渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

2015年01月30日 | 風情・季節・地球

朝、車を見たら、白い絨毯。
東京も雪だったようだ。

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リレー

2015年01月30日 | 内的独白





ギター仲間で15年来の友人が東京で整体院をやっている。
この私の日記を見たという方が今度施術を受けに来院されるとのことだ。
私のような者でも、少しは人の役に立っているようだ。

人を貶めていい気になるよりも、わずかでも人の役に立つほうが遥かにいい。
体の健康と心の健康は切り離せない。


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層としての個別性

2015年01月29日 | スポーツ・武道など



二天一流の木刀はなぜこんなに薄いのか。
それには意味がある。
意味を理解せずして実体の理解はできない。
まして、つぶさに実見せずに如何にして理解が及ぶというのか。


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Of Fortune

2015年01月29日 | 内的独白



「オーラが嫌われる」

なるほどね。


走って、伏せて、這いずって、立ち上がって、走った。


いかなる進退極まる状況下でも動じない泰然としたところは、返って 嫌われるのだそうだ。

いや〜、でも俺は戦国武将みたいなやり口は好きじゃないし。
組織内での寝首掻きっこは好きじゃない。

でもな、事は現場で起きてるんだ。
本店会議室で起きてるんじゃない。
現場の苦しみ、たれが知る。


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それでも

2015年01月28日 | 日本刀
(古刀)

現代刀について、時の流れは止められない。
さざれ石の巌となることはなく、このまま流れることだろう。

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日本史は「線」でつなぐと面白い!

2015年01月28日 | 文学・歴史・文化

『日本史は「線」でつなぐと面白い!』(童門冬二)

帯に「2時間でスッキリ!」とあるが、2時間で読めってことか?!(笑

読み進めると、あら面白い。
新幹線内での時間潰しにもってこいのような記述だが、結構読ませる。
童門さんは歴史を題材に組織と人間の問題を浮かび上がらせる話題作を
数々手がけている。
文学的表現をあえて用いず、淡々と事実と感想を述べる文体は、くどく
なくてとても読みやすい。
ただ、体言止めが多発するので、文列の品位は下世話な赤新聞(共産主義者
の新聞じゃないよ。笑)みたいになってしまっているきらいはある。

それでも、この書は「線」でつながなくとも面白い。
770円(税別)なり。これはいいよ〜。
古代から明治まで、これで丸分かりだ(笑
あくまで概略としてね。
だけど、切開のメスの切れ味は鋭い。




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弁別と識別

2015年01月28日 | 日本刀



以下は私見です。

過去記事で紹介した東北の剣士のこのような鉄切りは、拝見するに相当な
研鑽と研究をされた上での公開演武だろうから、私個人としてはいいと
思うのですよ。
コメント拝見しても刀法や刀について深い方だというのも分かる。
また、弘前の武家文化の継承保存もなさっている。

こうした系統と鉄ぶつけや石叩きやブロック殴りは全くの別系だと私は
思っている。
「斬る」及び「切る」。
このことはどういうことであるか、と剣法の一環として深化させることと
刀造りや刀剣選択の態様が密接
不可分にならないと、なんだかあれれ?の方向に行ってしまうように
思える。

現代刀に対して辛辣な苦言を私が呈するのは、現代刀工への期待がある
からだ。
切らなくとも切れて美しい刀、本来あった日本刀の姿を復権させて欲しい、
という。
切れなくて刃こぼれ激しく砥石もあてられず美しい刀、というのは、
それはなしだと思う。
質性具備の有無問題だと私個人は思っている。
実際に使うか使わないかがポイントではなく、ハリコは駄目でしょう、と
いう。

戦後第一人世代の刀工たちは、自らもしくは試刀者によって出来上がった
自作刀を試していた。
今は第三世代ともいえるが、堅牢性や切れ味をどんどん捨象して、形式的
な工法を表面上なぞらえることのみに重点が置かれる傾向が強い。
原因はいろいろあるが、現場にいる刀工たちも諸々の人間関係力学の
板ばさみで心理的重圧は大変なものがあると思う。
今の工法でももちろんいい。
第二世代までは、同じ工法でも堅牢な日本刀を造る刀工が大勢いたから。
しかし、このままだと、第二世代の切れ物作者(いずれも高齢)が物故者と
なったら、刀の本質特性を具備した日本刀は日本からなくなってしまう。
試行錯誤している働き盛りの刀工もいるが、単独系が多い。継承性に不安
が残る。
日本から元来の日本刀がなくなるということは、地球上から日本刀が
なくなるということだ。
見て美しい刀は素晴らしい。
しかし、それは、切らずとも「切る」という一点に集中して昇華結実した
本物が持つ美しさだ。

マルテンサイトは見る為に存在するのではない。
いにしえからの先人たちの英知の結晶として存在する。
その古人(いにしえびと)の心はどこにあったか。
刀とそれを造る人には、人の命を守る、一所に懸命するというところに
心根があった筈だ。
それは家族を守り国を護ることでもあった。
刀は人の命を司る。
刀は人の生き死にと共にある。
現代においては、直接的には戦闘に使われることがあってはならない存在
となった日本刀だが、だからこそなおさらその日本刀の歴史的な本質性を
きちんと見据える自覚があるかないかだと私は思っている。
時代とともに移り変わるアプローチはあってもいいだろう。
しかし、根っこの心根、根源的な日本刀が捉える立脚視座は不変でなく
てはならないと私は考えている。
なぜならば、そうでないと、日本刀が日本刀ではなくなり、「のような
もの」になってしまうからだ。
日本刀は単なる工芸美術品や単なる武器ではない。日本人そのものだ。

戦後第一世代の刀工たちは見てくれだけに流れることに対して軒並み警鐘
を鳴らしていた。
しかし、時が経ち、どんどん加速度的に日本刀を取り巻く世界は妙な方向
にベクトルが向いている。
本質性を剥奪することがあたかも美であるかのように。
それは、かつての戦後革新勢力と呼ばれた人々によってではなく、むしろ
戦後保守派と呼ばれた層によって推進されている。
その流れそのものにまやかしを見て、私のなかでは真の憂国の念へと
繋がる情念が湧く。
ただ、この感性自体健全かどうかわからない。
建設ではなく破壊を見て惹起せしめられた心情であり、主体的な能動と
しての創造性を帯びないからだ。
健康は病魔を滅することによって得られるものではなく、健康体を維持
増進することで得られるものだ、という概念を私は払拭できないからだ。
でも、ホントのところは、そうなのではないかな。


あ、それはそうと、本名は非公開でおながいすます。よろしこ( ´ ▽ ` )ノ






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訪問者

2015年01月27日 | 内的独白



いつもより300名ほど増えたが、またどこかに貼られたのかな(苦笑


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復活再生希望の刀

2015年01月26日 | 日本刀



今すぐには経済的理由で正式依頼は出せないが、ぜひ町井研ぎをお願い
したいのはこの短刀だ。(刀職への仕事の依頼は受けてくれるかどうかが
大切。「金出せば客だ」みたいなのは「おとといおいで」なのである)
依頼項目は
 ・研ぎ
 ・白鞘製作
 ・はばき製作
 ・つなぎ製作
といったところだろうか。う〜ん。お金貯めようっと(^^;


かなり傷んでいる。






昔の所有者がひどいことしてる。

ただし、これほど棟打ちしても折れなかった。
なんなのか、この刀は。えらく頑丈だよ。金属の角などに棟打ちしたら
普通の刀ならポッキリだよ。

だからあえてこれ好むというイレギュラーな心われにあり(笑
なんとか復活させてあげたい。

どこの短刀?備前かね。寸の長い九寸五分の短刀で、反りは0.5センチの
鎬造、いわゆるドスだ、ドス(笑)。登録は古い年代の東京都登録だ。
でも、製作時も結構古そうな感じ。



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大河ドラマの方言

2015年01月25日 | 映画・ドラマ



最近の大河ドラマは、『八重の桜』でもそうだったが、舞台となる地方
独特の方言や言い回しを連発して地方の色を出そうとする演出が
あるようだ。
『八重の桜』では「ならぬものはならぬ」だった。
今放送している『花燃ゆ』では「世話ない(=大丈夫)」という言葉が
よく出てくる。

しかし!
これね、全国の人に分かりやすいように原語をアレンジしている。
本当のネイティブ長州弁では「せやぁない」というような発音なのである。
長州弁と周防・安芸弁は似ている部分もあり、この「せやぁない」は現代
の行政区分でいえば、広島県の西部(特に芸北山間部)のエリアあたり
まで今も普通に使われる。厳密には広島に入ると「せやぁあない」と尻から
二音目が強調される。
広島県東部の備後に近づけば近づくほどこの「せやぁない」は
あまり使わ
れない。


ただし、「〜してつかぁさい(〜してくださいませ。=丁寧語)」という言い回し
は岡山県中部域まで現代でも使われている。
用法は主として「懇請」の心象の場合に使われる。「〜してください」では
なく「どうぞ〜してくださいませ」というような心情を表している。

こうしたネイティブ発音や言い回しは、現地を知らないと全国的には知られ
ないことだろうから
ここに公開しておきます。

(せやぁない地方)


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日本刀の形をしたモノたち

2015年01月25日 | 日本刀



Cold Steel - Warrior Series Japanese Swords


この日本刀の形をした米国製のナイフ、すごいね〜。
どうやって造ってるのかね。
ZORO-1スチールとのことだが、まあ、いわゆるハイカーボン
スチール=高炭素鋼=ハイテン鋼のことだろう。
成分がわからないが、タングステンやバナジウムも入っている
特殊合金鋼かもしれない。

単純に鋼単体の性能のみでみるならば、和鉄は現代合金鋼には
かなわない。和鋼のほうが優秀ならば、工具鋼や構造鋼なども
すべて和鋼を使用するだろう。
鉄としての単純比較では、現代科学によって造り出された現代鋼
のほうが遥かに和鉄を凌駕している。

だが、和鉄には和鉄の良さがある。
また、歴史的な時代性の中で、その時代にしかなかった鋼をどう
実用刃物としてまとめるかに昔の日本刀の刀鍛冶は腐心した。
舶来の鋼も大いに試したし、常に何とかしよう、どうにかしようと
日夜工夫していたのが鍛冶職だった。
ただただ時代の中で最良の鋼を求めていたという傾向性はある。
もしも、戦国時代の鍛冶職が現代鋼の存在を知ったならば、迷わずに
日本刀の材料として使用したことだろう。明治以降の日本刀以外の
あらゆる刃物鍛冶が性能優秀な洋鉄を採用したように。

ただ、一応、戦前から和鉄=ヤマト=神州信奉者と科学的実用論者
では対立をみながらも、戦時中までは、結論としては実用主義的に
洋鉄や新工法も使われた。
これ自体は、それまでの日本刀の「工夫」と「発達」の歴史的な歩調
とまったく合致している。
ただし、戦後は、日本刀は進化を止められ、ある一時期の工法と
材料のみで造らなければならないことが法律的に定められた。
戦後は「和鉄を用いる物が日本刀」という定義がなされている。
和鉄は炭化物が偏在しているので、折り返し鍛錬をして炭素の
ばらつきを均一にならしてやる必要がある。要するに、現代工業鋼
の練りと圧延鍛造の工程を人為的な操作で行なってやる。
ただ、この際の鍛造で、不純物を叩き出すのだが、古式と異なり、
必要な含有物まで叩き出して、単純に鋼として見た場合の「綺麗な」
物にしてしまいすぎになるきらいがある。過ぎたるは及ばざるが如し
で、鋼単体としては清純でも、刃物鋼としてはあまり適さないブツに
してしまうことがある。
疵を恐れるガス抜きのために高温処理しすぎて、粒子結晶の肥大化
を招き、刃物鋼としてバカ鉄としてしまっても、実用が求められない
見た目を重視する現代刀では、現代刀用の処理をしている。
それはそれで当たり前のことだと私は思う。実用度外視で見た目を
綺麗に造るにはそれなりの方法を現代は採用しているのは事実で
あるし、なんの不合理もない。エア居合が見た目を重視しているのと
同軸上に現代刀の方向性も存在している。

結論としては、「現代刀で切ってはならない」という当然の帰結が
分かるだろう。
日本刀一千年の歴史で、「切るためではない刀(のようなもの)」を
現代は「現代刀」としているのであるから、そのように造られた刀
(のようなもの)は、その目的=美術鑑賞用芸術品として目を楽し
ませる=が達成されることが第一義だ。
現代刀は切れなくて当たり前、切るための物としては造られていない
のであるから、その目的から逸脱した接し方をするほうが間違って
いる。
法律用語でも、現代は日本刀を造ってよいとはされていない。
「美術刀剣」の製造が認可されているのだ。斬り合いの戦闘に使用
できる日本刀を造ってよいとはされていない。

ただ、そうしたポジションにある「現代刀」製作者でも、おかしなことを
言う。「折れず曲がらずよく切れる」という、日本刀の三大要件を公言
したりするのだ。
いや、それは違うから。
「折れて、曲がって、まったく切れない」というのが現実だから。
そういうところを目指している物を造ってはいないのだから、当然だ。
しかし、嘘を言う。
「折れず曲がらずよく切れる」というのは、文字通りその通りのことで
あり、「この車は最高速300km/h出ます」と宣伝して実際には180km/h
くらいしか出なかったら、それは嘘なのである。
残念ながら、虚構を嘘で塗り固めなければ、日本刀を知らない一般人
に買ってもらえないからだろうか。真意はよくわからぬが、現代刀製作者は
嘘を公言する。「折れず曲がらずよく切れる」と。
現実は、「折れて曲がって切れない」物であるのに、また、そういう
事には耐えられない物品であり、まったく別な「美術品」としての面を
追求した鋼の芸術品であるのに、「折れず曲がらずよく切れる」と言う。

私個人は現代美術刀剣を否定しない。美術品だから美術品として
美術的創造性や見た目の芸術性を追求しても、それはそれで大いに
ありだと思う。芸術における絵画や彫刻と同じく、己をアーティストと
して、芸術作家であろうとすることを否定もしない。
ただし、それは「折れず曲がらずよく切れる」とは別次元の別なことを
やっているのであるから、嘘をついてはいけないと思うのだ。
「折れず曲がらずよく切れる」と公言するのであるのならば、「折れず
曲がらずよく切れる」物を造らないと、それは嘘である。
こんなことは、私などが言わなくとも、小学生でも分かる定理だ。
「横断歩道を赤で渡ってはいけませんよ」と言いながら自分が赤で
渡っていたら、小学生だって「?」と思うことだろう。

嘘はいけない。
私の日本刀に対する精神土壌はそれである。
特に、日本刀のことをよく知らない人々を欺罔(ぎもう)する嘘は
犯罪的だとさえ感じている。
今まで、多くの嘘が繰り返された。
今後もまだ続けるつもりなのか。
続けるつもりなのだろう。

(現実的な日本刀をめぐる人間界というものは、公開できないような
嘘や捏造や剽窃が実に多い、極めてどす黒い世界である)


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日本刀の工法 〜鉄切りはおやめください〜

2015年01月25日 | 日本刀



日本刀は古い上古時代から張り合わせ工法はあるにはあったようだ。
決して無垢が主流ということではない。
だが、完全心金工法は、やはり鎌倉中期〜南北朝争乱時代から
普及し、戦国時代において美濃金具の工法変遷と時代的同背景を
理由として軍需産業地域の刀剣で一般化したのではなかろうか。
それは頑丈さよりも、生産性に主眼が置かれたと私はみている。
なぜならば、無垢造の場合、途中で材料の作り置きが容易ではない
からだ。
側鉄と芯鉄とに材料を作り分けしておけば、現代鋼のフラットバー
のように生産性が大幅に向上する。
膨大な需要があった時代においては、効率よく失敗のない工法と
して芯鉄工法が最適だったのではなかろうか。

堅牢性については、「日本刀は折れず曲がらずのために外を硬く
中を軟らかく」というのは、根本から誤謬だと私は思う。
なぜならば、そうであるのなら、芯鉄構造の日本刀は頑丈この上ない
という現実を示さなければならないところ、歴史的事実はそれとは
反するからだ。
折れ曲がり易いのであるならば、なぜ芯鉄構造にするのか。
折れず曲がらずのために芯鉄構造にすると言いながら、そういう
構造にしても折れ欠け曲りばかりなのでは話にならない。

組み合わせ工法の真意、それは生産効率の問題だろう。
侍時代は芸術のために刀などは作らない。武装せる軍事部隊
および個人等の武を専らとする「層」のための武器として刀剣は
造られた。


堅牢さに関しては、無垢でも貼り合わせの芯鉄構造でも変わらない。
両者とも、堅牢な作もあれば、簡単に折れ曲がる作もあるからだ。
だから、日本刀の堅牢さというのは「無垢か芯鉄構造か」というところ
ではなく、鋼の処理の仕方如何にあるはずだ。
前述したように、刀身構造は製造工程の生産性と密接な関係にある。

ただ、これは鋼の処理にもかかわるが、介在物についてはかなり
重要な堅牢性に関するポイントを占めるだろう。
組み合わせについては、貼り合わせと硬軟混ぜた鍛えでは後者の
ほうが強靭さを持つだろう。
手を合わせて、指を伸ばして合わせるのは剥がれやすいが、指と
指を組み合わせた手は離れ難い。これと同じような現象が鋼の中で
起きているように思える。
原材料の鋼の状態に始まり、その素材をどのように刀剣に適した
鋼としてまとめていくかが小鍛冶たる刀鍛冶の仕事の中心幹だ。
堅牢な作を作り出せれば、美術的要素は、後から自ずと付随してくる。


【厳重注意勧告】
現代刀で鉄に斬りつけたら大欠けしたという複数の報告を頂いております。
刀で鉄に斬りつけたり等は、絶対にしないでください。

刀は鉄を切る物ではありません。
かつての武士がいた時代には、切り合いが前提として日常的にいつ
あるか分からない時代だったので、物理性能としては刀は鉄が切れて
重畳
という強靭性が要求されたのが本来の日本刀ですが、現代において
鉄を切り試し
たとて、たとえ切れたとしても何が得られるのでしょう。
「ああ、切れた」ということでしかありません。
つまり、切り手の個人的な猟奇的な満足を得ることでしかありません。

新作刀のトライアルテストとして刀工と共に開発のために耐久試験
としてやる以外は、刀をただ傷めるだけです。
たまに鉄が切れる
刀もありますが、現代刀はほぼ刃欠けしますし、こと
によっては折損
します。
折れて飛んだ刀身の刃部が眼に刺さったら失明します。失明だけ
済めばよいですが、もし折れ飛んだ刀身が首の頸動脈をかすめたら・・・・

それだけで死亡しますよ。
危険ですので、日本刀での鉄切りごっこは絶対におやめください。
私も日本刀の質性として、刀と刀を切り結んでも折れない刀が刀の
本旨であると思っておりますが、そのようなことにも耐えられる刀工の
作をあえて選んでいます。
そして、私は決して刀による鉄切りを推奨しているわけではありません。
私が言う鉄切りとは、特定刀工との特別な関係性を構築した上での
刀身開発としての鉄切り耐えというアプローチでしかありません。
出来あいの一般的に販売されている現代刀で無茶な使用をして折損
事故や死亡事故が起きても、私は一切責任を負いません。
修心流宗家町井先生も私も鉄切りを普及させるのが目的ではありません。
絶対に真似はおやめください。
刀工のスポンサーになって刀身開発を刀工と共に成していく、日本刀
鍛錬工房スタッフになって刀身の強靭性を研究する、あえて折って折損
断面を研究試料とする等の関与以外で、興味本位で日本刀を廃物に
する行為は是非ともおやめください。




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図書館で調べもの

2015年01月24日 | 文学・歴史・文化

(老眼鏡じゃねーよ)

午後、図書館に行って調べ物をしていた。
以前メモで速記した慶應年間の地図の描き写しを正確に訂正した。


江戸期の三原城周辺の村落について、調べたいことが分かった。
江戸期には三原城北側の山あいは浅野家がかなりテコ入れした
銅山だった。
沼田川を挟んだ南側の安芸国の山あいも鉱山であり、鉱物資源
が豊富な土地だったことが分かった。
6時間、席に座りっぱなしで史料を読みまくったが、時間足らず。
コピーが可能なので、追って考察をまとめたい。

空海が各地を歩いたのは鉱山探しであり、彼は僧侶であると共に
山師であったのではないかと私は踏んでいる。
彼の行動は鉄山や銅山等の「金山」探しだったのではなかろうか。
犬を先導させたのも古代伝承の鉄資源探査に符合する。

金属鉱脈のある地域には独特の植生が見られるということを本日
知った。鉱脈が露出している場所は、山言葉で「カネクサ」と呼ばれる
シダ類が繁茂するのだ。
やはり、ネット情報のみに頼る調査などは駄目だ。
ネットではアタリをつけることしかできない。
実際に自分が図書館や研究機関に足を運んで、文献史料をあたら
ないと、学術的探査は到底できない。

三原のカネクサ。周辺は松林である。
精錬用木炭の為の人工的な第二次林だろう。



本日判明したことで、三原の土地もいかにも吉備地区らしく、江戸期
から
相当に底意地が悪い土地柄であることも判明した。
ここに書くのも憚れるようなことだ。
そうした気風は明治以降までも続き、詳細は伏すが、ある施設の
設置に反対した住民たちへの弾圧措置として、三原の行政は
その村の子弟に通っていた義務教育過程小学校への通学を禁止
したりしている。

やむなく遠くの学区へその地域の住民の子供たちは通学せざるを
得なかった。
また、ある行事で村落を通る時に、その村民が不快感を顕にし、
官憲から厳しく個別に叱責されたりしている。
まあ、住民側も執行権力側も、なんというか民事介入どころか、かなり
エグい。三原は意地悪をするのが公的にも当たり前の土地柄だった
ようだ。それは「維新」の後にもである。

そうした気風が何に基づくかも、藩政時代から明治大正昭和初期の
経済動向と経済基盤、人口の流入背景を俯瞰すると、あることが見えて
きた。三原は他地方の炭鉱町独特の気風と近似の状況が濃かった
のである。
古くからの工業地区三原、商業地区尾道という産業特色の基点が、
尾道と三原の住人の気風の違いに接続しているある種の人的気風
形成のバックボーンにあるということがうっすらと浮かび上がってきた。
これは奇しくも、中世以前の古代までの「産鉄」と密着するならば、労働力
投入の「工業地帯」の同位性として、歴史的連綿性としての同じような
バックボーンを持つことになる。まさに上部構造は下部構造に規定される
という社会科学的な図式が浮かび上がる。
なるほどと、少し見えてきた。

「古三原鍛冶はどこで鍛刀したのか」がメインテーマだったが、思わぬ
副産物を得た。
ただし、柞原(ミハラ。古代読みはミハラ。その後ミワラ。明治以降に
再びミハラ)と古代に呼ばれた三原が、やはり沿海部ではなく、内陸地
であることを示す史料も発見した。
古代にミハラと呼ばれた場所は勿論中世末期の城郭が築城された
場所ではないことは確実だが、内陸部であることのさらなる確証が
得られれば、「古ミハラ」なる刀工がどこで鍛刀したのかも比定できる
可能性が開ける。(それは現中之町ではない)
これも、後日まとめたいと思う。

法律学は権利と義務の連鎖の解釈と理解が基軸だが、歴史検証は文献
史学と考古学だ。そして、そこに地質学や民俗学等他分野の解析を加味
することで、多角的な実証主義的検証が可能になる。
脳内の想像だけでいくら「現地」を歩いても、論は構成できない。


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帰還

2015年01月24日 | 外出・旅
本日、帰還す。
昨夜は帰途、高速のSAで休息中に眠ってしまったよ(笑
結果、けさ三原に帰着。

そうだ。
何本かある中から自分で選んで、小刀木刀を刀心さんで譲ってもらった。
なかなかいい!


手作り自作小太刀木刀と比べると、江戸時代殿中差しの長さで、
日本剣道形でも使われる「小刀(しょうとう)」の長さだ。


こんなルノーがほしかばい。



昨夜は町井先生がご馳走して下さった牛しゃぶ二人でつつくの図は、
平氏と源氏の末裔同士が仲良く対面で舌鼓という図だった(笑
川西市は新羅三郎源義光が出た土地とのことだ。源氏祭りもある
らしく、市内には笹竜胆紋が溢れていると昨夜聞いた。
う〜ん。さて、笹竜胆。
笹竜胆は源氏紋だけど、元々は村上源氏の紋なんだよね。

俺の先祖は源氏義光流だが、別系(こちらが本系)では村上源氏で、更には
本間、海老名、横山と遡ってから小野氏へと繋がり、小野からは春日氏へ
上り、和邇氏となる。
ぜってー、テキトーにこさえた後代の付会にちげえねえ(笑
きっぱりと確かな俺の直系ルーツなんてのは、天正永禄あたりまでしか
わかんねぇよ(苦笑

ただはっきりしてることがある。
今、生存している人間には必ず太古まで遡る祖先がいるってことだ。
てめえが勝手に選んで勝手に生まれてきたのではない。
命は大切あるよ。
その人の命を他人が奪うてのはいくないね。
すべてを強制的に外力で消滅させることだから。
殺されるために生まれて来た人間なんて一人もいねぇよ。
戦争屋の末裔の俺が言うのは説得力ないけど、よくないものはよくない
からね。だから、言う。
己の価値観に合致しないからと、人を排撃するのは、やはり人間の
一番忌むべき心のダークゾーンだと思う。
人は自由だが、人の自由を奪う自由は人間社会では認められない。
そういうのは救われないな、と強く思う。

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剣仁

2015年01月23日 | 文学・歴史・文化
佇む剣仁(^^)






仕事がハネてから、新作刀の打ち合わせを兼ねて町井先生と食事した。
黒毛和牛のしゃぶしゃぶ、ウマし!
先生にまるまるご馳走になってしまいました。
ありがとうございます。お世話になりました(^^)

刀剣談義は楽しい。
時間があっという間に過ぎる。
出来たてホヤホヤの現代刀から博物館級の数千万円の平安末期の古備前
まで、日本刀も多く見せていただいた。眼福至極なり。
重要刀剣も多かったが、特に槍については槍博物館を開設できる程の
質と量をお持ちで、圧倒される。
十文字槍の穂の保存には特別の桐箱を職人さんに特製で作ってもらい、
空中に浮かす形ですべて保存されている。
町井先生の日本刀に対するありあまる愛情と扱いの慎重さを今更ながら
だがひしひしと感じる。
日本刀への愛とは、こうしたものなのだあ、と再認識した。
一口一口、すべて大切に育てた子どものように扱っていらっしゃる。
良質とはこういうことだと分かる。
事実を現認しもせずに、ネット上でクズ呼ばわりする自称モノカキも
いるが、真実、事実は主観ではなく現実として存在する。
自分が蜜柑が白だと思うから蜜柑は白なのだ、という理屈も感性も人間
社会では通用しない。事実は事実として厳然とある。
刀剣店「美術刀剣刀心」は、名は体を表している。

直に接していると気づくことがある。
町井先生は、人の悪口を言わない。
悪意を以て引例を出すことをしない。
なんだか、人となりは、刀工小林直紀さんと同じ世界にいる人のように
思える。
ほわんとしている。
接していると、剣人というよりも剣仁であることがよく分かる。
医師にせよ、刀を扱う者(太刀佩く者としても)にせよ、「仁」は職業属性
以前に、それに携わる者の資質としてとても大切なことではなかろうか。
改めて勉強になった。

もう一つ、瞠目した。
町井先生のご自身の研ぎ、詳細に拝見した。
めちゃくちゃ上手い。
錆身から仕上げまで仕上げてコンクールに出して入選した刀を見た。
「観た」ではなく、「視た」。
見観両の目で視た。
日本刀の研ぎというものは、研磨師の技と心がすべて反映される。
日本刀の鑑賞は、刀そのものと研ぎによる表現技法の二つが楽しめる。
見ていたら引き込まれる研ぎを日本刀研磨師町井勲は実現していた。
刀に息吹を吹き込んでいる。
面白いことをおっしゃっていた。
「刀を研ぐのだというつもりで研いだことはない」という。
刀身と砥石と対話しながら、「刀の向こう」を研いでいるようだ。
清涼な一筋の光がそこにある。

刀と人。刀は刀だけで物理的に存在はせず人と共にあるのだ、という
ことを深い部分で学んだ一日だった。
何かとても大切なことに改めて気づかせてくれた町井先生に深く感謝
したい。

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