと思ったんです」

Filmography

 

高倉×降旗のコンビによる20作品

 

戦時下の教師の言葉が支えに

――自身の思いを貫き通すのは案外パワーが必要なことです

子どもの頃、戦争の最中のことですが、ある日の放課後、担任の先生に呼ばれて「サイパンが陥落した。日本は戦争に負けるよ。お前はお調子者だから、気軽に少年兵志願に手を挙げたりしちゃいけないよ」と言われました。みんなが日本は勝つと信じていた時代だっただけに驚いたと同時に、この先生のようにものを考える人がいることに目を開かされました。そうしたら、今度は近所にやってきた特攻隊の兵士が「君たちは志願して兵隊になってはいけない」と同じことを話してくれた。そのときに「大勢(たいせい)に流されない人たちがいるのだ」と知り、素直にすごいなあと思ったんです。それから絶対、大勢に流されてはいけないと心に言い聞かせ、自分の生きていく指針となっています。安易に迎合しない、自分の意志に逆らうことをしないのはその経験が大きい。

――では、これからどんな人生をと考えておられますか?

いやあ、あまり考えない性格で。故郷に「ものぐさ太郎」の伝説があるのですが、あれが僕の理想。「果報は寝て待ちたい」タイプで、のんべんだらりと過ごしてきたし、特別に何か決意したりすることもなく、これからもそうなんじゃないかな。ただ、映画は撮り続けます。50年もやっていると、これしかできないですしね。

――最後に、40年以上コンビを組まれている高倉健さんは、どんな存在かお聞きしたいのですが

冷たい目で僕のことを後ろからジロッと見ているような(笑い)。僕にとって一番厳しい批評家だと思います。それと、彼を主役に次はどんな作品を撮ろうか、それだけはいつも頭にあります。まあ、そういう存在だということですよ。

 

『あなたへ』の降旗康男監督「高倉健さんは人としても俳優としても真っ直ぐな人」

『あなたへ』降旗康男監督にインタビュー

高倉健が『単騎、千里を走る。』(06)以来、6年ぶりに出演した主演映画『あなたへ』(公開中)でメガホンを取った降旗康男監督。ふたりは『鉄道員 ぽっぽや』(99)をはじめ、数多くの名作を手掛けてきた黄金コンビだ。本作は、亡き妻の思い出をたどりながら、いろんな人々と触れ合っていくというロードムービー。本作で、高倉健は妻を亡くした男の味わい深い哀愁を漂わせている。その舞台裏について、降旗監督にインタビューした。

チャン・イーモウ監督作『単騎、千里を走る。』でも、日本が舞台のパートを監督した降旗監督。高倉を6年ぶりにスクリーンに戻した降旗監督だが、本作が『夜叉』(85)や『あ・うん』(89)のプロデューサーで故・市古聖智が遺した原案の作品だったことも大きかったという。「大筋は刑務所と港が舞台。その港が奥さんの故郷だという設定で、市古くんのいろんな思いが込もったプロットでした。でも、それは今より若い健さんを当て書いたもので、最初は限界灘の拳銃の密輸の話なども入っていたんです」。

そこで降旗監督は、脚本をアレンジしていった。「今まで健さんが演じた役は、いろんなしがらみを背負って、危ない方へ行かざるを得ないという主人公が多かった。でも、今の健さんに演じてもらうということで、そういう荒事を取り除いていったんです。もしかして年をとるってことは、そういったしがらみから自分を開放していくことかもしれない。だから、そういう主人公にしました。そういう意味では、健さんが今までにないキャラクターを演じられています」。

降旗監督は、映画における主人公の定義についても語ってくれた。「映画の主人公に関して言えば、失敗した人とか、負けた人とか、そういう人を描くことで、人間の面白さや可愛らしさが出てくるんじゃないかと思っています。別に、主演俳優を不幸にしなきゃいけないってことじゃないですよ(笑)。健さんが昔やっていたヤクザ映画だってそう。腕力ではいろんな人に勝てるけど、他では負けた人ですから。正確に言うと、負けた人、失敗した人の中にこそ、すっと人間の良いところが光るような気がしています」。

監督が語る自身の映画論も実に興味深い。「映画は“てにをは”、助詞がない芸術だと思っています。それは、映画を見た人がつけるべきだと。映画のテンポをつけるために、“てにをは”を付けた映画、説明しすぎる映画が結構ありますが、映画ってそうじゃないと思う。だから、『監督のメッセージは?』と聞かれると、答えられないから、いつも困るんです。映画は論文じゃないし、一つの画をいかに高いボルテージにするかということが一番大切。四角いスクリーンに一杯詰まっていればそれで良しです」。

監督は長年、高倉と組んできたが、高倉の魅力については「真っ直ぐに立っている。人としても俳優としても一本の道を真っ直ぐに歩いてらっしゃることかなと思います」と語る。また、『夜叉』や『ホタル』(01)に続き、本作でも相手役を務めた田中裕子との共通点についても話してくれた。「健さんって、演技をパフォーマンスだと考えていないんです。もし、そう考えていたら、どんな相手でも演技が変わらないけど、健さんは相手によって演技が変わる、役者ならざる役者だと思うんです。そして、裕子さんも同じタイプの役者さんで、似た者どうしなんじゃないかと。お互いにパフォーマンスじゃない芝居、自分自身を出した芝居をやるので、ふたりはしっくりくるし、そういうコンビはなかなかないと思います」。

最後に、高倉健への思いをこう語ってくれた。「健さんは僕にとってどういう存在か?と聞かれると、最近は『僕のアイドルです』と答えることにしています。こんな年になっても、まだ映画を撮りたいし、そうすると、やっぱり健さんの話になりますね」。

降旗監督と高倉健の名コンビによる『あなたへ』は、記念すべき20作目のタッグ作となった。長年、高倉と共に映画界の第一線を闊歩してきた降旗監督だからこそ、今の高倉の新鮮な表情を引き出せたのだと思う。是非とも貴重な大人の人間ドラマを堪能してほしい。【取材・文/山崎伸子】

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poeru

2013-05-14 11:31:39 | 最近思う事

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諸行無常強く感じた

2013-05-13 21:25:14 | 最近思う事

 

◇諸行無常強く感じた「8.15」と「3.11」

 日本を代表する映画俳優、高倉健さん(81)が6年ぶりに映画に出演する。妻の遺骨を遺言通り故郷の海に散骨しに行く刑務官を描いた「あなたへ」(降旗康男監督、8月25日公開)。東日本大震災の後に撮影が始まったこの新作に、高倉さんはどんな思いを込めたのか。高倉さんと、高倉さんの映画を見続けてきた近藤勝重・専門編集委員が語り合った。【構成・小国綾子】

 近藤 映画「あなたへ」を試写で拝見しました。優しい、いい映画でした。映画のキャッチコピーは「大切な想(おも)い 大切な人に 届いていますか」。大震災の後、日本人にとってはいろいろと思うところのある言葉だと思います。3・11後の日本をどんなふうに見ていますか。
 高倉 あの震災の日、少年時代に体験した1945年8月15日がよみがえった思いでした。疎開先で学徒動員に駆り出されていた僕は、貨車から石炭を降ろす仕事をさせられていたんです。なぜか終戦のあの日はそれがお休みで、仲間と近くの寺の池で泳いでいたら、天皇陛下のお言葉があるらしい、と聞いて。あわてて寺の本堂に駆けつけたら、大人はもう泣いていた。「日本は戦争に負けた」と。

 あの日のショックと似た衝撃を、大震災の日にも感じました。信じていたものが崩れていく。これからいったい何が起こるのか。日本はどうなるのか……。本当に諸行無常。ここまで強くそれを感じたのは、終戦の日と大震災の日だけです。

 近藤 大震災の1枚の写真との出会いで、映画に対する気持ちが入ったそうですね。気仙沼のがれきの中、給水所でもらった水を運ぶ少年の写真。口元をきりりと結んだ表情が印象的でした。

 高倉 少年が「絶対に負けない」と全身で私に訴えてくるようでした。この写真を映画の台本の裏表紙に貼り付けました。

 近藤 写真が、背中を押してくれた、と。
 高倉 むしろ、背中に蹴りを入れられた感じ。強烈でした。ただ、後悔もしています。僕がこの話をメディアにしたため、少年はメディアに注目されてしまった。悪いことをしてしまった。いつか謝りに行かないと、といつも思っています。

 近藤 「あなたへ」は、映画「単騎、千里を走る。」(張芸謀(チャンイーモウ)監督、2006年)から6年ぶりの映画出演です。

 高倉 なぜ長い間仕事をしなかったのか……。俳優になって五十数年がたって、幸運なことに、僕は日本で一番高いギャランティーを取る俳優になったりして、えらそうなことを言うようになっていました。でも中国で、いろいろな出会いがありましてね。

 中国で撮影中、僕の部屋の担当になってくれたヤンちゃんという女の子がいました。少数民族の白(パイ)族の子でね、かわいがっていたんです。旧正月も近い2月、いよいよ撮影が終わるって頃になって、ヤンちゃんが中国語で何やら訴えてきた。通訳に聞いたら、「私のお父さんとお母さんが、娘を大事にしてくれた人なんだから、今度のお正月に3年育てた豚を絞めて、ぜひ健さんにごちそうしたい、と言っている」というのです。
 驚きました。こんな心のこもった招待なんて、生涯受けたことはないと思いました。ところが周囲は「行かないほうがいい」というふうに、心配そうに見ている。なんだか、日本は、いろいろなものを失ってしまったんだなあ、と思いました。

 近藤 日本人が失ったものを、中国で見つけたのですね。

 高倉 助監督の蒲倫(プールン)さんからは、日記をいただきました。最初のページには「健さんのために書いた日記です」と書かれていました。撮影中の僕の行動の記録でした。時には、あまりに疲れて2日間書けず、「健さん、申し訳ありません、疲れて書けませんでした」などと書いてある。眠い目をこすり、疲れた体にむち打って、書いてくれたんですね。撮影の最後には、スタッフ全員から寄せ書きもいただきました。

 想いを届けるということがどういうことなのか、中国のロケで教えられました。日本では、お礼といえばモノを買っておしまい、というのが当たり前なのに。もう参りました、って感じです。そんなことをつらつらと考え始めたら、ぱたっと仕事ができなくなっちゃったんですね。
 近藤 健さんは、ポルトガルにもこだわってますね。「あなたへ」では、ポルトガルなど南蛮貿易の港だった長崎県の平戸が大切な舞台です。

 高倉 因縁ですねえ。休暇をもらってヨーロッパに行って良いと言われたら、ポルトガルに行きたいですね。日本人は、フランスやイタリアには皆行きます。でも僕は若い人に必ず言うのです。ポルトガルに行きなさい、ってね。

 仕事でポルトガルに行った時、食事に誘っても、運転手さんがなかなか一緒に食べようとしない。どうしてだろう、と彼が一人で食べているところを見に行ったら、それはぜいたくな食事でしてね。食前酒を飲み、お魚を注文し、白ワインを飲んで、食後酒まで。ほほ~、と思いました。この国の人たちは、自分の生き方を貫き通すんだなあ、と。

 近藤 生き方の流儀、でしょうか。

 高倉 東京・六本木では、若い連中がフェラーリなんかに乗ってます。一方、ポルトガルにはそんなのは一台もない。でも、何とも言えない豊かさがある。何百年も前に豊かさの極限を知ってしまった民族というんでしょうか。落ち着きます、ポルトガルって。
 近藤 映画「鉄道員(ぽっぽや)」(降旗康男監督、1999年)で日本アカデミー賞の主演男優賞を受賞した際のあいさつで、健さんは「生きるために……」と言ったまま、しばらく間を取り、こう続けました。「俳優になって、あっという間に四十数年がたちました」。その時、健さんが著書で「初めて、顔にドーランを塗られた日、ポローッと涙が出た」と書いていたのを思い出したんです。「身を落としたという想いが、胸を衝(つ)いたのかな」という言葉もありましたね。

 高倉 ああ、まったくそうでした。本当に、最近までそうでしたね。僕たちは何か合うものがありますねえ。こんなふうに仕事でお会いしたくなかった。どこか別の所でゆっくりとお話ししたいですねえ。(つづく)

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医療じゃなくて、医術の時代

2013-05-11 00:24:30 | 音楽・酸素療法

3D Video: relaxing Waterfall & 528 hz music

医療じゃなくて、医術の時代。音叉(純音)は、奇跡を生むらしい。

こんにちは。昨日、528ヘルツの純音を紹介しました。

そしたら、音叉でこの周波数を出している状態で、思わぬ効果が出ている、と知らされました。

純音を発生している音叉を、そのまま口のなかで響かせると、顔全体の皮膚や筋肉が活性化し、たるみがなくなり、ふけ顔が、引き締まって、一気に若返ると。 これは、 抜群の美容効果をもたらすことになると。

さらに、カラダにある「凝り」や「打ち身」などには、振動している音叉そのものを当てることで、回復が早まるとも。

いい音を、聴覚に入れるだけでなく、人体の各細胞に、直接、届ける。 

これは、あくまでも、個別の体験の報告です。 万人、全てに、効くかどうか、はわかりません。

ただ、今の時代、これまで以上に、3つのコスモスを、きれいな周波数で、整える必要性が高まっています。

・・・・ 3つのコスモス。(マクロコスモス=大宇宙、マイクロコスモス=人体、 マインドコスモス=精神。)

私は昨日、両親をつれて、ほとんど放射能汚染のない大自然の中の温泉に行ってきました。もちろん、人工的な電磁波もないところです。清流と小鳥、風、以外に何の音もしない所です。ドンつまりなのでクルマもほとんどきません。それでいて、海には近い。こんなところで、フリーエネルギーで暮らしたい、とも考えました。

 

尚、「528Hzの音叉(MIチューナー)」についての詳細情報は、「瓊音ショップ」にでご覧下さい。→瓊音ショップ 

ご注文やお問い合わせは、担当の室伏までご連絡ください。連絡先→TEL:03-3548-1025  FAX:03-3548-1026  携帯:090-5804-5078  E-mail:akimasa-murofushi@jcom.home.ne.jp 

本サイトの右上の「お問い合わせ」からメールでご連絡いただいても結構です。

 

Love signal; music & frequency 528 Hz

 

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第22回国際UFO会議

2013-05-11 00:22:01 | contact

ボブ・ディーン84歳 冷戦期NATOのUFO研究

http://martin310.exblog.jp/17732148/

2013年にアメリカ・アリゾナ州で開催された第22回国際UFO会議の会場にて、冷戦期にパリのNATO軍最高司令部にいた米国の元軍人ボブ・ディーンが、当時のNATOが3年がかりで行ったUFO研究のことなどを話す動画です。いつもながらわりと雑な日本語字幕で恐れ入ります。

英国の"AMMACH"という団体のジョアンヌ・サマースケールズという人がインタビューしています。
AMMACHはUFOとコンタクトした経験を誰にも話すことができなくて困ってる人のためのヘルプライン的な団体とあります。


◆ボブ・ディーン・・インタビューより抜粋

僕が最高機密の繊細な情報である、某「評価書」に触れたのは、その任務期間中のことだった・・・。


目からうろこが剥がれたね。NATOが3年かけてやった地球外生命体についての研究だった。
彼らが何千年もにわたり地球を訪れていた、という事実が書いてあった。


研究でわかったのは、4つの異なる集団が来ていたということ。
ぜんぶヒューマノイドだった。
でも1つだけ完全に人間の集団があった。


彼らが明解に示したポイントは、彼らが脅威ではないということ。
養育・調査・監視のためにここにいる・・・。
我々の成長と発達ぶりをみているということだった。


この惑星に住む我々人間は、知的生命体たちで構成されるほぼ無限大の共同体の一員であり、どうやら生き残る価値があるのだと・・・。


僕が何度も何度も彼らからはっきりと知らされてきたことは、
人間が今、とても痛みを伴う移行期にあるということ。
人間は成人期の手前の思春期のような時期にある。
僕はそれを地獄のように痛い移行期と呼ぶだけではない・・・。
みんな思春期には成長するの簡単じゃなかっただろ。
でも彼らは人間が移行していけるのを見守っている。
僕は「新しい生命種になるための 超越的な変容」と呼びたい。


そして私たちは生物種として目覚め、成長し、拡大された意識でもって
知的生命で溢れた無限の宇宙におけるふさわしい地位を手にする。
僕達はあそこの銀河的な文明への参加を呼びかけられてるんだ。
僕達がくぐり抜けるこの思春期のすべての困難や傷心や痛みにも反して、
僕達には輝ける未来がある。


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sala de massagem é quase um santuário

2013-02-16 18:06:02 | パワースポット

A sala de massagem é quase um santuário. As poltronas vibradoras são gratuitas.
Apenas o serviço de massagens é pago, mas ainda sim subsidiado e com valores baixos.
A empresa presenteia os funcionários com bônus de massagem ou reservas de horários especiais.

 

O Salão da Água é uma área de paz e relaxamento no prédio. Há poltronas de massagens e a iluminação é mínima. É o lugar ideal para tirar aquela dormidinha básica após o almoço e descansar um pouco antes de uma reunião.

No entanto, é proibido o uso de celulares e despertadores. A única atividade possível, além de descansar, é olhar os peixes tropicais nos aquários nas paredes.

As salas de reuniões do prédio têm nomes inspirados em séries de TV e filmes famosos.
Estes iglús estão na área do Star Wars e são autênticos refúgios que foram utilizados em missões científicas na Antártida.

Os trabalhadores passam apenas uma fração de seu tempo na mesa de trabalho.
Na maioria das vezes trabalham com o laptop nas áreas de descanso, em pequenos grupos.
Isto favorece a criatividade e a sociabilidade.

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地球の脳波

2013-02-14 20:07:51 | 音楽・酸素療法
Schumann Resonanace ・シューマン共振とは、
地球の定常波(地球の大地と電離層の間の空間においての共振周波数)
だそうで、
この周波数の電磁波を浴びることで
人は精神的に安定するのだそうです。
 
NASAの宇宙船の中にも、
宇宙飛行士が安定した精神状態で過ごせるように
シューマン共振発生装置が用いられています。

このシューマン共振は「地球の脳波」とも言われていて
周波数は7.8Hz前後。

トーン·シューマンレゾナンス7.83 HZ

人の脳波が
シューマン共振と同じ7.8Hz前後のα波を発生していると、
とてもリラックス して、
集中力が高まっている状態になります。

世界中のヒーラーたちの研究をした原子物理学者のロバート・ベック博士によると
ヒーラーの脳波は、
ヒーリング中に7.8~8.0Hzになっているそうです。

ヒーラーはヒーリングをしているとき
地球の脳波であるシューマン共振と同調し、
地球の磁場からエネルギーをとり入れ、
それを患者に送っていると考えられるそうです。

そうすると、本当に「グラウンディング」は重要ですね。

自然の多いところ、
有害な電磁波がないところに住んでいる人は、
自然に、
シューマン共振波と同調することが出来ると思いますが
都会に住んでいる人たちは、
精神的な健康のためにも
シューマン共振と同調することを心がけた方が
いいかもしれませんね。
 

お~~~そのチューナー、今、注文していて
明日頃届く予定です♪

内緒さんがたくさんコメントしてくださって、
私も以前の日記を読み返しながら、いろいろ勉強になります。笑
自分で書いておきながら忘れちゃってるから^^;

2012/6/17(日) 午前 10:39 [ YU ]

マドモアゼル愛さんの新月のエネルギー入りローズ水とかローズティーとか、本当に波動が高くて、愛がいっぱい入ってるんですよ!
彼の主催する「妖精のお茶会」というものに行ってみたい~~♪
名前が可愛いと思いません??^^

2012/6/17(日) 午前 10:41 [ YU ]顔アイコン

『妖精のお茶会』もそうだけど、マドモアゼル愛さんて男ですよね・・・名前が可愛いいのは気のせいですか(笑)??

今一番必要としてるのが香りと水なんですよね。マドモアゼルさんの
ところだったら何かいいことがあるかもしれないですね。

はて、妖精がお茶する会ってどんなんだろう?^^

コメントたくさんしたかったのですが、
変な人みたいだったので遠慮しました。

子どもたちの話をしてるのが一番好きです^^
おやすみなさ~~いzzZZZ


ドルジェ拝

2012/6/17(日) 午後 9:41 [ shining-egg ]

そう、男性です。ホント、かわいい名前ですよね~~笑

>今一番必要としてるのが香りと水なんですよね

これは、人類が進化のために必要としているものという意味ですか?


いえいえ、ドルジェさんとお話しするの、すっごく楽しいので
どんどんコメント書いてくださいね!!

おやすみなさいって・・・・もうお休みになるんですか??
早寝早起きのいい子ですね^^おやすみなさい♪

2012/6/17(日) 午後 10:14 [ YU ]

こんばんは^^

日本は数少ない六月の台風が来ています。

この前お話したダイアナ・クーパーはアトランティス文明に
精通している方です。2012年以降のワールドヴィジョンもあって、かなり面白かったですよ!

戦争カルマの解消も含めて論じられてるので、リアルでした・・・
個人的な話ですが、出かける先々で第二次大戦の鎮魂碑に出会う身としては面白かったです^^

クリスタル・キーパーの話もあったかな??
こちらのブログでも特に気になってたんですよ。

そうそう、エジプト記など含めてこちらで拝読してから
クリスタルで結界作ったりエネルギー転写を試みたりして、
遊ぶようになったんです(笑)面白いですよね。

今、どうやったら‘ライトボディ’が効率的に浄化されるか
ケンキューしてるんですよ~。 削除

2012/6/19(火) 午後 10:20 [ ドルジェ ]

ダイアナ・クーパーさんの本をアマゾンで見ていて、「アトランティスのスピリチャルヒーリング」のレビューのなかの「アトランティスは人間が肉体を持った状態で、ソースとのつながりを保ち続けることができるかを試すために、銀河宇宙評議会によって行われた実験の場だったそうです」を読んで、なるほど~~と思いました。

今の地球には、アトランティス時代を生きていた人たちが
たくさん転生してるっていいますけど、きっと、私も
そうだったんだろうな~~って思います。

アトランティスが沈むときのこと、覚えてるんですよ~~
妄想かもしれないけど。笑

そうそう、今日、ギリシャのデルフィ・アポロン神殿の写真を
たまたま見たんですけど、これが、アトランティス最後の日に
大勢の神官たちと祈りを捧げていた場所にそっくりでびっくりしました^^

2012/6/22(金) 午後 9:35 [ YU ]

マイフレンド!こんばんは^^

アトランティスが沈む時のこと覚えていますか?

デルフィ・アポロン神殿は最も好きな遺跡の一つです。

多くの人の記憶にいまだ残るくらいなのだから、
アトランティスは本当に思いの詰まった、時代、カルマなんでしょうね。

全然違う話ですが、528Hzチューナー凄いですね。
本日届いてNo.は414でした^^ 削除

2012/6/23(土) 午後 11:14 [ Dorje ]

528チューナー、凄いですよね~~全身がビリビリ来ますね♪

私のNoは257でした。

ライトボディの活性化、今は、どんなことをなさってるんですか~~?
私は、一時期は、とにかく松果体を活性化させることに力をいれていて、太陽凝視したりとかトリプトファンのサプリを飲んだりしてました。今は、特に何もやってません^^;;

2012/6/25(月) 午前 11:01 [ YU ]

愛しのマイフレンドさん♪

なるほどね~~~

>映像と言葉、呼吸で微細なエネルギーを動かすんですが・・・

言葉というのは、マントラという意味ですか?
特別なマントラがあるんですか??

私は、ライトボディーを目指しているというか、
自分の中には、「愛」しか詰まってないぞ♪という状態に
なりたいんです~~♪
愛の化身、みたいな。笑

そのために、この1年間は、自分の中の闇を見つめ(見させられ?)
自分の闇、シャドウを統合した1年でした^^

闇は光を際立たせますからね^^一層、輝きたいと思います♪
いつもありがとうございます♪

音楽療法用 Awaken -Beta Brainwave Boost - Isochronic Tones - Engage The Forces Tra

 

 

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六星占術

2013-01-18 22:20:59 | 最近思う事

先ずは試してみてください。

あなたは何人~六星占術で占ってみると■各星人の占い結果■

あなたは土星人です

土星人は「心の世界」に住んでいます。
理想が高く、現実世界にはなじみにくい、という宿命を負っています。

土星人は、まず、何ごとにもつけても、白黒の
け じめをはっきりさせないと、なっとくできない面があります。

清潔な性格で、正義感にもあふれ、実利よりも名誉を重んじます。
よく言えば「理想主義者」、悪 く言えば「唯我独尊(ゆいがどくそん)」タイプです。
とにかく融通のきかなさ、無器用さ、要領の悪さ----逆に言えば、
筋を通すということに関しては、 土星人の右に出る者はいないほどです。

責任感の強さも、他に例を見ません。
土星人は、頼まれた仕事は体をこわしてでもやりとげるでしょう。

こうした土星人 特有の性格は、独創的な世界では、他人の追随を許さぬ
独創性を発揮する一方、ときには、とくに対人関係の方では
”融通のきかない頑固者”と思われて、他人 から嫌われる原因にもなりかねません。

さらに少し詳しい土星人の運命はこちらを

あなたは金星人です

金星人は、一言で言うと、行動の星で、「せっかちな自由主義者」です。

こよなく自由を求め、何ごとにつけ、合理主義にのっとって行動します。
理屈に合わな いことは絶対にしようとしないし、古き伝統とか、
迷信などというものもあまり信用しないのが金星人です。
ですから、現代的なセンスにあふれています。

生活 態度も、行動的な性格が反映し、なんでも見てやろう、
なんでもやってやろうの精神で、好奇心も旺盛。
思い立ったら即座に行動に移す尻の軽さが特徴です。

た だし、こうした行動力の反面、ものごとを深くじっくり考えたりすることは
苦手で、どうしても、人間的な軽さがつきまといます。

ふだんは、”便利屋”として 重宝がられるのですが、
ここ一発、という人生の肝心なところでポカをやるし、また、
ポカをやりそうな不安を人に与えるので、真の信頼がなかなか勝ち得られ ません。

さらに少し詳しい金星人の運命はこちらを

あなたは火星人です

火星人は「知恵の世界」に住み、マイペースでプライドが高く、反骨精神が旺盛です。
しかし、その行動において「奇人・変人」が多く、まわりから理解されな い傾向があります。

火星人は、初対面の人に対して、とても”人見知り”をします。
これは多分に火星人の中にあるプライドの高さや、警戒心の強さが影響して います。
つまり、プライドが高いために、人に腹をさぐられたり、自分の考えていることを先回りして
指摘されるのが何よりも嫌いですし、人から干渉されるの も大嫌いなのです。

また”知恵の世界”に住むだけに、ものごとを深く考えすぎたり、
警戒心も強く、そのため、心の底で思っていることを、なかなか人に明か そうとはしません。
それでいて、ひとたび心を許すと、相手を徹底的に信頼し、親密につきあるところもあるのです。

それに火星人はマイペース人間ですから、 人見知りをするのも親密につきあうのも、
火星人にとってはごく自然な振舞いなのですが、でも第三者には、
そのことはなかなか理解されません。

そのため、人 から誤解を受けることもしばしばです。

火星人より更に占ってみたい方へ・・・

さらに少し詳しい火星人の運命はこちらを

あなたは天王星人です

天王星人は、物事にけじめをつけたり、きちんと筋をとおしたりすることが大の苦手です。
とにかく、なあなあの”事なかれ主義”で、物事を収めてしまおうと するのが特徴で、
理性や知性より感情や人情を優先するタイプといえるでしょう。

寛容な精神の持ち主だけに、他人に対しても広い心で接することができます。 
どんなときでも人づき合いを大切にしますから、なんでも話せる
友人がたくさんいるのも天王星人の特徴でしょう。

ただ、いつもだれかがそばにいないと不安で たまらないという”寂しがり屋”でもあります。

しかし、こうした性格は、ビジネスの世界においては、
”けじめのないルーズな人”と評価されがちです。

また 恋愛面では、かえってだらしなさが目立ち、
異性間のトラブルに巻き込まれることも少なくありません。
愛情をお金に換算してしまうタイプといえるでしょう。

ただ、困難な状態におちいって一時的に落胆するようなことがあったとしても、
そうした気分を引きずることはない楽天家でもあります。

将来はこうなりたいと いう大きな夢をもつと、何があってもくじけない強さを
もっていますから、夢をみつづけることができるロマンチストともいえるでしょう。

さらに少し詳しい天王星人の運命はこちらを

あなたは木星人です

木星人は、何ごとに対してもコツコツと着実に成し遂げていく努力家です。

几帳面で忍耐強く、一度目標を決めるとそれに向かって邁進し、
どんな困難な事態に おちいっても、目的を達成するまで努力しつづけます。

また、感情よりも理性を重んじるタイプですから、行動にはつねに理性による裏づけがあります。
反面、 自分の思ったことを相手にうまく伝えられず、
まわりの人から誤解されやすいところもあります。

そんな実直でまじめな木星人は、縁の下の力持ち的な存在とし て
一目おかれるなど、周囲の人たちから多大な信頼と尊敬を得ることができるでしょう。

しかし、石橋をたたいて渡る堅実な性格が、かえって裏目にでることも あります。

自分の行為が正しいと納得してからでないと行動をおこさないため、
ときには周囲と足並みそろわず、異性から“カタブツ”と敬遠されたりします。

俗にいう"影の実力者"といわれる人にいちばん多いのが木星人なのです。

さらに少し詳しい木星人の運命はこちらを

あなたは水星人です

水星人は、非常に利己的でクールな性格の持ち主です。
ある意味で、人生をつねに醒めた目で見ているところがあります。

それでいて、生まれつき華やかでソフ トなムードをそなえていますから、
男女ともに、とても強烈な個性の持ち主が多いと言えましょう。

他人は他人、自分は自分と、割り切って行動しますから、
他 人からは、自分勝手で独善的な人間と思われやすい傾向がありますが、
なんと思われようと、それを意に介さないのも水星人の大きな特徴の一つです。

それは、 裏を返せば、意思が強く、つねに自分を見失わないで
冷静に行動するという ことでもあります。

事実、水星人には、一時の情熱に身を任せて、自らを破滅させて しまうようなことは
めったになく、怜悧(れいり)とも思えるくらい、確実に
自分の人生の目的を実現していくタイプが多いのです。

さらに少し詳しい水星人の運命はこちらを

あなたは霊合星人です

性格については相反する星の影響を受けるため、例えば、
金星人と木星人の霊合星人の場合には金星人の自由奔放さや即決即断の行動力を
持ち合わせ、かつ木星 人の石橋を叩いて渡る性格を持ち合わせることになります。

霊合星人はこの相反する性格を持ち合わせるため周囲の人たちも性格、気質がつかみにくく、
周囲の 評判も大きく違ってくることがあります。

このことから霊合星人は普通の星人以上に縁する人によって人生が大きく変わってきます。


運気でいうとせっかくの好調な運気のときでも100%活かしきれないことがあるとおもえば、
非常に悪い運気のときでもなぜか救われるということがおこります。


また、短期間で一気に大量のエネルギーを消費してしまう場合もあれば逆に、
地味ではあっても細く長くその世界で活躍するというパターンにかたよりやすくなります。


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弟子丸禅師 インタビュー

2013-01-17 02:53:22 | 最近思う事

  弟子丸泰仙 両ひざで大地を押して 頭で天を押す

         

1/5 - Zen master Taisen Deshimaru's original interview.2/5 3/5  4/5  5/5

弟子丸泰仙 (ジョナタンの心の師)

弟子丸泰仙(でしまる たいせん、1914年 - 1982年4月30日)は、日本曹洞宗僧侶である。

1914年に佐賀県に生まれた。彼の母親は熱心な仏教徒であったが、彼の父親は彼にサラリーマンとして人生を送るよう望み、彼は2つの想いの間で揺れ動いた。そんな中、駒澤大学澤木興道に会い、社会の中でを実践するよう勧められた。

彼は実業家として成功し、海外経済協力事業団を設立したり、世界仏教平和運動を大谷光瑞らと共に実施したが、いずれも反対派によって失敗した。

そんな中、沢木興道の晩年に出家し、その死後、彼は遺命により、フランスで禅を広める事を決意し、1967年に渡欧して禅を布教し、多くの人々が彼の教えを受けた。時の永平寺貫首山田霊林の命により、ヨーロッパ開教総監に任じられ、1970年にAssociation Zen Internationalを設立した。

彼は、ヨーロッパ各国に泰西仏教第一道場(1980年)など多くの道場を建て、また多くの著書を執筆した。

著書 『禅僧ひとりヨーロッパを行く』(春秋社1971年) など。。。。

参考 フランスで座る禅僧・弟子丸泰仙のこと(巌野)

 

Maka Hannya Haramita Shingyo


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高倉健インタヴューズ 

2013-01-16 23:40:28 | 最近思う事

客を集める俳優

日本人の心を射止めた「名言」分析

特別寄稿  PRESIDENT BOOKS /PRESIDENT Online スペシャル

著者  野地秩嘉=文 十文字美信=撮影  PRESIDENT Online TOP様より転載
 

『単騎、千里を走る。』(2006年)で204本目の映画出演となった高倉健。いくつもの忘れられない作品があるが、どれにも共通しているのが「高倉健だから客が入る」というもの。映画のなかにはスピルバーグ作品のように監督の名前で客を呼ぶものがある。また、『キングコング』のようにアクションや特撮で観客を動員するものがある。

だが、高倉健が出た映画における観客動員の理由はたったひとつ。人々は「健さんが出る」から、映画館へ行く。石原裕次郎、勝新太郎、渥美清が亡くなった今、そうした「客を集めるスター」は彼ひとりしかいない。

この章ではスクリーンのなかで高倉健が呟いた、あるいは叫んだ名セリフ、そして、インタビューでふともらした彼の言葉を拾った。

撮影現場と演技

明治大学を卒業した高倉健が映画デビューしたのは1956年、作品は『電光空手打ち』である。初めての撮影に臨んだ彼は芝居のことよりもまず、男が化粧することに対して衝撃を受ける。いくつものインタビューで彼はそのときの気持ちを語っている。

「撮影所でカメラテストっていうのをやって顔にドーランを塗られた自分を見てると、何か、身を落としたっていう、そういう感じで涙が流れた。だから、メークアップするっていうのは、今でも嫌だ」(「月刊アサヒ」わが青春と人生を語る 90年3月号)

映画俳優ならば化粧は当たり前についてくる。だが、高倉健は204本に出演した時点でさえ、メークアップという行為に抵抗を感じている。鼻唄をうたいながらメークアップするような俳優にはなりたくないのだろう。つまり、自らの仕事に「狎(な)れる」ことが嫌なのだ。ルーティンを繰り返しているうちに、いつのまにか仕事に狎れてしまうことを恐れているのだろう。映画俳優という仕事を続けながら、つねに冷めた視線を保っていることが高倉健の骨格を形づくっている。

そして、同じように「仕事に狎れない」のが撮影現場での様子だ。どれほど長時間の撮影であっても、彼は腰を下ろして休憩することはない。

「癖ですからね。何か座っちゃうと緊張が……。こう持続できないというか……、あんまり無理してるんじゃなくて、なんとなくそのほうが仕事をしてるって感じます」(『単騎、千里を走る。』のメーキングビデオのなかで)

「スタッフや共演の方たちが寒い思いをしているのに、自分だけ、のんびりと火にあたっているわけにはいかない」(「女性自身」吉永小百合との対談 79年12月27日号)

『単騎、千里を走る。』の現場で高倉健に接したチャン・イーモウ監督は決して座らない映画俳優に驚いたという。

「スタッフはみんな感動しました。そんなことを言う俳優は中国にはいません。それほど厳しく自分を律する俳優は中国にはいない。座るのは当たり前なんです。だから私はスタッフに命令しました。だったら我々も高倉さんを見習おうじゃないかと。

結局、私たちもそれが習慣となり、私たちにとっても、とても心に残る体験となりました」(チャン・イーモウ監督のメーキングビデオのなかの発言)

狎れないことと自ら律することは彼が自分に対して約束したことなのだろう。

さて、スクリーンにおいて、彼はつねに大スターとして扱われてきた。決して「名優」「演技派」と評価されたわけではない。だが、今回、主演作のDVDを丹念にチェックした結果、高倉健の演技における卓越性を見つけた。

それは「食べる」演技である。たとえば『冬の華』(78年)の冒頭、刑務所から出てきたばかりの主人公が久しぶりにおいしい食パンのトーストを食べるシーンでのこと。主人公はパンにジャムを厚く塗り、その匂いをかぐ。パンを口に運ぼうとしてためらい、さらにジャムをのせ、そしてかぶりつく。それだけの演技だが、彼が長く刑務所に入っていたこと、食べたいものを我慢して暮らしてきたことが伝わってくる。

同じようなシチュエーションが『幸福の黄色いハンカチ』(77年)にも出てくる。やはり出所したばかりの彼が小さな食堂に入り、大きな声で「ビールください」と注文し、メニューをじっと眺める。そして、しぼり出すような声で「しょうゆラーメンとカツ丼」と告げる。活字にしたら、どうということもないセリフだ。だが、万感の思いがこもった言葉なので観客は主人公の心情に共感してしまう。そしてラーメンとカツ丼が食べたくなってくるから不思議だ。

ほかの映画でも、彼の名セリフが出てくるのは食事シーンに多い。『あ・うん』(89年)には、彼が食事をしながらセリフを言うシーンがある。驚くのは食べ物を飲み込んですぐに明確な発声があることだ。共演者のなかには食べ物を無理やり飲み込み、あわててセリフをしゃべりだす人間もいる。だが、高倉健の場合、素早く咀嚼してからクリアな声でセリフを言う。食べて、そして話すこと……。簡単なように見えて、訓練しないとできない。『山口組三代目』のなかには田中邦衛扮する兄貴分が腹をへらした高倉健に山盛りのどんぶり飯をよそうシーンがある。高倉は涙を流しながらもりもり食べる。あれほど早く飯をかっくらうことができる俳優は彼と『悪名』であっという間にカレーライスをたいらげた勝新太郎ぐらいだろう。

任侠とユーモア

「死んでもらいます」(『昭和残侠伝』など)

「人を刺すのはこうやるんだ」(『網走番外地 南国の対決』 66年)

ほかにも「やくざには命より大切な仁義ってもんがある」「オレの目を見ろ、何もいうな」など、任侠映画独特のセリフがある。たいていの場合、こういったセリフの後に殴り込み、決闘シーンがあるから観客の印象に残る。だが、高倉健の出演作を見ると、それは単なる殺伐とした物語ではない。とくに『網走番外地』シリーズは網走だけでなく、日本各地でロケをした連作だ。各地の人情や風物を取り込んだロードムービーであり渥美清の「寅さん映画」のようなものだ。任侠映画の範疇に入っているが、実質は人情映画、ユーモア映画でもある。

たとえば返還前の沖縄で撮影をした『網走番外地 南国の対決』では、主人公は生き別れた母子の間を取り持つ。人情に厚いお人よしの主人公が高倉健だ。彼は子供を捨てて沖縄でクラブを経営する母親に向かって、次のように意見する。

「走っていって抱いてやるんだよ。理屈はいらねえよ」

母親「でも」

「デモもストライキもあるかよ。てめえの親が恋しくない子がどこにいるんだよ」

このセリフ、そのまま渥美清がしゃべっても違和感はない。

仁侠映画におけるセリフ回しだけでなく、ばかばかしいセリフをしゃべる彼もうまい。『幸福の黄色いハンカチ』(77年)では、高倉健が武田鉄矢を叱る場面がある。桃井かおりとなんとかセックスしようとする武田に対して「いいかげんにしろ」と怒るのだが、思わぬオヤジギャグが出てくる。

「おなごちゅうのは弱いもんなんじゃ。咲いた花のごと、弱いもんなんじゃ。男が守ってやらないけん。大事にしちゃらんといけん」

「おまえのような男のこと、何と言っとんのか知ってるか」

武田「いえ」

「草野球のキャッチャーちゅうんじゃ」

武田「?」

「ミットもない……。ちゅうことや」

『駅 STATION』(81年)では倍賞千恵子とのベッドシーンで、高度なジョークを呟く。恋人となったふたりが初めて寝たときのことだ。倍賞千恵子が「私、おっきな声を出さなかった?」と尋ねる。高倉健は「いや、出さなかったよ」と応じるが、そのすぐ後、「樺太まで聞こえるかと思ったぜ」と……。映画の舞台は北海道の港町、増毛だ。いくらおっきな声を出したとしても、さすがに樺太までは届かない。

以上に限らず、高倉健の映画は見ていて緊張感をはらむ場面と相前後して、思わず脱力してしまうシーンが出てくる。それは彼の映画が大衆向けの娯楽映画として完成されているからだろう。

挨拶と礼儀

高倉健が出演した映画は204本、すべてを見ることはできなかった。だが、180本は集めて、そしてチェックした。そのなかで彼がしゃべるセリフをカウントしたところ、「すみません」「お願いします」「ありがとう」がベスト3だった。

ただし、同じ言葉ではあっても、場面によって意味は違う。

「すみません」ひとつを取っても、他人の家を訪ねるときの挨拶であったり、他人から好意を受けたときの感謝だったりする。時には他人に何かを頼むときの呼びかけでもある。そして、彼はシチュエーションが変わるたびに、声のトーンやボリュームを変える。極端に言えば、彼はこの3つの言葉を駆使することで一本の映画に主演することも可能なのだ。演技の上手さとは決して長ゼリフや名文句をしゃべることではない。「すみません」「ありがとう」といった普通の言葉に情感をこめることだ。高倉健は自然にそれができている。

また、映画を見ていて気づいたのは彼が役柄のうえでも礼儀正しいことだ。たとえ、ヤクザの役であっても、礼儀を重んじる気配が伝わってくる。

向田邦子原作の『あ・うん』(89年)では戦前のサラリーマン家庭の生活が出てくる。昔の言葉遣いの美しさ、折り目正しい挨拶の仕方を知らず知らずのうちに学んでしまう。

主人公は栄転してきた友人宅を訪ね、出てきた夫人の富司純子に「奥さん、このたびは、ほんとうにおめでとうございました」と言う。畳の上に手をつき、膝を揃えて挨拶する様子は、昭和の美しい姿と思える。今やよほどの年配の人でもできない動作ではないか。

また、友人が芸者に熱を上げてしまったことをかばうのに、「奥さん、申し訳ありません。自分が道をつけたんです」と謝る。現代でも友人や部下と風俗店やギャンブル場へ行き、それが露見するケースはしばしばある。

そのとき、「すみません。自分が道をつけたんです」と頭を下げることのできる人間は何人いるだろう。胸に手を当ててじっくりと考えてみたい。

不器用

不器用な人、それが高倉健の代名詞だ。だが、案外、映画のなかで彼がこの言葉を乱発することはない。

『幸福の黄色いハンカチ』でスーパーのレジをやっている倍賞千恵子に初めて声をかけるシーンがある。最初に言葉をかけるのは倍賞からだ。いつもひとりで買い物に来る高倉に、「奥さん、病気なの?」と聞く。

「オレ、ひとりもんですよ」とやや頬をゆるめて答える高倉健。そして、勇気を出して倍賞に尋ねる。

「あのー、あんた、奥さんですか」

倍賞「いいえ」

「どうもすみません」

と足取り軽く店を飛び出していく。

そして、そのときの思い出を振り返りながら語る。

「オレは不器用な男だから、思ってることがうまく伝えられなくて、ただすがるような気持ちだったんだ」

もうひとつは『居酒屋兆治』(83年)で、モツ焼き屋に来た客に「なにしろ、ぶきっちょなもんですから」とひとこと。

映画のなかでは「不器用な自分」を強調しているわけではないが、なぜ、ここまで不器用な人というイメージが形成されたか。それはインタビューで語った言葉がひとり歩きしてしまったこと、テレビCMに出演したときにそうしたイメージが醸成されたことが大きいのだろう。

札幌すすきので大型キャバレーを経営する会社の取締相談役を務めているのが八柳鐵郎である。彼の著書『すすきの有影灯』(北海道新聞社)には映画興行界の義理ですすきののキャバレーに出演していたことのある高倉健についての思い出が記されている。

「ものごとに真面目で不器用な健さんは、(歌詞を)間違うたびごとに『お客さんすみません。間違ってしまいました。初めから歌わせていただきます』と頭を下げて詫び、歌いなおすのである。それがいいと女の客がしびれるのだから、徳な人である」

不器用なことでこれほど好意を集めるのだからまったく、徳のある人だ。

プライベート

彼は私生活についてほとんど語らない。ただし、噂話や憶測の類はいくつもある。彼のことが載っている資料のほとんどは他人が高倉健伝説を語っているものである。そのなかでプライベートについて自ら明確に答えていたのは次のインタビューである。77年、46歳のときのもの(「週刊現代」10月13日号)。

「ぼくには妻も子もいません。たった1人の、100パーセント外食の生活です。よく知らない人とは一緒にメシを食わない。食事をしながら仕事の話をしない。きらいなものは食べない」

私生活を露出すること、知らない人と会うことに対しては細心の注意を払っているのだ。

ある年のこと、高倉健の事務所の人から「去年は3人だった」と聞いた。「何が3人なのですか」と聞き返したら、「高倉が1年を通じて初対面の人と会った人数が3人ということ」だった。それくらい本人に直接会うことは難しいのである。

「私にとってはどっちも大事なんです」

彼が自ら語った映画の名セリフがある。『八甲田山』(77年)で、厳寒の山を案内してくれた秋吉久美子に敬礼するときの言葉、「気をつけ、案内人殿に向かって、かしらー、右」という命令がそれだ。

また、『遥かなる山の呼び声』(80年)では子役の吉岡秀隆に男の生き方について簡単な言葉で諭す場面がある。

「約束守らないやつ、男じゃないぞ」

それを聞いた10歳くらいの吉岡が映画のなかでは、諭されたとおり、「男」を意識して演技するようになるから面白い。

『あ・うん』では友人の妻役の富司純子に対して思慕の念を抱く高倉が想いを口にするセリフがふたつある。

「奥さん、自分の会社、つぶれるかもしれません。自分を2倍にも3倍にも見せてやってきた会社ですから未練はありません。でも、すかんぴんになってもつきあってもらえるでしょうか」

「みすみす実らないとわかってても、人は惚れるんだよ」

『居酒屋兆治』ではサラリーマンをやめ、モツ焼き屋になるため、東野英治郎扮する親父に弟子入りを志願するときのセリフが印象に残る。

「おやじさん、弟子にしてくれませんか。月給取りはたくさんです。屋台引いて歩いてもいいからモツ焼き屋がやりたいんです。おねがいします」

そして、最後に高倉健が好きな映画のセリフと『単騎、千里を走る。』から、とっておきの名セリフを挙げよう。

チャン・イーモウ監督の『HERO』を見ていて、高倉健は主人公のセリフのなかに監督自身の夢が表現されていることに気づいた。主人公トニー・レオンがマギー・チャンに向かってこう言う。

「いつか刺客という自分の使命を終えたら、故郷に帰ろう、剣を捨てて静かに生きよう、ただの男と女になって」

運命と闘いながら生きる主人公。高倉はチャン監督もまた「映画づくり」という闘いのなかにいると知った。それが胸に響いたのである。

次は『単騎、千里を走る。』から。病床にいる息子のために中国雲南省に単身やってきた高倉健。民俗学者である息子の代わりに雲南省の役者を撮影しようとしたのだが、目当ての役者はケンカが原因で、刑務所に入っていた。だが、高倉は奔走し、刑務所のなかで撮影する機会を得る。ところが、役者は息子思いの高倉に比べて不甲斐ない親である自分を恥じ、取り乱してしまう。ついには泣き出し、演技ができなくなってしまう。「遠いところに暮らす小さな子どもに謝りたい、会いたい」と泣くばかり……。

それを見た高倉は「私が子どもを連れにいく」と名乗り出る。対して現地ガイドは反対する。

「いったい、ビデオ撮影と他人の子どもを連れてくることのどちらが大切なのか、自分の息子と見知らぬ中国人受刑者の子どもとどちらが大切なのか」

現地ガイドは高倉に迫る。だが、彼はきっぱりと言う。

「私にとってはどっちも大事なんです」

このセリフには「自分自身も大切だが、同じように他人も尊重しなければならない」との意味が含まれている。さらに「日本も中国もどちらも大事な国なんだ」というメッセージも入っているように聞こえる。深い意味を持つセリフだ。

高倉健の映画を見ながら考えた。人生とは「大切なもの」を探す旅でもある。では大切なものとは何か。それぞれの人によって異なる価値なのか─。そして高倉健にとって大切なものとは何か……。

「人生で大事なものはたったひとつ。心です」

それが彼からの返事だった。

                             PRESIDENT Online 様より転載

 

特集ワイド:高倉健さん&近藤勝重・専門編集委員対談/上 あなたへ、想い届けたい

毎日新聞 2012年07月18日 東京夕刊 ◇諸行無常強く感じた「8.15」と「3.11」

 近藤 健さんは、ポルトガルにもこだわってますね。「あなたへ」では、ポルトガルなど南蛮貿易の港だった長崎県の平戸が大切な舞台です。

 高倉 因縁ですねえ。休暇をもらってヨーロッパに行って良いと言われたら、ポルトガルに行きたいですね。日本人は、フランスやイタリアには皆行きます。でも僕は若い人に必ず言うのです。ポルトガルに行きなさい、ってね。

 仕事でポルトガルに行った時、食事に誘っても、運転手さんがなかなか一緒に食べようとしない。どうしてだろう、と彼が一人で食べているところを見に行ったら、それはぜいたくな食事でしてね。食前酒を飲み、お魚を注文し、白ワインを飲んで、食後酒まで。ほほ~、と思いました。この国の人たちは、自分の生き方を貫き通すんだなあ、と。

 近藤 生き方の流儀、でしょうか。

 高倉 東京・六本木では、若い連中がフェラーリなんかに乗ってます。一方、ポルトガルにはそんなのは一台もない。でも、何とも言えない豊かさがある。何百年も前に豊かさの極限を知ってしまった民族というんでしょうか。落ち着きます、ポルトガルって。

高倉健 想~sou~ 俳優生活五〇年 [単行本]

5つ星のうち 5.0 人生とは何か、を演じた男 2007/3/1
By 宣長さん トップ50レビュアー

 旅での出会いを四季に分けて語っている中で、「夏の旅」〈人間のリズムで暮らす〉の一文に心惹かれたのである。「昔男ありけり」というテレビ番組のドキュメンタリーで檀一雄といっしょになった、その出会いのことをかなり詳しく書いている。場所はポルトガルのサンタクルスである。檀さんは異国のこの小さな漁村で暮らしていた。ここで暮らす人々の生活のリズムが、旅人の高倉健にも心地よく伝わってきたという。生前の檀さんのことを皆覚えていて、愛おしむように思い出を語ってくれたという。その温もりみたいなものが、本当の「人間のリズム」ではないかと思う。「男が男らしく生きるとはこういうことなんだ」と「火宅の人」の口述テープを聴きながら思ったという。

「さまざまな欲望の中で、自分の行動を規制し、もって大事をなす」という意味の言葉を想起したりするのだった。

 肺癌の末期による激痛に襲われながら畢生の労作「火宅の人」を書き残す男の最期を演じさせてもらったことを言っているのである。命を鍛冶して自分の人生に立ち向かう壮絶さに感じて演じ上げたということ。最期に最も印象的なすばらしい「檀一雄観」が次の一文に表されている。

 「人生とは何か、を伝えたい父親の優しさが、無頼と呼ばれた強い男の裏にある」すなわち、男は多くを語らないのである。 


ネットサーフィンをしていたら、2006年の記事に、高倉健さんが、文化功労賞に選ばれた、とい記事に出会いました。
遅ればせも、いいところですが、そうかぁ、うれしいなぁ、と感じました。

75歳。歳を降れば何人もの人が栄誉をになうのだろうと思っていたが、俳優としては初めてだといいます。(だから、今は、77歳なんですね~) 

極限の地や、極限の立場に置かれた人を演じてきた高倉さんが、以前、こう述べたことがある。 

「孤独な作業に命をさらし・・・揉まれに揉まれ、悶え苦しんだ者だけが、やさしくてしなやかな心を持つことができる。 
僕はそういう人間に感動します。(アサヒグラフ)」 

という朝日新聞の記事に惹かれて、健さんの「あなたに褒められたくて」を久しぶりに手にしました。 

この本は「宛名のない絵葉書」というお話から始まります。 

檀一雄という作家が、ポルトガルの西端のサンタクルスという小さな漁村に住んでいたことのドキュメンタリーを撮る、という仕事でのお話です。 

檀一雄と高倉健という、どこか似た、さすらい人を感じさせる好エッセイという気がします。 

ほとんどの撮影が終わって、あとはヨーロッパ最西端のロカ岬で、大西洋に沈む夕陽を撮ることになります。 

落日を拾ひに行かむ海の果て 

と、謳って、檀一雄はこのロカ岬に沈む夕陽をこよなく愛したと言われます。 

(なんで、檀一雄はヨーロッパの果ての果てまで来て、知る人も居ない小さな漁村で、一人暮らしを始めたのでしょう。 
自分自身の落日を見とどける、という意味もあったのでしょうか。2年間の滞在のあと、身体を壊して日本に帰国することになります。) 

夕陽を待つ間、健さんは日本に送る手紙を書きます。 

「ヨーロッパ大陸の最西端のロカ岬の、村はずれのカフェで、この葉書を書いています。 
夕陽が大西洋に沈む、そのときを待ちながら、なぜかあなたのことをとっても思っています。 

ここまででいっぱいになった葉書を手にして、健さんは、誰に書いているのか、いったい誰にだしたらいいんだろう、とわからなくなってしまいます。 

誰なのでしょう。 

この答えは、この本の最後のお話「あなたに褒められたくて」で明らかになるのですが、一旦わきに置いておいて、もうひとつの話題を。
むかし男ありけり 木村栄文作品 鑑賞
この土日に、オーディトリウム渋谷で始まった「公開講座 木村栄文 レトロスペクティブ
に出かけてきました。取り急ぎ木村ディレクターの以下5作品を鑑賞しました。
 
撮られる視点も、問題提起も、役者さんの配役も、見どころもすべて違っていて、
本当に同じ人が作ったのかと思えるくらい、重ねてみても飽きないどころか、
引き込まれてしまう作品の数々でした。
もちろん、どの作品も甲乙つけがたい傑作の数々です。
しかし、表題のとおり、私が想いをまず書きたいのは「むかし男ありけり」です。
 
 
この映画は、壇ふみの父としたほうが有名であろう直木賞作家「壇一男」の
晩年の送ったポルトガルのサンタクルスを高倉健がレポーターとして、
現地にて、壇一男が接した人々にインタビューをしながら、
彼の著作を読みながら、その生活に触れていく紀行ドキュメンタリー(?)です。
 
壇一男は、最後の無頼派と呼ばれるくらいの、好色家であり、
生涯で沢山の土地を行き来するたびに、多数の女性を虜にした人物であったようです。
 
この「むかし男ありけり」の中でも、彼の話をするだけで、
弾けんばかりの笑顔を見せる女性が多数登場します。
 
一年半に渡って家族同様のつきあいをしたポルトガルの人々はもちろん、
博多にある呑み屋さんの女将も、ぞっこんだったことは、
ディレクターの木村さんと高倉さんが、インタビュー時に
言葉をなくして、彼女に「何か言って」とせっつかれるシーンを見れば伝わってきます。
 
木村栄文さんも高倉健さんも、女性にもてる心優しい男性ですが、
その二人を持ってしても、持て余してしまうほど、
女性に対して特に魅力あふれていた壇一男という
オトコの生涯を見事に表現した作品でした。
 
壇一男は、代表作が「火宅の人」という小説と括られるのですが、
実態は、自らの体験を描いた作品であり、彼の女性遍歴、
人生に影を落としている重たい精神の想いが赤裸々に綴られているそうです。
(私は現時点で未読なので内容は判断できません。)
 
高倉さんは、その壇が歩いた場所を訪ねて、彼を慕った人々と会話して、
この作品が、本当に精魂こめて文章化されたことに感銘を受け、
居住まいを正して作品を味わわなければいけないと、最後に感想を述べていました。
 
作品の表現としての観点からは、高倉健を使ったこと、
木村栄文ディレクターがインタビューをしていること、
当人の愛人に直接想いを訪ね歩くことなどにスポットがあたるかもしれません。
 
しかし、そういったものを抜きにして、木村ディレクターと、高倉健さんが
本当に、壇一男という男に対して尊敬の念を抱いているという軸が
一本に通っている作品だったように思います。
 
高倉健さんがポルトガルを訪れて、明日帰るという最後の夜、
サンタクルスの壇行きつけのバー主人が、壇一男を記念したパーティーを開きます。
そこには100人を超える人々が集まって、本当に楽しそうな表情をしています。
 
きっかけは作られたものだったかもしれない。
けれども、その作られたきっかけをもとにして、偶然の出来事をたくさん起して、
本当の人々の感情を引き出していく、
これが、木村栄文作品の真骨頂です。(少なくとも5作品はそうでした)
 
この素晴らしさがうまく表現されている作品だったと思います。
壇一男の作品にもきちんと目を通してみたいと思います。

読者のみなさん、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

 昨年は大物俳優の方々が多く亡くなってしまった年という印象でした。1月の二谷英明さんに始まり、大滝秀治さん、森光子さん、そして12月には歌舞伎俳優の中村勘三郎さんまで……。今年は芸能界くらい明るい楽しい一年になればいいなと期待しています。ここでもハッピーな話題をなるべく多くお届けしたいと思います。

“不器用”な男の心遣い

 さて、音楽界が日本レコード大賞、紅白歌合戦と、年末に盛り上がるのに対し、年明けから話題になるのが映画界です。日本アカデミー賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクールなど各映画賞の発表が続き、各雑誌・新聞の映画記者たちは忙しい毎日を送ります。

 今年の賞レース、主演男優賞の大本命が高倉健さんです。6年ぶりに主演した「あなたへ」で、すでに発表された報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞を獲得。私も作品を拝見しましたが、隙のない重厚な演技は、若手には醸し出せない貫禄があり、受賞は文句なし。ただ、演技以外にも賞を取ることに納得してしまう理由があります。それは、ズバリ「人柄」です。

 前作「単騎、千里を走る。」(2006年)の公開後、沈黙していた6年の間、高倉さんには世界の映画人から出演依頼があったそうですが、いずれも首を縦にふらず、最終的に選んだのは「鉄道員」などでコンビを組んだ盟友・降旗康男監督のオファーでした。作品世界の高倉さんそのもののような義理堅さです。

 また、共演キャストにお礼の手紙や贈りものをするのは有名な話。今回の撮影ではナインティナインの岡村隆史さんに「忘れ物だよ」といって、自分の帽子をさりげなくプレゼントしたそう。「健さんのためなら死ねる」と言ってはばからない俳優が後を絶ちません。“男が男にホレる”。そんな俳優です。

 高倉さんの心遣いは、共演者にばかりでありません。今作では撮影地となった長崎・平戸や富山の刑務所での試写会を自ら発案し開催。舞台あいさつにも赴きました。マスコミの応対も非常に丁寧で、一度取材をすると、みんながファンになってしまうと聞きます。

 各賞の審査員はさまざまですが、やはり演技を超えた人格などの評判は影響を与えるものでしょう。早くからチヤホヤされて、勘違いをしてしまう若手俳優が多いなかで、高倉さんには、いつまでも最高の見本として元気に活躍していただきたいです。

(2013年1月11日  読売新聞)
 

読者のみなさん、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

 昨年は大物俳優の方々が多く亡くなってしまった年という印象でした。1月の二谷英明さんに始まり、大滝秀治さん、森光子さん、そして12月には歌舞伎俳優の中村勘三郎さんまで……。今年は芸能界くらい明るい楽しい一年になればいいなと期待しています。ここでもハッピーな話題をなるべく多くお届けしたいと思います。

“不器用”な男の心遣い

 さて、音楽界が日本レコード大賞、紅白歌合戦と、年末に盛り上がるのに対し、年明けから話題になるのが映画界です。日本アカデミー賞、ブルーリボン賞、毎日映画コンクールなど各映画賞の発表が続き、各雑誌・新聞の映画記者たちは忙しい毎日を送ります。

 今年の賞レース、主演男優賞の大本命が高倉健さんです。6年ぶりに主演した「あなたへ」で、すでに発表された報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞を獲得。私も作品を拝見しましたが、隙のない重厚な演技は、若手には醸し出せない貫禄があり、受賞は文句なし。ただ、演技以外にも賞を取ることに納得してしまう理由があります。それは、ズバリ「人柄」です。

 前作「単騎、千里を走る。」(2006年)の公開後、沈黙していた6年の間、高倉さんには世界の映画人から出演依頼があったそうですが、いずれも首を縦にふらず、最終的に選んだのは「鉄道員」などでコンビを組んだ盟友・降旗康男監督のオファーでした。作品世界の高倉さんそのもののような義理堅さです。

 また、共演キャストにお礼の手紙や贈りものをするのは有名な話。今回の撮影ではナインティナインの岡村隆史さんに「忘れ物だよ」といって、自分の帽子をさりげなくプレゼントしたそう。「健さんのためなら死ねる」と言ってはばからない俳優が後を絶ちません。“男が男にホレる”。そんな俳優です。

 高倉さんの心遣いは、共演者にばかりでありません。今作では撮影地となった長崎・平戸や富山の刑務所での試写会を自ら発案し開催。舞台あいさつにも赴きました。マスコミの応対も非常に丁寧で、一度取材をすると、みんながファンになってしまうと聞きます。

 各賞の審査員はさまざまですが、やはり演技を超えた人格などの評判は影響を与えるものでしょう。早くからチヤホヤされて、勘違いをしてしまう若手俳優が多いなかで、高倉さんには、いつまでも最高の見本として元気に活躍していただきたいです。

(2013年1月11日  読売新聞)
 
 
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踏み絵と高倉健

2013-01-13 23:11:40 | 最近思う事

     ■切支丹宗門改め用 踏み絵■

「嘉永二年三月 神山村代官所」と箱蓋に裏書きがございます。

信者から没収した壁掛けを、踏み絵として使用した物で、十字架の素材は真鍮製(磁石反応無し)だと思います。
本体サイズ:約縦300mm×横250mm×厚さ35mm
木箱サイズ:約縦345mm×横280mm×厚さ83mm

■ピエタ 踏み絵■

「元長崎奉行所宗門蔵保管 切支丹信者為右門所持 後踏絵として使用」
と箱蓋に裏書きがございます。


素材は不明(磁石反応無し)。おそらく銅又は黄銅だと思います。

本体サイズ:約縦164mm×横112mm×厚さ25mm 重量1796g

 

 

 

 

         

   銀幕のヒーロー 高倉健 侠気

           

 

    

       写真集「憂魂、高倉健」横尾忠則編より

 

 

この国は考えていたより、もっと怖ろしい沼地だった…『沈黙』1966年

日本の精神風土への問い

 今年2012年は、江戸幕府のキリスト教禁教からちょうど400年になる。豊臣秀吉の伴天連バテレン追放令(1587年)が布教の規制だったのに対し、徳川政権は信仰そのものを禁止した。キリシタン迫害は1637~38年の島原の乱を経て厳しさを増し、最盛期には30万~40万人いた信徒もほとんど表から姿を消したことは、よく知られていよう。


ステンドグラスから入ってくる光の中で信者が祈る。その美しく荘厳な雰囲気に圧倒される(長崎市外海地区の黒崎教会で)

 遠藤周作が長崎県の外海そとめ(現・長崎市)を訪ねて書いた『沈黙』は、島原の乱の鎮圧後まもなく、ポルトガル人宣教師ロドリゴが日本に潜入し、やがて捕らえられ、転ぶ(棄教する)物語だ。ロドリゴが踏み絵を踏む際、踏み絵のイエスが<踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分つため十字架を背負ったのだ>と語る場面は、弱き人間に寄り添うイエスのイメージが共感を呼ぶ一方、「転びの賛美だ」と批判されもした。

 小説には、ほかにも重い言葉が記される。ロドリゴより先に転んだ元司祭フェレイラの言葉だ。<この国は考えていたより、もっと怖おそろしい沼地だった。どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる。葉が黄ばみ枯れていく。我々はこの沼地に基督教という苗を植えてしまった>。日本の精神風土と西洋のキリスト教は適合しないのではという、作家の深い問いがそこにはある。


 
動画はこちら

 この問いを今どう考えればいいのか。山本博文・東大教授(日本近世史)は「敗戦を経験した遠藤さん世代は、“正しい西洋”に対し、日本の異質さや弱さを強調する傾向があった」と指摘。神父でもある川村信三・上智大教授(キリシタン史)も「遠藤さんは、教会をつぶそうとする世俗勢力が広がる近代フランスで信仰を守るフランス・カトリックの影響が強く、それだけにかたくなで重苦しい面が強調されている」。一方、遠藤周作文学館(長崎市)の池田静香学芸員は「日本が沼地というのは、皮膚感覚として今もあるのでは」と語る。

 ロドリゴ棄教から230年後の1873年、キリスト教は禁制が解けた。以来139年たつが、日本の信徒は少数にとどまったままである。(文・植田滋 写真・川口敏彦)

『沈黙』
 カトリック作家・遠藤周作(1923~96年)の代表作といえる歴史小説。キリシタンが迫害されているのに神=イエスはなぜ沈黙しているのかと問い、最後に<あの人は沈黙していたのではなかった。たとえあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた>と応答している。ただし、主人公が他の信徒を助命するために棄教する展開は、実際には他の信徒も自ら転べば助命された上、殉教を求める信徒の意志を無視しているとして、史実と違うとの指摘もある。新潮文庫。

 続きは「読売プレミアム」で
 http://premium.yomiuri.co.jp/pc/

                            (2012年9月24日  読売新聞より転載)
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