渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

『オイディプスの刃(やいば)』 雑感

2007年07月03日 | 文学・歴史・文化


小説『オイディプスの刃(やいば)』(角川文庫/1979.5)

映画レビューは2007年1月28日に書いたが、今読んでいるのは赤江瀑の原作だ。
福永武彦を彷彿とさせる。
福永作品と似ていると感じるのは、きっと赤江の手法が、人の心の内面を描く際に、
淡々と状況を描写するからだ。
そこにサブリミナルのように登場人物の逡巡と回顧を絡める。
なぜだろう。妙に懐かしい。

読んでいて気づいた。
私が属した同人誌には載せなかったが、高3の1978年に私が書いた小説の文体が、
この作品に酷似している。

赤江の作品『オイディプスの刃』の一部を抜粋してみよう。

 それは最初の年に、すでに感じとれたことであった。母の香子を見る泰邦
の視線にふとさわやかな勁い輝きが揺曳するのを、駿介は知っていた。しか
し、泰邦になら、ふしぎにそれが赦せるのだった。母がもし恋をするような
ことがあれば・・・・・・と言うより、母を恋していい人物は・・・・・・と言いかえた
ほうがよかったが、それは、泰邦のような男だとさえ駿介は思っていた。母
と泰邦の間には、なぜかそんなひそかな空想をはぐくませる、危うい、だが
ひどく心たのしい想いをそそる世界があった。すがすがしい含羞と、研ぎ澄
ませた刀剣の地肌の上をまっすぐに走る光の矢のように青々としたたじろぎ
のなさを母へ向けて放つ泰邦の視線を見ることは、むしろ駿介はひどく好き
であった。泰邦の視線を浴びるとき、母は母にいちばんふさわしい落ち着い
た華やぎをとり戻すようにさえ見えた。泰邦の視線で、母も青々と染まり、
洗いあげられる感じがした。そんなとき、駿介は、奇妙に父の存在を忘れき
っていた。母が、まるで泰邦のためだけにある女のような気にさえさせられ
てしまうのだった。

(中略)

 駿介が目を醒ましたのは、太陽のせいだった。西向きの窓から、陽がベッ
ドいちめんに射し込んでいた。何か夢を見ていたんだと、駿介はそのとき思
った。けだるい醒めぎわの不快な感じが、体の節ぶしに鉛をおとすようにぶ
らさがっていた。夢は浅く、何か恐ろしいものででもあったのか、咽もと近
くまで名残りがまだ尾を曳いていて、想い出せそうで出てこない。夢のなか
で駿介は走っていたような気がし、走りたくても足が運ばず、必死に歩いて
いたような気もする。歩いて、この部屋のベッドへたどりついた途端に夢の
醒めぎわがやってきた・・・・・・そんな感じの、目醒めであった。


(抜粋を続けよう)

 南フランスはいま夏である・・・・・・と、いう書き出しではじまる航空便の入
った封筒は、カウンターの上で、なかば水びたしになっていた。傍にコップ
が一つ転がっている。いま一つのコップには、まだ飲み残しのウイスキーが
底にあった。その横に、栓をとばしたジャック・ダニエルの黒い角壜が立っ
ていた。
(中略)
 大迫駿介が、その日、その航空便の封を切ったのは、京都市紫野にある
高桐院の庭でだった。
 駿介はよく、この大徳寺のなかの塔頭に立ち寄った。楓の木だけが十数本、
ただの平庭に植わっている。石灯籠が一基あるほかは何もないこの庭が、彼
は好きだった。街のなかを歩いていても、ふと急に思い出し、立ち寄ってぼ
んやりしてみたくなる庭であった。
 夏の楓の高桐院は、青水の底にいるようで、その青々とした水底に身をひ
そめてしずめる感じが好きだった。たいていやってきて思うのだが、やって
きたときは、いつもひどく疲れていた。疲れの底で、ぼんやりしてる庭であ
った。
 マッチの軸でぶ厚い封の糊紙をそいで開いたとき、大迫駿介は、不意に軽
いめまいを感じた。
 かすかに、エステル性の芳香を嗅いだと、一瞬思ったからである。鼻先に
近づけると、その航空便はやはり、うっすらと香りを放った。
 ラベンダーの匂いであった。
 南フランスはいま夏である・・・・・・当り前だ。日本だっていま夏だ、と、駿介は
不快げに独りごちて、音をたてて便箋紙を開いた。

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好きなはずである。
赤江の『オイディプスの刃』は、読んでいて、軽い自己陶酔に似た危険な知覚を私に
呼び起こさせる。
私が1978年の高3の夏に書いた『泥流』という作品は、「永遠の命は存在しない」という
テーマで、登場人物の高校生と年上の恋人、友人、家族が尾道を舞台に複雑な
精神世界の関係を織り成し、「存在」に懐疑的になった登場人物は死を選択していく、
という作品だった。
どこにも発表していない。
同じ18歳(正確には学年がひとつ上)の中沢けいが、『海を感じる時』で文学新人賞を
同年に受賞したときには、「そうか・・・」と思った。
原稿用紙400枚にわたる私の作品は、現在原稿がどこにあるのか、その行方は知れない。

「追体験は読む人を辛くする。残念ながら、君にはその筆力が、ある」
大学時代の友人の言葉だ。
私の作品などは、うずもれているのがふさわしい。


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