渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

業界用語

2004年02月28日 | 内的独白

皆様にビリヤード業界の専門会話のひとつをお伝えしよう。

「いつもはどちらで撞いてらっしゃるのですか?」

ビリヤード場で初めて会ったとき、あるいはお手合わせした後(手合わせ
の最中)ほぼ100%必ず交わされる会話。
日本全国、どこへ行ってもこの会話が交わされる。

この台詞は、実は額面通り受け取ってはいけない。
あるときには、「どちらがホームグランドなのですか?」「はじめまして。
結構なオテマエで」という意味だし、またあるときには「おまえ、どこのも
んだ?」という意味を含む。
雑誌『球 's(キューズ)』というビリヤード専門誌の用語解説(ネタまじり)
の特集記事によると、
「『いつもはどこで撞いてるのですか?』-------こてんぱんにやられたり
したときに『くっそ〜。おまえの行きつけの店はどこよ?今度そこに乗り込
んでリベンジしてやる』という本音を隠して紳士的に装うための言葉。
初対面でこの台詞を言われたら、まず100%この意味だと思ってよい」
というようなことが書かれている。

面白い。
僕のまわりの東京だけのことかと思ってたら、各地に赴くたびに球屋のドア
を開いて常連さんとお手合わせ願うと、必ず挨拶代わりに交わされる台詞。
横浜でも静岡でも大阪ミナミでも徳島でも高知でも高松でも西条でも松山
でも岡山でも倉敷でも広島でも福山でもそうだった。
僕も言ったことがある。
全国で必ず交わされる会話。
雑誌に取り上げられたからとキューを握る人が意識的に使うのでなく、自然
発生的に使われるのが現象としてみられる。
しかも、全国津々浦々で。
そして、一見さんの素人クラスにはこの台詞は投げかけられない。
地元の人にとっては、見知らぬ来客は一種の道場破りみたいな感覚がある
のかも知れないなぁ。
得体の知れぬ回国武者修行者に「卒爾ながら、いずれの御家中か」と誰何
して流儀を問うようなものだろうか。
キューを小脇に全国を歩いてみると(これを業界では『ロードする』という。
ギター抱えてクロスロードみたいで、ちょっとかっこいい)、日本人
特有の「場」への執着と同時にアメリカナイズされたホームvsビジター観
みたいなものが肌で感じられて面白い。
ネットでは決して味わえない、見知らぬ人との緊張感を伴う出会い。
そして、ちょっぴり敬意を込めて。

「いつもはどちらで・・・・・・」


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パーフェクト

2004年02月27日 | 内的独白

久々に狙ってマスワリ(※)を出した。
しかも、A級相手の対戦で、穴を狭くした入れにくいブランズウィック社製
の花台(※)で連続して。
連日連夜連続の「あの頃」と違って、久しくキューを握っていなかっただけ
に、嬉しい。
他ラックも取りきり等イメージ通りにボールを運べて、内容がとてもよ
かった。
上手い人と対戦するとつられるのか?

マスターにカツカレーを作ってもらった。
このカレーがまた美味い。
カツがホクホクしていて絶品なので訊くと、店の奥でマスターが今揚げた
のだという。
県の選抜代表選手で全日本球聖戦のA級がお店の奥でカツを揚げる図。
ちょっと不思議。
こだわりがあるのかしら。そこいらの生半可な店のカツなど足元にも及ば
ない程、これ美味いぞぉ。下味かなぁ。揚げ方かなぁ。。。

撞いた後、待っていた人との会話を終えると、安心して(?)店のソファで
眠ってしまった。
途中で一度目が覚めたら、ソファの横ではマスターがお客さんと将棋に熱く
なっていた。
別なお客さんは奥まったコーナーで雑誌を読んだり、試合のビデオを観たり
新聞を読んだりしている。
広々として明るい店。
明るいのに、くつろげて落ち着ける店だ。
こんなところを探していた。
ここの空間は、17年前頃の棲家のようだ。
福山ジーボー。
須田マスターとの付き合いが始まりそうな予感。

※マスワリ(枡割り)
ポケットビリヤードで、組んだラック(枡)の玉をミスなくラストまで全て
1キューで取りきって相手に一度も撞かせないこと。
ただ先の玉を入れるだけでなく、入れながら次の先玉を入れやすい位置に
手玉を運んでいく「ポジションプレー」という技術が必要。
通常、玉と玉の分離角度は90度、クッションの入射角と反射角は等しいが、
手玉の撞点をずらしてヒネリを加えて手玉をスピンさせることにより、
玉の分離角度や反射角を意図的に変化させて手玉を移動させるのがポジ
ションプレー。

※花台
店の常連客用の花形台。殆どの店は穴を狭くして難しい台にセッティング
している。
大抵は店の一番目立つところ(会計カウンターの前や入り口の近く)に
置いてあり、ここで数々の名勝負が繰り広げられる。
花台で撞けるようになったら、ある程度その店で認められた腕といえる。
別名、勝負台。


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D級並

2004年02月24日 | 内的独白

本日のボウラード(※)

1回目 146点
2回目 149点
3回目 177点
合 計 472点
平 均 157点

過日、知人と玉撞きに行った時はまったく玉が入らなかった。
本日は、夕食前に、タッド・キューで結構真剣に玉を撞いてみた。
しかし、C級以下並。
往年の実力復活は相当遠い。
撞いていて、自分の不甲斐なさに情けなくなってきた。
今は初段くらいの実力なのだろう。
そういえば、僕のビリヤードの先生は日本ビリヤード協会の認定段位が四段
(SA級)の3クッションの選手だった。
ベルギーまで修行しに行ったりしてたっけ。
協会の総裁は宮様が就任して、ビリヤードはオリンピック種目になったけ
ど。。。
玉撞きは参加することに意義はないような気がする。
健闘むなしく負けて讃えられても、嬉しくはないだろう。
ボクシングや柔道のように、勝ち負けが核のような気がするもの。
といっても、楽器にしろスポーツにしろ、なんでも真剣に一所懸命稽古しな
いと上達はしないですよね(汗)

※ボウラード
ポケットビリヤード競技のひとつ。
10個の玉を使い、ボウリング(1ゲーム300点満点)のルールに準じて行う。
プロ試験は3ゲーム合計が630点以上でプロ合格。

【ボウラードスコアによる実力ランク−アベレージ】
プロ 210〜
SA 201〜209
A1 190〜200
A2 176〜189
A3 151〜175
B1 126〜150
B2 101〜125
B3  76〜100 
C1  51〜 75
C2  26〜 50
C3   0〜 25

↓↓芸術的なタッド・キュー↓↓
http://www.ilovecues.com/cuemakers/s-tad/6.april/april.html


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宝石

2004年02月18日 | 内的独白

貴石でなくともいい。
流れに洗われた石ころたちにだって、
宝石以上に輝く思いが込められることがある。

え〜い。
ヒューン。
コーン。
わあ、すごい。
ヒューン。
コーン。
それっ。
チャポン。

オヤスミ


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宝物

2004年02月17日 | 刃物

ナイフを買ってもらった。
ああ、これ、とても使いやすそうだ。こういうナイフが欲しかった。
あら、じゃあもっといいものを。
いやいや、値段じゃないよ。以前から持っているライヨールは意外と使いに
くかった。部分的な細さが僕に合わないのかも。君のような全体的にスラリ
としたこの曲線と木製のハンドル材、きっとしっくりくるに違いない。
(あ。聞いてないよ・・・・・・)。うん、これがいい。「あら、そぉお?」

僕にとっては、実は刃物を贈られるのがとっても嬉しい。
たとえ肥後の守でも、コレクションアイテムでない、実用品として実際に
目的のために使用されて「生を与えられる」刃物を贈られるのが、僕は
すごく嬉しい。

家人は酒をたしなまないので、買ってもらったナイフで独りワインの封を
切る。
刃付けが切断用でなく、アルミの封を切るために付けられた鈍角な刃付け。
クルクルと回して楔のようにアルミをスプリット・セカンド。
ああ、チーズをこの刃で切ったときは切り難かったけど、アルミの封印を
切るにはなんて切りやすいんだ。本家ライヨールのソムリエ・ナイフの刃
付けは鋭利すぎやしないか?

グラスは・・・と。
何故かペアでなく、ひとつだけあるグラス。
それに、また値段は張らないが飲み頃の口当たりの赤ワインを注ぐ。
いいね。このナイフ。
なんて考えながら赤いワインをクピクピと注いで、飲んでいます。
このソムリエナイフは宝物だ。
それは、そっとしまっておく宝物でなくて、至福の時を運んでくれる、
活躍する宝物。


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心に響く音

2004年02月16日 | 内的独白

耳に伝わる音色によって気持ちが言い知れぬ気分になることがある。
例えば、好きな人の大好きな声を耳元で聞いたときとか。。。

道具についても、爽快な気分をもたらしてくれる物がどうやらあるらしい。
僕の場合だと、今は使われることのないジッポーの蓋を開けるときの透き通った
音の個体差。
刀身に彫られた樋という溝による振り下ろされた刀の風切り音の音色の違い。
ビリヤードのキューで玉を撞いたときの打球音の違い。

さて、僕はかつて、とても欲しいキューがあった。
そのキューは玉撞き仲間の若いコックさんが持っていた。
それは打球性能もさることながら、音が独特だった。
普通、ビリヤードのキューで玉を撞くと「コン」とか「キン」という音がする。
(「ベシッ」という音のときはミスショットです---笑)
ところが、そのキューは撞くと「スピ〜ン」という音がした。
抜けるような澄んだ音。
そのキューは僕にとって魔法の棒のように思えた。
僕にとっては玉を自在にあやつれる、1980年代初頭にアメリカで作られた
キュー。
1986年当時、僕はそれを3ヶ月分の給料と同じ額で譲ってくれと友人に頼んだ。
そのキューの定価を大幅に上回っている。
友人は「だめ。売らない」と応えた。
何年か過ぎ、その友人があるキューを欲しがっているのを知った。
当時、日本には何本も入っていないキューだった。
僕はたまたま、知り合いのつてでそのキューを入手することができた。
ある晩、カウンターの横で飲む、その若き友人が僕の新しいキューを貸してみて
と言った。
彼が撞く。
ふふふ。僕の新しいキューをいたく気に入ったようだ。
僕の方はどうしても彼のキューから心が離れない。
カウンターに戻ってボ〜っとしている彼に僕は言った。
「とっかえる?」
「え?いいの?」と彼。
商談成立。即決でキューを交換した。

以来、僕はその澄んだ音を奏でるキューで、涙あり笑いありの数々の想い出を
作った。
しかし、あることがきっかけで、玉を撞くのをスッパリとやめてしまった。

玉撞きをやめてから、結婚・出産・地方赴任と続いた僕だったが、中国地区で
とある青年と偶然出会ったことからいつの間にかまた玉を撞き始めた。
往年の感覚がめきめき甦ってきて、いくつかの地方の試合で成績を残した。
かつて選手権で中国地区の名人位だった人にたまたま小さいトーナメント決勝で
勝った。
僕の中から空気が抜けていった。
やがて、また玉を撞くのをお休みした。

僕が中国地区で出会った青年は、かなり実力のあるプレーヤーで、彼は僕の使う
キューを気に入っていた。
でも、彼の性格には合わないような気も少しはした。。。。
僕のキューはバイクでいうなら2サイクルのレーシングマシン。
しかもパワーバンドが極めて狭く、いわゆるピーキーという味付けにセッティング
されたエンジンだ。
狭いパワーの回転域を保つと能力を発揮するが、それを外すとスカスカでパワーも
乗らない。
緩やかな出力特性のエンジンだと誰でも乗りやすいものだが、超ピーキーなエンジ
ンは乗り手を選ぶ。
一般的にはスカスカのタイムしか提供しないマシンが、ひとたび狭いパワーバンド
を使いこなせる乗り手に委ねられると、まるで性格が突然変異したように豹変して
計り知れない爆発的な力を発揮する。
馬でいうならじゃじゃ馬。
理屈じゃない。僕は、そういう性質が好きなのだ。

ケースに収めたままでいるよりはその青年に託してみようと、僕は彼にキューを
貸与した。
しかし、条件付で。
「もし、君がそれを使い続けるならずっと使ってくれ。しかし、いつか別の
 キューを使うことがあるならば、このキューは僕に戻してくれ」と。

さて、時が過ぎ、彼はそのキューで数々の成績を残した後、別なキューを使い始
めるようになった。
僕は久しぶりに会った彼にキューを返してね、と言った。
愛キューを託したのは喜捨ではないから。

ところが、しばらく待ってくれという。
聞くと、乱暴に扱ってキュー尻の樹脂部分を大きく欠いてしまったらしい。
アメリカのメーカーに修理に出す予定だ、という。
ちょっと待った。
インレイに象牙が使ってあるから、これアラスカあたりで差し止めくらって
米国に入国できずに没収になるよ。
かといって、国内メーカーに修理依頼したら同性能までリペアできるかどう
か。。。
第一、作者のサインロゴがなくなっちゃうじゃない。。。

今、二人で頭かかえている。


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職人技

2004年02月15日 | 内的独白

深夜、タッド・キューのタップをモーリの新品につけ換えた。

撞球を作品に登場させる愛好作家は意外と多い。
マーク・トゥエインに始まり・・・(笑)。
戦前までは「辻を曲がれば玉撞き屋」と云われたくらい、国内の街にはビリ
ヤード場が溢れていたそうだ。
かつては帝国ホテルにも撞球室があったし、東京弁護士会の旧建物内にも
あった。
東弁3階会議室での会議のとき「大きな机だなぁ」と思っていたら、何と古
い玉台に厚板を載せたものを会議机として流用していた。
脚に彫刻が施された戦前の日本玉台製の古い玉台。
それだけで僕はうきうきしてしまい、会議の滑り出しに身が入らなかった記
憶がある(笑)。
戦前の風景として、SF邦画『帝都大戦』の中で銀座の撞球場で登場人物が玉
撞きに興じるシーンがある。
昭和初期、東京に地下鉄開通の頃の話で、モボ・モガのファッションと演出
として登場する撞球場のリアルな様子に思わず笑みが。
僕にマッセ(※)を教えてくれたのは肥土軍作という方で、上野に店を構えて
いたその老人は、戦前は日本一のマッセ遣いとして内外に名を馳せた人だっ
た。
1980年代、四つ玉を撞きに通い始めた肥土さんのお店で、閉店してからオヤ
ジさんは僕にマッセを初めて見せてくれた。
奥様が言う。
「まあ〜。おじいちゃんがマッセを撞いて見せるなんて、珍しい!
 よほど貴方のことが気に入ったのよ。もう何年も撞いていないんだから」
目頭が熱くなり、芸術とも呼べる軍作さんのマッセを瞼に焼き付けた。
まるで命を吹き込まれたように台上を走る白い手玉に僕は目が釘付けになっ
た。
オヤジさんが鬼籍に入って今年で何年になるだろう。
ほんの短い年月だったが、職人の技に触れることができてとても幸せだった。
軍作じいちゃんも上野のビリヤード肥土も、今はもうこの世にはない。

僕にとっての玉撞きの魅力は、同じ玉の配置は二度と巡ってはこない世界が
広がることかも。
僕は今、不世出の職人である日系二世タッド・コハラのキューをとても大切
にしている。

※マッセ----玉の撞き方の高等テクニック。キューを立てて手玉を撞き、
         直線移動でなく自在に手玉をカーブさせる技。

ビリヤード作品のデータファイル
(コメント面白いしこの人すごい。全部見たのだろうか。ある意味職人技)
↓↓
http://www.soretama.com/data.htm


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2004年02月14日 | 内的独白

夕方。
日が暮れて、峠を降りてきたら、遠くの空が真っ赤に染まっていた。
現在23時30分。
家のベランダから見るとまだ燃えている。
海の向こうの島が。
山火事だ。
スコープで遠い島を見る。
業火。
火が息をするたびに、火山から噴出する溶岩のような火色が恐ろしい生物
のごとく猛り立つ。
西側の山の斜面がすべて火に包まれている。
気づいてからすでに6時間近く経っている。
消火活動も手がつけられない状態なのかも知れない。
島の人に何もなければよいのだが。。。


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風になりたい

2004年02月13日 | 内的独白

 君をさらってゆく 風になりたいな
 君をさらってゆく 風になりたいよ

車の中で、チューリップの「夏色のおもいで」を何度も聴く。

 君の目を見ていると
 海を思い出すんだ
 淡い青が溶けて
 なぜか悲しくなるんだ

20数年間ずっと、「瞳の青い外国の方のことかしら」なんて思ってた自分。
でも、はたと気づいた。
瞳が青いことだけを指すことにはならないな〜、と。
淡く青が溶けるのだから、青が何かに溶けるわけでしょう?

 君の眼の向こうに
 青い海が見えるよ
 透き通った波が
 そっと零れ落ちるんだ

娘の目を思い出した。
僕の娘、白目の部分が薄く青がかっているんです。
きっと、大人になってもこういう目をした女の人のことをうたっているの
だろうなぁ・・・。

 君をさらってゆく 風になりたいな
 君をさらってゆく 風になりたいよ

http://music.j-total.net/data/017ti/001_tulip/002.html


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悪女

2004年02月12日 | 内的独白

中島みゆきの「悪女」を車の中で聴く。
懐かしい。
というか、ああ、これこれ。この声。
ううむ。当時の彼女はこんな声していたっけ?
なんだか、潤いのある声に感じる。
深夜番組のJDやってた頃だったよなー。たしか。
1981年の冬が、ふ〜っと甦る。
あのときは初夏から秋にかけていろいろあって・・・。
あの年の冬はとても寒かったなぁ。。。。。
書を捨てて、何かを忘れるように夜の街で働き出したっけ。。。

 悪女になるなら月夜はおよしよ
 素直になりすぎる
 隠しておいた言葉が ほろり
 こぼれてしまう 「行かないで」

何度も聴いて、「世情」にまで聴き進めない。
きっと「世情」を聴いてしまったら・・・。

わかってる。
もう超えているんだ。あの頃のあの・・・。
いや、少し違う。
自分の中で特別なことは特別であって、比較の対象にはならないん
だよなぁ。
なんて、ふと走りながら思った。

http://music.j-total.net/data/021na/003_nakajima_miyuki/001.html


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サウンド・オブ・サイレンス

2004年02月11日 | 内的独白

静寂の音を聴いた。
人の心に届くもの。
このとき、人は音としてそれを感じるのではないか。
理路整然とした積み木の建物を積み重ねることではなく、
音として、それを感じるのではないか。
音。
それも、耳で聴くのでない音。
まるで呼吸のような。
福音のような。
祈り。


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取り返しのつかない納得

2004年02月10日 | 内的独白

納得。またまた納得。疑問点は氷解した。
ふぅみゅ。
この納得ばかりは取り返しがつかないだけに、自分自身に納得がいかない。。。
なんてオバカな俺。
厳密に書くことと、ほんわりと書くことの使い分けの難しさ。
今思うと、どうにでもとられるように表現してしまったことによる取り返しの
つかないこと。
本当に取り返しがつかないのだろうか。。。
時は流れていくから、川の水がひとところに留まらないように、誤解とわかっ
た後も、人の心に気まずさは残るだろう。
たった9文字がまったく別なことを指すと捉えられたことによる誤解。
そうだよな。読み方によっては、まったく別なところに向けたことと捉えられ
る。。。
そのこと自体は誤解と互いにわかっても、すべては僕の書き方・言い方が悪い
から誤解を生じさせたこと。
ひどーい。あんまりです。と思ってみても、自分で撒いた種。もうどうしよう
もない。すべては自分の責任。
誤解は解けても、その誤解により行動を決意した人の心はすでに動かしがた
いようだ。先に進んでしまっているのだろう。

もうひとつ、誤解が解けた。(きょうはなんだかよくわかる)。
そしてそれは「そんなつもりじゃなかった」というのは、そんなつもりじゃ
ないことをわかってもらう努力を怠ってはいけないということ。
これはこうですよ。という意思を理解してもらうこと。
ある時には強く言うこと。それの大切さ。
それを身に沁みてわかった。
勘違いって多いしね。
わかったけれど、その努力は個別状況においてどうすればいいか、僕が具
体的にわかっていくのはこれからだ。
やはり、コミュニケーションは大切だなぁ。
一方通行でない生きた会話。
会話においては一方でなく両者が納得して、はじめて会話といえる。
自分だけあるいは相手だけわかって納得していてはよろしゅうないです。
互いが納得するまで対話をすることの大切さ。
最後の最後のときまでそれを為しきるのが大人というものだろう。
きっかけを与えてくれた人に感謝しながらこれから生きていこう。。。

ただひとつ、確かなことは、ずっと昔に僕が予想した通りになったこと。
これは、悲しい納得だ。

いろいろお骨折りいただいた友人たちに感謝とお詫びの気持ちで一杯だ。
修行が足り〜〜ん!>俺

 

(2011年6月評:自分がうっとおしい。病者に対して完全に振りまわされている。
だが、この時期、本当に真剣に相手すればするほどしんどかった。なぜなら、
心に雲が晴れない人間とは本当の意味での精神的交わりは絶対にないからだ)


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納得

2004年02月08日 | 内的独白

書けない心象風景を納得。
悲しき心移りの背景を納得。自己完結でなく。

さて、ここで映画の話。
『道頓堀川』(1982年松竹)を十数年ぶりにDVDで観た。
初めてこの作品をビデオで観た時、原作を越える映画作品に初めて出会った
気がした。
原作は宮本輝。いわゆる『泥の川』『蛍川』と並ぶ「川三部作」と呼ばれる
もののひとつで、原作は敗戦後から昭和30年代初頭の時代を生き抜く人々の
息遣いが伝わる作品だ。

映画『道頓堀川』(深作欣ニ監督)は設定を現代に置き換え、1982年の大阪
ミナミを舞台としている。
主演は松坂慶子。まち子(松坂)と邦彦(真田広之)が道頓堀川で偶然に出
会うシーンから物語は始まる。
邦彦は母が亡くなり喫茶店に住み込みで働く美大生で、喫茶店のマスター武
内(山崎務)は邦彦の高校の親友政夫(佐藤浩市)の父だ。
そして、芸妓あがりで小料理屋を持つまち子は邦彦と互いに惹かれあってい
く。
政夫は玉撞きにすべてをかける無頼漢。玉を撞くためなら、友情も何もかも
犠牲にする。
自己犠牲と裏切り、深い愛情と冷酷な自己完結。
これが邦彦と政夫に照射されて描き出されていく。
「この道頓堀では、みんな心に冷たい風が吹いているのではないか」
武内のことばが暗示するように、道頓堀で暮らす人々の生きていることの
悲哀、喜び、希望、優しさ、思いやり、厳しさ、死にそうなくらいの恋慕が
哀し過ぎる唄として広がる。
親友の裏切りに心の行き場を失う邦彦は街を出る。
やがて、まち子は決心をする。
店もなにもかも自分の「旦那」に返して邦彦と暮らすことを。
「邦ちゃんを好きになってしまったの。どうしても辛抱できへんねん。
 だから、だから・・・」
涙を目に溜めてすがるように邦彦に訴える年上のまち子。邦彦も泣きながら
まち子を抱きしめる。
邦彦の帰りを新しい部屋で待つまち子は、部屋を片付けているとき、邦彦が
スケッチブックに描いていたまち子の絵を見つけ、思いが通じていたことを
噛み締めてまち子はうれし泣きに泣く(このシーンが一番好き)。
だが・・・・。

作品で描かれる当時の風貌や風景が懐かしかったことよりも、松坂慶子のま
ち子の仕草ひとつひとつが、過去を思い出させて、重なる思いに僕の涙腺は
緩みっぱなしだった。。。

映像・キャメラワーク・演出・演技・物語、すべてにおいて深い。
傑作。


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デリート

2004年02月07日 | 内的独白

友人のタバコに関するネット上の発言を見て、ふと思った。
仮に自己の発したメール、ネット上での発言を発言したそばから消していっ
たとする。
いわゆるデリート。
これはまるで自分の行為がなかったように思い込ませる作用が働いてしまわ
ないだろうか。
適切でない発言と思って消したり訂正したりする場合はまだよい。その発言
に対して、自分自身が自己検証しようとする気持ちが働いているから。
だが、その行為がなかったものとして消したり、単なる「癖」で消すとした
ら・・・。
日記とかはともかく、掲示板やメールはどうであろう。
ふむ。
そこには誰か話しかける相手、受け手がいるわけで。
この場合に、発言を削除してしまっては、人の指摘あるいは自発的に別な見
方を得ることができたとき、自分はこんなことを言っていたのか、という自
省が全くできなくなるのではなかろうか。
削除するしないは自由だ。
しかし、意見交換局面で流れが自分の意に沿わないからと今までの自分の
発言を削除してしまったらどうだろう。
これについては、以前、僕もそうしたことがあり、とても反省している。
自分の発言に応えてやりとりしてくれた人の発言だけがネット上に残り、
まるで累々と横たわることばの亡骸を見る思いがした。
自己発言だけさっさと削除して引き上げ、それでよしとした自分が恥ずかし
かった。失礼極まりないことで、対応してくれていた人に対しての愛はな
い。恥ずかしい限りだ。
因果応報。すぐに同じ思いを味わわされる訳であるが・・・。
やはり、そこには自己中心の自己完結の行動しかないと思う。
但し、特殊な状況によっては、発言発信後すぐに削除すべきものもあるだろ
う。「おはよう。ヘルプス君」のように。
しかし、問題がふたつ。
ひとつは、それは自分中心の自己完結であるということ。
相手との応対で綴った発言を消すのは、行為においては自分の思いにいくら
忠実であろうとも、相手の気持ちをないがしろにしていることであること。
もうひとつは、まったく自分が何を言ったか振り返ることをしなくなる恐れ
があること。
この二つ目は特に現実的に現象として起こりうることを僕は見ている。
そして、これは自分が相手に対して何を言っているのか、それにより相手が
どんな気持ちになったのか、を自己検証して行く切符を自ら投げ捨てている
ことになる。

自戒を込めて。


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満月

2004年02月06日 | 内的独白

今宵の月は ことのほか仄かに。
うっすらと小麦色に染まって。
思い出す。
ささやかな月夜見の宴の吐息。

今宵の月は いつになく明るく。
今宵の月は、
ひとり見ている。
ひとり見ている。

 

(2011年6月評:しかし、精神病者というのは1日に何度
心の振幅があるのだろう。日記移設で過去日記を読むに、
こちらが疲労困憊、精神が崩壊寸前なことが判る。今は
解放されて実に穏やかな日々が続いている。ただ、しかし
それは別な誰か被害者の役割が交代しただけのこと。
私の方はいたって健康状態が良好だ。この2004年前後に
比べたら、嘘のような日々。ついここ2年ほど、やはり精神病者
とつきあうはめになったが、これも心が1日のうちに何度も
振幅して、理由なく他者を攻撃しまくっていた。これまたひどい。
かなり疲れた。今は縁を切ったので、こちらの健康は冒されて
いない。
それにしても、一見健常者と見えてしまうところが境界例
という精神病は厄介だ。ただし、確実に症状は出るので、
冷静に見ていれば境界例の病者であることが判る。)


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