渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

朝から雨

2003年11月30日 | 内的独白

雨足が強い。
でも、昼過ぎには小降りになってきた。
午後、八重洲ブックセンターに行く。
「クレーの天使」を探す。
ありました。
やっぱり、子供向け絵本のコーナーではないところに。
ブックセンターのカフェで、ひとりレモンティーを飲みながら
絵本詩集を広げる。

・・・・・・。
谷川俊太郎のすべての詩が心に迫る。そっと静かに。
それでいて、まるで心を見透かされたように。

この詩編。。。。どうして?
なに故にこんなにストンと。。。
しかも、すべてが。
ううむ。。。

なんだか、読むのが怖くなる、そんな感じ。
作り事でない、心に入り込む生きたことば。
これが詩だ


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街を歩く

2003年11月29日 | 内的独白

夕方6時に高校以来の友と待ち合わせ。
ちょっと早めにぷらぷらと街に出てみる。
9時に銀座のカフェでひとりコーヒーを飲みながら、ポッケからイーガンの
SFを取り出し、読む。
ちょっと重たい。
SFというより、哲学の書のよう。
10時過ぎ。店を出る。
近くの百貨店で絵を見る。見入る。

別ブースでは「金沢からお正月」。
そうだ。確か・・・。おおっ。やはり。
(いいなぁ、このぐいのみ。。。)
作品に見入る。
見入る僕の後ろで男性の声と明るい女性の声。
定刻過ぎに到着。よっ、暫く。
作家と三人でご一緒にお食事。
話がはずみ、ワインボトルがスイーッと空いていく。
お二人、お酒お強いです。。。
美味しいワインだったので、お店の人に
「これと同じものを」
と頼むと
「先ほどのが最後です」。
次に別なものを頼むと
「これが最後です」
(笑)
ごちそうになってしまった。。。

陶芸のお話、刀剣の作家との作品数の違いからくる「入魂」「手さばき」
について、貴重なお話を伺う。
かの方からは大好きな「クレーの天使」の絵本を紹介していただいた。
谷川俊太郎の書き下ろしの詩が添えられたもの。
こ、これは!是非とも欲しい本だ。
子どもむけの本ではないかも。
俊太郎の詩は、今の僕の心にストンと落ちた。
そして、無駄なものを一切そぎおとした素描のような線。壊れそうな。線。
行っては帰るひと筆描きのような。
天使の線。

4時過ぎ。
無理言って、その詩の絵本を求めるべく近所の店舗まで案内をしてもらう。
しかし、売り切れ。
お店の方がおっしゃるには
「なぜか、この本が急に人気がでたのか、つい先ほども買われたお客様
が・・。それで在庫は最後でした」
そのお店に案内してくれた方は、
「あ。それ私です」と店員さんに。
笑い声がこぼれる。
先ほどのワインのことも思い出して、思わず僕もふきだした。
近くのカフェでお茶を飲んで、しばし詩について歓談。
あ。いけない。もうこんな時間だ。
楽しい時間はいつもあっという間に過ぎ去って行く。
ああ、また遅刻しちゃう。
陶芸作家へのご挨拶もきちんとしないまま、失礼とは知りながら、駆け足
で。
では、また。

息を切らせて、となり駅の友との待ち合わせ場所に。
昔通い慣れた街で、何件かをはしご酒。
気がつくと深夜0時を回っていた。
では、また。


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携帯のない日

2003年11月28日 | 内的独白

何と出張に出るのに、空港に停めた車の中に携帯電話を忘れて来た。
ううむ。。。。
仕事の電話が入らないからいいか、なんて思っていたら、本社にいる
私宛てに取引先からの厄介な電話が多々。。。うぐっ。
本社での会議に集中。
あうっ。。。
もう、とっくに会議終了の時間オーバーですってば。取締役!


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仕事に追われ

2003年11月27日 | 内的独白

睡眠が相変わらず足りない。


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へぇ。叔父貴!

2003年11月26日 | 内的独白

告別式が済んで斎場に親族がバスに乗って向かう。
斎場でバスを降りたところで、親戚の老(?熟年?)夫婦が手をつないで歩い
ていた。
これまた熟年の女性たちがひやかす。
「いやぁん。どしたん?お兄ちゃん、ええわぁ」
「ほんま、素敵~」
細身で美人の奥さま曰く、
「手をつないでおかないと、この人、どこかに行ってしまいそうで・・・」

すでに職は引退しているが、現役のときは職業柄夫人同伴ということが多い
とは聞いてはいたにしろ、プライベートでも周りを気にせずに自然にさりげ
なく手をつなげる二人。
にっこり笑う白髪の彼と手を離さない彼女を見て、僕も「素敵だな」と思った。


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母の母

2003年11月25日 | 内的独白

本日通夜。
明日告別式。


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出逢いと別れ

2003年11月24日 | 内的独白

今夜、祖母が他界した。

花とうたを愛し、書画を愛し、人を愛した人だった。
祖母と祖父との馴れ初めは小説のよう。
祖父は職業軍人だった。
丁度、中原中也が生きた頃の時代。
姉たちが嫁いだ後、祖母は広島の呉から家の事情で福山に移り住んでいた。
連隊勤務を終えた祖父がいつも通る道があった。
そこで、祖父はある建物の二階から見える、いつも気になる女子がいた。
祖父はそこを通るたびに心が弾んだ。
祖母を見初めた祖父は、子どもが駄々をこねるように
「どうしてもあの娘と一緒になりたい。一命を賭して一緒になりたい。
 一緒になれないなら死んでやる」
と、およそ軍人らしからぬことを言って両親を困らせたらしい。
ところが。
その両親は、自分たちの過去があるので、息子の望みを強く否定できな
かった。
曾祖父は明治の終わり頃、やはり軍人で、福山の連隊にいた。
曾祖母は連隊で行進する部隊の中にいる曾祖父を大好きになり、どうしても
忘れられない。眠れぬ日々。
曾祖母は嫁ぎ先が決まっていた。
無論、当時のこと。親同士が決めた結婚だ。
嫁いで一週間経った時、夫との閨を拒否し続け、どうしても募る思いを捨て
きれない曾祖母は
「あの人(曾祖父)と一緒に生きられないなら死んでやる」
と。
本当に死にそうになって、大騒ぎになった。
離婚が成立し、曾祖母は曽祖父の元にすぐに走り寄った。
当然、家からは勘当・絶縁状態だった。
しかし、名実ともに晴れて夫となった曽祖父と仲睦まじく暮らして子を
もうけた。
でも、まさか、その自分たちの息子が自分と同じような行動に出るとは
曾祖父母も思いもよらなかっただろう。
かくして、息子は大好きだった女子を妻に娶った。
恋愛結婚など一般的にはとても珍しいご時世で、世のならいに反しても
愛を選んだ親子。
祖母は幸せな日々が続いたらしい。三人の娘に恵まれた。
しかし、昭和18年1月。
ニューギニアの戦地の浜辺で、祖父は米軍機の機銃掃射で散った。
僕の母が5歳のときのことだ。
爾来、祖母は女手ひとつで三女を育てた。
決して愚痴を言わない人だった。
うたを愛し、花を愛し、人を愛した人だった。

後年、成人したニ女である僕の母が祖母を太平洋に連れて行って花を海に
投げた。
祖母は声にならない声で泣いていたという。

今頃祖母は、大好きだった祖父と出逢えているだろうか。


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「月の光 その一」

2003年11月23日 | 内的独白

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  お庭の隅の草叢に
  隠れてゐるのは死んだ児だ

月の光が照つてゐた
月の光が照つてゐた

  おや、チルシスとアマントが
  芝生の上に出て来てる

ギタアを持つては来てゐるが
おつぽり出してあるばかり

  月の光が照つてゐた
  月の光が照つてゐた

             (中也)


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友人

2003年11月22日 | 内的独白

持つべきものは友人なり、と心から思う。
川の流れを見つめながら独り流れのほとりに立つ時、なぜかそう思う。
上辺だけのつきあいでなくて、真に病んだとき、悩めるときに力になって
くれる。
そして、ビックリするような粋なはからい。。。
驚愕と落胆と戸惑いと希望の狭間を行ったり来たりするときに、道を指し
示してくれたりする。
友人のことばだと、歯に衣着せないことばでも素直に耳を傾けたりもできたり
する。
そして、予想もしない希望との再会へと突然導いてくれたりもする。
心から感謝。
ねえ?そうだろう?
この渓流(たにがは)で冷やされたビールは、
中也が感じたように、青春のやうに悲しかつたのだろうか。
峰を仰いで僕は、
泣き入るやうに飲んだ、のだろうか。


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彷徨

2003年11月21日 | 内的独白

今夜 スカイハイ。
きっと 星に近づいても
きっと 星は見えないだろう。
あの渓流の水音だけが、 
たったひとつの 始まりとして、
汚れつちまつた悲しみに
覆い被さるように 響くだけ。
ただ いつまでも せせらぎと笛の音を
聴いていたかっただけのこと。
ただそれだけのこと。


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ダブルタップ

2003年11月20日 | 内的独白

食がすすまない。
昨日、打ち合わせに同席した仕事仲間(親友でもある)が、
「君が食わないのなら、一緒に食事しても楽しいことひとつもない。
 だったら、俺も食わない。だから食え」と。
1食で3人前も食べる巨漢の男がだ。
食べた。
やはりあとで吐いた。

本日は朝にリンゴ。夕方に昨夜一緒だった男と仕事上の打ち合わせを兼ね
て喫茶店でホットケーキとヨーグルトに紅茶。
深呼吸してどうにか吐き気を抑え込む。

夜、その男と工場内に灯りをともし、エアガンのピストルでプリンキング
(簡易射的)をしてみる。
こういう状態ではまともに的に当たらないかと思ったが、GUNを4種類
替えてみてもダブルタップ(ニ連速射)で何故かよく命中した。
僕より射撃の腕がよい筈と普段自慢げにしていた彼が首をかしげる。

映画『ダブルタップ』を思い出した。
予想を裏切る結果に、気持ちが晴れるどころか、なおさら憂鬱になった。

或人、弓射る事を習ふに、諸矢をたばさみて的に向ふ。
師の云はく、
「初心の人、二つの矢を持つ事なかれ。後の矢を頼みて、始めの矢に等閑
 の心あり。毎度、たゞ、得失なく、この一矢に定むべしと思へ」と云ふ。
わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。懈怠の心、
みづから知らずといへども、師これを知る。この戒め、万事にわたるべし。
(『徒然草』第九十二段)


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PC作業

2003年11月19日 | 内的独白

自己管理下にある3台のPCのデータを引き続き整理。
保存してあった画像・メール・BUデータ等についてフォルダを細分化させて
重複部分を一点ずつに整理する。
削除したものは何ひとつない。

夕刻より岡山にて困難な事案の交渉→交渉→交渉。終了は20日の午前0時
過ぎ。


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支え

2003年11月18日 | 内的独白

人が人の心を救えると思うとしたら、それは何と傲慢な考えだろう、と僕
は思う。
否、「救おう」と意識して人と接触することがだ。
およそ知恵の浅い我々人間が人間の精神を救えるとは思われない。
まして、我々人間の奢れる「知性」においては何をか況や。
人が救われるのは、人の能動的な行為によってでなく、受動的な受け手の
感じ取る心象作用においてだろう。
人は、予め人の心を救えることを前提として動き得ない。

ただし、「心の支え」を人が人に与えることはできるのではないか。
たまたま本人が無意識に発したことばによって、受け手がそれを支えとして
生きていくこともできるだろう。
そこにおけることばは、「知」に裏付けられた計算ずくのツールとして発
せられたものでない。
確かめ合うひとつのことばによって、人はそれを心の支えとして生きていけ
ることがある。
このときにおいて、発した側は「救おう」とか、こうしてほしいとかを狙っ
て告げているのではなく、あくまで無意識なのだろう。
相手の心のありかが伝わってくる。自然な形で無理なく。飾らずに。
受け手が相手からそのことばを受けて、そのことばを媒介にして、その相手
の心のありかを知ったとき、受け手はそれを「心の支え」とすることができ
る。
人はそれぞれだ。
ある人によっては、それが他愛もないことばに映るかも知れない。
またある人には、そんなことあり得ない、という類の事柄と思われるかも知
れない。
だが、受け手が相手を信じていれば、そのことばが単にことば上だけのこと
ではなくて、本心から自分のあり方を告げたものであることが伝わる。
ここにおいては、そのことばの向こうには、修飾された外皮など一糸たりと
も纏わない純潔性が存在する。そして、それを感じる。
穏やかにして峻烈な誓いを感じる。
目には見えない固い絆を感じる。
偽りの事実でなく、輝きを失わない真実を感じる。
たったひとことのことばを告げられただけで、人はそれによってそのことば
の向こうに、揺るぎない真実の心のありかと失われない永遠の時を信じる
ことができ、それを心の支えにこれからを生きていけるものなのかも知れ
ない。
最後の真実をそっと胸に抱いたまま、ずっと。


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生の本質 -隠喩的な換喩空間に代えて-

2003年11月17日 | 内的独白

今更ながらに消耗している。だが、成し遂げる。既に遅くとも。
しかし、現時点での問題の本質は、目標に向かって続けていたこの努力に
伴う消耗を一切知らせなかったことだ。
消耗を悟られたくないがために、疲れさせたくないために、飲み込んでい
たことだ。
遠い22年前頃が思い浮かぶ。
現在現時点での不安。未来への展望が見えない段階での不安。
しかし、水面の下では水かきのついた脚をバタバタさせている。
僅かずつでもゆっくりと前に進んでいる。
青首の鴨よ。厚い氷の張り始めた岸際に、よいしょと上がるのはもうすぐ
だ。
ところが、遠め目にはそれと判らず、何もしていないように見える。
まったくデコイのように、止まっているかのように見える。
じれったい。
逆にデコイが浮いているように見えるなら、まだ氷が完全に張っていない
だろうに、それならばと、人はスケート靴を履きこんで氷上に足を踏み
出そうとしてしまう。
このとき、何も知らないコルヴェールは、きょとんと途方にくれるだけ。
コルヴェール。おまえも、熟す前の渋柿に喉詰まらせて、喉膨らして、
咳き込んでいる場合じゃないだろう?


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ちょうちょ

2003年11月16日 | 内的独白

畑でちょうちょを捕まえたんです
ふわふわ ゆらゆら ふわふわ ゆら
今にも死んでしまいそうだから
そっと両手でつつみこみ
畑でちょうちょを捕まえたんです

湿った青い海風が
髪を優しく撫でている
海と空との境目が 
わからなった あの場所で

ちょうちょは、
羽根を休めるように 手の中で
六月終わりの 風の中
きっと生きたに違いない
きっと生きたに違いない

それからやがていくつもの
長い夜が過ぎてゆき
蒼い月夜の晩でした

薄の穂先が揺れる宵
月を探しに出かけたら
息遣いが絶えるまで
僕もちょうちょと生きようと
月を探しに出てみたら

ふわふわ ゆらゆら ふわふわ ゆら
ふわふわ ゆらゆら ふわふわ ゆら

黙ったままでいるうちに
風に言の葉舞う季節
うっかり者の手を離れ
ちょうちょは どこかに 飛んでった

ふわふわ ゆらゆら ふわふら ゆら 
ふわふわ ゆらゆら ふわふら ゆら

息遣いが絶えるまで
一緒にちょうちょと生きようと
月を探しに出てみたら
ちょうちょは どこかに 飛んでった

雪が積もるその前に
黙ったままでいるうちに
月を見つけたばっかりに
ちょうちょは ひとりで 飛んでった


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