読書ノート  

主に都市、地域、交通、経済、地理、防災などに関する本を読んでいます。

バブル後25年の検証 竹中平蔵◎編著 2016

2017年06月13日 | 経済・産業
検証1高橋洋一、2原田泰、3真鍋雅史をまとめると、次のようになる。
 90年代初めのバブル潰しのための金融引き締めは不要だった。不動産融資や証券の違法営業を資金規制でつぶしただけでよかった。
 バブル後の総合経済対策は財政政策ばかり繰り返し行われたが、変動相場制の下では財政政策は効かない。マンデル・フレミング効果を財務省は理解していなかった。
 その結果、90年代半ばには公的固定資本形成は40兆円以上(ピーク時はGDPの9%)にまで上昇、社会資本の限界生産力を低下させ、また資金を民から官にシフトさせ、そのために日本経済は低成長になった。
 リーマンショック後も日本だけが金融引き締めを続けたので、円高、生産低下、株安、デフレを招いた。アベノミクスの大胆な金融緩和でようやく上昇基調。黒田日銀の異次元金融緩和政策が成功すれば「金融政策失敗説」が実証される。デフレからの脱却はどんな場合にも今行うことが正しい。

(感想)
 私としては、バブル潰しの罪より、バブルが起きるまで放置したことの罪が第1に問われるべきとは思う。
 起きてしまった後の処理に関して、金融引き締めが不要ということは、地価や株価が少し下がり物価が上がって追いつく状態にする方が、不良債権問題などが軽減し、日本経済への傷が浅くて済んだだろうということだろう。そういう意見を述べる経済学者(不動産業者よりと見られていた)もいたが、バブル潰し=正義という国民感情が勝っていたのが当時の状況だった。
 90年代後半の公共投資については、景気浮揚効果が乏しいという本書指摘のみならず、市街地の拡散、自治体の財政負担といったマイナス効果も別の本では指摘されているところではある。
 しかし、他に景気対策の方法があったのだろうか。公定歩合は93年には1%台、95年には1%以下に下がっていた。
 2010年代には黒田バズーカによっても上がったのは株価だけで物価が継続的に上昇するには至らなかった。要するにデフレ対策に金融政策は効かないという教科書どおりのことであったということだろうか。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 国際化時代の地域経済学第4... | トップ | フランスの地方都市にはなぜ... »

コメントを投稿

経済・産業」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。