ノー天気画家の本音生活 

これが私の生き方などとヤセ我慢するよりも、今日の風に流されましょう!

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私はこうしてお酒を止めました

2016-01-28 15:43:59 | 犬たち

私は「アルコール依存症」、つまり「アル中」でした。

社会人となった22歳から72歳の現在までの50年間は、毎日、一日も欠かさず酒を飲み続けてきました。
この50年間、幸運なこに大病にはなりませんでしたが、それでもいくつかの病気になり、(今だから言えますが)そんな絶対禁酒の時でも、ベッドの下に隠していた酒を、深夜チビリチビリ飲んでいました。
だから大げさでも何でもなく、50年間一日も欠かさず酒を飲み続けてきたのです。

そんな私が禁酒を決意したきっかけは、定期的に診断する主治医の先生によると、血液検査のデータから「薬を飲むまでではないが、血糖値が上がっていますネ〜」と指摘を受け、それに続く栄養士の菩薩のような美人先生から、「最も妥協しても、週1日は休肝日をとりなさい!」と鬼のような言葉を告げられたことにありました。
その瞬間、私は人生最大(ちょっと大げさですが)の決断をしました。

休肝日をつくるくらいなら、いっそのこと永遠に酒を断とう!と。

その決断の背景には、70歳を過ぎてからの健康や体力面での不安を実感するようになり、その原因のひとつにお酒が大きく影響していることを、薄々気づいていたからです。

                            ● 

話変わって、住宅改造用語に「リフォーム」と「リノベーション」という言葉があります。
「リフォーム」とは、老巧化した住宅をもとの状態にできるだけ近づける改築を言います。
「リノベーション」とは、これまでの住宅の機能や性能を向上させたり、新しい価値を設けたりする改築を言います。
医療行為は病気を治癒することですから「リフォーム」に当たりますが、私は禁酒を契機にいっそのこと「リフォーム」ではなく「人生のリノベーション」を意図したのです。
つまり身体も精神もより健康になり、充実した後半を送れることを意図したのです。


                             

現在、禁酒して半月を経ることが出来ました。

体質が大きく変わりつつあることを、はっきり自覚できるようになりました。
身体がフレッシュで身軽になり、精神的に爽快な気分を味わっています。
それもそのはず、体重が3キロ減り、これからもスリム化が期待できます。
就眠時間が変わり、睡眠が深くなることで、朝の目覚めが爽やかになりました。
五感が鋭くなり、食事や散歩が楽しくなりました。

禁酒して実感することは、アルコール依存がそれほど深く体を蝕んでいたわけで、酒は毒薬でもあったのですね。

                            ● 

それでは禁酒は、専門病院があるくらいですから、さぞや地獄の苦しみだったのではと思うでしょう。
崖から飛び降りるような決死の覚悟で臨みましたが、実際にやってみて驚くこととなりました。
ただ単に酒を飲まないだけですから、なんと「こんなカンタンな事だったのか!」と、面食らうほどあっけなく禁酒生活に入り、現在も続いています。
これを通してわかったことは、アルコール依存症の最大の理由は、お酒が好きというより、お酒を止めることへの恐怖からだったのです。


禁酒最大のポイントは、飲みたい酒をガマンするのではなく、目標を明確に持つことがコツのようで・・・

禁酒することは、これまでの生活をリノベーションし、新しい人生に生まれ変わることなのです!

と思うと、それは、希望の光に向かって力強く歩み出す歓びさえ感じているのです。

森田健二郎のトレース水彩画へ


 

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新企画「トレース水彩画で描く絵手紙」を始めました

2015-09-20 14:24:59 | 犬たち

 

新企画 「トレース水彩画で描く絵手紙 を始めました。


それは上手とはいかないまでも、味のある文章を書く、試練の始まりでした。
一般的に絵手紙とは、絵が主役で文章は添え物として入るのが常ですが、この企画では意図して、文章がメインで絵がその文章を補佐するサブの役割となるような構成にすることとしました。
なぜならば、これまでと同じような絵手紙を描きたくないからです。
となれば、言葉の内容もさることながら、言葉の姿といいますか書道力が作品の質を大きく左右することになります。

そこで私は真正面から、大きな壁にブチ当たってしまいました。

私には致命的な苦手意識が2つあり、1つは美女に見つめられること、もう1つは文字を書くことでした。
だからガキの頃から現在まで、ミミズがのたうち回った下手な字を書く男と言われ続けてきました。
その中でも下手なら「下手の味」というものがあるのですが、味も何もない手の付けられない不毛の下手でした。
これまでかなりの数の絵を描いてきたのですが、文字といえば ken のこれまたヘタなサインだけで、それ以外の文字とは、文章を挿入すれば絵の魅力が倍増するのに、ひたすら逃げてきたのはそれを証明しています。

それでは今回なぜそんな恥さらしの企画にわざわざ挑戦するのか、それは今がヘタと言われ続けたそのらく印を捨て去るチャンスと思ったからです。

ということで、書道用具一式を買い込んで、お手本を見ながら書道の練習を始めたのですが、それは面白くもなんともないというより、苦痛でした。
今私は何をしようとしているのか?もし書道のお手本のような文字を書けたとして、いったい何になるのだ?という思いが膨らみました。

よく考えてみると、絵は自己表現そのものであるように、書いた文字も自己表現でなければなりません。
とすれば、下手は下手なりに、クセがあればクセがあるなりに、自分の文字を心を込めて、誠心誠意書けば、その結果として、文字の中に味わいが表現できるのではないだろうか。

ということで練習などせずに、直接本番に挑戦することにしました。
そこで恥をかくのがわかっているのですが、その恥こそ次への原動力となるのではないだろうか。
そしてその第一作目が、上の「トレース水彩画で描く絵手紙」を仕上げましたが、作品ヘタさに恥じ入るよりも、次への燃えるような意欲が生まれました。

文章を書くことは絵と同じように水彩画の一部と割り切ることにしました。
そのため、あえて書道の筆ではなく通常の水彩画の筆を使い、墨や墨汁ではなく水彩絵の具で書くというより、描くことにしました。

このシリーズは、私の文章への上達の記録と捉えてください。
すでに 1作・2作 と文字が変化といいますか、上達への手がかりを模索しているのがわかると思います。
最終的には、絵もうまいけど文章も達筆だとなるのですが、これからどのように変わっていくのか、LIVEでお楽しみください。

                 ●

世間では「絵手紙」と言えばこんなもんだ!と思っているようですが、私はこれまでにない新しい「絵手紙」を創ろうと思っています。
これまでの絵手紙のスローガンは「ヘタでいい、ヘタがいい」ですが、私の創る新絵手紙のスローガンは

    ヘタでもいいが、上手はもっといい。

カンタンにそして上手描け、描けば描く程上達する、そんな絵手紙の画法を創り、そして普及させようと思っています。

 

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理想の家を探すなら、「中古住宅」から探そう

2015-08-04 14:57:57 | 犬たち

時代の潮目は「新築住宅」から「中古住宅」へと、大きく変わりつつあるようです。

私の半生を振り返れば、どういうわけか中古住宅の購入を契機に、大きく人生が変わったような気がします。

親の資産をあてにできないわが夫婦は、結婚当初は借家住まいでしたが、子供が出来たことを機に東京世田谷に小規模のマンションを購入し、その成長ともに千葉に中規模マンションに買い替えました。
そして35歳の時にあこがれの湘南・逗子に終の棲家としての思いでテラスハウスを購入しました。
それらの3軒すべては、新築住宅の購入でした。

その逗子のテラスハウスも15年も住めばリフォームの必要も出て来て、修理による塗料の臭いを避けるため近くをドライブしながら時間つぶしをすることにしました。
そのドライブ中に中古物件の赤い旗が目に入り、暇つぶしとして入った物件に電気ショックを受けたのです。
私たち夫婦は物にとりつかれたように30分後に仮契約をし、その住宅の衝動買いが現在の住まいとなったのです。
このまたとないチャンスを見逃したら、人生に大きな悔いを残すと確信したからです。 

その中古物件をこれまでの新築物件の価格と比較すれば、環境や立地、家屋の質の高さがはるかに上だったからです。 


中古物件の魅力、1 価格の安さにあります

日本人は中古物件より新築物件が上位という意識が強く、不動産物件全体でみると、中古物件の取り扱いシェアは全体の15%程度にすぎません。
しかしアメリカは89%、フランスは66%と、中古物件の取り扱いが圧倒的に多く、海外では中古物件ほど不動産の中心をなしているのです。
日本の税制は、家屋はウサギ小屋と言われた時代に作られたのか、10年もたてば建物の税制上の評価額がほぼゼロになるのですが、それが中古物件の評価の低さに影響しているようです。
しかし現在の建築技術の高さは、100年たってもなんの問題も生じないほどレベルアップしているのですが・・・。

そのようなことが影響しているのでしょうか、中古物件の価格は新築物件の7〜8割程度、築年数により5割以下という買いやすい値段になっているのです。
 

さて私の中古物件は海を見下ろす小高い丘の上の、深い緑に囲まれた中にありました。
この家を建てた方は相当の粋人のようで、純和風の家屋に天然秋田杉をふんだんに使い、材質や仕立てのよさといいすべてが申し分なく、広い庭には露天風呂までつくられていました。
私たちにはもったいないような上等の家屋をリフォームやリノベーションなどせず、そのまま生かすことにしました。
その代りエクステリアといいますか屋外は大きく変えることにしました。
玄関と台所の外ににかなりのスペースのウッドデッキを設け、特に海の見えるリビングからバリアフリーで8畳ほどのバルコニーを設けました。
それにより家の外と内が一体化し、開放的な住居空間が実現しました。

上の絵は、そのバルコニーでのいつものティータイム風景を描いたものですが、このリノベーションこそが、私たち夫婦が長い間思い描いていたライフスタイルそのものだったのです。


●中古物件の魅力、2 中古物件は質量とも増大、よりどりみどりニーズに合わせた選択の幅が広がっています

少子化や核家族化が進展し、在宅ストック数が拡大しています。
たとえば日本の全世帯数が5000万、住宅ストック数は5760万となれば、空家は760万個となり、年間の新築件数は80万ですから、中古物件の数が圧倒しているのです。
また空家対策法が制定されたこともあり、今後中古物件数が加速度的に増大すると見込まれています。
これを購入者の視点から見れば、よりいい家は、より多くの中から、そしてより多様な中から探し出すことであり、それによりベストな一軒と出会えるのです。
 

●中古物件の魅力、3 リノベーションにより、自分好みの住宅に替えられます

「古民家再生」が古と新の調和の中に深い味わいの住空間ができるように、TV番組「ビフォーアフター」のように効果的改築が、居住者独自の理想の住宅を創るように、
リフォームやリノベーションが、住む人の求める理想の住居に再生でき、新しい居住空間が作れるのです。
むしろ中古物件の醍醐味は、思想の住まいへのリノベーションにあるかもしれません。
 

私の新しい住宅はまさに心地よく、それを体感するうちに、これまで馬車馬のように働くことしかしてこなかった自分を振り返る絶好の場となりました。
そうことしているうちに自分の中に「表現する」ことへの強い欲望が沸き起こり、それが結果として絵を描くことの魅力を発見したのです。
逆から言えば、現在の家に移住しなかったら、絵など描いていなかったかもしれないように、住まいが人生後半を大きく替えてしまったのです。
仕事が人をつくるように、しみじみ「住まい」が人をつくるとも思っています。
 

●中古物件の魅力、4 中古物件に情熱を持つコンパクトな不動産屋さんを選ぶこと 

私の個展はココギャラリーで開催されており、その会場は鎌倉を拠点とした小さな不動産屋ココハウスさんに併設されているため、聞くとはなしに不動産ビジネスを知ることとなりました。

そこで知ったことは、不動産は大手の名の知れた店が情報も豊かでいいだろうとお思いでしょうが、物件情報のほとんどは共有していることを知り、情報では大も小もハンデがないことを知りました。
むしろ不動産物件は量産や量販が出来る仕事ではなく、ひとつひとつ丁寧に、そして情熱を持って心を込めて対応していくことこそ大切であり、それは大手では最も苦手とするところです。
これからはコンパクトといいますか小さな不動産屋さんの心のこもった対応こそ、ベストな物件を探し出す近道であることを知りました。

不動産に関するご相談は、ぜひ若さあふれるココハウスさんにもご相談ください。

 

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新企画「あなたのワンちゃんニャンちゃんの絵を描きます」を始めました

2015-07-15 09:08:27 | 犬たち

新企画「あなたのワンちゃんニャンちゃんの絵を描きます」という言葉通りの企画を始めました。

この企画の最大の特色は、家族の一員となっているあなたのペットを、あなたが撮った写真を素に、私が描き上げる企画です。
つまりあなたと私の共同作業、今風の言葉で言えば、コラボレーション企画です。

その企画の概要や応募方法の詳細は、以下をクリックしてください。

                                ● 

私が画家として歩み出した頃は、ペットを専門に描いていました。
その理由はワンちゃんやニャンちゃんが大好きだったからです。
そしてもうひとつの理由は、描いた絵をお渡しする時、とても喜んでいただけたからです。
喜んでいただけると言いましたが、対象となるペットの何匹かはすでに亡くなっており、私の目の前で号泣されたことも多々ありました。

つまり絵の対象物が大好きで、絵をお渡しする時喜んでいただける、それは画家冥利に尽きることだったからです。
だから久しぶりにペットの絵を描ける機会に恵まれ、今、心が躍っているのです。

そこでより魅力的な絵にするためには何より写真が大切で、ペットの写真の上手な撮り方のコツについてお話しします。

撮り方のコツ.1 事前に狙いをしっかり決める
ペットのどこが魅力的なのかをしっかり把握することが、最初にやるべきとても大切なプロセスです。
その中でチャームポイントを決めること、それは目や顔立ちなのか、行動やしぐさなのかをしっかり決めることにより、集中力を高めて撮影できるのです。

撮り方のコツ.2 数多くシャッターを押す
最近のデジタルカメラやスマホのカメラ機能の性能の高さは驚くべきで、高価なカメラは必要なく、それらのシャッターを押せば映るカメラで充分クオリテイの高い映像が撮れます。
上手な写真を撮るには数多く撮れば、それだけいい写真が撮れる確率が高くなります。
デジタルカメラですから消去すれば、たくさん撮ってもフィルムの無駄と嘆くことにはなりません。

撮り方のコツ.3 カメラはペットの目線の高さで
人間にも表情があるようにペットも豊かな表情をしており、その微妙な表情をとらえることが肖像画のポイントでもあります。
それにはカメラのレンズは目線の高さにして、しっかりその表情をとらえることにあります。
小さなペットはテーブルなどに乗せて、同じ高さで撮影しましょう。

撮り方のコツ.4 決してストロボは使わない
絵を描く上で大切な要素は影であり、影を表現することにあり、立体感や質感を表現することが出来るのです。
ストロボはレンズのそばで光るため、大切な影をすっかり消してしまうのです。

撮り方のコツ.5 ぐっと近づいて、素早く写す
絵の素として描きたくなるような写真は、テーマをしつかり捉えている写真です。
そのコツは、ペットに1歩近づいて、チャンスをしっかりとらえて写すことにあります。

そして、写真を見つけるとっておきの方法があります
あなたはこれまで自分のペットを、数多く写してきたにちがいありません。
特にペットが家にやってきた当初の子供時代は、とてもとてもかわいいに違いありません。
これまで撮った膨大な写真の中から、とっておきの1枚を見つけることもひとつの方法かもしれません。
それにすでに天国に行ったペットの肖像画を描く場合、この方法しかないですからネ。

上の絵は、新企画依頼第一号の「アビーちゃん」の肖像画です。 

                     ● 

最高にかわいいあなたのペットの絵、
それはあなたが心を込めて撮った写真だったからこそ、そんなにかわいい絵になったのです。
創るって、ものすご〜く楽しいのです。
  

 

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これまで培ってきた専門能力と総合能力を上手に使えば、人生これから!気分になれます

2015-06-17 13:08:30 | 犬たち

職業は大きく専門職(スペシャリスト)と総合職(ゼネラリスト)に分けることができます。

専門職は、専門領域に特化した才能を持つことが要求される職業です。
たとえば技術者や研究開発者、医者やIT系、私の職業である美術系も専門職となります。

一方の総合職は、広い領域の知識と対応力が必要となる職業です。
たとえば営業職やサービスや販売業、経営者や管理職、政治家がそれに当たります。

職業は明確に区分できるというものではなく、ほとんどの職業は比率こそ違え専門職と総合職の2つの性格を併せ持っており、たとえば専門職で就職しても、キャリアの積み重ねとともに管理職などの総合職に向かう場合が多いようです。

ここで重要なのは、職業は人を作るといわれるように、職業は能力の向上だけでなく性格や人生観まで変えてしまう力を持っていることです。

たとえば専門職を続ければ、こだわりや思い入れが強い性格となり、自己の領域に情熱を燃やす分、それ以外の分野に疎くなる傾向があります。
「この道一筋!」というように、仕事を生きがいとする方も多いようです。

一方の総合職に就いた場合、人当たりがうまくなり、小さなことにこだわらなく、大局的な視点を持つ能力が身に付きますが、この職業は人と人との協力なしには成立しない職業であるため、個人としての達成感が弱いことになります。

                  

私の職業歴は専門職と総合職を経験してきたのですが、第二の人生はその2つの能力を効果的に使い分けることにより、とても充実したものとなれたと思っています。

23〜35歳までの12年間は、専門職の時代でした。
私は美術大学を卒業し広告代理店の電通に入社し、広告制作のデザイナーやアートディレクターに従事しました。
その当時は、かっこいいデザインを創ることが頭の中がいっぱいで、いわゆる専門バカだったかもしれません。

36〜40歳までの5年間は、専門職から総合職の架け橋の時代でした。
会社を見渡してみれば、広告業の中心は営業などの総合職が中心で、専門職は傍流に過ぎないことを知り、局内の反対を押し切り、社内転職を決意しました。
新しい職業はプランニング・プロデューサーで、まさに専門職と総合職を併せ持つ職業であり、ここで私は自分の中にプランニング力の才能があることを知りました。

41〜60歳の20年間は、総合職の時代でした。
私のプランニング作業での新会社設立のプランが採用され、私はその新会社の役員として、定年までの20年間を悪戦苦闘の中で過ごしました。
私の仕事は会社経営ですから、総合職そのものでした。

                   

そして停年退職後は、一転して専門職である水彩画家の道を歩むことにしました。
絵が上手だったわけでもなく、大学以来の長〜い空白はあるものの、総合職で培った「知恵」だけが武器でした。 

従来の画家の道は、バカでかい絵を描き、展覧会に出品し、何回かの入選を経てその会派の会員となり、そこで派閥争いなどを潜り抜け、やっとプロの画家と認められる、そんな気の遠くなる道でした。
それを60歳過ぎから始めるとするには、あまりにも大きなハンデでした。
そのため、私は従来の画家の歩む道から徹底的に外れた、独自の道を切り開くことにしました。

まずこれまでにない新しい絵の描き方を開発することを基点にし、その開発を突破口としました。
その画法はより簡単に、より早く上達する画法で、絵画離れが加速している時代のニーズでもあると確信し、それが「トレース水彩画」の誕生でした。
展覧会は無視し、インターネットを駆使して啓蒙普及を図りましたが、それが功を奏しました。
そのひとつの目安として、開発から2年、最初の出版が実現したことから始まり現在まで9冊、延べ14万部の発行となりました。
絵を描くことは専門職の領域ですが、これら全体をプランニングし、プロデュースしたのは私に内在する総合職の能力であり、出版の執筆やウエブサイトの制作も総合職としての能力かもしれません。

絵を描き、それを発表していくすべてにおいて、専門職と総合職の2つが上手に統合されたからこそ、成果を得ることが出来たと思います。

                   

現在某企業のブランディング作業と、それに関連したキャラクター作りを行っています。

企業ブランディングの構築とは総合職の業務そのものであり、キャラクターの制作は専門職そのもので、その2つをひとりでおこなうわけですから、実に楽しいのです。

医学的見地では、加齢とともに体力は落ちていきますが、頭脳は止まる所を知らず成長するとのことです。
これまでの長い人生で培ってきた頭脳を上手に使えば、人生これから!気分になることが出来ます。


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熊には会えなかったけれど、カモシカ君には会えました

2015-05-31 11:07:27 | 犬たち

新緑が美しいこの季節、妙高山、乗鞍岳を回る2泊3日の旅に行ってきました。

NHKのBSで放送されたプロアドベンチャーレーサー田中陽希による「日本百名山一筆書き踏破・グレートトラバース」の番組に惚れてしまい、その後追い旅をすることにしました。
しかしこの年では百名山のひとつの山の登頂もしんどいため、その傍まで行ってグレートトラバースの気分だけでも浸りたいと思い、百名山でも特に印象が深い妙高山、乗鞍岳に行くことにしたのです。

いや〜、その旅の印象が、今でも頭に焼き付いている私なのです。

                    

第二の人生も12年となり、私たちの旅の形が出来てきました。それは・・・

  旅の形 ⇔垢量榲は絵を描くための、素材探しの旅であること。
  旅の形◆▲泪ぅーを駆使してのドライブ旅であること。

旅の形の回答として、私の絵であるトレース水彩画は写真を素に描くため、絵を描くための第一歩は写真を撮ることから始まり、それを目的とした旅となります。
それではそのための素晴らしい写真とはどんな写真でしょう。
団体観光客にガイドさんが「皆さ〜ん、この場所からこの方向に向かって写真を写してくださ〜い」という光景を目にしますが、そこで写した写真は、最も素晴らしくない写真です。
なぜならその風景は手垢のついた風景であり、独自性がないからであり、自分の足と心で探してこそ、素晴らしい情景と巡り合うのです。
だから私の旅は、自分の心に問いかける「感動探しの旅」となるのです。

旅の形の回答として、旅好きの私は、月に1回程度は日帰り旅、年に数回は泊りがけの旅をしているのですが、ほとんどすべてはマイカー(上の絵のレクサスSC430)でのドライブとなります。
私は車の運転が大好きだからです。
伊豆箱根、富士山周辺、千葉など200キロ圏は何度もドライブしており、故郷の金沢への行き来は言うに及ばず、北は青森、南は四国・中国とマイカーを駆使して楽しんでいます。
そういえばこの12年間飛行機は1回あるものの、新幹線は一度も乗っていないことになります。
いつも妻と二人だけの旅となるのですが、運転するのはいつも私で、妻は助手席が定位置で、他人から誤解されるも恐れず、いつも一緒に旅をしています。

                     

妙高山、乗鞍岳の宿は、大自然の営みを壊さないようにひっそりと立っていました。
特に乗鞍岳の宿はツキノワグマの生息地にあり、遊歩道を歩けばあちこちに獰猛そうな熊の写真と注意書き、そして鉄パイプと小槌がぶら下がっており、叩くとその音で熊は遠ざかるということのようです。
妻はおびえるものの、私はまさかの半信半疑で山道をかき分けて進んでいたのですが、突然犬を連れた迷彩服を着たマタギのようなおじさんに出くわしました。
さっそくその話をすると、このあたりは日常的に熊が出る場所で、昨日もこのあたりで熊を見かけたとのことです。
そのためなのだろう、彼は太い杖に鈴をいくつもつけ、腰に熊よけスプレーを携帯し、護衛のため屈強な犬を連れており、熊対策の万全の用意をしていました。
「でもワシは大丈夫!、襲ってこないから」と、ニヤッと笑ったのですが、そこに隠された何かの秘密があるように私には映りました。 

とは言うものの私たちはすっかりおびえ切り、急いで引き返すことにしました。
しばらく歩くと、前方に偶然にもカモシカが草を食べているのに出会いました。
引き込まれそうな目で見つめあっていましたが、カモシカはゆっくり茂みの中に消えていきました。
私は突然そのカモシカこそ熊に襲われるのではないかと不安になり、宿に着くなり宿の年配者の方に聞いてみました。・・・すると

「な〜に大丈夫、最近の熊は草食系になってしまったんだから。」

人の世も野生動物の世界も、なんか小さな平和を求めているのかもしれません。 

 

 

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鎌倉・ココギャラリーの個展「鎌倉 逗子 葉山の四季」は好評です

2015-05-11 01:34:03 | 犬たち

展覧会は終了しました

 

個展「鎌倉 逗子 葉山の四季」を鎌倉駅前の小さなギャラリーで開いて、もう1ヶ月が過ぎました。
1ヶ月も続く個展は長すぎるとお思いでしょうが、これからが佳境でまだまだ続きますよ〜。

私はこれまで4回の個展を開いてきましたが、それは絵を描き始めた50歳代に集中しており、それ以降の十数年間は一度も開いたことがありませんでした。
絵を描き始めた当初は、絵を描く=展覧会に出品 と頑なに信じていたからですが、4回目ともなると展覧会そのものに疑問を持ち、これからはインターネットこそ時代の流れと気づいたのがその理由です。

とはいえインターネットとかパソコンとかの横文字が大の苦手の私は、パソコンから逃げ回って停年まで来たものの、皮肉なことに悠悠自適の年になってようやくパソコン教室に通い始めました。
そして美人先生に叱られながら、汗を拭きながらのお勉強となりました。
その結果、ようやく2002年ホームページ「森田健二郎のトレース水彩画」を自力で立ち上げることが出来ました。

あれ以来すべての作品はホームページ内で発表し、徐々にアクセス数も増加し、このホームページを基点に数多くの出版化の依頼もあり、絵画教室の講師の依頼もあり、各種の仕事も発生してきました。
特に2012年から開始した「動画シリーズ」は、延べ10万アクセスを超え、私だけでなく、私の提唱する「トレース水彩画」も、社会的な信頼を勝ち得たと思っています。
展覧会からインターネットでの作品の発表と、戦略の切り替えは功を奏しました。
振り返ってみれば、これほど積極的にインターネットを活用した画家はいなかったのではないかと自負しているだけでなく、インターネットを活用したからこそいろいろ活躍できた今があるとも思っています。


しかし困ったことも起きていました。
インターネットで作品を発表すると、その情報は広く世界に流れるものの、原画が出ていくわけではないため、描き貯めた作品がドンドン増え、その絵が、押入れの中にどんどん溜まっていきました。
私には娘がいませんが、愛情いっぱいに育てた娘が、年頃になっても嫁に行かないのを傍目で見る父親の心境になり、何とか娘を愛する人のもとに嫁いでいくことを願うようになりました。

ちょうどそんな時、地元の不動産会社であるココハウス様が鎌倉駅に小さなギャラリーをオープンし、展覧会にどうですかという話がありました。
その展覧会こそ「合コン→結婚」のまたとない(最後の)チャンスではないかと考え、絵の販売を目的とした展覧会の開催を決心し、2つのお願いをしました。
   
   お願い1 原画の販売価格はリーズナブルといいますか安価な価格にしてほしいこと。
   お願い2 私はノーギャラとし、売上金は地元への還元を優先してほしいこと。

ココハウス様はそれを暖かく受け入れ、開催から1ヶ月、思惑通りと言いますか、予想以上に順調に販売が進んでいます。

そして想定外のことも起こりました。

私の愛情たっぷりに育て上げた娘(絵)は、私以上に強い愛情に包まれて嫁いでいく(販売されていく)ことを知ったことです。
それは父親(画家)にとって、ちょっぴりさみしいものの、何と幸せな事なのでしょう!

絵の醍醐味は、描く楽しさもさることながら、その絵を観てもらい買ってもらい、飾っていただくことにあることをしみじみ感じた体験でした。
親バカかもしれませんが、わが娘は明るく気立てのいい美人♡ぞろいばかりですので、あなたも気に入って貰い手になっていただけたらとても幸いです。

常設展のように言いましたが、その間陶芸展やスポーツ用品のデモンストレーション、絵画展などを併用して行われた期間もあり、その期間は私の作品はギャラリーの片隅に追いやられるのですが、曲がりなりにも継続して展示してきました。
これからもいろいろなイベントと併用して展示することもありますが、お近くまでお越しの際はぜひお立ち寄りいただけたら幸いです。

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ときめきのある人生には、ときめきのないものは捨て去ることにあります。

2015-04-21 18:12:27 | 犬たち

米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に、かたずけコンサルタントとして活躍する近藤麻理恵さんが、作家の村上春樹さんとともに選ばれました。

こんまり(近藤麻理恵さんの通称)は物に感謝しながら片づける方法を開発し、それを出版化したものが日本で67万部のベストセラーとなっただけでなく、米国をはじめ世界で300万部以上の売り上げとなり、世界から高く注目されているからです。
それは単に整理整頓のノウハウに止まらず、物を擬人化して感謝を込めて捨てる、そんな日本的な思想が、世界から強い関心を持たれたからです。

こんまりは外見はとてもかわいい女性ですが、彼女の片付けへの情熱は驚くべきで、そこから生み出される発想には、生き方へのヒントがちりばめられていました。

そのかたずけへのポイントとなるのは、何を捨て、何を残したらいいか?にあるようです。

私にとってこんまりのその発想は、単に物の整理整頓に止まらず、いや!それ以上に心や生き方への整理整頓、もっと言えば人生をどのように充実して生きるかということを示唆するものとしてとらえました。

私は72歳となりましたが、高齢者といわれるこの年代では、長い人生経験からの思い出や教訓がたっぷりあります。
しかし部屋に物があふれれば足の踏み場もなくなるように、心の中に過去がいっぱいで身動きがとれないとすれば、新しい人生の感動を取り入れる余地がなくなる恐れもあります。
もっと言えば、これまでの膨大な思い出や経験という記憶の多くを思い切って捨て去る(忘れてしまう)ことにより、これからの人生からの新たな感動と、幸せが得られるのではないでしょうか。
心の整理整頓、それは何を忘れ去り、何を心のよりどころとして残したらいいか?にあるようです。

そのことについてこんまりはこのように言っています。

ときめきのある物を残し、ときめきのない物は感謝の気持ちとしっしょに整理する(捨て去る)。
それを私流に解釈すれば、心の整理にはときめきのある記憶を大切に暖め、ときめきのない記憶は潔く忘れてしまうことになります。

私は40年近く広告代理店で働き、退職とともに画家の道を歩み、すでに12年となります。
広告の仕事から画家への転身は、2つの職業は似て非なるもの・・・、それは魚屋がバレリーナになるようなもので、大いに戸惑いました。
そして画家としての資質を身に着けたいがために、広告業で培った資質、慣習や価値観、思考方法までをも惜しげもなく捨て去りました(捨て去るしか道がありませんでした)。
まさに過去の広告業時代に培われたもののほとんどすべが、ときめきのないものに映ったからです。

たとえば、退職後には元の会社に一度も行ったことがないのは当然として、広告業で出会ったほとんどの人との縁を切ったといいますか、出会いや誘いにも断り続け、それから12年すっかり私の体から広告業の色も消え、臭いすらなりました。

私にとっての広告業とは、出来の悪い私を世間並に育んでくれただけでなく、あらゆる部分に多大な恩恵を与えてくれたもので、深い感謝の気持ちと、いい思い出ばかりを持っています。
しかしそれは過ぎ去ったものでしかなく、私の未来には存在しえないものなのです。

ときめかない「物」を捨てることもさることながら、ときめかない「心」を上手に捨てる方が、劇的に人生が変わるのではないでしょうか。

ときめきとは感動を意味します。
ときめきのあるものに囲まれて、感動に満ちた人生を歩みたいものです。
それには(残念ながら)ときめきのないものは、捨て去るしかないのです。

 

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地元の風景をテーマとした個展が開催されました。

2015-04-07 15:58:48 | 犬たち

展覧会は終了しました

地元の風景をテーマとした個展が開催されました。

その展覧会の詳細はここをクリックしてご覧ください。                           

 この展覧会の出店のために押入れを引っ掻き回していると、出るわ出るわすっかり忘れてしまった絵画初期段階の作品が、山のように出てきました。
それらの見ていると、この町に来てすでに40年近く、人生の半分以上はこの町に住みつづけている、その長さを改めて感じました。
そしてこれから先も住み続け、終の棲家としてこの町で一生を終えることになるでしょう。
そのことを通して穏やかではありますが、この町への強い愛情を再認識したのです。

そしてもうひとつ感じたことは、同じ地元をテーマにした初期の作品と今の作品に、大きな違いのあることを改めて感じました。
初期の作品は具体的な風景をそっくり正確に描くことに終始している、いわば具象画を目指しているのに対し、今の作品は風景を描くことはいっしょですが、その風景を通して自己の心象を表現しようとしていることにあります。

それを前期と後期に分けるとすれば、その描き方そのものは前期と後期もそんなに変わらないのですが、大きく変わったことは、撮った写真から描く絵を決めるまでが同じとすると、前期はすぐ画用紙を広げて制作に取りかかったのですが、後期はそれから制作に取りかかるまで時間がとても重要になりました。
いわば構想を練るといいますか、妄想するといいますか、創意工夫といいますか、その時間がとても長くなり、絵を描くことは、思考することになったのです。
そして思考の時こそ、絵を描く中で最も楽しい時間となったのです。

   この絵で何を表現しようとしているのか?
   観る人を感動させるには、どのような工夫があるのだろうか?
    自分とはいったい何だろうか?・・・と思考は広がるのです。

そして頭の中で、隅々まで絵が描きあがった段階で、初めて画用紙を広げることになるのです。

それでは素晴らしい絵になるかと言いますと、ちょっとは成功するものの、ほとんどが失望にかわります。
具体的には前期の作品より確実に魅力的な絵になったものの、わたしの漠然とイメージする絵は、はるか先にありるのですが、「はるか先」という発見こそ大進歩だと思っています。
その原因は表現テクニックもあれば、構想の甘さもあれば、妄想が空回りしたのか、創意工夫が未熟なのか、今はすべてが発展途上にあるのです。

はっきりしていることは、思考力こそ次の飛躍の鍵を握っていることです。
この展覧会をひとつの節目として、より思考力のパワーアップを図り、「はるか先」に近づくための次の表現へと飛躍していこうと思っています。

 

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楽しくなければ、絵ではない!

2015-03-30 04:48:27 | 犬たち

私はず〜っと絵を描き続けてきたのですが、絵を描くことにず〜っと熱中し続けてきたといいますか、心底楽しんできました。
今回はその「楽しみを引き出すコツ」についてお話ししようと思います。

いろいろな方から「絵でご苦労なさったでしょう」とか「厳しい訓練の積み重ねこそが大切なのでしょう」と聞かれますが、私は絵を描くことで楽しかったことしか思い浮かばず、努力や訓練、苦労などのマイナス要因とは無縁でした。
確かに描くのが面倒になった時もあったし、投げ出したいときもありました。
その時は躊躇なく絵を描くことをストップし、途中であろうが潔く中止しました。
しかしそのうちに、絵を描きたいという欲求が体の底から湧き上がってくるのですが・・・。
だから「絵を描くこと」=「楽しいこと」と直結したのです。

私にとって絵は楽しいから描くのであって、それ以外の気分のときは決して描かない。
そのことをかたくなに守ることこそ、絵を楽しく描き続けるポイントだと思っています。

勝ち続けるスポーツ選手の勝つ秘訣は、勝てる相手とだけしか戦わないこと、それに似ていて、楽しいときだけ描けば、いつも楽しく描いていることになるわけです。
そのひとつとして、数年前から絵の注文を受けないことにしました。
なぜなら受注することは責任が生じることで、描きたくなくても描かなければならないことであり、そんな苦痛を味わう恐れがあるならいっそ受注そのものをやめてしまえ!となり、それ以降すべての注文はお断りしています。
ただし無料なら引き受けることがあります。 

                ●

それでは絵を描くことで、何が楽しいのかをお話しします。
10年以上も絵を描き続けていると、楽しさの中身も段階を追って変化してきました。

第1段階
絵画経験の初期には、絵を描くことでドンドン上達していく、それは写真そっくりに描けるようになっていく、その上達が実に楽しかったのです。
第1段階は、描く上でのテクニックの上達が楽しかったのです。

第2段階
その次のステップは、美しい写真探しに夢中になりました。
ほぼ写真通りに描けるようになれば、その素になる写真の優劣が絵の優劣に直結することになるわけですから、その素となる写真探しに夢中になりました。
その極め付けとして海外、特にイタリアとフランスに素晴らしい風景があることを知り、何度となくイタリアとフランスの旅をしました。
その地は圧倒的に美しく、惜しげもなく絵になる風景が広がっており、夢中になってヨーロッパの風景を写真に撮り、そして描いた時もありました。

第3段階
この段階では、写真を超えた創意工夫=思考こそが、絵を描く楽しさとなりました。
絵は自分発のメッセージですから、借り物のヨーロッパの風景よりも、自分の立っている足元の風景こそ、自分を描く絵のテーマにふさわしいのではないかと思い始め、毎日のようにカメラ片手に地元を歩き回りました。
しかし地元の風景は地味で、第2段階のような写真をそのまま正確に描き写せばそのままいい絵となる、そんな風景はほとんどありませんでした。
つまり地味で平凡な写真に、手を加えて写真を超えた絵にしていく、そこにこそ描くというより創り上げる楽しさがあることを発見しました。
それは「思考すること」、そしてその結果としての「知恵と工夫」にあったのです。 
それ以降数多くの地元 の絵を描きましたが、(その中に鑑賞者にはわからないように)しっかりと知恵と工夫が込められているのです。

                ●

上の絵はこの地域のシンボルでもある、鎌倉の大仏を描いたものです。
これまで何度も高徳院を訪ね、大仏を描くことに挑戦しましたが、私の描きたい絵のイメージが構築できませんでした。
つまり、どのように描いても絵ハガキから抜け出たような絵にしかならず、それでは「自分を描く絵」にならなかったからです。
それを解決する方法は「思考すること」であり、それこそが第3段階での描く楽しさの発見でした。
その思考の結果、木の葉越しに見る大仏を描くことを思い付き、やっと自分らしいそれなりの絵が描けたと思っています。

高齢者と言われるこの年になって(この年になったからこそ)、思考することに無上の喜びを感じている今日この頃です。

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新刊『誰でもたちまち絵がうまくなるトレース水彩画」入門』がPHPより発売

2015-03-11 10:43:31 | 犬たち

渾身の著作『誰でもたちまち絵がうまくなるトレース水彩画」入門』がPHPより発売されました。

私がトレース水彩画という画法を開発してから10年、気が付けば、実に楽しいがゆえに休むことなくトレース水彩画に取組んできました。
その成果のひとつとして、これまで8冊の出版化が実現し、累計14万部の発行となりましたが、それに加え、9冊目となる出版『誰でもたちまち絵がうまくなるトレース水彩画」入門』をPHP研究所より発売することになりました。
題名が少し長すぎるのですが、その題名のように読者に大きなインパクトをあたえることをしっかり期待できる本となりました。

思い返せば、開発当初はトレース水彩画なんて、正統的な道から外れた邪道の描き方・ちょっとうさんくさい描き方としての冷たい評価の連続でした。
しかし時代の流れの中でコミュニケーション環境が激変し、当然ながらカメラやスマホなどの機器の進化、アニメなどのビジュアル表現の世界も大きく変化しました。
しかし絵画の世界は旧態依然としており、新たな変革を余儀なくされている中で、そのひとつとしてトレース水彩画は素直に世間から受け入れられる、そんな風潮を肌で感じていました。
そんな中、PHP様より著作の依頼があり、出版化が実現したのです。
これが72歳の私にとって、この出版化は引退間近の1冊ではなく、新たな可能性の1冊となるような予感を感じています。 

                               ● 

今私が感じているトレース水彩画について、『誰でもたちまち絵がうまくなる「トレース水彩画」入門』の中の文章の一部を抜粋するで、その要旨をお伝えできると思います。

Nさんという方からこんなメールをいただきました。

     「風景画は現地で描くのが基本ではないでしょうか。
     風とか、においとか、刻々変わる光とかをを五感で感じながら制作することを
     セザンヌや印象派の画家から学びました。
     私の姿勢は古いのでしょうか。」

Nさんの質問に対して、私は次のように答えました。

「風景画の基本とありましたが、絵の世界こそ全く自由に何をやってもいい世界で、そもそも正しい絵の描き方という概念そのものが存在しないのです。
もし絵に規範があるとすれば、あなたが尊敬するセザンヌも、当時の規範を破り邪道を歩んで人物であり、だからこそ絵の歴史を創る偉業を達成できたのです。
現地に赴き、風や光を感じながら描くのもひとつの方法であり、写真をトレースして描くのもひとつの方法で、どちらが正しいなんてないのです。
とはいうものの、どちらがより上手な絵が描けるか、それが問題なのです。
上手な絵が描きたいと思うなら、トレース水彩画は一歩も二歩も優れています」と。

                                ● 

全国の本屋さんや、ネットのアマゾンなどで購入できます。 

    タイトル     誰でもたちまち絵がうまくなる「トレース水彩画」入門
    著者       森田健二郎
    出版社     PHP研究所
    価格       1512円
    販売      全国の書店、アマゾン その他
   

 

 

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DIYが大好きな私に、2トントラック分の材木が届きました

2015-02-23 17:33:19 | 犬たち

DIY (Do it yourself=日曜大工)が大好きで、上の写真の玄関までの渡り廊下とバルコニーは私が作った最近作です。

わが家は山のてっぺんに立地しており、玄関出たらすぐ崖というわけで、バルコニーが必須なのですが、引っ越当初に作ったバルコニーも15年経てば老朽化が激しくなり、リフォームすることにしました。

工務店さんに見積もりをお願いしたところ、びっくりするような数字が出てきたのですが、わが家の財布と決定権を握っている妻は、決断を迫られることとなりました。
その時こそこれまでにない大がかりなDYIのチャンスとばかり、「俺に作らせてくれ、頼む!」と妻を説得したのです。
妻は経済的な視点と、夫の作業での失敗のリスクを秤にかけ、一昼夜考え続けた結果、苦渋の決断として、DIYで夫に作らせることにしました。

そのため工務店への作業を断ったものの、その分の木材をお願いしたところ、どういう計算でそうしたのか、2トントラックいっぱいの木材が運ばれてきました。
まさに山のように積まれた材木を前にして、「思いっきり腕を振るえるぞ〜!」と武者震いした私ですが、これはDIYマニアにとってはたまらない瞬間でもありました。

ちょうど時を同じくして出版の話が舞い込み、寝食を忘れるほどの忙しさとなりましたが、その忙しさのちょっとした合間にも大工作業に没頭しました。
真冬の寒さの中での鼻水をすすりながらの作業ですが、寒さを感じる余裕もありませんでした。

そして完成したのが上の写真で、その結果から言えば・・・、
お金の面からいえば、私の作業での実費は数千円ですから、40万以上の工賃が大幅に節約できたことになりました。
出来栄えとしては、アラを探す目的で実物を丹念に調べれば、精度にやや甘い箇所を発見できますが、普通の人が普通に見れば、素人が作ったとは誰も思わない程のクオリティです。

それで話は終わりでなく、素人が見ても多過ぎると思えた2トントラックいっぱいの木材はやっぱり多過ぎ、この作業に続き倉庫の増築、物干し場のベランダの改築、テーブル2つ(上の写真のテーブルはそのひとつです)、椅子2脚と腕を振るったのですが、それでもまだまだ材木が残ることになりましたが、妻からもうわが家でのDIYは終了との宣言があり、以降の許可が下りなくなりました。

そしてそこに浮かんだのは、豊臣秀吉の朝鮮出兵と同じ発想で、隣の家のバルコニーを作ることでした。
隣の方はとても良い方で、私の強引な話に断わり切れず、あやふやな返事をしているのですが、それをいいことに了解したと拡大解釈し、作業を始めることで材木を使い切ろうと思っています。

                     ●

私のDYI好きは、絵画好きと共通しているようで、「作る」ことが好きなのです。

モノづくりには2つのタイプがあるようで、「テクニック」タイプと、「発想力」タイプがあり、私は明らかに「発想力」タイプです。

私は大工仕事も絵を描くことにおいても、テクニックは劣り、手先はとても不器用です。器用さではおそらく日本人の平均点以下でしょう。
しかし「発想力=新しいことを考える」ことは、優れているというよりたまらなく好きです。
だからこの作業も、出来上がりを頭の中で何度も反芻し、細部まで検討し、そして実際の作業に取り掛かる時は、すでに頭の中には完全な設計図と行程表が出来上がっており、そのため実作業はものすごく速いのもその特徴といえます。

大工仕事の勉強などしたことなどなく、自己流そのもので会得したDIYですから、たとえばこの作業ではベランダなど作ったことなどないため、何から何まで初めての作業で、創意工夫の連続でした。
特にその中でも発想力を生かしたのは、渡り廊下を狭くすることで、初めてのお客がわが家を訪問する時、空中廊下を歩くような楽しさを味わうことを意図しました。
また柱の間隔をあえて不統一にすることで、軽い感じを出そうとしたことです。
 

私のDIYを阻むただひとつ問題、それは21世紀の奇跡とも言われた(誰も言っていない)才能を、わが妻は過小評価しているといいますか、不信感を捨てきれないでいることにあります。

 

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田舎の小学校の同窓会の案内状が届きました

2015-02-04 01:42:24 | 犬たち

この絵の人物は、私が描いた今の私の顔です。

70歳を過ぎれば、元々作りのよくない顔がいっそう崩壊の危機にあり、恥を承知で描きあげました。
それは出版の編集者から、シリアスでもなくふざけてもいない顔を描くように言われ、その難しい注文に悪戦苦闘して描いたものです。
出版とは、私の9冊目の出版となる 『誰でもたちまち絵がうまくなる「トレース水彩画」入門(仮称)』 で、その中に「森田先生のひと言コメント」というコーナーを設けることになり、そのカットとしてこの絵が必要となったのです。

                 

最近絵の構想を練る時、どういうわけか今の境遇ではなく、その対極にある私の生まれ育った故郷を思い浮かべることが多くなりました。
歳を重ねるにしたがって、志向は原点に戻っていくのでしょうか。 

私の生まれは昭和18年3月(現在71歳)、出生地は石川県石川郡山島村(合併により現在は白山市)です。

昭和18年生まれですから、2歳で終戦となり、日本中が赤貧の時代、貧しさが当たり前の時期が私の少年時代でした。
出生地も、海まで1里半、山まで1里半、町まで1里の見渡す限りの水田に囲まれた、小さな集落で生まれ育ったわけですから、まさに自然だけが豊かで、あとは何もない環境で子供時代を過ごしたことになります。

わが家は8人家族、爺さん・婆さん・親父・お袋、そして姉・兄・私・弟の兼業農家で、爺さんと婆さんが主として農業を行い、親父は公務員・お袋は学校の先生をしているものの、田植えと稲刈りの時期は家族総出で農業に従事し、それだけでなく私たち子供は学校から帰っても農業の手伝いをさせられるのが常でした。

集落のほとんどの家は農家ですが、その当時の農業は農業指導をはじめ治水や害虫駆除など集落が結集した共同作業によって成立する部分が多く、それだけ集落としての共同体意識が強く、それは祭りや行事・冠婚葬祭は当然として、何かにつけて集落がひとつとなって行動しました。
だから私の子供時代の認識は、集落が大きな家族でもありました。 

それと同じように、田舎の小学校の児童もほとんどが農家の子供ですから、、授業のずいぶん多くは学校が持つ田畑の農作業でした。
遊びと言っても遊び道具などあるはずもなく、実益を兼ねての用水路での魚とりが主体でした。 

冬ともなるとこの地は豪雪地帯で、村の小さな小学校までは1キロの田んぼの道を歩くのも大変で、つぎはぎだらけの長靴に水が漏れ、やっとの思いで学校に着いた頃は、足の感覚が全くなくなっている経験を何度もしました。
教室の破れた窓から雪が吹き込む中、ひとつしかない火鉢を取り囲むだけでは暖はとれず、お互い助け合いの精神で、下着を着込んでモコモコになった姿で押しくらまんじゅうをし合ったものです。

貧しかったからこそなのか、生活でも学校でも共同体意識が強く、その連帯感が私を育てたのかもしれません。

                 

その田舎の小学校の友人から、同窓会の案内状が届きました。

卒業から59年、なんと懐かしい便りなのでしょう!
小学校6年間は1学年1学級でみんな一緒の44名でしたが、同封された名簿には6名が旅立っていることがわかりました。
6名に記載されているその中のひとりは、笑顔がとてものかわいい女の子で、ほのかに思っていた時期もありました。

名簿をじっくり見ながら記憶の糸を手繰り寄せると、ひとりひとりの顔が浮かぶのですが、それは59年前の顔、59年後の顔はどんな顔になっているのでしょうか。
残念ながらちょうどその時期に抜き差しならぬ用件があり、欠席せざるを得なくなりましたが、みんなも今の私の顔を知りたいだろうと思い、ここに自画像を掲載することにしました。

思えば、あれから59年、時代が変わり、社会も変わり、そして私も変わりました。
しかし、私の心はより一層あの自然と、そしてあの仲間と、強い連帯感で繋がっていると思うようになりました。

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トレース水彩画の新本は、中身の濃い本になりそうです。

2015-01-21 06:49:49 | 犬たち

昨年末、私を著作者とするトレース水彩画をテーマとした出版の依頼がありました。
版元は真面目な出版で定評のPHP出版です。
そのため、暮れも正月もない仕事漬けの日々を過ごし、ようやく私の作業の大部分を編集に引き渡すことが出来ました。
とはいえ、編集とレイアウト作業はこれからで、本の題名の決定や校正など、まだまだ作業が山積しているのですが・・・。

                                                                   ●

これまで私の著作したトレース水彩画での出版は8冊となり、今回は9冊目となりますが、8冊目と9冊目の間は5年の期間があり、私にとってその期間は大きな変革の時でもありました。

2002年に停年退職してから第2の人生を画家として歩むべく必死に絵の研究をし、2年後の2004年に1冊目となる「トレース水彩画入門」を出版し、以降次々と出版を行ってきました。
画家ですから、出版だけでなくいろいろな絵の注文もこなし、それなりに充実した画家人生を歩んできたと思っています。
そして2010年に8冊目となる「水彩画革命」を出版した時は67歳となっており、この出版を契機にこれまでとは違う生き方をしようと思うようになりました。

それは職業としての画家から、悠々自適の中での絵を描くよろこびを優先した生き方に変えることにしたのです。

だからそれ以降一切、絵を描いて収入を得ることは止めることにし、その間依頼されて何枚かの絵を描きましたが、すべて無償でおこないました。
そして二度と出版の話は来ないことを予感していた、というより出版への願望がすっかり消えてしまいました。

その心の動きは、予想外の結果となりました。
それは絵への情熱が弱まったのではなく、むしろ高まっていき、積極的なチャレンジをするようになっていったのです。
以降の作品発表の場は、HP「森田健二郎のトレース水彩画教室」ですから、その中でのそのシリーズ企画「ペットのお言葉」「江ノ電日記」「写実のその先」「水彩画上達のコツ」「心にしみる日本の風景」を次々更新し、そして動画シリーズの「動画で納得、トレース水彩画」は、それなりに反響を呼びました。
その間別の何かに発表するということは考えていなく、純粋にトレース水彩画の理解者が、ひとりでも多くなることを願ってのHPでの展開でした。
そして絵を描くよろこびは、絵そのものを確実に上達させる効果もありました。その理由は、

絵はノルマや目標があるから上達するのではなく、自由で何の制約もなく、心のおもむくままに描いてこそ本領を発揮するものだと、しみじみ感じたのです。

この出版化に尽力いただいたのは、出版編集会社の社長さんで、常日頃からこれまでの私のHPやブログをすべてご覧になっており、だからこそ私の出版化を実現化させたのです。
その中でのスケジュールが短すぎるという問題に対し、彼は「新たに制作するよりも、これまでのHPの作品やブログ等の文章をまとめれば、いい本が作れるじゃないですか」と話され、事実その通りとなりました。
悠々自適時代の中で制作した絵と文章は相当量あり、20日間という極めて短い著作期間も、まさに5年間の悠々自適時代に貯めた中から引き出すことで、充実した内容になりました。

                                                                   

そして出版が実現したもうひとつの理由に、時代背景も味方していると思っています。

2004年に1冊目となる「トレース水彩画入門」を出版したとき、周囲から「インチキくさい描き方」とか「正統的でない」とか言われました。
あれから10年、時代は大きく変わり、デジカメやスマホなどの通信機器といいますか、コミュニケーション機器が飛躍的に普及する中、絵の描き方は時代から取り残され、化石化していることにようやく世間が気づいてきたことです。
その証拠のひとつとして、定価2000円の「トレース水彩画入門」の中古本が10倍近くの高値がついていることが、それを如実に物語っています。
それは新しい絵の描き方に対する強い期待の表れであり、その後ろに多くの潜在顧客が待っているような予感があるような気がします。・・・ということで

この3月全国の書店から発売されるトレース水彩画の出版に、ぜひご期待ください。

上のラディシュの絵は、新本にその描き方が詳細に載っており、あなたも本を見れば確実に描くことが出来るようになるでしょう。

 

 

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新年早々 2つの大きなニュースが飛び込んできました

2015-01-01 01:30:39 | 犬たち

2015年 あけまして おめでとうございます


新年早々、私にとって大きなニュースが2つ飛び込んできました。

ひとつは、鎌倉に私専用の常設ギャラリーの開設が決定しました。

専用ということですから個展になるわけで 常設ですからず〜っと展示ということです。
場所は鎌倉駅西口、駅の改札口からでて左へ1分半、御成通り商店街の入口 右の路面に面した平屋建ての1階です。
江ノ電鎌倉駅のすぐ前となります。
この道は鎌倉大仏や長谷寺に行く道であり、御成通商店街はに鎌倉ではぎやかな商店街なので、とてもいい立地といえます。
私はこれまで鎌倉周辺、葉山・逗子・藤沢などの絵をたくさんストックしており、それらを展示するだけでなく、シリーズ「わが町の日常が好き」で描き足していくして予定です。
絵はリーズナブルな価格で販売し、その収益金のすべてを寄付する予定です。
現在ギャラリーのための工事中で、1月中旬には開設する予定です。
鎌倉にお寄りの際は、ぜひお立ち寄りください。

もうひとつは、トレース水彩画の出版化が決定しました。

これまで8冊出版しましたが、最後の著作が2010年、もう私も70歳を過ぎ、二度と出版の依頼などなく、思っていたのですが、私の中古本の高値が続き、トレース水彩画のニーズの高まりが背景にあったようで、声がかかりました。
出版社はPHP研究所、真面目な本を出す大手の出版社です。
とはいえ発売は2月下旬〜3月とのことで、必然的に私の仕事は超特急の仕事となり、暮れも正月もなく、試験前の一夜漬けのように必死で文章を書いているところです。

そのためこのブログを借りて謝りたいのですが、年賀状や新年のあいさつなどは失礼することとなりました。すみません。

もう私も71歳、静かに過ごそうとかと甘い考えを持っていたのですが、世間は「もっと働け!」と言っているようで、感謝の気持ちを持ちながら励もうと思っています。

 

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