渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

2003年07月31日 | 音楽

川は流れて どこどこ行くの
人も流れて どこどこ行くの
そんな流れが つくころには
花として 花として 咲かせてあげたい
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ

涙流れて どこどこ行くの
愛も流れて どこどこ行くの
そんな流れを このうちに
花として 花として 迎えてあげたい
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ

花は花として 笑いもできる
人は人として 涙も流す
それが自然の うたなのさ
心の中 心の中に 花を咲かそうよ
泣きなさい 笑いなさい
いついつまでも いついつまでも 花をつかもうよ
泣きなさい 笑いなさい
いついつまでも いついつまでも 花をつかもうよ


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生きた森・死んだ森

2003年07月24日 | 時事放談

保水力。これだ。
落葉樹を伐採して針葉樹を植林するから保水力が落ちる。
スポンジ状になった枯葉の絨毯と腐葉土がないから、
降った雨は山に蓄えられずそのまま川へ。そして濁流。
第一次産業と住宅建材と土建屋政治のためとはいえ、木を刈り、
道を広げ、多くの山を殺した報いだ。
川には水生昆虫もいなくなり、魚もいなくなり、水は怒って
氾濫する。人には花粉症をプレゼントする。
森を殺すことは、人が天に向かって唾を吐くようなものだ。
いわば、人災だ。

僕も、対人関係において、自分の中の落葉樹を伐採して
保水力が乏しくなっていないかを省みることが必要だ。


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突然の死に思う

2003年07月21日 | 内的独白

災害で人が突然亡くなる。
防げないことだったのだろうか、と考える。
病気で人が突然亡くなる。
「天命」と受け入れざるを得ないのだろうか、と考える。
テレビでビルから飛び降りようとしている人を見た。
死を自ら選択してしまう理由はなんだろう、と考える。
その人にしかわからない理由だとしたら、あまりにも寂しい。

一度は死ぬ身とはいえ、僕が死ぬときはどうやって死ぬのだろう、
と考える。
虚構の真綿に包まれて、虚飾に満ちた言葉の渦の中で暮らしていくの
だけは避けたい、と考える。
僕は、本音を貫き通してから死にたい、と考える。


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うちの猫

2003年07月16日 | ポチたま

うちの猫を娘が抱いて「ちゅ♪」と言うと、猫(♀)は娘の顔をちゅっ♪と
ばかり舐める。
妻が抱いて顔を寄せ「ちゅ♪」と言うと、やはり舐める。
僕が同じことをすると、猫パンチでボンと手を顔に乗せる。
ぎゃははは~!と家の女性たちは笑う。
いつでもちゅ♪をするのは犬のArk(♂)だけ。
ま、いいさ!
Arkよ。男同士仲良くしよーぜ!(やっぱり・・・)


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。。。

2003年07月14日 | 内的独白

豆腐・・・
反省


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ぜぃぜぃ・・・

2003年07月04日 | 内的独白

言い訳はいくらでもできるけれど、日記がこのごろ続かない。
元来が几帳面でないのに加え、ブワ~ッと内から湧き出るものがこみ上げて
こない。。。
やはり、「個人」の世界のみに埋没すると、あんましよくないのかにゃあ(笑)
以前、数日日記を休載したら、「三日坊主」と言われた。
(日記書かなかったのが三日だけなのに~)と言いたかったけど、
「・・・そだね」と答えた(なんて引っ込み思案なワタクシ←違)

本音を言うと、「あれも書きたい。これも書きたい」というのばかりが先走
って、まるで食べたいメニューを見ただけでお腹一杯状態というのが妥当か
も知れない。
それに、自分のこと書くより、いろいろな友人のサイトを見て、読んで、聴
いて、話している方のが面白かったりして・・・(笑)
そのまま、パソコンの前で寝てしまうことしばしば。。。

僕も、先日気づいた友人の「社員日記」で書かれてたように
「くーっ、自前サイトの某氏の日記がつづいているかぎり、書きつづけるゾ。」
(^〇^)


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ひとときの出逢い

2003年07月01日 | 内的独白

せわしなく、一週間が過ぎた。
気がついたら葉月になっていた。
この一週間でいろいろなことがあった。
ネットラジオに感動したり、それを通じて長崎の素敵なうたうたいと知り合いに
なれたり。e.t.c.
ネットラジオは不思議な空間だった。
通常のラジオ放送は一方的なものだが、ネットラジオは放送中に、併設したチャッ
トルームでリスナー同士が「会話」に参加できる。
北海道だろうが沖縄だろうが、どこにいても「会話」ができる。

梅雨空も、この一週間で、様々な表情を見せた。
晴れたり、曇ったり、また雨を降らせたり。
海に映る空の色も、時間と共に刻々と表情を変えた。
さっきまで青い空だったのに、少し海のそばを歩いて、また空を見ると、すでに
薄白く霞んでいて、海と空との境目がどこであるのかがわからなくなったりした。
車を降りるとゆっくりと歩いているのに、移動時間がやけにもったいなく感じて、
車の運転はついつい過速度になってしまう。
走行中に思い出深い夕焼けも見た。
今までに見たことのないような茜色だった。
絵に描きたい、と感じた。
しかし、これも一秒一秒の出逢いが去るから、夕焼けを絵に描くのは容易ではな
い。
しかも、素晴らしい空気との出逢いというのは、いつも偶然なわけで、待ち構え
ていたりしたのでは、出逢いの偶然性も感動も薄れるのかも知れない。
流れる雲を追うように、大好きな音楽旅団のネットラジオでかかった大好きな女
性ボーカルが生でうたった歌との出逢いが忘れられない。
素敵な人との出逢いが、忘れられない。
長崎の優しいうたうたいがプレゼントしてくれた音源を、僕はずっと聴いている。
心に刻まれたフレーズを書きとめたい。
(原詩でなく放送でうたわれた歌詞)

「LINKS ~僕らはWEBで出逢った~」

「つなぎとめたい 夢があり
 忘れられない 人がいる
 流れる雲に 伝えたい
 貴方に会えた 喜びを

 君のぬくもり 感じたい
 一人じゃないと 知ったから
 まだ見ぬ君に 伝えたい
 巡り会える 喜びを

 たとえ君と いつか
 別れるときが 来ても
 君の その笑顔
 いつまでも 忘れないよ
 もっと ゆっくり 歩いてごらん
 忘れていた夢に いつか
 きっと 出会えるだろう

 人と人が 出会うとき
 君と僕が 出会うとき
 あなたと私が 出会うとき
 それぞれの道の 交差点」


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