渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

ナイフの鋼材について ~大泉Bush n' Blade~

2017年08月13日 | 刃物



ブッシュクラフトの日本人パイオニア大泉聖史さんが作るナイフ
の鋼材は 80CrV2 という鋼材だ。
私は未知。

大泉さんのネットで誰でも読めるツイートにはこうある。


う~む・・・。

ネット上に80CrV2鋼の説明図があった。


わかりやすく成分表にしてみた。

(クリックで拡大)

一応金属の世界では、クロムを10.5%以上含む鋼をステンレスと呼ぶ
ので、80CrV2鋼はステンレス鋼ではなく炭素鋼の範疇に入ることになる。
D2鋼(JIS規格ではSKD11)はクロムが12%で、分類的には完全に
ステンレス鋼なのだが、刃物の世界ではどういう訳か13%以上のクロム
を含む鋼材をステンレス(SUS)鋼材としているので、D2鋼はセミステン
レス鋼などと呼ばれている。
学術的な分類と刃物業界の実務上の分類概念は同一ではないので、
注意を要するようだ。
なぜ鋼にクロムを含むと錆びにくくなるかというと、クロムが大気中で酸素
と結合して表面に不動態皮膜を形成するからだ。日本刀などの一般的な
炭素鋼でも表面に不動態皮膜が形成されれば錆びにくくなるが、クロムが
添加されるとグンと耐食性が向上する。

ステンレス刃物鋼としては、日立金属の銀紙が個人的にはとても好きな
の鋼材なのだが、銀紙は銀1がHRC57程であり、銀3がHRC59程だ。
ガーバーがかつて日本でOEM生産していたガーバー・シルバーナイトなど
は日立金属の銀紙で作られていた。
ステンレス鋼の銀紙は銀1、銀3、銀5が日立金属(株)ヤスキハガネから
製造発売されており、日本製ナイフに多く使われている良質ステンレス鋼
で、歴史も古い。

ガーバー・シルバーナイト(ヤスキハガネ銀紙1号使用)


私は炭素鋼の80CrV2については未体験だが、非常に興味がある。
ナイフメーカーのダニエル・ウインクラーなども2014年あたりから
鋼材を80CrV2に変更し、硬度試験ではロックウェルで64を記録
する高硬度のナイフの製造に成功している。
一般的日本刀の場合、刃部の硬度は60~67程であるが、ナイフ
では鋼材がステンレス鋼が多いため、硬度はロックウェルで60程
だ。
しかし、ロックウェル60以上というのはとても硬く、ステンレスよりも
硬度が高い炭素鋼で作られた一般包丁がロックウェルで56~57
程度であることを考えると、ステンレスでHRCが60というのはかなり
硬く切れ味が鋭いナイフ鋼材だといえる。
64以上になると研ぐ際に高度な技術が要るのだが、存外炭素鋼は
研ぎ易く、日本刀などでは硬度が65以上あってもサッと刃が付く。
数値上同じ硬度であっても炭素鋼よりもステンレス鋼は研ぎにくく、
単にロックウェルやヴィッカースなどの凹み計測の硬度だけではない
要素が刃物素材には存在していることが理解できる。

80CrV2は中華人民共和国製だ。
ついに鋼材も来た、という感がある。
80CrV2を非常に悪く言う人もネット上にはいるようだが、客観的に
冷静に見てみると、その論調の視点には多分に別なファクターが
入っているように思える。色つきフィルターを通して見ると天然色は
見えなくなる。注意が必要だ。

私自身は80CrV2には非常に興味がある。
炭素鋼であるのだが、モリブデンとバナジウムとニッケルが添加されて
いる。
モリブデンの効能は焼き戻しの際の脆性防止がある。
また、バナジウムはほんの少量の添加のみで結晶粒が微細化し靱性
が向上する。つまり粘り強い刃部を構成することができ、結果として切れ
味が向上する。
80CrV2のニッケル成分は0.4%ほどで、ニッケル成分も強度と靱性の
向上に役立つ効果を持つ。
日立白紙や玉鋼のような純炭素鋼ではないが、いわゆるモリブデン・バナ
ジウム鋼と呼ばれるものであり、日本製の包丁でも「MV鋼」としている
製品で中国製80CrV2鋼を使用している物は結構あるのではなかろうか。
我が家では数年前からメイン包丁を「日本鋼」製の牛刀包丁から「MV鋼」
製の牛刀包丁に交換したが、非常に良く切れる。
ただ、純炭素鋼の「日本鋼」の包丁と厳密に切り比べると、純炭素鋼の
鋼材のほうがずっと切れる(「ずっと」といっても、非常に繊細な微細な
タッチの違いとして)。
一般的なステンレスの包丁などに比べたらそのMV鋼の包丁は凄く
切れる。
また、粘りが純炭素鋼の包丁よりも高いので、それが便利だ。
刃こぼれではなく、刃まくれが起きる。これは鋼がかなり粘ることを意味
する。
日本刀でも、古刀などに刃こぼれではなく刃マクレが多く起きるのは、
経年変化で鋼が柔らかくなったのではなく、素材の質性だと思う。
日本刀の場合は、平安期から江戸幕末までに大別して3度大きく鋼の
質性が変化したが、江戸期に入ってからガラリと変わりすぎている。
鋼としては純度が高く「良い鋼」なのだが、まるで白紙包丁のように
指先で刃先を弾いたら刃こぼれしそうな刀身ばかりが新刀の特徴と
なってしまった。
日立白紙さえも、左久作のようにそれで鉄輪を削れるような小刀を
作る鍛冶がいるので、鋼材だけの原因ではなく鍛冶職の手筋が鋼
の良性を引き出すかどうかが根幹にあるとは思うが、総体としては
日本刀の鋼の質性が戦国末期までとそれ以降で激変したことは、
日本刀の刀身の外見上に現れている差異からも看取できる程だ。
第一色が異なる。古刀は青く、新刀はキラキラとした白っぽい鋼の
色である。

日本製の鋼までも中国にクオリティで抜かれてしまったとしたら、
とても何だか寂しいものがあるが、良い物は良いし、良くない物は
良くない。国は関係ない。

成分表には、現在のところ良質粉末炭素鋼として評判の良い米国
クルーシブ社のCPM®3Vについても載せておいた。
刃持ちよく粘り強さのある粉末工具鋼であり、ナイフ鋼材としても現在
のところトップクラスの炭素鋼の鋼材であるとの評判である。
ただ、同社の熱処理データを見ると、焼き戻しにおいて数次的な
大型設備での熱処理工程が作業要領として指示されており、一般
個人鍛冶が鍛造によって刃物作りをする場合、同社の同鋼材性能
を充分に引き出せない可能性が高いと思われる。⇒こちら

鋼材によっても出来上がった刃物の性能は大きく差が出るのである
が、鍛打にしろ圧延鍛造にしろ、途中の鍛造工程と熱処理のやり方
如何で、鋼というものはまったく性格が異なる物になる。
刃物の場合には、「刃物に適した鋼材」であることと「刃物に適した
製造法と熱処理」であることが必須であり、刃物にとって良い鋼と
いうのは、必ずしも金属学的に良質な鋼と同一ではないということ
がある。

粉末炭素鋼であるCPM®3Vについては、現在のところ刃物鋼と
しては、バークリバー製品に見られるように極めて良好な結果が
出ているとはいえ、一般刃物鍛冶が鍛造してまとめられるかという
と、未知数の部分が多すぎるように思える。
ただ、トンカチの原料である55Cや45Cでは刃物にはならないように、
鋼材は素材であるので、刃物にとって一番重要なファクターであり、
良質な鋼が最重要であることにはかわりない。

炭素鋼の良いところは、よく切れて研ぎ易く、そして簡単に刃物を
作れるところにある。
極端な話、赤めて急冷し、水を垂らして水玉が出来る位で焼き戻し
をすれば刃物になる。(焼き戻しをしない物体は刃物ではないので
焼き戻しという熱処理は科学的に絶対に必要)
細かくは、刃物の出来不出来は多くの正しい科学的根拠に基づいた
ノウハウをどうミスなく投入できるかであるのだが、とりあえず赤めて
叩いて冷やして焼き戻せば必ず刃物になるのが炭素鋼だ。
炭素鋼の刃物はステンレス鋼の刃物よりもよく切れて刃持ちもよく、
そして研ぎ易い。
唯一の欠点がSUS材よりは錆びやすいところだが、海での使用で
無い限りは一般刃物も炭素鋼で十分だ。
ただ、アウトドアではどうしても日本刀を扱うような細心の注意での
丁寧な手入れができないので、ナイフではステンレス鋼が便利で
あるというのが実情だ。

炭素鋼の包丁やナイフでも、全然錆びてなくて光っているブレードの
ものって見た事ありますでしょ?
あれは、持ち主の手入れがいいからですよ。それは確実。
炭素鋼は水を垂らして放置したらすぐに錆びます。
これは当たり前のことなんです。
ですので、炭素鋼は非常によく切れて研ぎ易くよい物ですが、持つ人
が注意をしていないとすぐに錆びてしまいます。
一度錆びたら、これはもう研いで身を削り減らさないと錆は落ちません。
身を削るということは、痩せて行きますので、強度やその他よいことは
一つもないのです。
炭素鋼の刃物は、包丁でもナイフでも、日本刀と同じで決して錆びさせ
ないように丁寧に扱うものであり、丁寧に大事にすれば、たとえ日常的
に使っていても炭素鋼であろうともなかなか錆びません。

炭素鋼が変身した最高峰の姿、日本刀。

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