渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

軍装被服についての考察 ~「見る」ことは識別するための一歩~

2016年10月13日 | 文学・歴史・文化

日本の甲冑等は、世界の軍隊の軍服や防護服と同じく、
「目立つことにより自軍を知らしめ、他者と区別する
ためのもの」という前時代的発想によるものだ。
こうした用兵思想は第一次世界大戦の近代戦が始まる
まで全世界の軍隊で続いた。

さて、バスク人の民族衣装であったベレー帽を軍装として
世界で初めて採用したのは英軍(王室海兵隊)だが、英国
では全軍にわたり「大英帝国の象徴的軍装」として波及
した。これは後に米軍の特殊部隊にも、英軍海兵隊を模した
グリーン色のベレーが採用されるに至った。

各国各部隊でベレーの色は異なる。とりわけ、英軍は部隊
ごとにベレーの色や徽章が事なり、実に多彩を極める。
面白い現象としては、各国でも多彩を極める部隊色にあって、
空挺部隊のみはどの国も赤系のベレーにしていることだ。
(英軍は赤ではなくマルーン=栗色と称している)

この赤系は、緑地帯においては目立ちそうに思えるが、
実は、日陰に入ると他の色よりも目立たないということ
は意外と知られていないようだ。

マルーンベレーの影部分に注目してほしい。他の色より影が
深くなり色が目立たない。日本の忍びが黒ではなく柿渋染め
の装束にしていたことの意味は、こうしたところにある。


ベテランたちなので、今流行りのハンチングのように型を
つけるいわゆる「トムかぶり」はしていない。世界の軍隊
にさきがけた英軍のお手本となるベレーのかぶり方をして
いる。


こちらは世界初のベレー採用部隊の王室海兵隊、通称コマンドゥ。
世界最強の練度を誇るとされている。

一番左の者は海兵隊ベレーをトムかぶりしている。伝統の王室
海兵隊も
最新流行の波にさらされているということか。


なんだか、ブーツが変わったね。
日本の自衛隊の昔のブーツのような茶色に変更されている。
しかも、紐はかなり前方まで編み上げるようなタイプだ。
登山靴みたい(笑
また、中上部で一端外側にかけてテンションを得るような
方式になっている物も見られる。
これは他国とも異なる変わったブーツだ。
新採用なのだろうか。


こうした軍装品に限らず、着装や状態をよく見るということは
日本の甲冑や日本刀を見ることにもつながる。
日本人でベレーがまともにかぶれる人間が全国でほんの数える
ほどしかいなかったという四半世紀前においては、そのことは
実は「日本刀が見えない日本人」の数と比率的には比例したの
ではなかろうか。
現在においても、居合を競技スポーツとして行なっている人たち
のほぼ全員が「刀が見えない」という種別に属している。
それは、本物の軍人たちが部隊や己の武器武具を己と一体の物
であるとして身に引き寄せているのとは別次元のこととしてある。
つまり、試合居合人たちが興味があるのは試合での旗の揚がり
の有無だけであって、武具たる日本刀などには興味がないのだ。
運動用具としてのみ捉えているのだから、真剣の刀剣などには
興味がない。だから真剣を持っても、刀も見えないし、手入れ
さえまともにやろうとしない。
いっそ、すべて居合は模擬刀を使用すべしとでもしたほうが
正解のような気がする。乗りっ放しのノーメンテの自動車の
ような感覚で運動用具としてしか真剣日本刀に接することしか
しない人たちばかり
なのだから。
真剣新作刀の八割以上は居合人口による需要といわれている。
確かに、現代刀工のためにはなっている。
しかし、ネルに古い汚れて酸化した油をしみこませたまま、刀身
に着いた手脂
と一緒にこねくり拭いて、それが「清拭」だとか
思いこんでいる連中
ばかりが居合の世界なのだ。高段者でもそう
した大チョンボを
やっていながら何の疑問も持たない。

こうしたことは、今回ここで記事にしたように、「何がどうな
のかを見る、考える」という行為を停止しているから起こるの
だろう。つまり、思考停止。
思考停止が生むのは、自分を振り返らずに盲目的に人に追従する
自立心のない心と行動だけだ。
とても非生産的であり、そのことは伝統の墨守や文化の継承とは
無縁どころか害悪としての位置しか持たない。
まず、物事をきちんと見よ。
始まりはそこからだろう。

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