かなりのご無沙汰となっておりました、ケミコです
数日おきに、各地でそんなに小さくはない地震が発生し、どきどきして
過ごしていますが、昨日も北海道で震度5弱、青森の東通原発のある
東通村でも震度4の地震がありました。
この東通村というのは、なぜか 県内で常に一番震度が大きくでる場所
なのです。
青森県は狭くはないのですが、この東通村に固執して揺れています

昨夜の地震では、八戸では震度3となっていましたが、我が家はいつも
そうなのですが、他の場所にくらべて揺れが少ないように思います。
地盤とかの関係かな〜・・・

ところで、7月の半ばに保護して、里親に出したものの3日で戻ってきた
ガブガブ噛み噛み仔猫の「チビ

」ですが、その後も本猫は健やかに
すくすくと、大きく&長ぁ〜く育っています
我が家の子になって、ミケもクロもかなり慣れてきたようです。が
まだ、一緒にくっついて寝るというところまでは行きません。
もしかしたら、今後もそうならないかも??
クロやミケが、寝る前に毛繕いをしてあげようとするんですが、それを
はじめると、チビが「フブニャーーーっ


」と荒々しい声を
出して、取っ組みあいをはじめてしまうので、寝るどころではなくなり
ミケもクロも、遠ざかってしまいます
冬は、夜や朝方や、私たちの留守の間は、室内も寒さが厳しくなるので
できれば、くっついて寝てくれるといいな〜・・・と思うのですが
さて先日、お子ヤンの七五三参りに行ってきました

七五三の話は実は昨年でたのです(私と釣師の間で)。
それで、まだ幼いしジッとしてられないだろうし、お参りだけささっとして
写真撮影とかは次のお参り(7歳?)でいいだろうということになってました。
が、姑がお子ヤンの年齢を把握できなくなってて、今年の9月頃に
「お子ヤンちゃんはいつ3歳になるの?」と聞いてきたのです。
「え?」と私。
「まだ2歳でしょ?」と。
う〜ん。じゃあ、今年の誕生日は一体何歳だとおもっていたんだろう
「いえいえ、お子ヤンはあと4ヶ月で4歳ですよ」と言うと
「えぇ!!!

」と姑はたいそう驚きまして(笑)
翌日、なんの相談もなしに(笑)豪華で可愛い素敵な着物や小物や草履の
セットを買ってきてくれたのです。
事前に相談してくれれば、もう少し大きめのサイズにして、来年のお正月にも
使えるようにできたのですが、勿体無いことに買ってきてくれた着物は
すでにギリギリサイズ(お子ヤンは満3歳。着物はたぶん数え3歳サイズ)。
取り合えず、急きょ、七五三のお参りと写真撮影をおこなうことになりました。
もったいないので、お正月にもなんとか来て初詣にいきます

しかし・・・写真館での写真撮影って、高いんですね〜・・・

10月末に、熊野おじいちゃん(私の実父)が八戸に遊びにきてくれて
その時お子ヤンにお祝いをくれたので、それを写真代にそっくりあてました(笑)
おじいちゃん、ありがとうございました

今までお子ヤンは、早くちゃんと伝えようとするあまりに、なんども
「わたし・・わたし、わたし、わたしわたしわたし・・・わたしね・・」
などと言うことが多かったのですが、最近ものすごくベラベラと流暢に
しゃべるようになってきて
「あ〜!そうだったね〜あはは ごめんごめん ていうかさ〜・・」
みたいなことになってました

もうじき4歳。こんなもんなのかな・・??
描く絵も、すごく進化してきました!
髪の毛がたくさんあるようになってきた ←ママを描いてくれた時のみ

※男性を書くときは、ほぼ毛が3本状態に描いていますが(笑)

↑ ぽちっ

とありがとう ↑
ここからは、長くてウザイ?(でも大切だと思う)話になります
* * * * *
新米が出回る少し前の時期に、娘のために、スーパー駆けずり回って集めた
22年度米が、来年の1月いっぱいで、我が家の在庫からなくなります。
ご年配の方は、そこまで気にする必要はなく、あまり汚染のひどくない地域
の新米を食べても大丈夫だろうと思います。
しかし、お米は毎日、多ければ日に3度食べるもの。
体の小さく、免疫も少なく、さらに細胞の成長も著しい時期の子どもたち
が食べるには、あまりに危険です。
子どもは大人の何十倍も、放射性物資に気をつけなくてはならないです。
妊婦さんも、これから子どもを授かる予定の方も。
セシウムは生殖器にもたまってゆくそうです。
女性の卵子はどんどん新しく創られてゆくものではないので、被爆したら
細胞が傷つけられたままでいることになります。
どうか、気をつけていってください。
放射性物質の含有が、国の暫定基準に満たなかったから流通する、
というのは、米の場合今のところ500ベクレルに満たない場合をさして
ますが、500ベクレルという値は、核戦争に陥ったときに設定される
緊急の値です。
そして今のところ、500ベクレル未満だったら、499ベクレルでも
安全として出荷されています。
500ベクレル未満だから「検出されてない」でいい、という形で
未検出として発表をしている米もあるでしょう。
「放射能のよる影響・危険」 < 「心配の気持ち(放射能へのストレス)」
こんなこと↑ありません(笑)
ストレスのほうが放射能の影響より危険、なんてことない。
チェルノブイリでは、最初は皆、家の窓を開けず、安全な水や食料を
必死で調達しようとしていたのだけど、半年たち1年経ち、だんだん
疲れもでてきて、もう大丈夫なんじゃないか、目に見えないし匂わないし
そういって、徐々に窓を開け、選ばず食べ、外で遊び・・・。
それが3年〜5年後に幼児のガンがどんどん発生する結果に。
10年たったら大人がどんどんガンに。25年たった今でも。
それは、今の福島の原発がある地域など比べものにならないぐらいの
低い線量の場所でのことです。
それでも今、原発を再稼動させようとする日本の政府と電力会社と
いくつかの原発立地自治体の長。
上関の原発に至っては、まだ原発が立っていないのに、原発なしでは
自治体が存続できない、という財政危機に陥っているとききました。
どういうことなんでしょうか・・・
ただ単に、黒い大きなものに操縦されて操られている、ってだけでない
ってことがわかってきました。
日本の、多くの人がまだ目をむけていない。
いまだに、バランスよく気にせず何でも食べた方がいいと言う。
私たちは署名もできるし、県知事のリコールもできる、自治体の長や
大臣に(読まれなくてもメール件数が多ければ多いほどいい)メール
で、気持ちを伝えたり、パブリックコメントもできる。
今はネットで実はどうなっているのか、調べようと思えばいくらでも
調べられる。
畑の腐葉土(汚染された)も全国に出回ってしまったこともあるし
瓦礫の受け入れという問題もあります。
青森県は六ヶ所村の核再処理施設という 国が大きくからんでいるもの
を抱えていることもあってか、受け入れになりました。
青森県で昔から声を上げつづけている方がいます、その反面、県全体的
には原発においては「声」をとられてしまったかのような感じがします。
八戸市は数ヶ月前に 脱原発を明らかにしたとどこかで見たのですが
この青森にあってこそその勇気と英断は、ものすごく意味があると
感じているのですが。
つまらない話を長々と。。と思われる方もいらっしゃると思います。
でも、もう日本は 3月11日以前の日本にはもどりません。
そして今も、3月11日以前の日本は 続いてはいないんです。
長引くと感覚が麻痺したり、見えない匂わないものに危機を感じる
ことがバカらしくなってくるかもしれません。
どうせ人間はいつか死ぬのだから、今を楽しく気にせず過ごすことが
大切。 それも否定はしません。
けれど放射能によって発生する病気は、ぽっくり死ぬものばかりでは
ありません。
もし白血病になったら?白血病は、ほんとうに悲惨で悲しい病気です。
では自分の子どもが甲状腺がんになったら?
手術後の 首に大きなカマできられたような痕が特徴ですね。
長引く、苦しい病気もたくさんあります。
今ならまだ 選択できる、逃げられる、だったら子どものために
心配と怖れにさいなまれているだけではなく、顔を上げて前を向いて
「選択し」歩んでゆくこともできるのかな、と思います。
日本の政府や東電からの情報は、いつも、本当の結果は、後出しです。
それも、相当の後出しです。
後だしされてからでは、遅すぎることが あると思います。