渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

そして猫

2003年06月23日 | ポチたま

犬がいて猫がいる。
猫を見ているととても女性的だと思う。

犬は、僕が帰ってくると、足音がわかるのか、玄関で必ず待っている。
尻尾を振り、部屋に入るなり、足元でじゃれまわる。
犬はいつでも「かまってほしい」ようで、僕が他の部屋に行くときも、
ベランダに出て外を見るときも、僕の後をついて回る。
物を投げて「モッテコイ」をすると、地来(じらい)で物を持ってきて
誉められることをいつも喜んでいる。
犬は人との触れ合いをいつでも求める。
犬との楽しみは「いつも触れ合う楽しみ」だと思う。

猫は、僕が帰ってきても、部屋をゆっくり横切りながら僕を一瞥するだけだ。
何かひとつのことをやりだしても、すぐに他のことに気がとられて浮気する。
遊びにしても、同じ動作を20秒と続けられない。
続くのは自分の毛づくろいをするときだけだ。
けれども、ひとつのことをやりながら実は他の事をやっていたりする。
おいで、と呼んでも、気が向いたときにしか来ない。
そのくせ、自分が淋しいときには、自分から甘えるように身をくねらせて擦
り寄ってくる。
まったく、一見クールなようで実はとっても(笑)勝手気ままで、気分屋だ。
猫と本気で付き合おうとしたら、かなりの忍耐力がいると思う。
だから、猫は勝手気ままにさせておいて、遠くから見るつきあいをするもの
なのだろうかとも思ってしまう。
猫との楽しみは、「普段は見ている楽しみ」ともいえるかも。

しかし、「猫可愛がり」とはよく言ったもので、「犬可愛がり」という言葉
は聞いたことがない。
どんなに自分からなついてくる犬よりも、薄情な猫の方を人は可愛く思うよ
うだ。
普段は見ているだけの楽しみの猫が、猫の方から自分のもとにわざわざ長い
距離を歩いて来たときには、人は猫をとてもいとおしく思い、その体を抱え
上げて可愛がりたくなるようだ。
いつも身近にいて身を寄せる犬よりも、普段擦り寄らない猫だけに、擦り寄
ってきたときの行動に確信めいた信憑性があると男は思い込もうとして自ら
を納得させる。
追えば逃げる。逃げれば追う。
まるで、勝ち気で気まぐれでわがままな、謎の女のような猫。
また騙されて裏切られるとわかっていても、男は謎の女にどんどん堕ちてい
き、どうしても人生を傾けてしまうものなのかも知れない。
罪な猫だ。


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犬と猫 その5

2003年06月22日 | ポチたま

僕と妻と娘は、仔猫と親猫に庭先を提供して、仔猫の里親を探すことにした。

だが。
僕の父親は、実は異常な猫嫌いだった。
「猫を屋敷に入れることはまかりならん」
との言を崩さない。
僕と妻と娘とで説得したが、まったく聞く耳を持たない。
子猫たちを殺すと言い張る。
「いじめないで下さい」と6才の娘が書いた子猫が眠る箱の張り紙を
見て、父は逆上して棍棒で箱を叩き出した。
娘が卒倒しそうだった。
必死で父の行為を止めた。
父と木剣でチャンバラになった。
「出て行け!」と最後に父は怒鳴った。

僕と妻と娘は、犬と子猫を連れて実家を出ることにした。
すぐに売り出し中の新築マンションを買った。
実家を出て行く数日間は隣の家の奥さんに仔猫6匹を預かってもらった。
親猫は隣に乳をあげにきていた。
新築マンションの完成は8ヶ月後なので、それまでは犬猫可の一戸建ての
物件に仮住まいで引っ越すことにした。

仮住まいにはキャバリアと仔猫6匹を連れて行った。
そこで、6匹はすべて粉ミルクで育てた。
2ヶ月が過ぎて、離乳食にもなれた頃、里親探しを始めた。
可愛い顔立ちの猫たちだったので、すぐに里親が見つかったのは幸いだった。
同じ夜に生まれた6匹なのに、ミルクの飲み具合が違っていて、日に日に
体躯に個体差が生じてくる。
1匹だけはいつまでたっても、ハツカネズミくらいの大きさしかなかった。
里親が見つかった5匹とは別に、もうしばらくうちで育てることにした。
気がついたら、その小さな雌のキジトラは、すっかりうちの子になって、
・・・・いびきをかいて寝ているキャバリアに寄り添うように、今、僕の新
しいマンションのリビングで寝ている。
その寝顔を見るにつけ、この子が今ここにいることが、ごく自然に、当たり
前のことのように思えてくる僕がいる。


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犬と猫 その4

2003年06月22日 | ポチたま

さて、残ったもう一匹のキャバリアは相変わらず娘と対抗意識を燃やしなが
ら、おもちゃの取り合いなどをして暮らしていた。
実家には父が拾ってきた雑種2頭が庭にいて、犬は彼らとも仲良くしていた。
僕の実家の庭には街中なのに樹木がいくらかあって、それまで、野生のキジ
バトが巣を作ったりしていた。
ある日、キジバトが巣で卵を抱いているのがわかった。
家の中から家族でそれを見守っていた。
暫くすると、雛が二羽孵った。朝に夕に、ぴいぴいぴいと鳴いている。
母鳥は何度も何度も餌を運んでいる。
うちの庭にはキジトラの野良猫の雄が縄張りとして徘徊していた。
ある朝、いつものようにキジバトの巣を見てみると、雛がいない。
僕と娘は巣から落ちたのかと木の周りを探してみた。木の根元にはまだ
産毛の雛の羽が散乱しており、木の幹には猫の爪あとが刻まれていた。
母鳥は雛がいなくなった巣に戻り、何日も何日も巣で待った。
そして、昼の日があるうちは、まるでいなくなった雛を探すように僕の家の
上空を何度も何度も旋回し続けた。
その様子を見て娘は泣いた。
僕は「猫を捕まえてこらしめてやる」と言った。
すると、娘が僕に泣きながら大声で言った。
「猫だって、一生懸命生きようとしているんだから。
飼い猫じゃないから、食べるものをさがしているんだから。
一生懸命なんだから。
そんなことしないで!」
泣き崩れる娘に、僕は忘れかけていた大切なものを教えられたような気がし
た。

娘が小学校に入った年の6月30日の夜は土砂降りの雨だった。
庭先の駐車場に留めてある僕の車のあたりから、夜半にミャアミャア声がす
る。
一晩中、か細い鳴き声の合唱が続いた。
あくる7月1日の朝、雨が上がって、車のところに行くと、たまたま車を拭
くタオルを入れっぱなしで置いていた紙袋の中に生まれたばかりの仔猫がい
る。
車の下には黒い親猫がフ〜ッと云いながらこちらを睨んでいる。
何ヶ月か前から、家の庭を根城としていた小柄な黒い雌猫だ。
紙袋の中を見てみる。
まだハツカネズミくらいの小さい生まれたての黒い子が2匹、あとは、キジ
トラが4匹いた。
どうやら、この美形の目の青い黒猫は例のキジトラ野良くんと結婚したらし
い。
きっと、大雨の中、仔猫を生むところを探して、丁度いい塩梅にバスタオル
の入った紙袋をうちの庭で見つけたのだろう。


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犬と猫 その3

2003年06月22日 | ポチたま

だが、このキャバリアという犬種は、人間が乱造ブリーディングをしたおか
げで、先天的な障害をもつことが次第にわかってきた。
おおもとは江戸時代の初期、英国のとある犬バカの王様が愛玩した鳥猟犬の
スパニエル種だが、中国犬などが混じり、スタンダード体系が大幅に変わっ
てしまった。
それを1945年に原種の形にブリードに次ぐブリードで復活させたものだ。
しかし、このキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルという犬種は、
その無理により、僧帽弁閉鎖不全症という心臓病を抱えることになる。
心臓の弁が機能せず、血液が逆流し呼吸不全で死に至るのだ。
しかも、10歳までに100%が疾患する。
以前死んだ犬がうちにきたときには、キャバリアは日本に3000頭しかいなか
った。
そのすぐ後、「賢くて丈夫で飼い易い犬種」として、人気が跳ね上がった。
常に人気ランキング(嫌な言葉だ)ではトップ10に入る時期が続いた。
だが、先天的心臓疾患が知れ渡ると、この全犬種で一番短命な種類の犬は
人々から敬遠されるようになった。人間は現金なものだ。

うちに来て幸せそうにしていた三毛の雌のキャバリアは、だんだん散歩に
出たがらなくなった。
それでも、絶対に家の中で排便をしないため、外に出さなければならないので、
抱きかかえて、外に出して用を足すようにしてあげるようになった。
その時は、息は苦しそうではなかった。
ある朝、妻と娘が義兄のお見舞いに東京に行っているとき、いつものように
その雌犬は僕の顔を舐めて起こしに来た。
そして、数分後僕が目覚めて、雌犬を見たら、僕の椅子の下で匂いを嗅ぐよ
うにうずくまっている。
(?様子が変だな)と思って近寄ると、息が止まっている。まだ暖かい。
すぐに心臓マッサージをした。
だが、息は吹き返さなかった。9歳と8ヶ月だった。
恥ずべきことに、僧帽弁閉鎖不全症について詳らかに知ったのは、その子が
死んだ後だった。
彼女は、僕のところで死ねて幸せだったのだろうか。
実家の庭には、東京で死んだ雄と広島で死んだ雌のキャバリアが地中深く眠
っている。

今、僕の机の上には、二匹の犬の写真が飾ってある。
彼女の写真は、花の咲き乱れる春先の公園で、走って僕のところに駆けてく
るところを撮ったもので、体が空中に浮いていて、顔は嬉しそうに口をひら
いて、まるで漫画のように笑っている。


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犬と猫 その2

2003年06月22日 | ポチたま

うちに来た雌のトライカラー(三毛)のキャバリアは歯も歯石だらけで相当
痛んでいた。
検診と歯石を除去する手術をした。歯がかなり抜けた。足もよろよろしている。
怪しげな「血統書」によると5歳だという。
うちで暮らすようになったその雌犬は、最初声帯が除去されたのかと思う程
鳴き声を発しなかった。
プライベートでどこに行くにも、僕はその雌犬を連れて歩いた。
やがて、死んだ犬のイトコにあたる雄犬がうちにやって来た。
雌犬はその生まれて3ヶ月の犬とも、うちの娘ともとても仲良くした。

やがて、雌犬は僕と共に広島県のはずれの小さな城下町に引っ越すことにな
った。
この頃になって、やっと雌犬はお腹を見せて寝転ぶようになった。
「散歩行くか?」と言うと「ワン!」と応えるようになった。

この少し前、東京にいたとき、通勤途中の朝の駅の階段の下にまだ3ヶ月く
らいの雑種の捨て犬がビニール紐に繋がれていた。
帰りに駅を通るとまだ繋がれている。何人の人間がその仔犬の横を通ったの
だろう。
犬の横には無知な人が与えたハンバーガーの跡がある。たまねぎを食べさせ
たら、犬は血が固まってしまうのに。
僕は駅長に犬を預かってもらった。家に帰り、車で引き取りに来るためだ。
その当時は、転職先での新人研修のため埼玉県に通勤していた。
家から往復120kmくらいだった。
車で捨て犬を引き取りに行き、家まで連れて帰り、近所の公園でビラを撒い
て里親を探すことにした。
犬が3匹になった僕の狭い部屋では、犬たちが夜中に運動会をするし、大変
な状態だった。
妻は呆れ顔で、けれど「仕方ないわね」と自分の子どもと一緒に面倒を見て
いた。仔犬は5ヶ月近くまで、外には出せないのだ。
幸い里親は10日ほどで、すぐに見つかった。
幸せになってほしいと、うちではその雑種の雌犬を「フク」と呼んでいたが
新しい飼い主は別の名前をつけて可愛がってくれた。
そうしたことがあった頃でも、ペットショップから連れ出してきた雌のキャ
バリアは僕らにお腹を見せることはなかった。
それが、広島に住んでからは、なにかしら伸び伸びとした感じで、いつも笑
っているような落ち着いたような表情をみせるようになった。
そして、気づいたら自己主張で吠えたり、お腹を見せたりするようにもなっ
ていた。


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犬と猫 その1

2003年06月21日 | ポチたま

「え?それだけの理由でマンション買ったの?」
と訊かれたことがある。
僕にとっては、「それだけの理由」ではないのだ。
時間を少し遡って、話をしよう。

11年勤めた職場を辞して、暫くして転職した。
その頃、新宿区の早稲田に住んでいたが、私の狭い部屋には妻と子と2匹の
犬がいた。
以前、子どもが死んだときに飼った犬は、ある事故で死んでしまった。
その犬が死ぬ2週間前、まだ元気だったその犬と中野区のあるペットショッ
プに立ち寄ったことがある。
すると、うちにいる犬と色違いの雌の犬がケージの中で僕を見て尻尾を振って
いる。
見ると値札もなにもついていない。
僕はうちの犬を抱きかかえて、鼻先を近づけた。檻の中の犬は尻尾を振るの
だが、うちの犬は珍しくなぜか興味を示さなかった。

うちの犬が死んでから、途方にくれて、フラフラと中野あたりを歩いた。
以前立ち寄ったペットショップにフラリと入った。
例の犬がいた。
前の飼い主が飼えないから「買い受けた」と店主が言う。
値札がついていた。15万円だった。
犬を見ると、歳をとっているように見えた。
顔立ちはとてもよい。
店内を見渡すと、犬に無理やり人間のような洋服を着せて撮った写真が何葉
も壁に貼られていた。
「うちはねー、美空ひばりさんもお買い上げいただいた店なんですよ」
と店主が自慢げに言う。
訊くと、檻の中のその犬は、ときどき散歩に連れては出るらしいが、1年以
上も檻に入れっぱなしだという。
抱きかかえると、足がかなり弱っていた。
「5万円にしときますよ。格安ですよ。血統書もあるし」
店主の言葉に、言い知れない嘔吐感がこみ上げてきた。
「気に入らなくなったらいつでも引き取りますよ」
すぐに現金をたたきつけて、その犬を連れ出した。
命は中古車じゃない。
要らなくなったからと売り飛ばしたり、気に入らないからと買い換えたりす
るために生まれてきたのではない。
以前、Tキントリオとかなんとかいうじゃりタレのひとりが、「俺はすべ
ての犬種を飼ったことがある」と自慢げにTVで言っていた。一体何種類純血
種があると思っているのか。
それ以前に、飼い犬を車のように考えるその男に、とてつもない嫌悪感が沸
いた。
その時に似た感覚をその店からその雌犬を連れて来るときに、僕は感じた。


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2003年06月20日 | 内的独白

青い色が好きだ。
なぜだろう。
きっと理由などない。
ただ、単に自分の裸の気持ち。
青い色が好きだ。
だけど、青はただ青であるよりも、
別な色が混ざった方が綺麗に感じる。
それは時には白であったり、紫であったり。
それでも、青い色が好きだ。
光の加減で変化して見えるように思える青も。
透き通るような水色も。
ときに緑が深く沈んだような青も。
青い色が好きだ。
宙から見た、この星のような、
青が好きだ。


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生まれた日に思う −永遠の今と未来を同志に−

2003年06月20日 | 内的独白

台風が去った後、普段なら陽が差してもようさそうなものなのに、空が雲
で覆われている。
そして、ところどころ透けた光る雲の切れ間から、水色の空が覗いている。
空の見える沢山の雲の切れ間は、途切れないまま流れて行く。
梅雨なのに、透けるような薄青の遠い空。
筆影山の向こうに見える透明感のあるその青が、雲のない日の空の青より、
僕にはなんだか、ありのままの空の色に思えた。
空は、作り笑いでない、ほんとの空の色を見せてくれた。
今は風の力も弱まって、青嵐だけが心地よく頬を撫でている。

人が生まれた日を祝うのは、誰を祝うのだろう。
きっとその人が、今ここに存在することを祝うのだろう。
今、ここにいられることを祝うのだろう。
今、人がここにいられるのは、母と父がいたからで、人の誕生を祝うとい
ううことは、その人の両親への感謝が潜在しているのかも知れない。
しかし、その両親がいるということは、そのまた両親がいる、ということで、
そのまた両親は更に・・・と、これは延々と人が造られたところまで遡る。
つまり、その人の誕生日を祝うということは、意識するしないとに拘わら
ず、人が造られたことに対する遠い日への感謝が隠れているのではないだ
ろうか。

人は命を与えられただけでなく、命に限りをも与えられた。
けれど、人は、自分の意志で生まれてきたのではないくせに、生まれて育っ
た後、自分の命や他の人の命を断つ自由をも与えられたと、ときどき錯覚
してしまう。
自分の命を絶つことと、自分以外の命を絶つことと、どれ程の違いがある
のだろう。同じ命だ。
人の命が断たれることを止めるために、体を投げ出すことはあるだろう。
しかし、そのことにより、自らに死が訪れたとしても、それは死ぬために
死んで行ったのではない。結果として、命がなくなっただけだ。
死ぬのはいつでもできる。ポンとできる。今すぐにでもできる。
崖からぶら下がったロープが二人の重みに耐え切れないときは、僕はポン
と飛び降りるだろう。
あるいは、相手によっては二人で飛び降りるだろう。
けれど、生きるために死ぬのでなく、死ぬために死ぬのは、やはり僕ら人
間には赦されていないと僕は思うのだ。
僕らは丘を目指して坂を登り、生きていかなければならない。
共に手を携え合って。

きょう、僕が生まれて幾年目かの朝が来た。


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ぐれこの幸せ

2003年06月19日 | 音楽

ぐれこは今、幸せを精一杯感じているそうです。
やっと心の落ち着き先が見つかったということなのかも知れません。
このまま平穏な日々が続くとよいのですが・・・。


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「優しさ」と「ふるさと」

2003年06月18日 | 映画・ドラマ

浅田次郎原作の『ラブ・レター』をテレビで観た。
自宅では放送が受信できないテレビ局の番組枠なので、久しぶりに実家に
一人立ち寄り、ケーブルTVで観た。
普段テレビは殆ど見ない。
以前からではない。ここ数年、テレビの放送時間にテレビのある場所にい
ないだけのことだ。
観て、泣けた。
だが、観終わったとき、僕の中で生じる言い知れない違和感をどうしても
払拭できなかった。
どうしても、「お話」としてしてしか、見れない自分がいた。
僕が本当は「優しさ」や「ふるさと」を解し得ない人間だからかも知れない。
生まれ育った一定の土地を「ふるさと」とするならば、僕には「ふるさと」
というものはない。
幼いときに育った大好きな湘南がひょっとすると世間でいうところの「ふる
さと」なのかも知れない。
しかし、ふるさとというものが人が自分で「ここがふるさとだ」と認識する
こと、つまり、人の精神作用により存在を認知するものであるならば、ふる
さとは心の中に存在するものといえるのではないだろうか。
だとすれば、「ふるさと」というものは、実際の土地とは別に存在すること
を拒否しないはずだ。

僕は「土地」が嫌いだ。土地に縛り付けられるのが嫌いだ。田舎にも都市に
も、そこに定住したいなどという気持ちはない。
好きな場所はある。今もそこに棲みたいとも思う。だが、住みたいとは思わ
ない。
人は生まれて死んでいくまで、本質的にはずっとデラシネ以外の何ものでも
ないと思うからだ。
「僕が死んだら、もしそれが骨が拾えるような死だったら、その骨を僕の好
きだった渓流に撒いて欲しい」と人に言ったことがある。
無論、死して屍拾うものなし、の死ならば、それを受け入れる。
だが、もし仮に万が一、骨が拾えるなら、渓流にすべて流れて海へと溶けて
いきたい。

父はそれを聞いて激怒した。
あくまでも、「入るべき墓」に入れて、死してなお土地に縛り付けたいらしい。
論理的概念の説明は、如何にそれが論理的整合性を持ち得ても、土着民的
因習概念の前では全く無力である。

以前、僕から去った人が、何故か一様に同じことを言っていたのを思い出し
た。
「あなたは私を見ていない。いつもどこか誰か遠くを見ている」と。

きょう、免許証の写真を撮った。
写真の自分を見て、老けたな、と思う。
もう、歳をとるのを止めてしまうべき頃なのかも知れない。


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グレ子の大冒険

2003年06月17日 | 音楽

あるところに、グレ子というちょっとかわいくて、ちょっと勝気な子がいました。
なぜグレ子と呼ばれるかというと、普段はしおらしく、大人しいのですが、何か
の拍子に、とっても負けず嫌いになり、なんでも言い返そうとしてしまい、しまい
には「グレてやる〜」となってしまうからでした。
でも、実はグレ子がとてもいい子で、そして素敵な声の持ち主であるのを、ずっと
以前からグレ子を遠くから見守っていた彼は密かに知っていました。
そんなことを知らないグレ子は、ある日、彼と出会ってしまいます。
遠いところに住んでいるのに、すごく身近に感じてしまう彼。
「彼といるときだけは、素直な自分になれる・・・」
グレ子は恋をしてしまいました。
そして、この彼のもとでなら、今までの殻を捨てて、本当の自分で生きていける
かも知れない、とグレ子は気がつくのでした。
グレ子は決心しました。
その日から、グレ子の大冒険が始まったのです。
今までの古い殻を捨てて、新しい世界へと歩き出そうとするグレ子。
そして、しばらくして、グレ子は彼のもとへ嫁いで行きました。
彼はグレ子をとっても大切にしてくれました。
彼もグレ子がそばに来てくれたことを素直に喜んで、仲間たちにグレ子を紹介した
りしました。
グレ子も彼と一緒にいるときは、生き生きとした笑い声で、また切々としたうた声
で歌をうたうことができました。
でも、グレ子は彼のもとではあまりに自分に素直になれるので、泣いたり笑ったり
の毎日が続いているのだそうです。
彼とほんのささいな気持ちの行き違いなどがあったりすると、グレ子は何かに怯え
るようにとても不安になったりします。
でも、それもいいのかも知れません。つくろう他所行きの顔でなく、グレ子は本当
の姿でいられるのですから。
ところが、彼の仕事が忙しくて、あまり弾いてもらえなかったりすると、
彼の前では素直になりきれてしまうグレ子は、今でもときどき
「グレてやる〜」
とわざと彼に言ったりするそうです。
でも、そうしたグレ子の本当の自分を見つける大冒険の旅は、大好きな彼のもとで
始まったばかりなのでした。
こうして、グレ子は彼と一緒にいつまでも幸せに?
そう。
とっても。

(レスポール・ジュニア『グレ子の大冒険』より)


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うたうたい

2003年06月12日 | 音楽

最近、大分に住む友人の作る曲と詩にはまっている。
昨日などは、仕事で神戸からの帰り道、300km走る間、車の中でずっとある一曲
を繰り返し聴いていた。
歌詞を読むだけでは伝わらない。
実際に音を聴かないと、この曲が持つことばの向うの世界が伝わらない。
この曲は、これを歌うさなだ君の息づかい、ブレス、音を伸ばしてフッと息を抜く
彼独特のバラードに直に触れないと、背筋が凍るような、胸がしめつけられるよ
うな切なさをわかり得ない。
以前、本人が「『春木川』よりも、こちらの曲の方が好き」と僕に語ってくれたこ
とがある。
何度も何度も聴きながら、僕は気がついた。
この曲は、彼にしか歌えないのではないだろうか、と。
曲は作品になった時点で、個人で楽しむ限りは誰がどこで歌おうが自由だ。
この曲の完成度は高く、誰もが歌えそうな曲だ。
だが、少なくとも僕には、さなだ君のようにこの歌詞にうたを乗せて、彼のように
は到底、歌いきれない。
技巧がどうのというくだらない次元の問題ではない。
ことばの向うを、「ほんとの空」を、完璧に彼は歌い切っているのだ。
なんということだ。
これでは、まるでピアフではないか!
本物の「うたうたい」の、せめて詩だけでも紹介する。

     「おやすみ」

人混みの中にぎわう街 お酒飲んでまぎらわす君
何か言葉を探している いとしい君に伝えたくて
作り笑い――うなずく君
隠せぬ気持ち――何が悲しい?

優しい想いと揺れる心と やすらぎ求めるわがままと
何もできずさまよい歩く ひとり戸惑い

人を信じ…人を愛し…
裏切られて…また傷つき…

ため息ひとつつくたびに 幸せひとつ逃げていく
声を上げて泣く君に――「今夜はおやすみ…」

灯りを消したひとりの部屋で ささやくように流れる歌
やさしい雨音ゆれる街灯 窓に映る情景と
重なりあう泣き顔に 触れてみたけど何も見えない

遠くを見つめ想う気持ちと かなわぬ夢が重なれば
「目に見えてる人生だね…」とひとりつぶやく

目を閉じれば…思い出せる…
夢があれば生きていける…

泣き疲れてうずくまる君 声をかければ消えてしまう
ふるえる肩抱きよせれば――「今夜はおやすみ…」

人を信じ…人を愛し…
裏切られて…また傷つき…

泣き疲れてうずくまる君 声をかければ消えてしまう
ふるえる肩抱きよせれば――「今夜はおやすみ…」


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薄情物語

2003年06月11日 | 内的独白

薄情と言われた。
実際、そうなのかも知れない。
しかし、かなりショックを受けた。
それは、大切な人からそう言われたからでなく、僕のことば足らずも災いし
たのだが、僕の真意と別な概念でその人がそういう思いを抱いたことが、と
てもショックだった。
6時間ほど話をしていて、その中でそう言われた。
薄情者とはどういうのをいうのだろう。
辞書で「薄情」を引いてみた。
ちなみに、手元の国語辞典では「薄情」のとなりは「爆笑」だったが、今は
そんな与太を飛ばす場面ではない。
「薄情:なさけのうすいこと。人情にとぼしいこと。冷淡なこと。」(「角川国語
辞典/久松・佐藤」昭和51年149版)とあった。
ふむ。僕は薄情なのだろうか。

「薄情者」というのは言われたことがある。
職場でスキー旅行に行ったときに、僕のリフトの下で初心者の同僚が新雪の
中で転んでもんどりうっていた。
僕も初心者であり心配だったが、リフトの上にいたのでどうすることもでき
ず、気の置けない男同士でもあるし、まあ、一応声をかけた。
「お〜い。大丈夫かぁ〜。お〜!生きてるな〜。そのままずっと生きてろ
よ〜。そのうちいつかうまくなるからな〜」
すると返ってきた叫びが
「はくじょ〜もの〜」
だった。
暫くして、同じゲレンデで、やはり初心者の職場の女性が目の前で転んで起
き上がるのに苦労していたので、手を貸した。
すると、背後から忍び寄った先ほどの同僚が滑りながら追い越しざまに
「薄情者」
と僕の耳元で囁きながら去っていった。
それを言うなら「依怙贔屓」だろう、という気もしないでもなかったが、
「薄情者」と呼ばれたのは後にも先にもこれだけだったような気がする。

薄情と呼ぶなら、きっとその人がそう思ったのだから、そうなのだろう。
言い訳はしたくない。
かといって、体裁を繕うこともしたくない。
だから、こちらの真意が伝わらないところで、そう言われるのはいくら厚顔
な僕でもいささかこたえる。

しかし、早計な独善的解釈は実に愚かだ。
その人の言った僕に対する「薄情」というのは、別なところにその人の思い
があることに気づくのに、それから数時間を要した。
心のつながりを確かめ合うのは、難しいものだ。

今、これを書いている僕のそばに、昨年まで住んでいた実家の庭で生まれた
六匹の猫のうちの一匹が擦り寄ってきて、ゆっくりと大きな欠伸をした。


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銀河伝説 1 (宇宙暦3005)

2003年06月10日 | 内的独白

A long time ago in a galaxy far,
far away....

宇宙暦3005年。
空間転送装置が地球人の手によって開発されて、既に地球時間で50年が
過ぎていた。
かつて、燃焼燃料や電気等を動力として物体が空間移動していた太古の
時代と違い、この時代は空間転送装置によって、生物を含むある程度ま
での大きさのものは空間を自在に移動させることができた。
大昔には、人類は鉄道・車両・航空機等の乗り物に乗って場所から場所
へ移動するしか方法はなかった。

ある日、惑星ウエストにおいて惑星探査船製造メーカーに勤務する彼は、
地球時間を示す時計を気にしていた。
自ら組んだタイムスケジュールで仕事がオフタイムになる時間が迫って
いたからだ。
オフタイムには転送装置を使って彼女と会い、少しの時間の逢瀬を重ね
るのを彼は毎日の楽しみとしていた。
彼女も自らの空いた時間と彼のスケジュールの都合とが合えば、いつで
もすぐに肉体を転送させて、5分でも10分でも彼と会うようにしていた。

オフタイムが来て、転送装置のスイッチを入れた彼は、異変に気がつい
た。
彼女側のプログラムが正常に作動せず、なかなか転送が開始されない。
そればかりか、この状態のままでは、彼女の肉体と精神が分離してしま
うという警告がモニターから表示されていた。
すぐさま、転送モードから通信モードに手動で切り替えた彼は、直接彼
女と通信にてシステム状態を確認した。
状態から、初期設定操作でのシステムイン回路でセキュリティホールを
回避したための彼女のプログラムミスと判明した。
この回路の接続構成を完結させるには、少々時間がかかる。
彼は、その日だけは彼女と会うのを諦めた。
そして、久しぶりに彼女と通信による会話を楽しんだ。

回線をオフにしてから、彼はふと気がついた。
この時代も太古の時代と変わらないことに。
空間転送装置によって空間を瞬時に移動できる現代においては、互いの
時間的条件がマッチさえすれば、手を伸ばせば相手がそこにいるかのよ
うに、現実に相手とすぐに触れ合うことができる。
しかし、これは単に移動時間が縮まっただけだということに、彼は気づ
いた。
空間移動の距離と、現実に会う二人の心の距離とはまったく比例しない
ことに、彼は気づいた。
しかし・・・

その後の二人がどうなったかって?
数年後には、仲良く一緒に暮らしていたってさ。


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月下今昔茶話

2003年06月09日 | 内的独白

今は昔。
あるところに漂泊の旅人がいた。
旅人は、竹馬の友が移り住んだというある浜辺の村を訪れた。
訪れた村では、幼馴染は既にその村を去った後だった。
旅人は、その村の砂浜に腰を下ろし、村人の営みを見ていた。
村にはひとりの美しい娘がいて、村中の男どもは娘に懸想していた。
旅人はその村での人の様を微笑みながらしばし眺めていたが、
暫くすると膝の砂を払って村を後にした。
幾年かが過ぎて、旅人は山あいの渓川のほとりに小さな庵を建てた。
旅人はここで訪れる別な見知らぬ旅人たちに茶を振舞ってもてなし、
歌を詠み、琵琶を弾いて、日がな一日を過ごしていた。

ある日、旅人のもとに一通の文が届いた。
村の娘からだった。
文には旅人を偲ぶ思いのたけが綴られていた。
旅人は、かつて壇ノ浦のいくさの後、密かに太刀を納めた社に一人赴いてみた。
すると、そこには旅人を慕って足を運んでいた娘の足跡が残されていた。
旅人は、再び娘のいる浜の村を訪れてみた。
村では、相変わらず、男どもは娘に懸想していた。
だが、娘がかつて旅人の一族の武将の娘であり、実は姫であることを知るのは、
旅人ただ一人であった。
浜の村では、暫く旅人と娘の昔人を偲ぶ語らいが穏やかに続いた。
相聞歌を詠み、静かなひとときが過ぎていった。
ある日、それを妬ましく思った村の男が、旅人の留守の間に旅人の庵まで
出かけて行き、よこしまな心で庵に火矢を放った。
男は別の庵にも矢を射掛けた。
幸い、庵のそばにてさぶらいおる者どもによって、火の手は消し止められた。
村の男は村に戻り、村人たちに密かに自分の所業を手柄として言い伝えた。
旅人が村に入ることさえ疎ましく思っていた村人たちは、うなずきながら
男の話に相槌を打った。
旅人は、庵での災禍の報を早馬にて知ったが、既に太刀を置きたる身。
男を咎め、討ち取ることはせずに、村の男どものせせら笑いを背にしながら
一人静かに村を去った。
旅人が去った後も、村人たちの寄せる思いと貢物の中にいる娘は、旅人の
去ったその訳をずっと知らずに暮らした。
ただ、薄くほのかな光さす上弦の細い月がゆっくりと昇る夜が訪れるたび、
旅人と娘は、水面に揺れながら映っていた月の遠い記憶を重ね合わせて、
それぞれ離れた場所で、同じ月をいつまでも眺めているのだった。

その後、旅人がその村を訪れることは、二度となかったという。


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