渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

奥歯

2005年02月28日 | 内的独白

歯医者さんで麻酔して、グリグリと。
奥歯、抜けてしまいました。
うげげ。
歯の根っこってこんなに長かったの?
やっぱり真っ二つに割れていたからぐらぐらしてたのね。
残った根っこの破片はまだ生きていて、それを土台にかぶせを
作って再生させるか、一気に全部抜いてしまうかと選択を
迫られました。
ひと昔前の私でしたら「思い切ってズバンと抜いてくり」という
感じだったろうが、奥歯でしょう?
温存療法?でやってもらうことにしました。
麻酔なんて何年ぶりだろう。
麻酔してても、歯石とっているときにウガガガとなってしまいました。
叫びたい気持ちがよくわかる。うん。
結局お昼の12時から治療始めまして、まるまる1時過ぎまでかかり
ました。
この度の歯医者さん、すごく丁寧で○。


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現実

2005年02月28日 | 内的独白

思わぬところから古いことばの軌跡を発見。
時間軸を頭で反芻しながら読み返す。
うわぁ。
深かったなぁ。。。
「始まり」って、何事もなんて初々しいのでしょう。


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歯医者さん

2005年02月26日 | 内的独白

数日前、ふとした拍子に前歯の差し歯がかけてしまった。
8年ぶりくらいに歯医者さんに行きました。
母が通院してた最近開院したばかりの歯医者さん。
密かに評判がいいのです。
真新しいヘアサロンのような綺麗で清潔な建物に入り、先生と初対面の
ときにビックリ。
「○○と申します。よろしくお願い致します」
と先生が自己紹介の後、深々と頭を下げるではありませんか。
こんな歯医者さんは初めてです。
そして、前歯だけでなく別な悪いところも直してもらおうと思って
いたので、その旨を告げ、レントゲンを撮っての所見。
最近はレントゲン画像を即パソコンで患者に見せて、詳細に歯の状態を
説明するのですね。
この時にも、先生は非常に丁寧で礼儀正しい対応。
PCもたまげましたが、このような詳く丁寧な説明を今まで歯医者さん
で受けたことはありません。
しかも、偉そうにしている「先生」ばかりでした。。。
高飛車な態度の人間とヘラヘラとくだらないおちゃらけで媚を売る人間を
極度に私は嫌いますので、治療途中で通院がイヤになって行かなくなる事
も多かったのです。

前歯がなくなったのは、小学4年生のとき。
休み時間に体育館で空中回転の練習してて、勢い余って飛び箱に顔面直撃。
永久歯の前歯が1本なくなってしまいました。
以来前歯は差し歯。
高校のときは、地下鉄都営三田線(当時は6号線)のホームで理不尽な場面
に遭遇し、助太刀せんとて乱闘。
そのときに、不覚にも一発いただいて他の前歯も欠損。
差し歯が増えてしまいました。。。

歯医者さんによると、歯ぎしりしているのか咀嚼の力が強すぎるのか、
年齢の割りに歯の磨耗度が激しいそうです。

きょうもこれから歯医者さんに行ってきます。
知り合いの歯医者さんの忠告を守らず、放っておいたら、奥歯が縦に根元
まで割れてました。
案外、厄介な処置になりそうです。

どうか、歯と身体は大切に。
皆様、なにごとも控えめに。
(って、言ってる本人はまず無理)


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隠密 密会 会食 食言 言動 動態

2005年02月25日 | 内的独白

気付く人は気付くし、気付かない人は
まったく気付かない。

背広のボタンの糸。
いつの間にかほつれて、
ボタンはどこかに。


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三寒詩音

2005年02月24日 | 内的独白

昨日は3月下旬の気温。
きょうは雨。
夕方、雪にかわった。
天気は気まぐれ。
でも、四季がなかったら、この国の人の詩歌との
つながりは違ったものになっていたかも。
季節を愛でる詩も歌も音もなかったろう。
当然、枕詞の存在さえ。
それは、意図的に美しさを求めるために求めるのでなく、
気づいたら自然と美しさがそこにただあるという透明感
に似て。


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まあるい月

2005年02月23日 | 内的独白

先ほど気づいた。
月が丸い。

今19時。
見ていると、どんどん昇って行く。

ずっと見ている。

懐かしい。

小さくなった火星は、どこ?


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YOSHITSUNE

2005年02月20日 | 映画・ドラマ


タイムリーに見れなかったので、2週間前ビデオに録画してもらっていた
大河ドラマ「義経」第5回を観た。
五条大橋(現在の松原橋)でのシーンはなかなか見ごたえがあった。
武術指導と殺陣をつけたのは大河定番の殺陣師、林邦史朗。
現在、国内で最高の殺陣をつける先生だと思う。
個人的に共に飲んだり家に泊めてもらったりと懇意につきあいをさせても
らっていた。
新宿で飲んだ後、ご自宅のある都下まで一緒に電車で帰り、駅前で二人で
屋台のラーメンをすすった。
古武術にも非常に研究熱心な方で、土佐英信流の業を見せて欲しいと
懇願されたことがあった。
ご自宅の地下にある広い道場で奥伝以外の業を披露した。
普段は伝法な江戸弁でざっくばらんな方なのだが、剣技を前にすると
眼光鋭く、すべての業を見逃すまいと目視する。
奥様も素敵な方で、道場に降りる階段の片隅でじっと夫の様を見守って
いらした。
氏は試し斬りの世界でも第一人者で、私は据え物の試し斬りは、氏から
手ほどきを受けた。
氏の殺陣は実際に日本刀を使っての試斬、刃引きを使っての太刀打ちを
通してしか掴み得ないリアルな殺陣。
氏が殺陣をつけた役者さんの演技が、遠く離れた地でも映画やテレビで
観られることが嬉しい。

五条大橋のシーン。
義経役の滝沢さんの立ち回りは見ていて「止め」と「決め」がピタリと
決まっていて、なかなかよかった。
舞踊の要素も取り入れてあり、それがキビキビとした武闘の中にも優雅で
それでいて張り詰めた空気を醸し出していた。
この五条の対決で、義経は母常盤から授けられた大切な笛を弁慶によって
鴨川に落とされてしまう。
ここで義経ははじめて怒りをあらわにし、「まろばし」でかわしていた
弁慶の長巻に対して自らの短い腰刀を抜く。
滝沢義経、後姿の手の先までわなわなという炎が見えるようでなかなか
よい。
心に残るシーンに仕上がっていた。

世間での評価は賛否両論分かれる
ようだが、石原さとみさんの静の役は
愛らしかった。
これまでの静のイメージは細面で優雅、
律儀な愛の女性、というものだったが、
こういう田舎臭い(笑)感じの白拍子
もなかなかよきかな。
ただ、現代劇のように早口でなく、ゆっ
くりと台詞は口にした方がよいと思う。


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祈る

2005年02月20日 | 内的独白

大学の時、私に一番影響を与えた(というか世界に眼を向けさせて
くれた)恩人である先輩から先ほど一通のハガキが届いた。
急性リンパ性白血病だという。
私の仲人はこの人だった。
私よりふたつ歳上だが、一昨年、4人目の子どもまでできていた。

ベッドから届いた一通のハガキ。
マジックペンで書かれている。
ボールペンや万年筆では、上を向いたら字は書けない。
多分病床に寝たまま書いたのだろう。

ただ、ただ、祈る。


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知識のコレクター

2005年02月19日 | 内的独白

コレクターにもいろいろいるようだ。
中身が空っぽの「知識のコレクター」の駄文を読んでいても、もう既に
腹も立たない。
書籍を素通りする量の多さと集めた人の言葉の量が賢いこととは比例しない。
むしろ、中身のなさと自らのいやらしさが白日の下に露呈されるだけだ。
やはり知性が高いとは思えない。
しかし、駄文からもいろいろ納得させられることもある。
資質の問題。
かねてより疑問に思っていた「縦割り思考」なるものについて。
その駄文記述者が、単純にエリート好みで、しかも、自分がエリートである
という意識を根底に持っていたということが判っただけでも儲けものだ。
しかし、自分ではそういうつもりはないと、かの仁はどこかで否定していた。
少し期待してなりゆきを見ていたが、人を見下したり、自分だけが特別、と
いう風情が日常の言動に見え隠れしてどうにも鼻についていた。
来歴を見ても、本人の言ほどエリート嗜好を否定する要素は見受けられない。
要するに自分で否定することへの行動が伴ってないのだ。
擬態を弄してよい子よい人ぶらずに、むしろ己の持つその独善とファシズム的
選民嗜好を全面に出していった方が面白いのに。
擬態は心眼を持つ人にはやがて看破されますが。

いつだったか、某所で玉を撞いた。
出張で来たという一見客が入ってきた。
相撞きしながら、ゆとり教育についての話題になった。
批判的という点で見解が一致したと思ったが、次第に「?」と思われる自意識
がその人の言に見え隠れし始めた。曰く、
「生まれつき頭のいい奴とそうでない奴、生まれつきエリートとそうでないの
 がいることを子どもに思い知らせるべきですよ」
出身大学を尋ねてみた。
東京大学だった。
私の近親者が東大院の博士課程出身であることを告げたら、その人は
それまでの態度が急に卑屈な感じになった。
大名旗本のような尊大な態度だったのが商家の丁稚みたいに腰が低くなった。
撞く玉もヘロヘロになった。
そして、「自分は一浪で学部だけです」と。
東大って駄目だな、と思った。
結局、エリート意識に基づく「上を目指す」ことは「下を見下ろす」ことで、
同時に、その意識の存立基盤を脅かされたら、逆上するか、卑屈に謙るか、
無視を押し通して黙殺に努めるしかないのだろう。
東大というよりも、東大を嗜好(指向)する者に代表されるある種の「あの意
識」は、救われない。


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ジャンゴラインハルトが弾く All Of Me を聴きながら

2005年02月18日 | 内的独白


俺も、我ながら間が抜けているなぁ。
観察力がない(って、今更という声も
聞こえてきそうだけど)。
キューのハギってどういう感じだったっけ?
と1986年に購入した人生で2本目の国産の
キューをしげしげと眺めていた。
そしたら、発見。
今まで思っていたよりも一番外側にもう一枚
タネ板がありました〜(^^;)
よ〜く見ると、外側から内側に向けて

1.黒色タネ板
2.ジャーマンブルーに近い深緑色ベニア
3.黒色タネ板
4.薄茶色ベニア(ちょい幅広)
5.オレンジ色ベニア(肉眼では鮮やかなオレンジ)
6.ローズウッドのハギ中心部

でした。。。
ううむ。
木工細工の奥は深い。。。。
ハギという手法は、こうして経木のように薄い板や数ミリ程の厚い板や
角材のようなハギ中心部分の原木たちを寄木のように張り合わせて、
そして旋盤で手作業で丸く削ってキューの形にしていくのです。
削って初めてトンガリ帽子の形が見えてくる。
ハギの板同士はかたくかたく、ペトッとくっついて結びあっている。

思い出がたくさん詰まったキュー。
このキューをぼんやり眺めていて、80年代にいろいろあったことに
ばかり思いが行ってたけど、本末転倒だった。
森ばかり見ようとして、木を見ていなかった(^^;)

一昨夜、キュー職人二人と会って、彼らの作品を見て、手にとって、
いろいろ考えさせられた。
しかし、こうして自分が長年使っていたキューを眺めると、情けない。
刀は何十分も食い入るように眺めたりするけど、刀のようにつぶさに
観察していなかった自分にちょっとショック。
見極めが全然できてなかったじゃ〜ん。。。。

今更ですが。
これが俺か。。。


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暖かい

2005年02月17日 | 内的独白

東京、晴れ。暖かい。
広島帰着。
空港、風強し。

私的雑感少々。
喉元過ぎれば・・・なんとやら。
たぶん、一過性の心地よさや楽しさを求めて、人は同じ過ちを繰り返す
のだろう。
自分の精神的快楽にのみ忠実に生きることが楽しいのか。
あずかり知らぬところで新たな展開に期待感ワクワクなのはわかるが。
それはそれで勝手にやってくれ。        と言うしかない。

見ない方がよかった、ということって、ある。

とりあえず、仕事は順調だ。
働くべし。
物見遊山を繰り広げて生活していける立場ではない。

それでも、仲の良い恋人たちを見ていると、こちらまで嬉しくなるのは
なぜだろう。

昨夜の巣鴨でのキジ焼き風の汁椀、とても美味しかった。
さすが「いとはん」キジ焼き丼の発案者。
夜、手に手に得物を持って密かに結集する男たち。
初めて会っても旧知の仲のよう。ネットの不思議。
だが、人は疑わないがネットについては俺は懐疑的。
人も疑っているのかな。
いや、今度は疑わないとならないかな。
違う。疑うのは自分の安易さをだろう?
簡単に信じてスパンと入り込んでいくことをだろう?
飛んでみたら、それはロードスでなくて、ただの崖だっただけだよ。
疑おうが疑うまいが、いずれにしろ、慎重にしないとね。
うかうか喜んでいると、またハシゴを外されて足元をすくわれるだろね。
そうかもね。。。
俺は自分の過去を振り返り、それと照らし合わせて自分の感覚を
値踏みしている。
臆病者の病的心理。
俺はとても臆病になっている。
俺はチキン?チキンか?

突然出された暖かいお椀。
ひとりの男の粋なはからい。
チキンでなくキジだった。
感謝。

あ。。。。
鳴かずば撃たれまい、か。。。。

切った髪が少し伸びたのを見た。


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寒い

2005年02月16日 | 内的独白

東京、雨。
桶川、雪。


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芸術における刹那性 −表現と時間軸−

2005年02月11日 | 内的独白

(削除)

脱力感

 


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長い検査

2005年02月10日 | 内的独白

ふたつの科で検査。
高脂血症の薬はかなり強いものなのだろう。
ひと月後の3月10日に肝機能障害が起きていないか再検査。
もうひとつの腎臓の方は泌尿器科なのね、あれ。
左の腎臓、やばげ。
2月24日にCTスキャン他再度精密検査。
同意書に署名。
きょうだけでも、朝一番に行って夕方近くまでかかった。


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投薬

2005年02月08日 | 内的独白

日曜日に友人に会いに行った。
症状は芳しくない。

投薬については、私も別な病気で投薬治療を続けているが、今使っている
クスリがどんなものか詳しく判り得ないのは恐ろしいものがある。

クロロキンやスモン訴訟に前職で職務として携わってきたが、今、手元にある
前の職場の所長が著した書籍を読んでいて、改めていろいろ考えさせられた。
学生のときに後藤孝典氏の『制裁的損害賠償論』にいたく感動したのだが、その
著者が主宰する職場にかつて偶然就職したのは、これも何かの縁だったのだろう。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4641180784/249-1042621-5258765
今、まったく別件で、高校以来の友人が「エセ科学批判」という切り口で文章を
出版物に載せようとしている。
そこには、この後藤孝典氏の書籍に流れる思想的底流と同地平に立つ視点を感じ
る。
身近な個人的な人間関係のことから国家水準に至るまで、情報操作には警鐘を乱打
してもしたりない。
しかし、操作される人は操作されてしまう。。。
好んで操作の中に自ら入り込もうとする人さえ存在する。
真実の伝達が常に筋道において理解度の優位性を保全するとは限らない。
哀しく、難しい問題だ。

薬害の社会学についてネットで検索していたら、よくまとまったコンテンツを
見つけた。
興味深く読んだ。
インターネットは使い方によっては便利なものだ。
http://www.socius.jp/lec/23.html


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