渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

ボチボチと、のんびりとネ

2005年01月31日 | ビリヤード

6日ぶりに出勤。
体調は回復しつつある。

定時過ぎに友人に架電。
電話口の声、やはり、この人も病から抜け出せていない。
直るまで長くかかるだろう。
会話が微妙に噛み合わない。
対話するのがしんどいのかも知れない。
ひどいことが重なり過ぎた。
ずっと我慢してきたのだろう。

半年ほど前、ある玉撞き屋の店主に彼は外国製のキューケースを注文した。
店主に従い、店にあったカタログでの取り寄せ注文。
ある日、商品入荷と連絡があった。きょう中に取りに来いという。
彼は、地方へ出張中で本日中の受け取りは厳しい、と申し出た。
店主は途端に不機嫌になった。
彼は仕方なく、予定を変更してその店に足を運んだ。
私も合流した。

商品は、注文した物と全く別な物だった。
メーカーも違えば色も形も違う。
彼が好まぬメーカーで、型も一番好きではないタイプだった。
それを告げても、その商品を引き取れ、と店主は言う。
私は、注文したものと違う商品なので断れ、と彼に進言した。
店主は言った。
「あんなものは急に言われてもすぐに入りはしない。
 これにしとき」
店主は「うちが困るから」とその商品を早く現金化したがっていた。
注文した彼は、事を荒立てたくないとのことで、泣く泣く金を支払った。
広島から東京までの片道航空運賃と同額だった。
以来、そのケースを彼は使ってはいたが、どうにも愛着が持てない。

後日、別なトラブルがあり、彼はその店には行かなくなった。
私も店を去った。
爾来、二度と足を運んでいない。

我慢して持ち運ぶキューケースを見る度に、彼が不憫だった。
彼は様々なことを我慢して、独りで呑みこんでしまおうとする。
そして、この半年、辛いことが一挙同時に彼に降りかかってきた。
私が知る限り、原因について彼を責められないものばかりだ。
彼が当事者の片割れであることを以って、彼にも原因があるでしょ?と言うのは
他人にはたやすい事だが、それはあまりにせち辛い。
そうスパンと切って捨てるように思える人は、きっとわが身を守る術に長けてい
て、どんな状況でも相手に原因を求めて、包帯のような嘘を身にまとったまま
うまく自分は安全地帯への切符を確保できる人なのだろう。
彼はそれができない。
病気にもなる。

彼が欲しかったキューケースを密かに探していた私は、昨夜、それの新品をネット
オークションで落札した。


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赤い風船

2005年01月30日 | 音楽

浅田美代子さんの昔の映像を見た。

 あの娘はどこの娘 こんな夕暮れ
 しっかり握りしめた 赤い風船よ
 なぜだかこの手を するりとぬけた
 小さな夢がしぼむ どこか遠い空
 こんな時 誰かが ほら
 もうじきあの あの人が 来てくれる
 きっとまた 小さな夢もって

 この娘はどこの娘 もう陽が暮れる
 隣りの屋根に飛んだ 赤い風船よ
 なぜだかこの手に 涙がひかる
 しょんぼり よその家に
 灯ともる頃
 こんな時 誰かが ほら
 もうじきあの あの人が 来てくれる
 優しい歌 うたってくれる

 あの人が 優しい歌 うたってくれる

1973年の浅田美代子さん、全く音痴じゃない。
音程は実にしっかりとしている。
彼女が音痴だというのは作られた虚像?
それにしても、安井かずみの作詞にかかると、赤い風船はこんな感じに
表現される。
作曲は一時代を作った歌謡曲の革命児で天才筒美京平だ。
浅田さんが歌うと、なぜか悲しくは聴こえない。
でも、この歌詞を読むだけで僕は泣けてくる。
歌詞を忘れて曲をハーモニカで吹いてみた。
よけい悲しくなる。
この曲はリメイク路線だが、伏線に1966年に加藤登紀子さんがレコード
大賞新人賞をとった『赤い風船』が記憶にあるからかも知れない。
加藤さんの『赤い風船』は作詞は水木かおる、作曲は小林亜星。
それはこんな一節。
 
 赤い風船 手にもって
 走ったり ころんだり 笑ったり
 いつもひとりで たわむれている
 かわいい坊やは 空が好き

水木さんの詩では、坊やになっている。
手を離れた赤い風船を追いかけていた坊やは車にひかれて死んでしまう。
風船は空を漂い、坊やを探す。
そして、やがてしぼんで落ちてゆく。

きょう、たまたま「うつ病」について調べていたら、こんなサイトを
見つけた。
http://www.sakurai-coun.com/fusen.htm
ここで何度も出てくる「本当の感情に気づく」というのは、どういうこと
なんだろう。
どんどん悪化しているとしか思えない症状を本人が「本当の感情」だと錯覚
して、かつてのように解離性障害や人格障害の兆候が見えはじめている場合
などは、どうすればよいのか。
無論、典型的病者の常として、症状についての自覚はない。
精神の病は一日も早く専門医にかかることだ。
光太郎が必要なのでなく、一刻も早く医者が必要なのだ。

なんとも歯がゆい。


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心の中の風景

2005年01月29日 | 内的独白


信州には、梓川(あずさがわ)があるという。
それはそれは美しい川があるという。
そこには、岩魚もニホンカモシカも住むという。
太陽の光の粒の中、梓の清らかな水は、
さらさらとさらさらと、流れてゆく。


渓流の水の流れに誘われて、川辺の景色も静かにそよぐ。
荘厳という言葉はここに似合わない。
朝もやに揺れるそれは、幻想の世界。
ほら、あそこからこちらを見ているあの子の姿が見える?


これは4月の梓川。下界ではもうすっかり春のはずなのに、
雪の名残りの梓川。

この流れをいつか見るとき、
私は、
渓流詩人になれるだろうか。


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ボノボ

2005年01月28日 | 内的独白

発熱。
休み。
自宅療養。

毎日のように繰り広げられる物見遊山を物見してみるとてたちつてと。

カンロ「果実のど飴」。
おいしい。

しるこ食べたいなぁ。
漬物は京都は土井の志ば漬あたりで。

とりあえず、俺が寝ている間に、人はそれぞれ。
懸命に働いている人。
勉強している人。
遊んでいる人。

いろいろいるなぁ。
やっぱ、真面目に働いている人はカッコいいね。
女性でも。遊びほうけている人よりは♪

あれ?
ほうけるは、呆けるだけでなくて「惚ける」という字もあるのか。
「ぼける」と一緒やんか。
あ。
「ほれる」とも一緒だわ(笑)
「ほれる」は「ぼける」なんか~。そっか~。
相手がよく見えなかったりするもんなぁ。

2002年に作ったガンモドキのサイトに「猿は猿を殺さない」と自分で
書いていたけど、
http://kelu-cafe.com/gunmo/guntalk/gun.html
(あはは。BGMは「私を愛したスパイ」だ)
よく考えたら、哺乳類では愛嬌のあるカバも、猿も、同族を殺す。
猿なんて子どもを殺して食べちゃったりする。
人間なんてもっての他だ。
唯一、霊長類で同族を殺さないのはボノボだけなんだよなぁ。。
知ってます?ボノボ。
でも、政情不安から、森林に逃げた人たちの食料にされたりして、
この争いをしない愛に生きるかわいいお猿さんは絶滅寸前(><)
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/shakai-seitai/shakai/BONOBOHP/

あら。
きょうのTV映画は『猿の惑星』だよ。
なんと偶然。

そうそう。
平日の昼間に家に居てみて、家内の行動がよく見えたよ(笑)


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明けて自分の成人病検診

2005年01月27日 | 内的独白

「その若さで・・・こんなに。。。。普段どんなもの食べてるんですか」
と院長先生。
「普通のものを。酒も毎日飲む習慣ないですし」と私。
先生「普通のものって・・・。血管ボロボロになる前に・・・。
   2月10日に外来できちんと来なさい。CTとります」

院長先生は上品そうなおばあちゃま。
本人以上に心配そうに私の顔を覗き込む。
(う。ガッコの先生か母親に叱られてるみたいだ)
食事は・・・外食がほとんどだけど、気をつけていたつもりなんだけどなぁ。。
食事療法ねぇ。。。ふぅ。いろいろと事情がね。。。
まあ、気をつけて外食するしかない。

ただの検診日なのに、数値が尋常でないとのことで、先生は処方を書いて薬を
出してくれた。
とりあえず、今晩から投薬治療を開始することになった。

8年前に比べたらだいぶ数値は下がってはいるけど、
食事療法だけでは血圧ほどには下がらない。
おまけに、レントゲン。。。。
なぁに?この腎臓。
今、入院したくはないなぁ。

我ながら自分の体なのに、他人が抱く他人事以上に他人事のようだ。
なんとも、むなしい。

壊れているのは、体でも心でもないことを改めて実感。

あれ?
でも、遠い過去に一人暮らしで自律的な生活が実現していたときもあったよな。
ああ。
あれは、あのときは、大志を抱いていたんだった(わらひ)

もう、青年ではない。

(あ。お昼は今度から近所の病院の食堂にしよう。うん。いい考え)


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自宅謹慎

2005年01月26日 | 内的独白

風邪で体調を崩す。
自宅でじっとしており。
食べず、飲まず、外出せず。

ただひとり この日を覚ゆ 瞑目し


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センサー

2005年01月25日 | 内的独白

膝が痛い。
湿度が上がってきたな、と思ったら、昼過ぎから雨が降ってきた。

面白いことに気がついた。
右膝と股関節には、1983年に遭った交通事故の後遺症を抱えているの
だが、これが湿度が上がって雨が来るときに痛みでセンサーとなって
いるのは20年来だから別に驚きはしない。
茶髪にした髪が黒っぽくなって来たら雨が来る。
これは発見。
しかし、本日の雨、実にうっとーしい。
あれ?変なの。
俺、雨の日は好きだったはずなのに。

なんだか、もう、あれもこれも、鬱陶しいや。
なんの進歩もなく喉元過ぎれば、とやらか。

というか、理不尽さにぶち切れそうになるのはもうやめだ。
考えが足りない子どもや交通弱者だと思えば、腹もたたない。
ご機嫌うかがいの目に見えないセンサーなんて破壊してしまえ。

玉撞きってやつは、随分と俺の安全弁になってるな~。
日曜、月曜とやってないだけで、こうもイラツクとは。。。
なんでもすぐにポイできる性格だと、楽なんだろうなぁ。
切り替えが早いよね。そういう人。
なにやっても、うまく切り抜けていくんだろうなぁ~。
実際、世の中そうみたいだし。

ま、俺は俺なりだ。

ところで、キューのシャフトの硬軟の差から起こる現象と
タップの種類の相関関係。
表にまとめようとしたけど、複雑だよ、これ・・・。
様々なファクターとベクトルが相互に錯綜して。。。
え?無意味?・・・・あ~?・・・意味ない?
君には意味が見えなくても、俺には意味があるのさ。

ふんふん♪
ついでだから、まとまったらHTML化してやろう。

考えて見れば『ルパン三世』で最初から最後までハードボイルドだったのは
次元だけだ。
今でこそ渋めの五エ門だって、一番最初に登場したときといったら、不二子
にメロメロになってデレデレして、あげくの果てに騙されてとてつもなく
カッコ悪かった。
あれがあってから五エ門は不二子嫌い→女嫌いに走ったのではないか。
今はすましてはいるが。
最初から一貫してストイックな路線は次元だけだ。

つけっ放しのTVがうるさい。
お~。
明日は晴れだと。
ホンマかいな?

あ。あれ?あれれ?
パソコンのヘッドホンの音が出ない・・・。

う。
なんだよ。
よせよ。

あ。。。
うげっ!
うげげっ!!

しょえ~~~~\(◎△◎)/

猫がヘッドホンコードで遊んで、ひっかいて断線してる。。。。


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詩人

2005年01月24日 | 内的独白

夜更けに 詩を読む
散りばめられたことばを
ひとつひとつ 拾い集めるように
詩を読む
ことばは ことばでなく
込められた ことばの向こうにある思い

僕は 僕を詩人と感じてくれた
ただ 唯一の心を 失ってしまった

あの人の 心のありかを
一体 誰が知るというのか
一体 誰が知るというのか

僕には もう
詩もかけないし
うたも
歌えない

夜更けに 詩を読む
心を探して 詩を読む
憎らしいほどに 好きだった心
どれほど 心を探してみても
巻き戻せない 時計の針が突き刺さる

あの人の 心のありかを
一体 誰が知るというのか
一体 誰が知るというのか

ほら これが僕の骨だよ

うたを歌えない うた歌い

雪代の溶ける頃
きっと 
まだ
みなもに映る 砕けた光を探してる

目に見えない 細かい溝を通り抜け
みなもに映る 光の束を
きっと 僕は とぼとぼ とぼとぼ
探してる

月夜見の 虫の音
せせらぎの 音の記憶をたどりつつ
せめて 死んでしまった詩人のうたを
ただ僕は じっと眺めているばかり

*******************************************

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  お庭の隅の草叢に
  隠れてゐるのは死んだ児だ

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  おや、チルシスとアマントが
  芝生の上に出て来てる

ギタアを持つては来てゐるが
おつぽり出してあるばかり

  月の光が照つてゐた
  月の光が照つてゐた

             (中也)


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音の道しるべ

2005年01月22日 | ビリヤード


なぜかプールにはJAZZが似合う。
そして、ビルの建ち並ぶ都会の
夜が似合う。なぜだろう。
プールが限りなく好きだ。
けれども、朝、起きがけに重厚な
JAZZは聞きたくない。
朝はクラシックがいい。
そして、爽やかなものがいい。
爽やかなJAZZなんてJAZZじゃない。

ところが同じビリヤードでも、プールで
なくキャロム(1月20日の画像)にはクラシック音楽が似合う。
鹿鳴館に6台ほど置かれていたビリヤードテーブルもプールでなくキャロム台だ。
キャロムビリヤードの発祥地はヨーロッパであり、今でも彼の地ではプールよりもキャロム
が盛んだ。
ポケット(プール)は1930年代にアメリカで流行した。
「ビリヤード」とは厳密にはプールのことなく、四つ玉やスリークッションのキャロム競技の
ことを言う。
キャロムとは、穴がないテーブルでボールとボールを当てる競技。
実は、日米でもプールが流行る以前はキャロムが主流であった。
日本ではつい18年ほど前まで、「ビリヤード」とはキャロムのことだった。
街のビリヤード屋さんに行くと四つ玉台ばかりで、プール台は少なかった。
今や世情は完全に逆転。
映画『ハスラー』『ハスラー2』の影響は大きかった。
現在、四つ玉を撞こうとしても、四つ玉台を置いている店は全国でも数えるほどしか存在
しない。
とても寂しい。
かく言う私も四つ玉からプールに転向した口なので、キャロム人口を減らすことに貢献して
しまったのだが。。。
しかし、四つ玉もプールも玉を撞く時に奏でる音は一緒である。
音の道はどこに続いているのだろうか。

今夜、4ヶ月ぶりに音信不通だった友人と会えた。
休職して医者にかかっているという。
心の病だった。
4ヶ月前に突然周囲との連絡を断った。
心配になり、勤め先の人とも連絡をとり、そっと
何度か家まで訪ねたが、部屋に灯りはつけど・・・
電話にもメールにも返事はなかった。
本日「会いたい」と連絡があり、飛んで行った。
人と会話もおぼつかない状態だったが、少し快方に
向かったのか、会うことができた。
医者のすすめもあって、一緒にプールをした。

やがて、彼もキューが奏でるサウンドに耳を傾けられ、
音の行方を探せるときが、きっと来るだろう。


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発見

2005年01月21日 | ビリヤード

最近、逃避的にビリヤード日記のようになってる(^^;)
と言いつつ、今宵もプールのお話。

昔、ビリヤードのキューはただの棒だった。
昔といってもどれくらい昔かというと、日本では遠山の金さん町奉行や、
勘定奉行をしていたそんな時代。

さて、その頃、海の向こうでは、イギリス人のジャック・カーという人が、
ビリヤードでミスショットを防ぐ方法の研究に腐心していた。
キューはただの棒だったので、玉を撞くときにすべってしまい、ミスが非常
に多かったからだ。
カーはあるとき、白墨の粉を滑り止めとしてキュー先に塗ることを思いつい
た。
歴史的大発明だった。
玉との摩擦係数を増やすことでミスショットが完全に防げた。
ミスショットを防ぐだけでなく、玉の横を撞いて「ひねり」を加えることに
より、玉にかつてない動きをさせることができた。
カーがイギリス人だったので、現在でもビリヤード用語では「ひねり」のこ
とを「イングリッシュ」という。
彼の発明した(というか流用)この粉は「マジックパウダー」と名付けられ、
爆発的に売れた。
その10年後には、更なる発明。
フランス人のマンゴーという人は収監中にキュー先に弾力性のある革を貼り
つけることを考えついた。
打球の正確性は格段に増した。
マジックパウダーの粉を練り固めたものを「チョーク」、キュー先の革は
「タップ」と呼ばれて、現代でも使われている。

今夜、今まで慣れ親しんだもの以上に僕のTADに合うタップを見つけてしまっ
た。
そのタップは、20年ほど前までは一世を風靡していた製品だったが、近年は
革の質が落ち、何度か使ってみたところしっくりこなかったもの。
ところが今回出合ったものはかなりいい感じ。
知り合いから1個だけ譲りうけたものだが、ひょっとして昔のもののデッド
ストックだったりして(^^;)
それにしてもタップは奥が深い。
タップの唯一の欠点。
それは、キューに付けて玉を実際に撞いてみないと自分に合うか判らない
こと。
良し悪しでなく。


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透き通る音の調べ

2005年01月20日 | ビリヤード


楽器職人だったロバート・ランデさんが作った僕のショーン
キューは、玉を撞くと木琴の音がする。
CAのオレンジカウンティーに住む家具職人だったタッド・コ
ハラさんの作ったキューも、木琴の音を奏でる。
大阪のキュー職人吉村さんは、タッドさんの古い友人。
コハラさんのキューに、吉村さんのシャフトをつけると、一
番澄んだ木琴の音。
それぞれが音質も音程も違うけれど、奏でる音は心地良い。
透き通る音の調べの中、テーブルの周りで僕はダンスする。
僕は楽器で玉を撞いている。

ほんわか気分で戸外に出たら、外は雪。


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見識不足

2005年01月19日 | 内的独白

人は、自分がいかにトンチキなことを言っているか
なかなか気づかないものだ。

というのを今更ながら改めて実感。
次に来るのはたぶん付和雷同。
これは予想でも予測でもなく、確定に近い「予定」。
予定通りの行動を取る人たち。
わかりやすい図式。


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飛行試験

2005年01月18日 | ビリヤード

全国大会の広島県の代表選手だった人に自作ジャンプキューの試験飛行を
お願いした。
いくらでも飛ぶ。
やはりパイロット次第で、彼が技術で飛ばしているのか。
それとも機体には問題はなく、誰でも飛ばせるのに私が飛ばせてないだけか。

よくよく床面からの角度を考えてみた。
何のことはない。
私がキュー尻を上げすぎて角度をつけ過ぎて撞点もずれていただけだ。
飛ばすには、手玉の重心位置のわずか下を貫かなければいけない。
私は8ミリほど重心の上を撞いていた。
飛ぶわけがない。
10年ほど玉撞きをオヤスミしていた間に、飛ばすためのエイムポイント
さえ忘れ去っていた。
ビリヤードの物理をおさらいしてみた。
http://www.beparadise.com/08_knowledge/butsuri.html
理論通りにやると、私がやっても簡単に飛ぶ。
長距離も短距離も実によく飛ぶ。
作品の作り込みは性能を満たす結果を得ていたことに、気づいていないだけ
だった。


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黙祷

2005年01月17日 | 内的独白

黙祷。

地獄絵だった。
それを空から取材して「まるで温泉地のようです」とレポートした
報道業界では「リベラル」とされていたニュースキャスターがいた。
「温泉やない。うちの婆ちゃんが燃えてんのや」と市民は憤った。
著名な別の女性キャスターは、ハイヒールで被災現場に赴いて顰蹙を買い、
いかに現地の人々の苦しみと別な安全な場所にいる人間の感覚がずれて
いるかを自ら証明することをやってのけた。
当時日本は現在のように戦争に参加していなかった。
「まるで空爆を受けたみたいだ」
都内の私の職場では会議室のTVをつけっぱなしにして、いつでも誰でも
見られるようにしていた。
被災者に我々が何かできないだろうかと、事務職員も弁護士もささやか
ながら職場の者たちでできることを考えた。

今、神戸三宮あたりを車で走るたびに、付近一帯の建造物が真新しいのを
目にする。
新しく美しい建物が、いかにこの土地が壊滅的な状態だったかを物語る。
知人の肉親で不幸にも被災に遭われて亡くなった方も多い。

あれから10年が過ぎた。

黙祷す。


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ことば

2005年01月16日 | 内的独白

TV『平成教育2005予備校』おもしろい。
かつて15年前に放送して高視聴率だった『平成教育委員会』のリメイク番組。
その中で、コトバ使いの問題があった。
日常会話を丁寧語、尊敬語、謙譲語に直していく問題。

例題
「先生。やるじゃん。見直したよ」
これを正しい敬語に直せ。

答え
「先生。おみそれ致しました」

問題の肝は、解答を出すこともさることながら、なぜそうなのかを把握する
こと。
「やるじゃん」を「すごいですね」「やりますね」「立派ですね」「素敵です
ね」に直しても×。失礼にあたる。これは言わない。
「見直した」というのは目上を「評価しなおす」ということで、これも×。
「おみそれした」は、見過ごしていたという自分に非があることを自分で
認めたことばで、ここで初めて礼節を知る、ということになる。

ねぎらったり、褒めたりすることは目上の者が目下の者に対してすることで
あって、逆であったりすると日本の伝統的文化としての礼儀にあっては大変
失礼にあたる、ということを知らない人は実に多い。
同僚友人にそれをすると、本人にはそんなつもりはなくても、結果として自分
が目上の立場に立つことになる、ということにも気づかない人が多い。

ネット上でも、対人関係でやたら他人を誉めそやすスタンスを持ち寄る場所
があったりするが、どうにも私には「何か違うのではないか」という違和感
があった。
それはここらあたりの感覚がそこに集う人と私は違っていたからだと、番組
を見ていて今夜判った。
相手を褒めそやすことを発言の旨とするスタンスの人たちに違和感と打ち
解けない空気を覚えたのは、相手を褒める行為が実は上から下を見ること
であるのに、それがわかっていないフシを感じたからだ。
それでいて、日本の伝統文化としての礼を失しているのに、さも伝統文化の
礼儀の寄り合いであるかのように振舞う空気。
私がそういう現象を見て、うまく説明がつかないけれども何だか得体の知れ
ない「異様な空気」と「偽物感」を何となく感じていたのは、上記のような
理由からだったのだろう。

相手を失礼と決め付ける者が礼を知らぬまま礼儀文化の代表選手みたいな
顔をしていることは痛々しい。
人に対して「失礼だ」と高飛車に言う以前に、自分が前述した頓珍漢な失礼
無礼を人に働いていないか、まず刃をわが身に私もあててみることとし
よう。


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