渓流詩人の徒然日記

知恵の浅い僕らは僕らの所有でないところの時の中を迷う

昔の給料なんぼ?

2017年03月07日 | 文学・歴史・文化


(いにしえの勤務地古写真)

以下は仮の話である。



家禄70俵5人扶持、役扶持400俵の武士がいたとする。
まあ、あくまでも仮の話だ。
何人扶持というのは除くとする。400俵は単純計算で160石、
70俵は28石となる。
蔵米取りだとするとまるまる収入となるが、あえて知行取
石高に換算すると188石。さすれば、四公六民で112.8石。
1石が大雑把に計算して約1両だから、1両6.6万円計算で
112.8×6.6=744万4,800円が年収ということになる。
江戸期の税金関係がよく分からないが、現代収入で福利厚生
費および国税地方税こみこみの年収約800万円世帯が江戸期
の188石取りの武士の収入と同等と考えて当たらずとも遠か
らずだろう。
現在の大卒男子50才代の勤め人の平均年収とさして変わら
ないといえる。
武士の場合は、150石取あたりは、これに下男下女と武役の
際の侍・若頭・中間等を雇う必要があるので、現今換算の
年収800万円世帯よりも江戸期の188石取り武士はかなり
生活がきつかったことだろうと思う。
私の友人の先祖は5050石の旗本だったが、武役だけで
124人の侍をその収入のうちから雇用しなければならな
かったので、実質的には決して裕福ではなかったと言って
いた。
ドラマ『仁 -JIN-』で出て来た橘咲さんの家は150石取の
旗本だったが、生活の苦しさを食事の際にはお米のご飯のみ
というシーンで表現していた。江戸時代に江戸の人は住民税
免除待遇で、白米も多く食していた。というか、白米しか
食さなかったので、ビタミンB1不足でカッケが大流行し、
江戸患いなどと呼ばれた。とにかく、米のみを江戸人は町人
も武士も大量に食した。結果としてカッケが大流行した。
地方武士は玄米を食していたので、そうでもなかったようだ。
その当時、沢庵(高級品)がもっと流行っていたら、江戸患い
も軽減されただろう。いや、豆類や魚類をもっと食せばよかった
のだろうが、そうもいかない経済事情があったのだろう。

150石取の武士の家などはきつい生活というのはよく分かる。
それでも5石や8石などという武士も大勢いたのだから、
一体どうやって生活を成り立たせていたのだろうか。
一節に「江戸の手工業産業を支えたのは下級幕臣」という説が
あり、実際に多くの手工業や養殖が下級御家人の手で担われて
きた。地方でも大方同様の様相だったようだ。
江戸などの大都市では、町人のほうがはるかに裕福な暮らし
をしていて、圧倒的大多数の下級武士たちが町人たちから
「サンピン」と呼ばれて馬鹿にされたのも痛々しい程分かる。
サンピンとは三両一分=3.25両=21万4,500円の年収しか
なかった圧倒的大多数の武士たちに対する蔑称である。
超ウルトラ貧乏であったのに態度は武士然としていたから、
なおさら町人たちの反発を買ったのだろう。
ある江戸期の調査によると、町方の女性たちは、武士の奥方
などには憧れておらず、また男衆も武士などは鼻にもかけな
かった。人気職業は役者である。それは現代も同じか。

現代において、江戸期の武士階級の実情を知らないまま、武士が
カッコいいとか、侍に憧れたりするといった風潮が蔓延して、
世間で侍や日本刀ブームになるというのは、それは武家が何たる
かとは無縁のところ=安全地帯にいる裕福な何不自由ない現代人
の「余暇」「娯楽」感覚の成せる業なのだろう。
戦後平和ボケが生んだブームが今現在の武士や日本刀ブームで
あるような気が私はするのである。
現在の日本刀ブームはやや沈静化しつつあるようだが、今のブーム
はネット時代になって一挙的に爆発的に広まったブームで、発信源
はネットゲームである。コスプレブームとそれが連動した。
その潮流に漁夫の利を狙う抜け目ない者たちも多くいるようだ。
これが地に足のついた日本刀人気や武芸人気ではないことは言わ
ずもがなだろう。

よく、刀職の中には、現今のブームから一人でも多く日本刀の
本当の愛好者が出ればよいと言う人もいるが、私個人はそうは
思わない。
ファン層というものの身勝手さは、アイドルファンの実相を見て
いるとよく分かるし、サッカーや野球ファンとは現今の新規日本刀
ファンは異なることが見えるからだ。
ジャイアンツファンやタイガースファンのような層を形成すること
は日本刀の世界では無いことだろうし、また、位相が異なるので
多くの愛好者を獲得することは、現今のネットゲームブームに
便乗するような他人の褌での相撲路線では無理だろうと思う。
ただ、出版界の便乗商法でやたらと日本刀に関するムック本等が
出版され続けていることはよいことのように思える。
まず「知る」ことから始めないと始まらないからだ。

そう思うと、今の日本刀擬人化ネットゲームを起因とするブームも、
かつての「天下五剣」と同じようなパッションに訴えるものとする
のであるのならば、あながち一概に否定はできない。
ただ、読みとしては、今のままでは根付かないことは確かだろう。
なぜなら、どんどん妄想傾向路線と本物志向路線に二分化して乖離
していくだろうことが予想されるからだ。
どちらも高次に融合させることなどできない。まったく本質において
別物だからだ。
本式路線へ傾斜した人々は、日本刀をそれこそ神器、武士の魂として
扱おうとすることだろう。その武技においても然り。
また、コスプレのナンチャッテ路線に傾倒した人々は、どんどん本質
から遊離して、ますます脳内妄想を病的領域まで拡大して行くこと
だろう。そのチャンバラ体操においても然り。
今ちょうど流れは分岐点に差し掛かったあたりか。

こちらも参考になる ⇒ 江戸期の物価

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