渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

多忙な一日

2004年01月28日 | 内的独白

本日の仕事の最後で、取引先の役員から
「ちょっとプライベートな話で相談に乗って」との旨。
何事かと思ったら、過日奈良の実家に帰ったときに家に伝わる短刀を「発見」し
た。
ついては、登録証を取得するにはどうしたらよいかと、某申聞候義、如何御聞取
被下候哉。

日本刀は刀自体に車の車検証のような「登録証」がついており、それがあれば
何人たりとも刀槍を所持できるというのは意外と知られていない。
法律上「武器」とはされないからだ。
ただし、新作日本刀でない限りは、「発見」された時点で所定の手続きを経て、
登録証を取ってあげなくてなならない。
新作刀は刀剣作家が製作許可を文化庁に申請して、登録証を発行してもらう。
新作刀は文化庁から免許を取得した登録された刀工が月にニ口のみ製作が許されて
いる。
お家に残っているものも、登録証がなければ違法になるので、刃渡り15センチ以上
の刀・槍は速やかに発見届けをして刀剣に登録証をつけてあげてほしい。
世間では、案外、家に伝わるもので登録証を取得していないものが多かったりする
ことがあるようだ。
ただし、戦時中の満鉄刀のような鍛錬の工程を経ていない素延べ刀は、由緒や形見
などの例外を除いては登録審査ではじかれ、没収となる。
また、それをそのまま所持していると銃刀法に抵触するので、ご注意。

(参照)
日本刀の発見について
http://www2d.biglobe.ne.jp/~yamaka/hakken.htm

きょう一日の終わりの会話は滞りなく、円滑に、談笑し。
極めて重畳なり。


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おさらい

2004年01月27日 | 内的独白

人生のおさらいというものも大切でして・・・・
書き方教室の生徒になりました。
私にまともな日本語書ける日は来るのでしょうか。


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雨あがる

2004年01月25日 | 内的独白

朝、居合を抜く。
昼寝。来客で目覚める。
夜、何度も観た手持ち時代劇ビデオの中から2本を観る。

『剣鬼』(1965年大映/原作:柴田錬三郎/監督:三隅研次/主演:市川雷蔵)
虐げられた無足(足軽)の青年が花と剣を愛するが故、運命に翻弄される
葛藤を描いた作品。
下級武士斑平(はんぺい=雷蔵)は早駆けと花を見事に育てる才能を殿様に
認められ、城に登って庭に見事な花壇をつくるが・・・。
ある日、斑平は旅の剣士に出会い、剣士の居合に目を奪われる。
1年後、剣士から刀を授けられた彼はやがて藩の政治に利用されていく・・・。
旅の剣士役は邦画で悪役を演じたら濃厚な重厚感を醸し出す内田朝雄さん。
この作品では老練な剣士の役どころが、実にいい。
居合のシーンの吹き替えは、かなりの練達の士が実際に真剣を用いて見事な
までの土佐英信流居合を抜いている。
しかも、英信流奥伝での土佐直系のあの技前とあの刀・・・凡そどなたか察
しがつく。
雷蔵主演、三隅監督、星川清司脚本のトリオは『新選組始末記』以来、「眠
狂四郎」シリーズで息の合った仕事をしている。
物語は悲壮感あふれるも、雷蔵のシリーズ物が続く時期にあって、一輪の花
を咲かせたような良作。

『雨あがる』(2000年/原作:山本周五郎/監督:小泉堯史/脚本:黒澤明/出演:
寺尾總・宮崎美子・三船史郎)
武芸の達人だが職につけない武士、三沢伊兵衛とその妻たよ。
旅の途中、豪雨で川止めさせられた宿場で、伊兵衛は剣の腕を認められて
殿様直々に仕官をすすめられる。ところがそこで・・・。
妻は、人づきあいの下手な夫の生き方をやがて心から理解する。
英信流と並び土佐藩のお家流となった無外流居合の達人を寺尾總が演じる。
本作品は黒澤明が映画化を熱望していながら果たせなかったもので、かつて
の黒澤組のスタッフとゆかりのキャストが集まって作ったものだ。
映像を観ていて、涙がちょちょぎれるくらいに黒澤節が織り込まれている。
私が思うに、この作品、妻のたよが主人公ではないだろうか。
仕草、目の動き、台詞の言い回し。。。宮崎美子の静かな演技が光る。
寺尾の剣技、仲代達也の剣客ぶりもさることながら、彼女の演技に私は
ぐいぐい引き寄せられた。
素晴らしい。
夫婦とは、と考えさせられてしまった。
機会があれば、是非とも、ご夫婦恋人同士でご覧になっていただきたい作品
だ。
91分の傑作。


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本日は晴れ。小春日和

2004年01月24日 | 内的独白

早朝より兵庫県尼崎に出張。
22時15分に帰宅。

道中、マライア・キャリー「Without You」に聴き惚れ、何度も何度も聴く。


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蜜柑

2004年01月23日 | 内的独白

プリプリせずに蜜柑を食べましょう。
何故だか、蜜柑を食べるとき、プリプリしながら人は食べないみたい。
何故でしょう?
甘い蜜柑も、すっぱい蜜柑も、何故か蜜柑を食べると、肩の力が抜けて
ゆきます。
あの、皮をむいて食べる行為と柑橘系の何かが人の心にゆとりを運んで
くれるのかも。
きょうの晩は、プリプリしていないけど蜜柑を食べました。
(ホントだよ。)

苺も食べました。
苺もとても好きだけど、これはあまり緩衝効果はないみたい?

ところで。
今、横を見る。。。
おい。犬。わが愛しの犬よ。ランドウォーカー君?
いびきがすごいね、この犬は。。。
あ。俺の毛布までとってる。
毛布丸めて寝床を自分で作って・・・・。
その右脚を宙にときどき上げる仕草は、なぁに?
夢でも見ているのかい?
ううむ。。。おまえ・・・いびき、うるさい(笑)


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風花(かざはな)

2004年01月22日 | 内的独白

曇りガラスを指でぬぐってみる。
窓の外を見ると、雪は降っているのかいないのか。
よく見えないから、窓に落書きをしてみた。
朝。
あまりに寒くて、明け方目が覚める。
まだ、こんな時間だ。
雪積もってるのかなぁ。
昼。
陽が射すのに、風花が空を舞う。
桜の花びらが風に舞うように、空を浮遊する結晶たち。
何かを忘れようと踊っているみたいに。
風に舞う雪は溶けにくいと、誰かが言ってた気がする。

雨をさす表現が日本語には多い、と言う。
雪はどうだろう。

雪折れ(ゆきおれ)。これは強がってて実は弱そうだ。
雪垂(ゆきしずり)。これは雪の方が避けたみたい。
雪柳(ゆきやなぎ)。イバラなんだなぁ。
雪割草(ゆきわりそう)。ふたつの種。ひとつはさくらそう科で夏に咲く。
もうひとつは、きんぽうげ科で早春に白・紅・紫の花を咲かせる。こちら
の方がいいかな。
雪明り(ゆきあかり)。白銀の銀幕でレフ板効果。女の子がとても綺麗に
見えます。やっぱこれだよ。
スキー場ではサングラスをとって目を凝らしましょう。

でも、雪の種類や呼び方も、いろいろな言い方があるよ。

雪帽子(ぼたんゆき)・わた雪・べた雪・ざらめ雪・しもざらめ雪・
つぶ雪・かた雪・こおり雪・みず雪・しまり雪・こな雪・細雪(ささめゆき)
・風花(かざはな)

雪代(ゆきしろ)ていうのはね、春先にまだ渓流のほとりに雪が残っていて、
その雪が緩んで溶けて水に流れ出すことをいうんだ。
澄んだ水だけど、とても水かさが増すんだよ。

春を待つ気持ちと、まだ春が来ないでほしいという気持ちが複雑に絡まっ
て、でも、目の前に溶けて流れる雪代に、移り行く季節を告げられてしま
う。
落ちては溶ける春のなごり雪とともに。

でも、季節は巡るから。
溶けない雪がないように、降らない雪もない。
いつかのように、地軸が傾いてポールシフトしてしまったら、南極の雪で
さえ溶けてしまうもの。
だから、溶けない位置にあれば、雪は溶けない。
つまり、雪は。溶けるけど、溶けない。


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お大寒さま~

2004年01月21日 | 内的独白

いやはや寒い。
昼、山間部はいきなり雪がこんこんと降ってきた。
ところが、夕方になると日が照る。
妙な天気。
夜、やはり雪が舞っていた。
こんな夜は寒いけど、かえってぬくもりのありがたさを知る。
酒は冷より燗をつけた方がよかったかしらん。
なぜ「最初はビール」になるのでしょう、私。
ほくほく、ほくほく。
ほおばりながら、そんなことを思う。
そうだ。
このほくほくの様子を伝えよう。
ほくほく、ほぐほぐ。


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2004年01月20日 | 内的独白

外装をつけた刀身の柄の中の部分、これを「中心(なかご)」という。
ここには通常、作者の名や日付が切られる。
ときには、思いを込めることばを切る。
すくように彫るのではない。
銘は鏨で「切って」いく。
銘を切ることは、特別な意味がある。
単なるサインではない。
単なる日月の記録ではない。
ひと文字、ひと文字、心を込めて、意味を切っていく。

僕は、ものがなかなか捨てられない。
贈られたものは、たとえ紙切れに描いた子どもの落書きでも、
捨てられない。

思い出の品も捨てられない。

捨てられない、というのは適切な言い方ではないかも。
捨てる気がないのだ。

たとえ、同じものや似たようなものが手に入ったとしても、
代用品にはならない。
僕にとってはたったひとつのその個体が、唯一なのだ。

銘に似た、刻まれたことばを見つめている。
刻まれた時のしるしを見つめている。
終わりのこない、すべてのはじまりが刻まれた
銀色のことばを見つめている。


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映画を観る『ラストサムライ』

2004年01月19日 | 内的独白

土曜日、友人と二人でレイトショーで『ラスト・サムライ』を観た。
この映画、何をいいたいのかずっと注目して観ていた。

やたら「会話」というコミュニケーションにおいて重要な単語が台詞に出て
くる。
米国人からみた武士道観が中心に据えられているのだが、実はこの映画で
ブシドウといわれているものは厳密には「士道」である。
「どちらでもいいじゃない」ではないのだ。
全く異なる概念だからだ。
士道とは、自分の心に常に「死」を置き、自分の仕える主が誤っていると感
じたら実直に諫言して己の信義をまっとうすべし、とする。
山鹿素行に代表されるものがこれである。
これに対し、武士道とは鍋島藩の有名な「武士道とは死ぬこととみつけた
り」の『葉隠』に代表されるものであり、問題のある主であっても家臣は異
を唱えず死になさい、とする。
幕藩体制は朱子学の教えとともに大いに武士道を利用した。

孔子が唱えた実践的な儒教は前漢の時代に国教化された後は形骸化して
しまっていた。
その後、宋時代にこれを是正しようと朱子学が起こるが、明時代に入ると
国家公認の学問として批判を許さない権威を付与された。
しかも、「己を修め人を治める」という孔子の教えは「人間社会のすべては
権威に従い永久不変で変えられない」という解釈に矮小化されていく。
やがて、朱子学のみで儒教経典は解釈され、朱子学の解釈を否定することは
やってはならないこと、とされてしまう。
朱子学をとことん学びながらそれに疑念を抱いていた王陽明は、16世紀初
頭、『大学』が朱子学の開祖により文章が朱子学の主張に沿う形で変えられ
ていたことを指摘、これに反対し、古典本来の姿に戻した『古本大学』を出
版した。
権威に盲従するのでなく、自らの責任を以って行動する心の自由を説いたの
だ。
幕藩体制下、日本においても朱子学を脱して陽明学に傾倒する学者が増えた。
だが、陽明学は現実の社会を批判してその矛盾を改めようとする革新的傾向
があったために江戸幕府から警戒され、諸藩においても弾圧が行われた。
朱子学を真っ向から否定した山鹿素行も検挙された。
しかし、幕末。
大塩平八郎、佐久間象山、吉田松陰、橋本左内、西郷隆盛たちは、陽明学を
学んで新時代の夜明けを目指した。

『ラスト・サムライ』に描かれていた侍の魂は、武士道でなく、士道なのだと
思う。


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閉店

2004年01月15日 | 内的独白

「パパ。あの餃子とラーメンの美味しかったお店、きょう買い物の途中で
 見たら看板がなくなってた!」

え? 娘のことばに耳を疑った。
昼に行ってみた。突然店をたたんだようだ。張り紙も何もなく、看板は
すべて取り除かれ、店内はそのままの様子で鍵がかかっていた。
今住む町で一番お気に入りの駅前のラーメン屋さんだった。
「学生さんは200円引き」という、こちらの地方ではめずらしい札を店内に
掲げている店だった。
味がまた、僕にとっては何とも懐かしく、またこちらに引っ越してきてから
数々食べたラーメンの中で一番好きだった。
家族や両親もここの店のラーメンに何度も舌鼓を打った。
「これ、懐かしい横浜の味がする」と以前僕がもらしたとき、店主が
「おお!!店開いて20年以上になるけど、横浜の味だとわかってくれた人
 はおたくがこの町では初めてだ」と言った。
店主は若いとき横浜に出て修行したらしい。
そして、自分の若いときの苦労話などとくとくと話し出した。
若いとき、東京横浜で「学割」のラーメン店に感動した、お腹がすいたとき
ずいぶん助けられた、という。
クニに帰って、自分もそういう心意気で店をやろうと思ったそうだ。
さすがに「サンマー麺」はここでは客がピンとこないので、「もやしそば」
として表示しているそうだ。
すこし、醤油仕立てにアレンジしてあるが、これが絶品であった。
僕は懐かしいやら美味いやらで、あしげく通った。
ここで「もやしそば」を食べるとき、すべてを忘れてとっても幸せな気分
に浸ったりした。
言い知れない望郷を運んでくれる味。

正月明けには営業していたのに。。。
二度とあの「もやしそば」は食べられないのだろうか。
あの人、どこ行っちゃったのだろう。
なんか。
哀しい。。。。。


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見送り

2004年01月14日 | 内的独白

朝出勤前、客人を駅まで見送りに行った。
オーストラリアからの16名の研修の教師たちがぼちぼちと集まってきた。
きょうは広島市内を見学するらしい。
手を振りながら見送る僕に、彼は満面の笑顔でおっきな手を振って何度も
振り返っては新幹線の階段を上がって行った。

是非、原爆資料館には足を運んで欲しいと思う。
多くのことばで説明するよりもなによりも、「あった事実」を見て欲しい
と思う。
以前、原爆資料館に20歳くらいの若い男性ふたりを僕と同じ世代の男と
一緒に連れて行ったことがある。
若い二人の反応は両極端だった。
ひとりは「ことばが出ない」であり、もうひとりはちょっと別な反応を
彼なりに正直に表明した。
曰く、
「自分のところに爆弾が落ちたのではないから関係ない。そら死んだ人は
 かわいそうや思うけど、自分の住む町に落とされたんやないから、ああ、
 せやの?うちはよかったわ~。落とすなら隣り町にしてや、というだけ
 の感じ」
僕は考え込んだ。
ある意味、人の心理の奥底を赤裸々に正直に言っていると思う。
でも、だから、そうなの?という気持ちが僕は払拭できない。
僕にはそう思えないもの。
「なんで爆弾が降ってこなあかんのや」
というように思ってしまうもの。
そして、
「大陸で同じように外国の人に思わせていたのが僕らの先祖やないけ」
とも思ってしまうもの。
偽善とかそんなんじゃない。
死ぬのも殺すのも、僕は嫌なだけ。
だから、そんなことしようとするセーフはアウト、なんて。


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来訪者あり

2004年01月13日 | 内的独白

オーストラリアから日本に初めていらした歴史の教師がうちに一泊ステイ
した。
日本のどこが好きかと問うと浅草だという。
理由を尋ねたら、伝統的だからとのこと。
その例として「人力車」を挙げた。
人力車は明治期に一時期普及したものであること、「観光名所」として
現在の浅草の一面があることを伝えたら、ならばそれ以前の伝統的な日本
の文化はどんなものか尋ねられた。
徳川ピリオドの封建制階級社会を説明した上で、日本の封建制の伝統的
側面の代表として、日本刀を見せた。
彼は、それを「鋼の延べ板」には見なかった。
また、同時に「単なる武器」という表層のみに捉われることもしなかっ
た。
日本刀を見るのは初めてとのことだが、地鉄の働きを見ている。
そして、鍔と金具の画風・象嵌・彫金の意匠と出来に見入っていた。
安土桃山期から現代までそれが残っていることに少しびっくりしていた。
刀の作り方の話になった。
私が作った小柄小刀を見せる。
用途は?と訊かれ、次のように答えた。
「長い刀は戦い若しくは為政者の象徴として。
 短い刀は切腹用。
 従って『切腹』をゆるされた者のみが二本を差すことができる。
 これを『武士』という。
 武人ではある。しかし、もっと哲学的な意味合いを彼らは為政者になっ
 てから持とうとした。
 だから、武士=闘争者ということだけでは説明ができない。
 そして、三番目のこの一番小さい刀は『小柄小刀』といって、徳川時代
 にはペーパーナイフとして存在した」

梨地肌にうっすらと浮かぶ刃文と波間を飛ぶ珠のような焼き刃に見入って
いた。

刀は元来武器だ。
これは紛れもない事実である。
だが、武器としての有効性についていえば、イクサの趨勢を左右するのは
刀槍でなく銃であることは、信長の時代に既に証明されてしまっている。
GHQがなぜ一旦接収した国内の日本刀を誰でも自由に所持できるように
したのか。
しかし、そんな諸々のことはどうでもよい。
武器としての側面のみを捉えて、日本刀のことを「諭し」のつもりで云々
することは実に一面的だ。
そうした発想の中にある地図には、刀を展示してある全国各地の博物館や
美術館は、「武器庫」とでも書かれているのだろうか。
まして、私は、刀(小柄小刀や刀子(とうす))を作る者だ。
陶芸を愛する陶芸家に陶器そのものを非難として云々するに等しい。


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めずらしく、なにごともなく一週間、日が過ぎる

2004年01月12日 | 内的独白

(*^∀^σ(^○^)

 

(2011年6月評:精神病者とつきあっていると実にしんどい。

毎日が精神不安定な病者によりシベリア流刑のようだ)


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6・7・8日と風邪でダウン

2004年01月11日 | 内的独白

してました。


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鋼色の水

2004年01月05日 | 内的独白

書いては消し、消しては書き、また書いては消す。
結局3日4日の正月ボケのふらつく頭で書いたふらついた文は、破棄した。
従って、きょう、である。

きょうは広島市内を走ってみた。
帰り道、少し寄り道して、ほんのひととき、懐かしの渓流に足を運んだ。
日が暮れた渓流のほとりは、音がするばかり。
広島の渓流は砂鉄が採れる川が多いため、水の色が金色に見える。
僕には金色に見える。
関東にいたとき好きだった多摩川上流のように澄んだ青ではない。
岩の色も石の色も金色に見える。
多摩川が澄んだ青い鋼の色ならば、太田川はまるで金色(こんじき)。
未だ宵ながら松立てる門は一様に鎖籠(さしこ)めて・・・。
だが、ここは、はや今日に尽きぬる三箇日(さんがにち)を惜むが如く、
その哀切(あはれさ)に小き膓(はらわた)は断れぬべし。

金(きん)は価値があるという。
だがどうだ。
時が経とうとも安定している。日常の中では腐食したり錆びたりしない。
いわば安定を以って「死滅」している金属。
そして、外圧を加えられるといとも簡単にグニャリと変形する。
鋼は、相変態を経て、人によって造り出され、原子配列さえ変えて鋼とし
て生まれた後も、大気に触れて自然に還ろう還ろうとする。
一見なんの変化も肉眼では見受けられないが、鋼の内部には目に見えない
躍動が潜んでいる。
いわば生きている金属。
僕は、鋼が好きだ。

大好きなあの多摩川上流のほとりを歩きたい。
青く澄む鋼色の水を運ぶ、あの流れをずっと眺めていたい。


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