渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

あの頃の僕は

2004年10月31日 | 内的独白

イルカのデビュー曲を聴いている。
伊勢正三さんの曲だ。
ちょうど30年前の曲なんだなぁ。。。
30年!
長いようで短いような。。。
いろんなことがありました。
あえて口をつぐむことも、言わなくていいことを言ってしまうことも。
人の世の影も日向も知りました。
いつの間にか、人の心は風化していきます。
年がたつにつれ、ワンダーランドは見えなくなる。
そして、見たくないものが見えてくる。
けれど、目を閉じてはいけないことがたくさんありすぎて。
悲しくなります。
思えば、すべては、人はあの果実を食したときから始まっているのかも。
そう。
時の流れの中で、いろんなことがあるのです。
喜びも。
憎しみも。
出会いも。
別れも。
ただ、風の中で、ありもしない訳を探すことはしたくない。
ないものをあたかもあるように思い込みたくはない。
それは、あるものをないものと目を覆うことをしないように。
でも、年をとるって、悪いことばかりじゃない。
若いときに見たくても見えなかったものが、年をとってから見えること
もある。
若いときに知らなかったことを年をとってから知ることもある。
若いときにわからなかった、たったひとつの曲のフレーズの意味が
わかるときが来る。
詩人ならば、それだけで十分じゃないか。
辛いことばかりじゃなかったろう。
その時間の流れを
人と共に生きれた、ただそれだけで、十分じゃないか。
ちょっとしたことで、途切れてしまう心の糸を
人知れず拾い集めてみては、また風にさらわれる。
わけを風に聞いても、答えは出ない。
ただ、わかっているのは、
季節はもう秋ということだけ。

  あの頃の僕は若すぎて
  君の気まぐれを許せなかった
  そんな君の優しさは
  大人びていました
  机の上に編みかけの
  セーター残して行ったまま
  朝から続く雨の日に
  泣きながら飛び出して行った
    君はもう 
    この古いアルバムの中の
    思い出の人として
    小さな灰皿の中で 
    燃えてゆくのです
  君の長い髪は とても
  素敵だったと言いたかった


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親友

2004年10月29日 | 内的独白

気の置けない、というのを通り越している友人がいる。
こちらで勝手にそう決めているだけかも知れない。

何気ない世間話とか、ちょっとした相談で連絡しても、電話口にでたときに
「もしもし」と言うと言下に「どうした?」と心配そうに言ってくれる。
「(ああ、だいぶ俺はこいつの手をわずらわせていたんだなぁ)」
と思い知る。
奴から相談を受けることはない。
思えば16歳のときからそうだった。
奴はいつも自分の力で問題を解決してきたのだろうか。

そこで、ふと思い起こしてみた。
俺って、人に相談したことってあったろうか。
考えてみると、いつも相談を受ける側、問題事を解決することを探る側
ではなかったか。
いや、そんなことはない。
側という二分化ではなく、ここでの思索は「相互確認」の問題だ。

かつて、大昔、やっていた評議会においては、まったく忌憚のない意見の
交換を是とする空気の中にいた。
無論、これは相談という類のものではないかも知れない。
しかし、そこでは個人的に抱える悩みまで踏み込んで問題を焦点化して
解決の糸口と行動方針を探る作業がなされていた。
評議会は個別のレベルがあり、単に勉強会的なものから、自己の内面まで
自己検証、相互検証することがなされるものまで、レベルに応じて多岐に
渡った。
そして、外面的生活様式とは違って、かなり「律」を自己に要求された。
まるで修行僧のような?厳格な規律が自己内部に要求された。 
●生活者とはそういうものだろう。
外面的装いと内部での生活様式の乖離を目的意識的に遂行することに
かなり消耗もしたこともあった。
業界ではこれを「日和る」といった。

評議会の機能は、個別1対1であったり、複数であったりはしたが、その
生活の中では、事象を個別詳細に解きほぐして相対化していく努力がなされ
ていた。
そこには、いつも「実践」を射程に入れた明確な思惟が存在した。
迷いはなかった。

本日知った、奴の
「『誰にでもきちんとわかってもらおう』と思うと無理が生まれると
 二十代の終わり頃に思った。いまもそのように感じている」
いう言は、俺にとってかなりショックだった。
きっと、俺の知らない何かがあったのだろう。

どうしても、人と人はいつかはきちんとわかり合える、という希望から、
俺は抜け出せない。
俺は俺の時代の中に取り残されているのかも知れない。


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月光

2004年10月28日 | 内的独白

それは素晴らしい月夜だった。
昨夜、月を追うようにして神戸から走り続けて戻った。
なんとしても日が昇るまでに帰りたかった。
かろうじて夜が明ける前に家にたどりついた。

無理をした。

帰ってからしばらくして、日が昇った頃に気づかされた。

月は都度表情を変える。
まん丸に見える月も、実は昇った時と中天の時と沈む時では姿を変える。
翌日になると、一目でそれとわかるくらいに表情を変える。
今、まん丸と思った月も、実は1分後には顔色を変える。

そして、月の光が美しいのは太陽に照らされているから。
月は自らは輝くことはできない。
豊かな光を持つ太陽という存在があって、初めて月光が存在していける。
美しく見える月の光は、実は太陽の強力な光の恵みを受けて、それによって
気まぐれな姿をときおり僕らに見せているだけ。
月光は日光なくしては、自分の力では光さえ放つことが叶わない。
月光は日光の豊かさの投影だ。


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ことば

2004年10月27日 | 内的独白

何気なく置かれた単語ひとつにギクリとすることがある。
まるで、子どもの頃、砂浜に隠した小さな宝物を
知らないうちに見つけられたみたいに。
子どものときの記憶は、去り行く日とともに、薄くなるのと濃くなるものが
はっきりとしながら遠くなっていく。

今宵、月がとっても青くて丸い。
遠回りして帰るつもりもなかったが、
帰宅途中で眠ってしまう生活は、芳しくはない。
歩きつかれて坂の途中で夜空を仰いだあの日の月もこんなに丸かった。
もっと遠い日のあの日の海があんなに青かったのは、海の青さゆえではなく、
きっと空の青さを映していたから。
海の青さと空の青さのその境目を探すように、
沈んでは浮かぶ海の上に伸びる道をただ走った。
群れなすかもめが白いと気づいたのも、かもめが青の中を飛んでいたから。
フォークとナイフでちゃんばらする肩越しに、ただ青が広がる。
海で教会の鐘の音を聴くように手を合わせたそのとき、
祈りという名の空気のふるえが、生まれた。
忘れ去られた名前のように、海に住む君は、
流星のように輝きながら、空は飛ばないのかい?
青の中に浮かぶ石造りのあの島の向こうに、まだ見ぬ世界があった。
あの島は、きっとロードスだ。


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雪見猫

2004年10月26日 | 内的独白

ほ〜。
知らなかった。
この日記、画像も貼れるんだ。
もっと以前に知りたかった。。。。。。


雪を見る三毛とトラ。
(いただきものです)

(2011年6月評:渓流詩人の徒然日記はレンタルのさるさる日記
に書いていました。さるさる日記は2011年6月30日にサービスが
終了となり、このgooブログに記事を転載したのです)


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距離

2004年10月25日 | 内的独白

このところあちこち行って、仕事での走行距離がすごいのです。
明日はまた神戸。
明後日は徳島。

ちょっと疲れ気味。
家で米と味噌汁と納豆とほうれん草のおひたし食べたい。。。
帰ろ。
今25日24:40。

明日起きられるかなぁ。。。
つーか、きょう家までたどり着けるか。
泥のように眠りたい。

ホンダ・ハイブリッドは元気。
トラブルひとつありません。

(なんか書いてることつまんねーな。駄目だ。帰ろ)


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地震

2004年10月24日 | 内的独白

テレビで中越地震の犠牲者の方の名前が読み上げられている。
なんとも痛ましい。。。。
現地ではまだ大きな地震が断続的に続いている。

以前、広島市内のアストラムライン高架鉄道の橋げたが建設中に落下した。
現場に行くと車はペチャンコだった。
悲惨なのは、橋げた直下を走行中だった車。
運転していた旦那さんは30センチに押しつぶされて即死し、助手席の
奥さんは無傷で助かっているケースが何台も。。。。
となりで突然大切な人がそんな形で死んでしまったら。。。。
また、自分だけがそんな形で生き残ってしまったら。。。

つい最近、その道を車で走っているとき、助手席に乗る伴侶にそのときの
事故のことを教えた。
もし僕が・・・と訊いた。
そのときの伴侶は「やぁだぁ」と言った後、ことばにつまっていた。
どうにか、僕はきょうも生きてしまっている。
天災も人災も、災害による悲しみは予測がつかないところでやってくる。

犠牲者の冥福を心よりお祈り致します。
まだ行方不明の方は、どうにか助かってほしい。


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本日は

2004年10月24日 | 内的独白

「責任」というものについて、少し考えてみることにする。


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日付

2004年10月24日 | 内的独白

昨日は10・21国際反戦デーだった。。
(沈思黙考)

10・21は「じゅってんにーいち新宿で」と、(ひと昔×3)+6年昔
(笑)の若者歌にあったから別としても、私は友人によく言われる。
「なぜ、そんなに日付を覚えているのか」と。

私の中では消してはならない日付というものがある。
それは8・6だったり8・15だったり。12・25だったり。

また、他にも、社会現象とは別に個人的出来事で、私の中では
決して忘れてはならない日付がいくつもある。
これは、私にとっては意識の中でデリートしてはならない日付
なのだ。
キリスト者でない人も12・25は日付を覚えているでしょう?
それと似たようなことが、私の中でたまたま少し多くあるだけだ。
別に不思議がる程のことでもない。

日付にはいろいろなものがある。
幸せな記念日。
悲しい出来事の日。
苦しいけど最後まで頑張ってみた日。
悔恨の道しるべの日。
自己批判すべき自戒の日。
出会いの日。
今までと違う大きな一歩を踏み出した日。
記録的な日。
死別の日。
離別の日。
(なんか、書いてると「その日暮らし」みたいだ。。。)

私にとって大切な事柄である一生に一度の日付は、消せないし、
大切なるがゆえ、記憶から消してはならないと思っている。
また、一生に一度のことは一生に一度のことなので、消しようも
ない。
パラレルワールドで別人格になるならいざ知らず、刻まれた歴史は
そこにあるのだ。
もっとも、日付と行いを意図的に忘れようと仮に心に働きかけようとする
ことがあっても、無駄である。
主はすべてを見ている。


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それは・・・

2004年10月23日 | 内的独白

おまえだ!

と最後に言って生徒をびっくりさせる「怪談」を小学校のときの担任がして
たことがある。
これは、かな〜り、クラス中が「ギョッ!」となったようだ。
「おまえだ」と言われたことよりも、暫く間を置いて、静寂の後に
大声で言う教師の演出にもよるのだろうが。

これに似たオチとしては、「恐怖の青リンゴ」という話があって、
それを私がしたときは、聞いていた人全員が腹をかかえて笑い転げた。
眉間にシワ寄せてクドクド言うより、笑いの方が身体によさそう。
でも眉間のシワって、人に言われないと気づかなかったりもする。
天地茂さんは、役を離れたらどんな顔だったのだろう。。。。


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『火の鳥』

2004年10月23日 | 内的独白

「パパ。これおもしろいよ」
娘が図書館で手塚治虫『火の鳥』を借りてきた。
(あ、実家にあったのに。。。)
「どれどれ?ふ〜ん。どこがおもしろかった?」
「ええと・・・」
(まだよく自分の中でも整理がついていないのかな)
「あとで、どこが面白かったのかきかせてね」
「うん」

娘が借りてきた「乱世編」と「望郷編」を読んだ。
何度も読んだ筈だったのに、きょうは印象が違った。

自分では自分がわかっているつもりだったが、自分自身をわかっていない
ことというのは、やはりあるらしい。
一面的な捉え方しかできない自分に気づくことがないまま一生を終えたら、
ちと我ながら寂しいものがある。
だが、気づくまで、そのことには自分では気づかないのだろう。

過去と現在では読んだときに違った感想があるし、もっと細かく分ければ、
その日の気分で印象は違うのかも知れない。
しかし、印象だけにとらわれて、それを大前提として人物や事象を自己の
内部で認定すると、なんだかうまく説明できないが、危険な罠がぽっかりと
口をあけていそう・・・というのを本能的に感じる。
その都度の印象を自分の断定的判断というものとして「これはこうだ」と
断言するのは、よほどの自信家でないとやってのけられないかも?
せめて、「こんな感じかねぇ」くらいに自分の中でもとどめておくのが
無難だろう。

数年後、過去の自分を振り返って赤面することって、しばしば、ある。
居合の技などがそうだ。
(たぶん、死ぬまで赤面しないままの人もこの世にはいるのだろう)
自分で勝手な解釈をして「これはこうだ」と刀を振る。
しかし、数年後、それがいかに傲慢な自己解釈であったかを自分で思い知る
ことがある。
そのときにはそう信じたからそうである、と未来の時点においても断言して
自己正当化するという逃げ道を自分に与えることを差っ引いても、未来に
おいて自分で自分が気恥ずかしくなることって、僕にはある。

きょう読んだ感想では、読んでいる僕自身を第三者的に冷静に見れたのが
まあ、新たな発見ではあった。

今更ながら、『火の鳥』のテーマとは何だろうと、混迷を極める自分が
いることも再認識した。
正直言って、ようわからん。。。。
僕にとって、『火の鳥』の答えはないのかも知れない。
あえて近いものを探すとしたら、「省みること」、「考えること」、なのかも。


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地震

2004年10月23日 | 内的独白

新潟で大きな地震が3回あった。
きょう、奥様の実家が神戸の人を乗せて神戸の街中を走っていたとき、
阪神淡路大震災のときの現地の惨状を聞いたばかりだった。

新潟の友人は大丈夫だろうか。
災害時、電話は、かけてはならない。


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うわあ

2004年10月23日 | 内的独白

阪神高速から見える神戸の夜景、めっちゃ綺麗。
港から山すそに広がる街の灯。
いつもなら空から見ていた神戸の夜景。
トワイライト・タイムの街の灯は、遠目よりも、ある程度手
を伸ばせば届きそうな距離が暖かい。
あの山すその住宅の部屋の灯りの下では、どんな人がどんな
暮らしをしているのだろう。

やあ、ラジオからタイミングよくプラターズの「トワイライト・タイム」
(1958年)が流れてきたよ。

走りながら、今、片手でタイを緩めた。


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娘よ あなたは偉かった

2004年10月22日 | 内的独白

母の実家の3匹(♂1、♀2)の犬のうち、♂の子が知人の知人に貰われて
いった。
15年一緒に暮らした犬が死んで、ペットレス症候群になりかけていた矢先
にこの度の里親話。
聞くと死んだ犬と今度の犬の誕生日が一緒という。なんというめぐり合わせ。
かわいがってくれるといいな。

娘に電話して、残る2匹のうち1匹の♀を連れて帰ろうかと話した。
あんなに、母の実家の犬を欲しがっていた娘なのに彼女が言うには
「だめよ。犬2匹面倒見るのは大変なことなのよ。
 アークが死ぬまではアーク以外の犬は飼わないの。いい?」
うぐぐ。娘よ、君は正しい。
(でもぉ。。。。以前と言ってることが違うんですけど・・・。
 人は成長するのね。(^^;) )

ちなみにアーク(Ark)とはうちの犬の名前。ノアの方舟という意味だ。
十戒の刻まれた石盤を納められた石棺のこともArkという。

イトコが、バウリンガルという犬の鳴き声を文字変換して人間言葉で
モニター表示する機械をくれた。
一時かなり話題になった装置だ。
試しにうちのArkにつけてみた。
・・・・・・。
そういえば、うちの犬、無駄吠えをしないようにしつけてるんだった(^^;)
首輪にバウリンガルをぶらさげたままキョトンとしている。
彼が吠えるときは、花火の音にビックリしたときと、
「散歩行くよ」
と声かけたときに「アゥッアウッ」と返事するくらいだった。。。
あとは、僕が寝っ転がって電話したりしているとき、「遊んでくれよ」と
上に乗っかろうとするので「ええい。邪魔〜」と僕が払いのけると
「キャイン」(これは痛くもないのにわざと言う)と言うくらい。

Arkは娘と同い年で幼馴染だ。
娘が赤ちゃんの時には、オモチャを取り合って娘がよく泣かされた。
しかし、娘からオモチャを取り上げたあとは、オモチャをくわえたまま
じっと娘を見ていて、しばらくすると娘にオモチャを返す。

面白いことに、私が机の角に足をぶつけたりして「イテテテ・・・・」
とうずくまると、以前いた三毛犬と同じように飛んできて顔を舐める。
こういうことは訓練していない。
試しに演技で「イテテテ」と言ってみると、すぐにやってきて顔を舐める。
まるで「どうしたの?大丈夫?」という様に。
この犬種の特徴として「情愛が深い」といわれていて、飼う前はそれが
どういうことかわからなかった。

とりあえず、娘よ、君は正しい。


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犬の子

2004年10月21日 | 内的独白

仕事の帰り、母の実家に寄る。
犬の子が3匹生まれ、貰い手を捜していたのだが、僕の知人の会社の
同僚が1匹ほしいとのことで、写真を撮りに来た。
シーズーとヨークシャテリアのミックスで、かわいいことこの上ない。
子犬はどれもが得てしてかわいいものだが、このワンコはまっことぬいぐる
みのようにかわいい。
連れて帰りたくなった(笑)

数年前に生まれたときには3匹貰ってきて、娘の同級生のうちで今すくすく
と育っている。
そのときは本当は娘がその犬をほしかったらしいのだが、丁度その頃は6匹
の猫と1匹の犬を伴って実家を出ることになっていたので、先行きの見通し
が立っていないため新たに「好み」で生き物を増やすことはやめにしたのだ。
でも、実際にこのかわいさを見たら、娘が
「いや〜ん。かわいいーー」
と言うのがよくわかる。
(なぜ、女性はいいときもよくないときも「いやん」なのだろう)

さて、今週の土曜日には3匹は二人の貰い手に貰われていく。
今夜、その知人に3匹を見せに行ったが、知人が待っていたお店のお客さんが
集まってきて、みなカワイイとスリスリしていた。
見てると、やはり女性は「いや〜ん」だった(笑)

よくペットショップでかわいいからと後先考えずに犬を買ってしまう現象が
バブルの頃には世間ではあったようだけど、実際、目の前でこのかわいさに
触れてしまったら、一緒に暮らすのを我慢するのにかなりの精神力を要する
と思う(笑)

もう犬は当分増やせない、いつか飼える環境を整えたらそのときに、と個人
的人生設計の中では考えていたけれど・・・・・。
1匹もらおうかな。。。


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