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●漫画・・ 「よたろうくん」

 

 子供時代、「よたろうくん」は大好きな漫画でした。特に小学校低中学年の頃は、文字どおり爆笑していた、というか腹を抱えて笑うくらい、好きな漫画だった。子供時代の僕は、森田拳次先生の「丸出だめ夫」や「ズーズーC」が大好きでしたが、僕の子供の頃、講談社の月刊誌「ぼくら」連載の、山根赤鬼先生の「よたろうくん」は本当に、ギャグ漫画ジャンルでは一番好きだったようにも思う。

 「よたろうくん」での初笑いというのか、その初笑いは、僕が嵌まって幼児ながらヒィヒィ言って爆笑したのが、「よたろうくん」初遭遇の、僕の小学一年生時。TV で実写ヒーロードラマ「七色仮面」の再放送を見ていて、その冒頭、主題歌タイトルバックに「講談社ぼくら掲載」と出ていて、再放送だから、そのときの「ぼくら」に漫画版「七色仮面」が載ってる訳ないのに、多分、そのときの僕は小遣いを持ってたんでしょう、一番家から近い本屋さんまで走って行って、そのときの「ぼくら」を買って来た。多分、1963年3月号。

 ヒーローもの実写ドラマ「七色仮面」の初放送は、1959年6月から翌60年6月まで。講談社の月刊児童誌「ぼくら」での連載期間も、だいたいTV 放送と同時期の連載でした。当然、この63年初め頃の「ぼくら」には、載っていません。まだまだ幼児期の僕は、ガッカリしました。その当時の「ぼくら」には、これといった超人ヒーロー漫画が載ってなかったように思う。大昔のコトで僕もよく覚えてないんだけれど、巻頭漫画は、白土三平の「死神少年キム」だったように思う。僕はものごころ着いた幼児期からもう、正義の超人ヒーローが大好きだったのだ。この当時の、「ナショナルキッド」「七色仮面」「少年ジェット」「アラーの使者」「海底人8823」「月光仮面」「遊星王子」「変幻三日月丸」…。56年生まれの僕は、ほとんど再放送で見てる気がする。「ナショナルキッド」なんかは4、5歳時に初放送を見てる記憶があるけど。「まぼろし探偵」も見てるけど、ドラマの記憶があんまりないなあ。確かに見てるんだろうけど‥。

 僕は63年64年頃に「ぼくら」に連載されてた、楠高治先生のSFロボットバトル漫画、「アトミック・ゴロー」が好きな漫画だったんだけど、ここで挙げてる「ぼくら」63年3月号には掲載されてたのかなあ?「アトミック・ゴロー」は形状が、ぶっといロケットか爆弾みたいな形状の、真っ黒い、当時には珍しい乗り込み式ロボットで、印象深く憶えていた。あ、調べました。ネット検索で解った。「アトミック・ゴロー」の新連載は「ぼくら」63年11月号です。だから、ここで挙げてる「ぼくら」63年3月号には載っていません。僕は63年64年当時は、月刊誌は「ぼくら」「まんが王」を購読してたので、「よたろうくん」も「アトミック・ゴロー」も毎回楽しみに愛読してましたね。

 で、「よたろうくん」が、この、初めて買って来て読んだ「ぼくら」に載ってた。このときの「よたろうくん」は、この当時の暴走族、“カミナリ族”を扱っていたように思う。この「ぼくら」、多分63年3月号の「よたろうくん」のお話の中のギャグで、主人公よたろうくんが、家のお父さんに「一週間に十日来い」と言ったのが、何故か小学一年生の僕にメチャメチャ、大ウケした。後で知るのだが、このセリフは、当時の五月みどりさんのヒット曲のタイトルだった。♪あ、一週間に十日来い、トコトントコトン‥と歌う、当時大ヒットしたコミカルな演歌調歌謡曲。どうしてか、まだ幼児期と言っても良い頃の僕に、一週間は七日しかないのに十日やって来い、と言ったのが可笑しくて可笑しくて、僕は笑い転げたと思う。だから、漫画の場面的に「一週間に十日来い」がマッチするシーンだったんだろうな。後に「ああ、あれは、この五月みどりの歌の歌詞だったのか」と納得するんだけど。まあ、僕のごく個人的な「よたろうくん」の思い出ですね。

 僕は、講談社の月刊誌「ぼくら」連載の「よたろうくん」が大好きで、1966年頃からかな、同じ講談社の漫画雑誌「週刊少年マガジン」連載の、大人気ギャグ漫画、「丸出だめ夫」が月刊誌「ぼくら」でも連載される。多分66年頃からだと思うんだけど、「ぼくら」の別冊付録でB5判大型別冊で、「よたろうくん」と「丸出だめ夫」がカップリングされて、しばらく別冊付録で着く。これも当時、楽しみだった。両面ダブル表紙で、両漫画は逆さに製本されてて、多分、両漫画ともB5判16ページで、お互いが本の真ん中で終わる。B5だったか変型B5だったか、大型別冊だった。他に一峰大二の「ウルトラマン」か益子かつみの「怪獣ブースカ」が、同じく大型別冊で付録に着いた。

 「よたろうくん」はもともとは、戦前からの歴史ある少年雑誌「少年倶楽部」が戦後、編集方針を変えて、誌名も新たにカタカナ表記で「少年クラブ」と変えて、戦後も月刊誌発行を続け、その「少年クラブ」に、1956年から掲載が始まり、「よたろうくん」は何と68年まで12年間も連載が続きました。途中、月刊誌「少年クラブ」が休刊(事実上の廃刊)になり、同じ講談社の「ぼくら」に連載がスライドして、ここから僕は「よたろうくん」を愛読した訳です。「少年クラブ」の廃刊が1962年12月号までで、僕が漫画を読み始めるのが62年の終わり頃か63年初頭からで、僕は雑誌「少年クラブ」を読んだことがありません。だから、基本的に「ぼくら」掲載分の「よたろうくん」しか知らないんですが、ただし、僕は6歳から11歳頃まで貸本屋に通っていたので、ときどき貸本屋さんに、古い「よたろうくん」の雑誌連載分をまとめた、B6ハードカバーの単行本があったので、昔の「よたろうくん」は、それで読みました。また、後に講談社漫画文庫で刊行された「よたろうくん」や、コミックス版の「よたろうくん」で古い作品は読んでいます。

 「よたろうくん」の講談社漫画文庫版は、1976年の刊行で表紙に1巻と打ってあるけど、確か講談社文庫版は1巻だけしか出てないと思う。1968年に虫プロ商事から虫コミックスで出たんだけど、これも一巻だけじゃないかなあ。「よたろうくん」は他に、ペップ出版からペップ面白漫画ランドシリーズの中の1巻として、1989年にB6コミックス版で一巻だけ出てますね。後は、講談社から出た、昔々のハードカバー単行本の「よたろうくん」が多分、50年代末頃から61年頃までに13巻くらい出てますね。僕が小学生の頃、貸本屋で借りて読んだのはこの分かな(?)。何せ大昔のことで、記憶はあやふやです。あ、ごめんなさい、虫コミックス版「よたろうくん」は新書版コミックスで全2巻ですね。

 1989年刊行のペップおもしろまんがランド、全10巻中の第1巻「よたろうくん」の内容は、講談社が1959年から61年までに刊行した、ハードカバー単行本(講談社特選漫画文庫)全13巻から選り抜いて編集した、B6判コミックスです。勿論、講談社版単行本の中身は、月刊誌「少年クラブ」連載分を編集したものです。大昔の講談社版、この分の古書価は高いですよお~。1冊万単位の世界ですね。

  「よたろうくん」ネーミングの“よたろう”は落語の「与太郎」から取っていて、与太郎は古典落語の多くの噺に出て来る、呑気で楽天的が行き過ぎてぼんやりのんびりしていて、何をやらせても失敗ばかりしているようなキャラクターの登場人物です。山根赤鬼氏作画のギャグ漫画「よたろうくん」の主人公よたろうくんも、“与太郎”同様の、のんびりゆったりぼんやりな子供です。ぼんやりしているようでちょっと小狡いところがあったりしますが、だいたいが間の抜けたのんびりキャラです。まあ、何ていうか、キャラが“馬鹿っぽい”のですが、その馬鹿っぽい言動が笑いを誘う。漫才でいうボケとツッコミなら、100パーセント“ボケ”のキャラです。モロに天然ボケで、そのキャラが落語を聴いたような笑いを生み出す。まあ、馬鹿馬鹿しいキャラですね。子供の頃の僕は、よたろうくんが大好きでした。

 「よたろうくん」の登場人物は、よたろうくんのご両親と弟のキン坊。それから近所の女の子のちゃこちゃん。「よたろうくん」の漫画の中では、よたろうくんだけでなくお父さんお母さんも早とちりでおっちょこちょいな面があって、お父さんの早とちりが笑いを生み出すこともしばしば。まあ、気の良いご両親で基本的に二人とも良い人ですね。お父さんは昔のお父さんだから、一家の長の威厳があって怒ると怖そうな面もある。失敗したよたろうくんがお父さんに怒られると、小狡いよたろうくんは「うへえ~」とか言いながら走って逃げますけど。お父さんお母さんは基本的に、下町の善良な大人、って感じかな。

 弟のキン坊は、愚兄賢弟までは行かないけど、お兄ちゃんのよたろうくんよりもしっかりしてますね。基本的に“良い子”で、素直な普通の子供ですね。キン坊と背の高さが同じくらいの女の子、多分キン坊と同い歳くらいの、よく登場する勝ち気な女の子のちゃこちゃん。よたろうくんのクラスメートで、よたろうくんと同じく劣等生のどん助くん。よたろうくんほどじゃないけど、どん助くんも失敗の多い子供ですね。どん助くんは何故か関西弁ですね。後は、綺麗で優しく時に厳しい女の先生。よく、よたろうくんとどん助くんが、この綺麗な先生に怒られてます。日常一緒に遊んでる、近所の双子の女の子。小さいからキン坊と同い歳か、もうちょっと下か。

 それと、神田のタケ坊。多分、よたろうくん家の親戚になるんだろうな。太ったおばさんの子供でヤンチャな子供。よたろうくんとキン坊の従兄弟になるのかな(?)。東京神田に家があるみたいで、勝ち気で短気でガキ大将タイプ。自己中でワガママ。けっこう意地の悪い性格ですね。よたろうくんと正反対の性格で、いつもよたろうくんに怒っている。「よたろうくん」を愛読していた小学生時代、僕はこの神田のタケ坊が、かなり嫌いなキャラでした。嫌なガキだなあ、って思って毎回読んでた。ちゃこちゃんと同じくらい、登場回数の多いガキ大将キャラでしたね。僕は基本的にどちらかというとよたろうくんキャラなので、神田のタケ坊みたいなキャラは苦手で嫌いで、もし現実に神田のタケ坊みたいな子供が学校とか近所に居たら、僕は、極力関わらないで済むように、避けて逃げて回ってたでしょうね。頭の形が山根青鬼氏の作品の「でこちん」に似てましたね。「でこちん」の方は性格の良い比較的普通の子供だったけど。僕は当時は子供ながら、本当に神田のタケ坊が嫌でしたねえ。身長はキン坊と同じくらいだから、よたろうくんよりも年下かな?傍若無人で、よたろうくんのお父さんのコトもナメてるような、横着で嫌なガキでした。

 子供の頃の僕が「よたろうくん」や「丸出だめ夫」が好きだったのは、子供心の内心では、劣等生である自分と、よたろうくんやだめ夫くんのキャラクターに同じものを見て、共感を持ってたんでしょうね。ものごころ着いたときからヒーロー大好きで、ヒーローに憧れ続けても、結局、自分は近所の子供たちや学校という子供社会では、勉強ができなくて成績が悪く、駆けっこは遅いし運動神経も良い方じゃない。子供の集団の中では、何でもデキない方でパッとしない。勿論、ケンカも弱い。メチャメチャ、ヒーローに憧れてるけど、現実の実態は正反対のダメ·キャラ。漫画を読んでTVを見てヒーローに憧れ、妄想の中でカッコイイ、ヒーローになってるんだけど、現実の子供社会では劣等生のダメ子供。僕は子供の頃、「よたろうくん」や「丸出だめ夫」を読んでホッとしていたのかも知れない。

 「よたろうくん」作者の山根赤鬼さんは、山根青鬼氏と双子の兄弟の漫画家で、山根赤鬼氏が一応弟さんになります。最初の頃は、兄弟で「のらくろ」で有名な田河水泡の弟子。後にデビュー独立して、初めの頃は兄弟共作が多かったように思う。山根青鬼·赤鬼兄弟の漫画は、両人ともジャンルはギャグ漫画ジャンルですが、ギャグ漫画の作風は少々違ってました。山根赤鬼先生は、1956年から「少年クラブ」に連載した「よたろうくん」が大ヒット。「よたろうくん」は連載を「ぼくら」に引き継いで、68年まで12年間も長期に渡って連載が続きました。「よたろうくん」で見られるように、山根赤鬼氏の作風は等身大の子供たちの日常を舞台にした、ほのぼの生活ゆかい漫画が多いですね。僕はこのほのぼのとした笑いが好きだったなあ。よたろうくんの“ボケ”が大好きで爆笑してましたけど。

 漫画の作品数では、兄の山根青鬼さんの方が多かったように思う。お兄さんの山根青鬼氏の代表作の一つ、「でこちん」などは、月刊誌「少年画報」長期連載の初めの頃は、兄弟共作だったけど、僕が「でこちん」を読み始めた頃はもう、「でこちん」は山根青鬼氏単独で描いていたように思う。山根青鬼先生の代表作というと他に、「週刊少年キング」連載の「なるへそくん」や「おやじバンザイ」は、けっこうヒットした漫画ですね。70年代末頃から80年代前半、各学年誌に連載された「名探偵カゲマン」も何年も連載が続いた子供人気漫画で、「名探偵カゲマン」は2001年にNHK でアニメ放送されてますね。

 

 僕の小学生時代、小学館の学年誌に別冊付録で、「とん子なぞなぞ日記」という、とん子他、登場人物のセリフに、なぞなぞがいっぱい入った、なぞなぞ漫画が、B7やA6くらいの変形別冊で付録本で付いてたんだけど、長らく、このなぞなぞ本は、赤鬼、青鬼、どっちの絵なんだろう?って思ってたんだけど、これは山根青鬼先生の作品でした。青鬼さんの方が、ギャグジャンルの中にも多彩で器用かな。

 山根赤鬼先生の作品というと、「よたろうくん」大ヒットの他は、あまり知られた作品は聞かないかなあ。潮出版社の月刊誌、「希望の友」に連載された「丸井せん平」は知ってたけど。「丸井せん平」も連載が続いたけど、「よたろうくん」に比べたら人気漫画としてはあんまり知られていないかなあ。「希望の友」は、当時のいっぱいある少年漫画雑誌の中では、部数的にはそんなに出てない方の月刊誌だったろうし。山根赤鬼先生は2003年に67歳のお歳で亡くなられました。お兄さんの山根青鬼先生は2016年現在、80歳のお歳で健在であります。

 「よたろうくん」は雑誌連載が始まったのが56年からなので「50年代漫画作品」なのですが、雑誌連載が68年までも続いて、僕がリアルタイムで読んでいたのが60年代なので、今回の漫画カテゴリ分けは「60年代漫画作品」に入れました。

 あと、「よたろうくん」で覚えてるのは、これはコミックスで読んだ分で記憶してるんだけど、学校の宿題で「人工衛星はどうして地球の周りを回っているのか?」という問題が出てて、よたろうくんが「人工衛星の気持ちにならないと解らない」と言って、昔の人工衛星、例えば50年代頃のソ連のスプートニクとかみたいな形を真似て、よたろうくんが4本くらい針金の尻尾の出たようなの頭に被って、ピーピーピーとか言いながら、畳に置いた地球儀の周りを走って回るヤツ。あれも何か可笑しくて笑ったなあ。何か印象深く覚えてる。

 僕が「よたろうくん」に似てる、「よたろうくん」みたいだ、って、よたろうくんはギャグ漫画のキャラでも、間が抜けててボーッとしたキャラなんだけど、まあ、僕もボーッとした人でしたからね。だいたい僕は子供の頃から身長があって体格が良い方で、身長はいつもクラスで高い方から二、三、四番目くらいに高くて、小三·小四時頃にやや肥満体型だったけど、だいたい通して体格良い方でしたね。小五·小六時も腹筋とかやってたけど、中学で剣道部辞めても家で自主的にトレーニングしてたし、太ったのは中年過ぎてからだな。でもいつも雰囲気ボーッとしてた。

 今でもまだ覚えてるんだけど、中二か中三のときに社会科のN先生から、授業時間に僕のことを“ウドの大木”と言われた。今でも覚えてるくらいだから、ボーッとしてた僕でもその時傷付いてたのかも知れない。中学生時代の僕は肥満児ではなかったが、身長があり体格が良かった。それでボーッとしてたから“ウドの大木”と言われても仕方ないんだけど、あの時は、先生が社会科なのに、「ウドの大木」の説明してて、僕を指して“ウドの大木”と説明したのか、それともシンプルに僕のことを“ウドの大木”と呼んだのか、今となってはそこのところの細かい内容は覚えてない。ただ、社会科のN先生に「ウドの大木」と呼ばれたのは、はっきり覚えてる。

 中一·中三のときの担任のN 先生は国語の先生で、思えば小学校の一、二年生時の担任はイニシャルN 先生だな。五年六年時の担任もイニシャルはNだな。

 社会科の先生から“ウドの大木”と言われたからって、別にそれがアダ名になった訳でもないし、その先生に言われたのも一回きりだ。

 「よたろうくん」はふだんぼんやりボーッとしてて呑気で間が抜けてるけど、ちょっと小狡いところなんかはけっこう頭が回るし、でも、まあ、それもバレて失敗するんだが、あの面白さは実はユーモアがあるんじゃないか、と取れなくもない。よたろうくんの一挙手一投足で周りがゲラゲラ爆笑するから、見方に寄っては、人を笑わせるセンスのある、本来ユーモアのある、実は頭の良い子供なのかも知れない(ワザと道化を演じてその場に笑いを作る平和主義のユーモア精神)。

 いつもボーッとしてるよたろうくんの頭の中がどうだったのかは解らないけれど、いつもボーッとしてた僕の頭の中が空っぽだった訳ではない。僕は生来、空想癖·妄想癖があって、見た目ボーッとしてたからって、実は頭の中では自分の空想の世界、妄想の世界にどっぷり浸り込んでいたのだ。だから決して頭の中が空っぽだった訳ではない。

 だから、僕以外の人も、ボーッとしている人は、多分みんな、頭の中が空っぽな訳ではなくて、みんなそれぞれ、何か物思いに耽っているか考え事に没頭してるか、僕みたいに空想の世界を泳いでいるか、実は頭の中では脳味噌はそれなりに働いているのだ。

 昔、僕はよく思い出し笑いをしてたが、あれは、僕は思い出して笑っていたのではなく、空想して笑っていたのだ。今現実に起こった事を見て、それを脳の中でアレンジして、今のはこうだったけど、もしこういうふうになってたら可笑しかったろうな、と想像して、一人で笑っていたのだ。一人だけ笑っているから、よく周囲から変に思われていて、周りに居る人にどうして笑っているんだ?と訊かれることも多かったけど、僕はその都度「思い出し笑い」と答えていたが、実際は思い出し笑いではなく、事象を脳内アレンジでギャグに変えて独りでウケていたのだ。

 山根赤鬼先生の作品というと、済みません、僕は「よたろうくん」と「丸井せん平」以外知らないんですけど、「ヒッチのもへい」とかお兄さんの山根青鬼先生との共作はありますが、あとはよく解りません。でも、1967年の「少年画報」に見つけました。「東京アニマル探偵局」という漫画で、登場人物が全部、動物キャラクターというギャグ漫画。67年というと僕は11歳か12歳頃ですね。多分、この年の「少年画報」も何冊かは読んでるでしょうから、「東京アニマル探偵局」も読んだ覚えはあるんでしょうが、内容は全く記憶していません。漫画扉絵の雰囲気から多分、アメリカ輸入ギャグアニメの「トムとジェリー」や「どら猫大将」「ヘッケルとジャッケル」みたいな作風のドタバタギャグに近いような漫画だったんじゃないかな?とか思うんですけど。一応、主人公は動物キャラクターばかりの探偵事務所のメンバーですね。この漫画作品は月刊誌「少年画報」67年5月号から12月号まで連載されました。

 

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●漫画・・ 「そんごくん」

 

 「そんごくん」が、小学館の学年誌「小学四年生」に連載されてたのが、1964年4月号から65年3月号まで、調度、年度一学年の期間ですね。小学生時代の僕は漫画漬けで過ごしてて、小遣いの大半は漫画雑誌代、漏れなく毎日貸本屋に通って、必ず二冊、漫画本借りて来るという生活でしたが、小学館の学年誌だけは小学生時代、あんまり読んでいない。漫画漬け生活おくってた家庭でも、母親も、そんなに際限なく何冊も漫画本買ってくれてた訳ではないし、貸本屋には学年誌は置いてなかった。僕も手持ちの小遣いがあれば漫画ばっかり載った雑誌買ったし、学年誌を買うのはごくごくタマにだった。

 小学生時代の僕は、勉強のからきしデキない劣等生で、当時は学校で、学研の学習雑誌を注文できたが、親が教育熱心な家の子で比較的学校の成績が良い子が、学校で、主に定期購読で取っていた。そんな中、時折、特大号なんかは、その都度、担任の先生が受け付けていた。僕はだいたい何であれ、雑誌に興味が強かったので、学研の学習雑誌も欲しかったが、そんなお金があれば漫画ばっかり載った少年誌を買っていた。学校の勉強が嫌いな僕は、雑誌は好きだが「学習」や「科学」を買っても、中身をロクに読みもしなかった。学研の「科学」には、成績の良い子が喜びそうな、理科の教材みたいな組み立て付録が付いたが、ときどき何かの間違いで僕が、学研の「科学」を買ったときは、僕は馬鹿領域の子供だったから、組み立て付録を作ることさえできなかった。頭も悪いし、もう子供のときから不器用そのものだし。

 僕みたいな、あんまり学校の成績の宜しくない子供は、雑誌は漫画専門の少年誌を買ったが、比較的学校の成績の良い子は、小学館の学年誌を買っていた。そういう子たちの中には、学校に学年誌を持って来て友達と見せ合う子供も居た。「冒険王」や「少年画報」みたいな漫画専門の少年誌と違い、小学館の学年誌はふんだんなイラスト付きの記事が多い。学校の勉強関係の記事も多い。学年誌に収録された漫画の本数は漫画専門の少年誌に比べると、半分以下の本数しか載っていない。それでも、その少ない漫画作品は、少年誌で大活躍する売れっ子の人気漫画家の描いた作品ばかりだ。漫画狂みたく漫画大好きな小学生の僕は、本当は、学年誌の漫画も読みたかった。

 僕の小学生時代、少年誌で大人気の「鉄人28号」や「伊賀の影丸」の超売れっ子作者、横山光輝の「みどりの魔王」も載っていた。そんな中に、クラスメートの一人が学校に持って来た学年誌の中に、赤塚不二夫の描いた「そんごくん」を見つけた。「孫悟空」の話をベースにした、赤塚不二夫先生の子供向けギャグ漫画だ。

 子供の頃の僕は「孫悟空」の話が大好きだった。“昔の孫悟空”というと、現代で一般に思い出されるのは、堺正章が悟空で三蔵法師を女性の夏目雅子が演った、1978年から79年に日本テレビ系列で放映された、ドラマ「西遊記」を思い浮かべるのではないだろうか。続編の「西遊記Ⅱ」が79年から80年に放映される。この時代の僕はテレビを持たず、ほとんどテレビを見ない生活をしてたので、後に再放送で何話か断片的に見た程度だ。新しいところでは2006年、フジテレビ系列放送の、SMAP 香取慎吾主演の「西遊記」だが、この番組もあんまり見てないから、まあ、二、三回くらい断片的に見てるだろうか。

 これは全然知らなかったんだけど、1993年に日テレ系のスペシャルドラマで、悟空を、シブガキ隊の本木雅弘、三蔵法師を宮沢りえで、「西遊記」二時間半の単発ドラマをやってるんですね。勿論、知らなかったくらいだから僕は見てません。その後、94年に連続ドラマで「新·西遊記」というのを、同じく日テレ系でやっている。こちらは悟空が唐沢寿明、三蔵法師が牧瀬里穂。この番組も僕は知りませんでした。一度も見たことない。

 僕はもう、子供の頃から「西遊記」や「孫悟空」の話をよく知ってたから、幼児の内から絵本やテレビや漫画で、何度も、昔々の中国、明の時代、16世紀頃に創作された伝奇小説、「西遊記」をベースにして作られた、日本のものを目にしてたんでしょうね。手塚治虫の虫プロ制作のアニメ、「悟空の大冒険」は、放送が1967年ですから僕はもう11から12歳頃ですね。このTV アニメは憶えてるけど、熱心に見た印象はあまりないなあ。小六の終わり頃から中一の時代は、僕はけっこう剣道を熱心にやってたから、子供向けのテレビ番組は、この頃はあんまりよく見てないかもなあ。中一の頃は、中学校の部活の剣道部に連動して、町道場に毎日通ってたから。道場の稽古終えて帰ったらもう、夜八時くらいなってたんじゃないかなあ。僕の中学校の剣道部は部員全員、町道場にも所属して通っていた。中二になって部活顧問の先生から、町道場には行くなと言われて、部活の町道場連動が禁止になった。まあ、僕は、剣道は中二の一学期までで辞めるんだけども。当時、町道場の稽古は毎日で、五時半頃から八時頃まで練習があったような気がする。だから、小六の終わり頃から中一の時代は、だいたい夕方から七時台の子供向けTV 番組は見れなかったよーな。だから、TV アニメ「悟空の大冒険」もあんまり見た記憶がないよーな気がする。

 子供の頃の記憶に、孫悟空ものの実写ドラマで、30分番組を見た記憶があるのだが、タイトルとか内容とかは、はっきりとは憶えてない。おぼろな感じで何か、断片を記憶している。堺正章·夏目雅子以前の孫悟空ものを調べてみると、1967年の手塚アニメ「悟空の大冒険」以前では、1964年にTV の実写ドラマで30分放送の番組があった。タイトル「孫悟空西へ行く」という、キー局ABC制作 の30分ドラマで、日曜の午後放送で全26回の番組だったらしい。僕の記憶におぼろにある、実写版「西遊記」の記憶は多分、これですね。64年というと、僕は8歳かな。それ以前は昔の劇場用映画で、孫悟空ものは数多く作られてるようですね。映画ものの「西遊記」を見た記憶はないけど、ひょっとしたら、例えば映画版の「エノケンの西遊記」とかを、TV 放映で小さい頃に見ているのかも知れない。全く記憶はないけど。ABC って、大阪の朝日放送ですね。

 ちなみにアニメの「悟空の大冒険」は、原作は手塚治虫の漫画作品、「ぼくの孫悟空」で、この漫画は、秋田書店発行の児童漫画月刊誌「漫画王」に、1952年から59年まで長期連載された人気漫画作品ですね。秋田書店の「漫画王」の創刊が1952年だから、創刊号から長年、連載が続いたのかな。僕が「まんが王」を読み始めた頃は、既に本の誌名は、「漫画王」から「まんが王」と改名された後でした。いつ頃まで「漫画王」と漢字表記だったのか、よく解りませんが。僕が「まんが王」を読み始めたのは、1962年の末頃か63年初頭くらいですから、「ぼくの孫悟空」は読んでないし、また、コミックスや漫画文庫でも未読です。手塚先生の漫画紹介本などで、断片的なコマやイラストなどは見てますけど。勿論、手塚治虫全集に収録されてますし。原典である「ぼくの孫悟空」と、虫プロ·アニメ「悟空の大冒険」は、「西遊記」をベースにしているのは同じですが、内容的にだいぶ変わっているようですね(漫画連載とアニメ放映の間が10年くらいあるから、世相など時代の移り変わりもあるでしょうね)。

 『♪悟空が好き好き、悟空が好き、好っき!…、そーんな奴が悟空の大冒険を、一辺見たら…』とかいう、「悟空の大冒険」のテーマ曲のメロディーと断片的な歌詞を、まだ憶えているくらいですから、再放送も含めて、僕の中学生時、やっぱり放映は見てたんでしょうね。

 

 60年代の児童漫画シーンで猛烈に売れていた漫画家、赤塚不二夫先生は、60年代から70年代前半くらいまでは、日本出版物界では、この時代のギャグ漫画の帝王でしたね。この時代の双璧である、今一方の雄、森田拳次先生は60年代後半も70年頃になると、やや勢いが落ちたかな。60年代いっぱいの中でギャグ漫画ジャンルでは、やっぱり一番は赤塚不二夫だろうなあ。森田拳次先生も60年代末頃までは、いろんな漫画雑誌にいっぱい描いてましたけど、ギャグ漫画の人気は、赤塚不二夫の漫画の方があったろうな。フジオプロの方がスタッフの人数も多かったし、有能な右腕やブレーンも揃ってたし、アイデアは合議制だったし、連載や読みきり掲載の数も、赤塚不二夫さんの方が数多かったろうな。僕は小学生時代、森田拳次先生の漫画が大好きでしたけどね。「天才バカボン」が始まる前は、赤塚ギャグよりも森田拳次の漫画の方が好きだったな。赤塚先生の作品は、「もーれつア太郎」はそこまでファンじゃなかったなあ。やっぱり「天才バカボン」と「レッツラゴン」だな。あ、でも「ア太郎」も「メチャクチャNo.1」も面白く読んでましたけど。でも、僕の個人的な趣向で、「丸出だめ夫」「ズーズーC」や、その他の森田拳次のギャグ漫画が大好きだったなあ。

 「そんごくん」です。64年から65年というと、週間少年サンデーで「おそ松くん」が絶賛連載中ですね。62年に始まった「おそ松くん」が、63年には爆発的人気となり、64年頃は“赤塚ギャグ”が日の出の勢いで各雑誌に引っ張りダコで、重ねて何本も掲載されて行った時代ですね。この頃から10年間は、フジオプロはメチャメチャ忙しかったでしょうね。「おそ松くん」のアニメ化は66年からですね。マガジンで「天才バカボン」が始まるのが67年。「おそ松くん」の連載終了が67年で、サンデーで「もーれつア太郎」が始まるのが67年の11月頃かな。「そんごくん」も読みたかったなあ、あの当時。「みどりの魔王」ともども読みたかった。小学生時代の僕はもう、漫画命!ってくらい、漫画は何でも大好きでしたからねえ。

 

  今回はお題に持って来た作品が、僕の子供時代、断片的にしか見てなくて、しっかり読んだ憶えのない漫画作品で、どうも済みません。後々、コミックスでまとめたものも読みたかったんですけど、結局、コミックス版「そんごくん」も読まず終いです。孫悟空ものが大好きだった子供時代、ギャグ漫画とはいえ、一応「西遊記」ベースの漫画である、赤塚不二夫の学年誌連載のギャグ漫画、「そんごくん」を読みたい読みたいと思っていたけど、それから時が経ち、少年期も後期の十代後半くらいの年齢になると、そうでもなくなった。子供時代·少年時代、ずーっと劣等生の馬鹿ガキだった僕も、デキの悪いのはデキが悪いなりに成長して、小学生時代に熱中してたような漫画にも、幼稚さを感じるようになったんでしょうね。でも、生来の、幼稚ぃ頭の持ち主の僕は、青年時も20代になってからも、漫画でも映画でもヒーロー活劇ものは相変わらず大好きでしたけど。

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●小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(13)

13.

 駅前オフィス街大通りの、そこのシンボル的存在とも言える、地域随一を誇る幅面積の、15階建てビルの玄関口から、いかにも会社員勤めふうの、半袖ワイシャツ姿の二人の男が出て来た。先に通りに出た方の男が、暑さに顔を顰めながらネクタイを弛めた。中村達男だ。直ぐ後ろから着いて出た男は、中村達男よりも頭ひとつ背が低い。同じく白いシャツ姿で、小脇にグレイのサマースーツの上着を抱えている。達男の後輩の、在吉丈哉だ。二人は、ワカト健康器具開発という、業界では大手になる会社の、地域本部に勤務する、地方都市部在住のサラリーマンだ。株式会社ワカトは、福祉関連の機材などの開発製作から、販売までを手掛けている。中村達男と在吉丈哉の二人は、その販拡·販売業務に携わる営業部員だ。

  二人は、駅前大通りを駅に向かって歩いた。駅前から繁華街の方へと折れて行き、歓楽街へ向かうつもりだ。

 「いやあ~、俺も、こんな早くから会社出るの、久しぶりっすよ。普通はいつも、残ってるみんなに気ィ遣って、やる事なくても、何か後片付けのふりして帰りづらいもんすから」

 後輩の在吉丈哉がくったくなく、言った。

 「おまえらはな。そういうのが駄目なんだよ。定時になったのに帰らないのなんて、馬鹿の骨頂さ。定時なんだから、退社して何が悪い」

 憮然として、先輩の中村達男が応える。

 「いや先輩。そうは言いますが、定時になって誰も席を立ってないのに、『お先』って、なかなか帰れるもんじゃないっすよ。特に俺はまだ下っ端だし。そういう意味では、中村先輩はすごいっすね」

 前を歩く中村達男に着いて行きながら、半分ヘラヘラした調子で、在吉丈哉が言った。

 「気にし過ぎなんだよ。就業時間を過ぎたんだから、後は社員の勝手だろ。俺たちのプライベートだ。だいたい、退社時間過ぎて、事務所の中で立ち話してるヤツ、いっぱい居るじゃねーか。あんなの、時間の無駄だろ。人生という時間の無駄でもある‥」

 もっともらしく中村達男が応える。

 「あれ、みんな仕事の話してるっすよ」

 在吉丈哉が笑うのを止めて、少しばかり真面目な調子で言った。この言葉が後輩の反発と取って、中村達男は少々カチンと来て、振り向いて丈哉の顔を睨みながら言った。

 「違うんだよ、在吉。本当はダベってんだ。世間話してんだけど、みんなうまいんだよ。何処となく仕事の話入れて、うまく仕事の話してるよーに見せてんだよ。本当は無駄話なのに。あいつらみんな狡いから、そういうテクニックは持ってるんだよ」

 丈哉は中村達男の説に呆れて、黙った。心の中では『自分が一番狡いくせに』と思ったが、口には出さなかった。黙ったままだと、また怒らせると思った丈哉は、少し間を空けてしまったが、一応返事をすることにした。

 「はあ…」

 「何だよ、その生ぬるい返事は」

 中村達男が不機嫌な調子で返す。ちょっと怒っているようだ。

 「いえ、成程と納得したまでで。ところで中村先輩、何処行くんです?」

 丈哉は話を変えた。こういうときは、話を変えるに限る。しかもそれは、中村達男が好きそうな事柄にだ。

 中村達男は黙って、通りを歩き続ける。夕方とはいえ、夏場はまだ陽も高く、しかし時刻だけは夕方の退社ラッシュに近づいているので、人通りは徐々に増えて行っている。歩き進むに連れて歩道の人は増え、また、二人は人通りの多い方へと進んでいる。もう、人ゴミの中だ。

 「先輩、こっち行くと歓楽街っすね。一杯やるっすか?」

 中村達男は黙って歓楽街の方へと進み、在吉丈哉が着いて行く。やっぱり達男は少々、機嫌を損ねているようだ。

 「この暑さっすから、生ビールぐっとやるのも良いっすけど、まだこんなに明るくて、早くないっすか?」

 一、二歩後ろから着いて来る、丈哉の問いに、中村達男は前を向いたままで、応えた。

 「良いんだよ。時間なんて気にして、どうすんだよ。明るい内でも、飲みたいものは飲みたいんだ。昼だろうが夜だろうが、飲みたいときは飲むんだ。それが自由社会ってもんよ」

 どうも、丈哉は、中村先輩の言う理屈には、納得しかねることが多い。このときもそういう気持ちだった。だが、何か意見を言うと、また今以上に、機嫌を損ねさせてしまいかねない。丈哉は一応、返事をした。

 「はあ…」

 人ゴミの中を歩いている内に、繁華街に入った。もう、歓楽街の入り口近くだ。達男は何も言わずに自然に、一軒の居酒屋へ入って行く。夕方だが真夏の今は、昼間のように明るい。丈哉は、こんな明るい内から酒を飲むのか…、と躊躇しながらも、達男に着いて居酒屋の暖簾をくぐった。

 「へい、らっしゃい!」と、威勢の良い男性店員の声が掛かって、二人は一つのテーブルに案内された。まだ客は少なかった。

 二人の他に見えるのは、離れたテーブルに居る三人組だけだ。達男が、丈哉に何も訊かずに、「生二つ」と注文した。やがて店員が、中ジョッキの生ビール二杯と、お通しの小鉢を二つ持って来た。達男がメニューを見るのもそこそこに、唐揚げと二、三の注文をした。達男は、丈哉には何も訊かずに、後は黙ってジョッキを口に運ぶ。丈哉はあまり空腹を感じていなかったので、店員に「取り合えず、それだけ」と言うと、店員が鸚鵡返しに注文した品を復唱して、去って行った。

 達男はジョッキを二度、口に運んで、割り箸を取り、お通しのおかずを摘まんで、口に放り込んだ。時間が早いからか、後の客は入って来ない。達男が黙ったままなので、丈哉が喋り始める。

 「最近、中村先輩の方の受け持ちは、どうなんすか?」

 仕事の営業で最近、丈哉は達男と組むことがなかった。丈哉は、達男の持っている仕事の進捗状況など、情報を知りたかった。普通、会社員ならそうである。職場の同僚の仕事具合などは、知りたいものだ。

 「こんな酒の席まで来て、仕事の話なんかするんじゃねーよ」 

 達男が不機嫌に答えたので、驚いた。普通、退社後のサラリーマンは飲み屋に行って、会社や仕事の話をする。例えそれが、愚痴や文句でもだ。丈哉は呆れて、次の言葉が出ない。イライラするように、達男が喋り出した。

 「いいか、在吉。デキる会社員ていうのはだな、メリハリ着けるんだよ。会社は会社、仕事は仕事。就業時間が一分でも過ぎれば、プライベートな時間だ。そのプライベートな時間に、仕事の話を持ち込む奴は、駄目な会社員だ。俺は、そんな駄目人間はお断りだ」

 達男の言を聞いて、社内での、ぼんやりパソコン画面を眺めながら、鼻の穴をほじっている、だらしない達男の姿や、職場近くの喫茶店で、就業時間中にスポーツ新聞を広げてくつろいでいる、達男の姿を思い浮かべた。

 しばらく二人の間に、沈黙が横たわった。痺れを切らせたようにイライラしながら、中村達男が喋る。

 「何か話せよ」

 この一言に、丈哉は驚いた。飲み屋で、職場の先輩・後輩でコミニュケーション取ろうと、仕事の話出せば、会社とプライベートと分けろ、みたいなこと言って遮るし、自分の方は、話題が無いのか、何も話降らないし、全く勝手な人だと思った。いささか不満が顔に出たのか、達男が後輩を咎めた。

 「何だよ、その顔は」

 「ええっ!?いや、別に何も…」 

 「何か話ないのか、って言ったんだよ。例えば、女の話とかよ」

 丈哉は、この一言で合点が行った。この人の興味は“女”なんだ。女の話をすれば、応じるんだ。この場も上手く行くんだ。そうか、女か。でも、自分の彼女である大左渡真理の話なんかすると、機嫌が悪くなる。ここは風俗の女の話とかしないと、駄目なんだ。でも、自分は普段、風俗なんて行かないから、そういう話はネタがない。丈哉は困ってしまったが、そうだ、会社の事務の女の娘の話でもしよう、と思い付き、経理に入った新人の女の娘の話を出そうと、口を開き掛けたとき、達男の方が喋った。

 「あれから藤村、どうしてるんだよ?」

 「どうしてるって…、俺もあれから病院行ってないから、知らないっすよ。まだ会社来てないから、多分、入院したままっしょ。主任が言ってたけど、しばらくは出て来れないんじゃないか、って」

 「ふう~ん。あいつも馬鹿だな。女に二股掛けた揚げ句、殺人事件にまで発展して、本人は精神的にやられちゃうとかな」

 「うう~ん、まあ、そうですけど…。よくある話っちゃ、よくある話でもありそうですけど…。その、男と女の二股とか何とかは。それに藤村さんとしては、元カノさんとは別れてるつもりだったんでしょ。まあ、相手がまだ、未練があっただけで」

 達男が、グビリとジョッキをあおって、どんっ、と強めに、テーブルにジョッキを置いた。

 「それが駄目なんだよ。そーいうのが、藤村の血も涙もない、鬼のような冷血なトコなんだ」

 「はあ…」

 「もっと、付き合う女のコトは、一人一人ちゃんと、考えてやらなきゃ駄目だ」

 中村達男が、藤村敏数の異性交際関係の話をするとき、いつも批判的というか、何だか憎々しげに悪く言う。丈哉は内心、思っていた。これは、ルックスが良い方で、どちらかと言うとイケメン方向な顔の藤村敏数が、比較的女にモテる方なので、中村達男が嫉妬心から面白くなく、いつもけなしているのだろう、と。

 「一度でも付き合い始めたら、どんな相手でも、その娘の気持ちを大事にして、傷付けないようにしなきゃ、駄目だよ」

 達男がもっともらしいことを言うが、丈哉は心の中では、『自分がモテないから妬いてるんだ』と思って、鼻で笑っていた。しかし表面の態度では、表情を変えず、黙って聞いていた。

 「まあ、起こったことは今さらしょうがないから、藤村も反省して、これからの女付き合いも、考えて行くんだな」

 「殺された今カノの両親て、あれからどうしてるんですかね?もう、藤村さんの病室へは来てないかな?」

 丈哉は、見舞いに行ったときに鉢合わせた、被害者である元カノの両親の、ベッドの藤村敏数の胸ぐらを掴んで、怒り狂う父親や、号泣する母親の姿を、思い出していた。

 「藤村の自業自得だからな。神様はちゃんと見てるんだよ。人でなしの藤村に、天罰を与えた」

 丈哉は、中村達男の口から、“神様”や“天罰”などという言葉が出たことに、驚いた。

 「で、肝心の、元カノの方の城山まるみさんの方は、何処に行ったんでしょ?今カノ殺した加害者なんでしょ。新聞には、藤村さんの部屋の奥の窓から逃亡したと思われる、とかって書いてたけど。何でも、それっきり足どりが掴めてないそうですけど」

 「そんなこと、おまえ、警察が行方が解らないのに、俺が知るかよ」

 達男がぶっきらぼうに応える。

 「そりゃそうですが。でも何か、かなり様子が変だったんでしょ。何しろ、藤村さんの今カノ、城丸まるみに、首を歯で喰い千切られて、殺されたんですから」

 「気味悪いよな…」

 何かを思い出したように、達男が顔色を変えて、ぶるっと震えた。

 「先輩、大丈夫っすか?」

 「ああ。俺は、殺されたばかりの今カノの死体を見てるからな。思い出しちゃったよ。あの姿は、忘れようにも忘れられないよ。嫌なもん見ちまった。あの晩は、俺も眠れなかったもんだ‥」

 青ざめた中村達男の顔を見ながら、丈哉は、この人も人の子なんだな、と思った。

 「そうだ先輩。ほら、あの、おタカ婆さん。歓楽街の通りで暴れて、通行人を襲ったりしたんでしょ。被害者ともども病院に収容されたとか、ニュースで言ってたけど。何か似てないっすか?」

 「何にだよ?」

 「城山まるみさんにですよ。噛み付きながら襲い掛かるなんて、いうのが。考え過ぎかな」

 「まあ、そういうことは、俺たちには解らねえよ。とにかく、その、藤村の元カノは、モンスターになったってことだな」

 「どうして急に、モンスターになんかなったんだろう?おタカ婆さんは、野犬に咬まれたって話だったけど。そういや昨晩のニュースで、おタカ婆さんを咬んだって犬が見つからなくて、どーも、おタカ婆さんの咬まれた傷が犬の咬み痕じゃない、とかってやってましたよ」

 おタカ婆さんが未明に、野犬に咬まれたであろう傷の重症で、救急で病院へ担ぎ込まれたという速報が昼間流れた、その晩のニュース番組で、このニュースの続報で、ことの詳細が語られ、実は、おタカ婆さんは首から血を流しながら、夜明け前の歓楽街をふらふら歩いていたらしく、深夜も未明のことで人通りがなかったが、仕事を終え、店を閉めに通りに出て来た、バーの経営者と従業員の男が、突然、おタカ婆さんに襲い掛かられ、男性の一人は首筋を噛まれ、もう一人の男性が引き剥がそうとしたが、年寄りにしては力が強く、噛まれた従業員の男は叫び声を上げて鮮血にまみれ、慌てたバー経営者の男が、店内から金属バットを持って来て、従業員を咬み続ける、おタカ婆さんの後頭部を、思い切り叩いたということだった。

 直ぐに、救急車と警察を呼び、失神したおタカ婆さんと、噛まれた男は病院へ運ばれた。これが、ことの真相だった。達男と丈哉は、昼休みにテレビのニュースで速報を見て、おタカ婆さんが野犬に咬まれて重症で、病院へ運ばれた、という、それだけの、事件のあらましの情報は知っていたが、丈哉がことの詳細を知ったのは、その晩のテレビのニュース番組でだ。

 次の日の続報で、おタカ婆さんの傷が、犬の咬み痕と異なる様相だ、ということを知った。おタカ婆さんに噛みつかれたという、バー従業員のことは、容態などの情報は出なかった。

  「先輩、おタカ婆さんが病院に運ばれたとき、もう一人、救急車で運ばれた人が居た、って知ってました?」

 「いんや、知らねえ」

 「その人、どうしたんでしょうね?だって、犬か何かに咬まれたおタカ婆さんが、おかしくなって人を襲ったりして。おタカ婆さんに噛まれた人も、どうにかなったんじゃないのかな?」

 「何だよ、嫌にその件に固執するじゃねえかよ」

 「だって先輩、城山まるみさんとおタカ婆さん、似てるじゃないっすか。この二人の症状って、ほら、ホラー映画のゾンビですよ」

 「城山まるみがゾンビになって、藤村を襲ったってか。馬鹿野郎、ゾンビなんてのは怪奇映画の、作られたお話だよ。あんなものが居てたまるか」

  「でも、何かねえ…。おタカ婆さんが野犬に咬まれたって言うけど、その野犬も見つからないし、やっぱりゾンビが居るんじゃないすか?城山まるみさんとおタカ婆さん以外にも。それも実は、けっこう居るんじゃないすかね?」

 「おまえはホラー映画の見過ぎだよ。そんなもんが、現実に居てたまるか。さあ、在吉、そのビールをグッと開けたら、行くぞ!」

 「行くって、何処にすか?」

 「馬鹿だな、おまえ。おねえちゃんの居る店に決まってるだろうが。おまえ、飲みに出て、こんな居酒屋で唐揚げとか食って終われるか。酒飲みの醍醐味は、やっぱりおねえちゃんよ」

 「酒飲みの醍醐味が、飲み屋のホステスとかって、おかしくないですか。オシャレにショットバーとか行くのなら、解るけど」

 「グダグタ言ってねえで、早くジョッキ開けちまえよ」

 「えーっ、おねえちゃんが居る店って、だいたい高いからなあ…」

 「横に女が居てこそ、酒がうまいんだよ。良い女は酒を引き立てるんだ」

 「行くって、何処行くんすか?まさか、この先の歓楽街の奥?」

 「ああ。あの辺しかないだろ、キャバクラは」 

 「やっぱりキャバクラか‥。でも、歓楽街の奥の方って、おタカ婆さんが救急車で運ばれたトコですよ。その前に、おタカ婆さん、飲み屋の従業員に襲い掛かったって話だし。あの辺、ヤバイっすよ」

  「馬鹿野郎、ゾンビが怖くて女の娘抱っこして、ソレソレソレ~ってやれるか!キャバクラで遊ぶんなら、男は命懸けよ」

 「キャバ嬢に、命なんか懸けたくないっすよ」

 「とにかく早くしろ。次行くぞ、次」

 「次ったって、外、まだ明るいすよ」

 「良いんだよ、明るくても。夏は陽が長いのは当たり前だ。店はもうやってるんだから」

 「ちぇっ、やっぱりキャバクラ行くつもりなんだ」

 二人は居酒屋を出て、歓楽街を奥の方へと歩いた。もう夕方も七時くらいだろう。ようやく空は、薄暗いくらいになって来ている。真夏の歓楽街の人通りは多く、賑わっている。大半は居酒屋やビアガーデンに向かう、勤め帰りのグループだ。声を大きくして呼び込みをする、客引きの男たち。

 歓楽街の中心まで歩いて来て、毒々しい極彩飾の風俗のネオン看板が、目立ち始めた。中村達男が、声を掛けて誘って来る客引きを無視して、首を左右に、辺りを見回しながら、ぶらぶら歩く。この街のキャバクラなど、風俗店に通い慣れてる達男は、今宵はどの店に入って、盛り上がって楽しもうかと、頭の中で風俗店でのイロイロな場面を思い描きながら、ニヤニヤと口元をだらしなくしながら、ゆっくりと歩いていた。その直ぐ後ろには、半ば困ったような、憂鬱そうな顔をした在吉丈哉が、とぼとぼと歩いている。こちらも、声掛けて来る呼び込みに知らん顔して、やり過ごしている。

 「やっぱ、キャバクラ行くっすか?もう、この辺り、風俗ばっかりっすよ」

 達男は、丈哉の問い掛けには応えず、ぶらぶらと辺りを見回している。

 「ああ、もうすぐ、この辺りっすよ、おタカ婆さんが倒れてたのって。救急車で運ばれたとき。正確には、その前に飲み屋の従業員、襲ってるけど。もう、この辺っすよ」

 「馬鹿野郎、俺たちは刑事じゃねえんだ。そんなことは、どーだってイイんだよ」

 歓楽街途中の大きな十字路に来た。大きいといっても、昔からの飲食店や商店が立ち並ぶ繁華街の通りだ。二本の繁華街ストリートが交差する十字路である。ここ一帯が、歓楽街の中心地で、一般的な商店よりも水商売関係の飲み屋が多い。昔からの歓楽街ではあるが、今は四、五階建ての雑居ビルが並ぶ。ビルに入っているのはたいていはバーやスナック、風俗店などだ。一階に、少し規模の大きい大衆居酒屋を構えるビルが多い。

 十字路を右に曲がって少し歩けば、中村達男行き付けのキャバクラ店の入る、ビルがある。二人は歓楽街十字路の真ん中まで来て、立ち停まった。達男が思案しているのである。達男行き付けのキャバクラ店、ギャラクシーには、達男お気に入りでいつも指名している、源氏名を“かえで”というホステスが居る。今日もギャラクシーに行くべきか、それとも別の風俗店へ行って新しい女の娘を捜すべきか。達男は立ち止まって、しばし悩んだ。

  中村達男の趣味と言えば、飲み屋街を散策し、居酒屋でもスナックやバーでも風俗店でも、酒が置いてある飲食店を巡ることが大好きだった。達男は酒飲みだが、酒そのものが好きと言うよりも、歓楽街の水商売関係の店々を、あちこち巡ることが好きなのだ。勿論、女好きの達男は、特に、ホステスやキャバ嬢の女性の従業員の居る店を好む。その趣味の幅は広く、濃厚なサービスのある、俗に“セクキャバ”と呼ばれる店から、カウンターに女性の居るガールズバーからスナックまで、大好きなのだった。また、飲み屋に居る、未知の女の娘を捜し出すことも、歓楽街を巡る中での、達男の大きな楽しみの一つなのだ。

 十字路の真ん中で凝っと思案している中村達男のすぐ傍で、在吉丈哉はくさっていた。声には出さないが、中村達男に対する不満でいっぱいだった。在吉丈哉はキャバクラのような店が好きでなかった。もともとそんなに酒が強い方でもなく、酒好きという訳でもないので、職場の付き合い程度には飲み屋にも行くが、水商売の女性とやり取りすることが苦手な方なので、ガールズバーやキャバクラはあまり好みではなかった。

  今日は終業時刻近い時間に、先輩の中村達男に会社帰りに、一杯飲みに行くことに誘われ、まあ、タマには良いか、と達男に着いて出たのだが、まさかキャバクラに行くことまでは考えてなかった。

 在吉丈哉は会社で営業部に所属しているが、もともとの性格は明るくて友達付き合いも良いが、人見知りがあり、初対面の人と話すのは苦手だった。人付き合いも、合う人と合わない人がはっきりしていて、相手に慣れるまでに時間が掛かる。落ち着いてラクな気持ちで人と話すには、何度も会って会話を重ねないと、初対面や、苦手なタイプの相手の前では緊張してしまって、なかなか言葉が出て来ない。

 毎日顔を合わせる職場の上司や先輩·同僚たちとは、普通に会話して普通にコミニュケーション取っているが、はっきり言って、他所の会社に訪問する営業職は、かなり苦手意識を持っていた。新入社員当時は、自分には向いていない、と真っ暗な気分で居て、いつも会社を辞めることを考えていた。 

 しかし、丈哉の仕事である営業職は、会社の業態柄、飛び込みよりもルートセールスが多く、初めの頃は取引先には上司や先輩に着いて行って、一人で訪問するときはお使い的な簡単なことだった。また、営業課の上司である、今は行方不明になったままの吉川和臣係長や、直属の主任などが、懇切丁寧に仕事を教えてくれ、何かと面倒を見てくれたので、苦手な、ヒト相手の営業職でも、何とかこなして行けるようになった。会社に入って二年以上経ち、だいぶ仕事の要領も覚えたが、まだまだ職場では下っ端であり、大きな仕事では主任や先輩に着いて行くことが多かった。だが、何度も通っている内に取引先にも顔馴染みができ、今は仕事で悩むこともなく、もう今は、以前のように「辞めたい、辞めたい」と思っている訳ではない。

 在吉丈哉が自分の思いから我に帰り、中村達男を見た。達男は立ち止まったまま、歓楽街通りの、先の方を見ている。後ろに立つ丈哉には、達男の顔は窺えない。達男が凝っと見ている方の先を、丈哉も目で追った。通りの先には女が立っていた。夏の日の夕方過ぎ、ようやくぼつぼつ陽が落ちて、空を薄闇が覆おうとしている時刻、歓楽街の人通りは多い。行き交う人々の中、達男が見詰めているであろう女は、一人だけ立ち止まっている。

 「先輩、誰ですか?」

 丈哉は、達男の背中に問い掛けた。返事はない。女が軽く片手を胸の辺りまで挙げて、二回くらい、おいでおいでをした。女は、黒っぽい透けて見えるような生地の、ワンピースの夏物ドレスを着ている。濃い茶髪に染めた長い髪。顔はよく見えないが厚化粧のようだ。ズバリ水商売の女だろう。全体的に安っぽい感じがする。場末のキャバクラのホステスか?

 丈哉が達男の背中に向かって、再び問い掛けようとすると、達男がボソリと一言喋った。

 「かえでちゃんだ…」

 「えっ?かえでちゃんて、あのギャラクシーの?」

 丈哉は、達男のお気に入りだという、“かえで”という源氏名のホステスを知らない。丈哉も、達男に半ば無理やり誘われてキャバクラに行ったことはあるが、まだ、ギャラクシーという店に行ったことはなかった。

 達男がふらふらと、前方へ歩き出した。7、8メートル先で、達男が“かえで”と呼ぶ女が待っている。この通りを前方へ少し行けば、人通りは寂しくなる。そしてそこには、あの“ビッチハウス”がある。丈哉は、吉川係長を見掛けて後を追い、ビッチハウスの店の入る古ビルに訪れた夜や、もう一度、ビルの前まで来たことを思い出した。

 あの晩は、霊感の強い真理から、直ぐに戻って来るように言われた。階上にあるビッチハウスに向かおうと、ビルの中に入ろうとしてたときだ。真理が携帯に電話して来て、呼び戻したのだ。丈哉は今も、嫌な予感がした。何だか胸騒ぎがする。

 ふと達男を見ると、中村達男はふらふら歩きながら、前へ進んでいる。行き交う人にぶつかりそうになりながら、相手が達男を除けて行く。その数メートル先に、女が達男を先導するように、時折振り返りながら、ゆっくりと前方へ歩いている。この先は、あのビッチハウスだ。丈哉は、はっきりとした理由も解らず、危機感を持った。

 「先輩っ!」

 丈哉が後ろから、達男の肩のあたりを掴んで、呼び止めた。達男は、心ここにあらずの状態で、前へ進もうとする。肩を掴む丈哉の手など、意に介していない。

 「中村さん、駄目ですって。行っちゃあ!」

 それでも、中村達男は前へ行こうとする。通りの行き交う人が何人か、好奇の目で見て行く。丈哉が恥ずかしいな、と思い、達男を掴んだ手を弛めると、するっと丈哉の手を抜け、達男が数メートル先を行く女を追う。丈哉は、女が達男をビッチハウスへと誘導しているのだ、と直観で思った。

 やっぱり、あのビッチハウスって店は怪しいんだ、あのビルに中村先輩を連れて行かれちゃ駄目だ。そう思った丈哉は、夢遊病者のようにふらふらと女を追う、中村達男の腰部分に思いきりタックルした。丈哉は、達男を抑えることができた。両腕を腰に回されて力を入れられ、達男の両足は歩みをしているが空をきって、進むことができない。

 無意識に、機械的に足を交互に出して歩もうとする達男は、両腕で腰部を締められながらも前へ行こうと、もがいているような格好である。丈哉は、前へ行かせまいと片膝を地面に着いて、全身に力を入れて抑える。懸命な丈哉は、周囲を見る余裕はないが、おそらく周りの人たちが好奇の目で見てるんだろうな、と思うと、恥ずかしくて堪らなかった。

 前へ出ようとする達男の力が強く、腰に回している両腕が思わず滑った。丈哉の片手が達男の股間へと行く。丈哉はぎょっとして、反射的に手を離してしまった。

 「何てことだ…」

 丈哉は驚いて放心した。中村達男は勃起していた。夢遊病者のように、心ここにあらず状態の達男は、ズボンを張り上げて股間を、勃起させているのだ。意識がなく、操られているような状態の達男は、性的に興奮しているのだ。数メートル先で立ち止まって、こちらを見ている女がニヤリと笑った。丈哉は、その不気味な笑いに、身体がぶるっと震えた。

 丈哉の縛りから解放された達男は、また夢遊病者の如く、ふらふらと前へ歩き出す。見ように寄っては、まるでゾンビだ。また、数メートル先の女が誘導するように、前方へ進み出す。ハッと我に返った丈哉は、また達男の背中を追い、叫びながら、達男のワイシャツの後ろ襟に指を掛けた。

 「先輩!」

 前へ出ようとする達男はお構い無しだ。達男の首が後ろに引っ張られ、身体を反らせて両手が宙を泳ぐ。前方の女はまた立ち止まり、仁王立ちのような格好でこちらを睨む。女と丈哉の視線が合った。女の目は、明らかに丈哉に対して敵意を持っている。丈哉はビビり、胸に恐怖心が沸く。

 「駄目ですよ、中村さん。あの女は明らかにおかしい。行っちゃ駄目ですって!」

 丈哉の引き留める言葉もまるで聞こえないかのように、達男は振り返り、襟元の丈哉の手を払った。自由になった達男はずんずんと前へ進む。再び歩き始めた中村達男を認めると、怪しい女はまた前を向き、歓楽街の奥へと進む。

 在吉丈哉は茫然と立ち尽くした。表情はまるで、今にも泣き出しそうな顔をしている。中村達男はズボンの股間を張り上げて、勃起している。丈哉は、滑った手が触れた達男の局部の屹立した硬さに、驚いていた。まるで天を突き上げるように、男の一物がカチカチに固まって起き上がっている。達男本人は、催眠術に掛けられたように、夢遊病者のように、心ここにあらずの状態で、無表情で異常だ。意識は無意識状態なのに、性的興奮だけが異常に高まっているのだ。

 丈哉は、前方で、時折おいでおいでの仕草をして、達男を誘導して連れて行こうとする、不気味な女が、色惚け状態で男を性的に惑わす、女狐の妖怪のように思えた。中村達男は完全に性的に惑わされてしまっている。

 あの女は化け物だ。男を惑わす妖怪か何かだ。丈哉はそう思うと、達男のことよりも自分が怖くなって、ここから逃げ出したい気持ちになった。丈哉の上下の歯がガチガチと鳴って、震えている。自分の手足が今、小刻みに震えているのが解る。

 丈哉のところから、まるでゾンビのようにゆっくりと歩いて、先ほど、女が仁王立ちしてこちらを見ていた地点まで行った達男が、急に立ち停まった。女の方はもっと先まで行ったらしく、通りの人ごみに遮られて、丈哉からは女の姿が見えなくなった。丈哉は力なくうなだれた。

  立ち止まった達男が突然、ズボンのベルトをガチャガチャやり出した。「キャアーッ!」と女性の悲鳴が上がる。悲鳴の声に驚いて、丈哉が再び顔を上げ、数メートル先の達男の後ろ姿を見た。

 何と、中村達男はズボンを降ろしているではないか。他にも悲鳴が上がる。何しろ歓楽街の人ごみの中だ。ズボンから両足を抜いた達男は、今度はパンツに手を掛けた。パンツも降ろすつもりらしい。悲鳴が幾つも上がり、達男の周りがザワザワと騒がしくなった。

 「いけないっ!中村さん」

 在吉丈哉はダッシュするように前方へ駆けた。丈哉が、中村達男を背中から抱き締めるように捕まえる。しかし遅かった。人ごみの各所で悲鳴が上がる。「何やってるんだ!」と、男性の怒鳴り声が上がった。

 「変態だ!」「痴漢よっ!」次々と男女の叫びが上がった。達男は呆けたような意識のない状態で立っている。相変わらず自分の一物を屹立させているが、今度はズボンもパンツも降ろした状態で、男性の局部は丸見えだ。当然、これは法律違反の行為だ。

 「中村さん、中村さん。どうしたんですか!」

 丈哉はもう泣いていた。人前でモロ出しに出した男性局部は、天を突くように屹立している。男としては立派なものだ。しかし、ここはそれを出して見せる場所ではない。風呂でもない。人通りの多い繁華街の通りだ。

 丈哉は、中村達男のパンツを後ろ側から引き揚げようとしている。達男は両手で邪魔してパンツを上げさせない。そうこうしている内に、丈哉の傍で怒鳴り声がした。

 「こらーっ。貴様ら、何やってるんだーっ!」

 丈哉が顔を上げると、直ぐ側に警察官が居た。丈哉と中村達男の周りを黒山の人だかりが取り巻き、ザワザワと騒がしい。丈哉は恥ずかしくてたまらず、横に立つ二人の警察官にも、どうしよう?と悩んだ。丈哉は正直、この場から全力で走って逃げ出したい気持ちだった。

 丈哉が警察官と周囲の人だかりに驚いて、パンツを持つ手の力が抜けると、達男は一気にパンツを足首までずり降ろした。慌てて二人の警察官が達男を捕まえ、パンツを上げさせる。パンツを上げきると警官二人で左右から取り押さえ、丈哉を睨み着ける。

 「どうしたんだ、これはいったい!」

 丈哉は何と答えていいのか解らなくなり、半分泣き顔になった。

 「まあ、異常者なんだろうが…」

 達男は両脇から身体を抑えられながらも、警官の手から抜けようと暴れている。警官の一人が携帯電話を取り出して、応援要請をした。警官は達男を精神病患者と思っているようだ。群衆の中でズボンやパンツを降ろして、下半身を露出したのだ。無理もない。

 「今、パトカーが来るから、署まで連れて行く。あんたも来て貰うぞ」

 警官に言われ、丈哉は泣きそうな顔をしながら黙って頷いた。丈哉は顔を上げ、中村達男を狂わせた張本人に違いない、本来はキャバ嬢で源氏名を“かえで”という、茶髪ロングで黒い夏ドレスを着た女を目で捜した。

 「居ない…」

 警察官が丈哉を促す。

 「うん?どうした。パトカーが来た。行くぞ」

 中村達男は、二人の警官に両脇から抱えられ、通りを後戻り、十字路を右に折れて、停車しているパトカーへと連れて行かれる。丈哉は、達男のズボンを拾って後ろから着いて行く。応援の警官がやって来て、三人掛かりで達男を車へと連行する。丈哉はもう一度振り返って、女を捜した。やはり女の姿はなかった。

 達男は、上は白系のワイシャツに弛めた青いネクタイで、下は柄物のトランクスタイプのパンツ一枚という格好で、パトカーに乗せられて、後部座席で二人の警察官に挟まれた。丈哉は、助手席に乗るように言われて、在吉丈哉と中村達男は、最寄りの警察署まで行くこととなった。

 やがて、パトカーがゆっくりと動き出す。パトカーを丸く取り囲んだ群衆が、ザワザワと騒がしい。群集の後ろの方に、もう夜とはいえ、この真夏におかしな格好をした男が立っていた。ハンチング帽を深く被り、薄手ではあろうが長袖のブルゾン、サングラスを掛けて、口元は白色の大きなマスクで隠している。体格は良さそうだが、そこまでの大男でもない。毛深いのか、口元のマスクで覆いきれない顎のラインは、濃い茶色の髭が漏れ出ている。ハンチング帽から漏れ出た頭髪もふさふさしていて、後ろの髪もボサボサと伸びている。髪の色も黒色に近い方だが、濃い茶色だ。

 パトカーが行ってしまうと、この得体の知れない男も、群集の端から消えた。

 

※狼病編(13)終了。狼病編(13)は終わりました。この物語は次回、狼病編(14)へと続きます。「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(14)へと続く。

 

◆(2012-12/01)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(6)
◆(2013-01/06)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(7)
◆(2013-01/25)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編 ..(8)
◆(2013-04/09)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(9)α
◆(2013-04/09)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(9)β [・・αの続き]
◆(2014-05/18)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(10)
◆(2015-05/21)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」狼病編..(11)
◆(2016-02/20)小説・・ 「じじごろう伝Ⅰ」 狼病編..(12)
■(2013-05/28)小説・・「じじごろう伝Ⅰ」..登場人物一覧(長いプロローグ・狼病編)

 

 

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